ココロに心を読まれる時のトキ

「ほうほう。ふーん、なるほどなぁ……」
「あなたって本を読む時ブツブツ言うタイプなのね」
 授業の合間に俺は今ハマっている本を夢中で読んでいた。そんな中、隣の席にいる見た目小学生くらいの美少女、ココロに話しかけられる。
「マジ? 口に出てたんだ、気づかなかったよ」
「その意味のない嘘止めて。読めてんのよ、私に興味を抱かせるためのアピールだって」
「ははっ、だよね。けどこの本の通り、話しかけてもらえたから作戦成功」
 この心理学の本に、他人に興味を抱かせるにはその魅了を語るのではなく楽しんでいる姿を見せる方が良いと書いてあった。まんまとココロが引っ掛かったわけだ。
「違うわよ。ただ独り言がうるさいから言っただけよ」
「はいはい、素直になりなよココロ」
「何かスイート腹立つわね。ちょっと一発殴ってもいいかしら」
 あれ、何か凄い怖いことを言われている。もしかしてこれに興味持ってない?
「ないわね。それよりも――」
「で、でも! この心理学の本めちゃくちゃ面白いんだよ」
「そうなのね。で、思い出したんだけど明日――」
「これさ、人間の心の仕組みとかちょっとしたテクニックとか書いてあってさ! めっちゃ役立ちそうで面白いんだよ!」
「……その本に書かれてるのよりもその強引さの方がよっぽど使えそうだけどね」
 ココロは肩をすくめて呆れたため息をつきながらも、話を聞く姿勢を取ってくれる。
「それにしても何なのその本。うさくさいわね」
「そうかな? この『めちゃエグい心理学』が?」
「タイトルからスイート怪しいんだけど。もしかしてあなたって自己啓発本とか結構買うタイプ?」
「まぁまぁ買うかな。色んな知識とか得られて役に立つし」
 ココロはふんわりとしたこげ茶色のボブカットの髪を横に揺らす。
「あなたって変な壺とか買わされそうで心配になってくるわ」
「馬鹿にすんなし。それに、占いとかオカルト本とかは買わないから」
「その本も同じようなものでしょ」
 どうやらこの本を読んでもらわなければ平行線のままのようだ。
「そんな事ない、これを読めばわかる」
「別にいい、興味ないわ」
「そんなぁ……」
 受取を拒否されてしまう。断固としてという感じで、無理やりに渡しても駄目そうだ。
「……もしかしてだけど、こんな感じの本沢山持っている?」
「うん。心理学の本が多めだけど他にも色々あるよ」
 なんちゃらシフト、みたいな人生に役立ちそうなシンプルな英語タイトルの本とかを最近は結構買っている。
「何だか急にあなたの事が心配になってきたわ。今日、ちょっとあなたの部屋に行かせてくれる?」
「それはいいけど、本当に変なのないからね? 科学的根拠があるものばかりだし」
「……とにかく実際に見て確認するから。変な道に行く前に止めないと」
 ココロは本気で心配そうにする。絶対に変なものじゃないから、そう思われるのは心外だ。心配してくれるのは嬉しいけどさ。
「こういう時心を読む力は役に立たないのよね」
「それ、どういう意味?」
「嘘を真実と思い込んだ人の心を読んでも無意味って事」
「む、なら判断してもらおうかな。俺は良い本を読んでるってさ」

 ◇

 そうして学校が終わると共に、ココロは部屋に戻ることなく一緒に俺の部屋に入る。制服姿のまま俺の居室にいるのはどこか新鮮で、高校帰りに遊んでる感があって、少し嬉しい。
「うーん、無いわね」
「何をしているの? ココロ」
 本棚に直行すると思いきや何故かベッドの下を調べ出した。
「え、変な本でもないかなって」
「……ないからね」
 そういう系はスマホの中にあるというか。一人暮らしの部屋だし、あったとしてもそんな古典的な場所に隠さないし。
「ふーん? 残念」
「それよりも本はここにあるから」
「……」
 居室に入って右手に勉強机とその隣に本棚がある。ラノベから自己啓発書までぎっしり詰まっていて、ココロは自己啓発系と心理学のタイトルの本を一冊ずつ手に取っていく。
「随分と心理学の本が多いのね」
「興味ある事だし、大学も心理学部のあるところにしようと思ってるんだ」
「心理学ねぇ……」
 ココロは棚から取り出した、色をテーマにした心理学の本を開いてペラペラとページをめくる。
「色が人に与える効果とか仕組みとか知ると面白いんだ。それを実際に利用した例とかもあってさ」
「へー、じゃあこれはっと……」
 語ろうとした矢先にココロは次の本に手を伸ばしてしまう。興味は持って貰えなかったようだ。
「何これ……催眠の本?」
「いや、心理学を応用した本だよ。その中に人を操れるかも、みたいなのも書いてある」
「間に受けていないわよね」
「科学的根拠あるみたいだし、信憑性はあると思うんだけど」
「……はぁ。何かエセ科学っぽいんだけど」
 深い、それは深いため息だった。ココロは何ページかめくってから強い勢いで本を閉じた。
「悪い事は言わないわ。読む本は選びなさい」
「いやいや、これは大丈夫なやつだよ。読めばきっと――」
「嫌よ、こんなのに時間を使いたくない」
 反論は受け付けないという対応だ。しかし、勘違いされたままというのも、俺の気持ち的にスッキリしない。
「だったらこの本に書いてあること試しても良い? それでこの本が良いものだって証明する!」
「面白いじゃない。どれだけ意味のないものかはっきりさせるわよ。ちなみにあなたが負けたら、しばらくの間は本を買う前に変なのかじゃないか私が審査するわ。まともな判断力がつくまでね」
 何だか俺がお菓子しか食べないココロにご飯を作って健康的な生活にさせようとしている、今の状況とまるで同じになる提案だ。意趣返しという事だろうか。
「別に、隣人が変なのにハマられると迷惑だからよ。さぁ、やりなさい」
 俺はココロに本を返してもらい振り子を使って催眠をかけるページを開いた。そして、机の引き出しから既に作ってあったタコ糸に五円玉をつけた催眠アイテムを取り出す。
「準備がいいわね」
「試しに作ってあったんだ。じゃあこれをじっと見つめてね」
「随分と古典的……」
 俺はココロの目の前で五円玉を左右に振る。それに目を離さないようにしてもらう。
「……」
「……えーと、深呼吸してリラックスしてください」
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ」
 素直に応じてくれる。本の通りにこれをしばらく繰り返す。
「振り子にだけ意識を向けてください。すると、あなたの意識はどんどん薄れていきます。どんどん、どんどんと……」
 これで催眠状態に入ったはず。そう思いじっとココロを見れば、ずっと振り子を追い続けている瞳のハイライトがなくなっているように見えた。
「よしっ。それじゃあ……」
 俺にはあらかじめ考えていたココロにして欲しい事がある。それを今こそやる時。
「これからあなたはお菓子系のものでなく、普通の食事がしたくなーる」
「……」
「さぁ一緒に宣言してくださいこれからは、ちゃんとした食事をちゃんとすると。さぁどうぞ」
「……これからは」
 よしっ、このままいけば俺の計画通り。ココロ、君はこれから普通の食事を自分からしたくなるんだ。
「ちゃんとした食事を……」
「ちゃんとした食事を?」
「し………………ないわよ」
「こ、ココロ? 催眠にかかったはずじゃ」
 ココロは五円玉目を離しており、既に俺へと視線は移っていた。
「こんなのでかかるわけないでしょ、おバカ」 「そ、そんなぁ……」
「はい、残念でした。あなたの負けよ」
「うぅ」
 確かに負けは負けだけど、これ一つで駄目の烙印を押されるのは納得いかなかった。たまたまこの本があれなだけかもしれないし。
「ふふっ、だったら他の似たような本でもやってみる? それでわからせてやるわ」
「いいよ。ちゃんとしたのだって認めさせてみせる!」

 ◇

「どう? あなたの見る目のなさを実感した?」
 五冊程試した結果だけ言えば今のところは全敗で、何一つ効果がなかった。しかも一回一回ココロは効いている感を一瞬だけ出してくるから、上げて落とされてを繰り返されてめちゃくちゃメンタルにきていた。
「で、でもまだあるから」
「埒が明かないわ。あなたって私以上に負けず嫌いみたい。最終手段を使うしかないわね」
「さ、最終手段?」
「ええ。私が心を読む力を使った本当の催眠を教えてあげる」
 まさかの展開だ。負けたくないけど、しかし、催眠にかかってみたいという好奇心は抑えられない。
「それじゃあまずそこに座って深呼吸。吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」
 俺は座布団にあぐらで座る。正面にはココロが同じく座して、彼女を見ながらゆったりとしたリズムで呼吸を繰り返す。
「じゃあ深呼吸しながら足、腕、お腹に意識を向けて、一つずつ力を抜いていって、最後に目を瞑って」
「……」
 言われた通りそれぞれの力を抜いていくとリラックスしてきて段々と頭もふわふわしてくふる。
「今あなたは意識だけの存在になったわ。それじゃあもっと心地よい世界に進むわよ。あなたの意識は、深呼吸をする度にどんどん下へと落ちていく、どんどん落ちていく」
「……」
 そう言われると自然と海の中にいるイメージが出てきて、深海へと泳いでいく。
「……あなたは心地よさを求めて海の奥底へもっともっと進んでいく。次第に心地よさも増して意識もふわふわしていく」
「……」
 心地よさを求めてと言われて、ふと海の奥底にココロの姿が見えてくる。
「何で私が……まぁいいわ。あなたは海の底に私を見つけると一気にそちらに向う。そして私に会えたあなたの意識は、心地良さに包まれて真っ白になる」
 ぱちんとした音がして目の前が白色に塗りつぶされた。
「あなたが感じられるのは私の存在だけになったわ。そしてあなたは私の言葉を聞くと幸せを感じる事を覚えてきた。だから私の言う事を聞きたくなる。……はいって答えて。そうすればもっと心地良くなる」
「……はい」
 もう何も考えられなくて。言われた通り返事をしたらやっぱり心地良くて。
「これであなたは私の指示の通り動く事を学んだわ。それじゃあ、これから私の言う事を復唱して。もっと幸せを感じれる」
 白い世界にかすかに外から一瞬ピロンという音が聞こえた。
「それじゃあ……これからココロに見せたような本は買いません。はい、復唱」
「これからココロに見せたような本を買いません」
「買う時は、ココロに相談します。はいどうぞ」
「買う時は、ココロに相談します」
 口が勝手に動いていて、自分が何を言っているのかわかるはずなのに良くわからなかった。
「それじゃあそろそろ催眠を……いえ、ふふっ。良いことを思いついちゃった」
「……」
「また私の言う事を復唱して。ココロにご飯を作るのを止めて、お菓子だけを食べる生活を認めます。さぁどうぞ」
「ココロにご飯を作るのを止めて――」
 その言葉を口にした時、真っ白の世界にメロンパンばかりを食べるココロの姿が映し出された。
「お菓子だけを食べる生活を――」
 そこでずっと自動的に出ていた言葉が詰まる。続ければもっと気分が良くなれる、なのに本当に続けていいのかってどこからか止められて。
「生活を認め?」
「認……め……ない」
「え」
 ココロの食生活を思い出すと共に、一気に頭にかかっていた霧が吹き飛ばされた。同時に意識は海面に急浮上して体の力も戻り、パチリと目が開く。
「催眠が……!」
「危ねぇ。つい言いそうになっちゃった」
 完全に催眠状態に入っていた。記憶はおぼろげで気分が良さだけ覚えている。
「あそこまで入り込んでいたのに、こんな急に正気に戻るとか、どれだけ私の食生活を気にしているのよ」
「そりゃあ、毎日考えてるからね。こんなところで止めるわけにもいかないし、催眠にかかっても打ち勝つ」
「……まぁいいわ。本題では私が勝ったのだし」
 そう言ってココロはスマホをこちらに見せつけてくると、録音していたらしくさっきの復唱している音声を再生してくる。
「……あっ」
「もう文句は言わせないし思わせないわよ。約束通り、そしてあなたの宣言通りにしてもらうから」
 完敗だ。ここまでやられてしまえばこれ以上悪あがきする気も起きない。
「はい、わかりました」
「ようやく負けを認めたわね。……全くあなたの本選びセンスはどうなっているのよ」
「……ごめん」
 もう何も言い返せない。これに関しては、ココロの言う事を肯定する他なくなった。催眠かかっている時とまるで変わらない。
「ココロってやっぱり凄いね。催眠もかけられるなんて」
「別に大した事じゃないわ。それに、催眠はかけられる側がある程度受け入れる姿勢がないと出来ないの。あなただから、かかったのよ」
 それにしても、催眠のかけ方がとても上手かったような気がする。経験が多そうではあった。
「昔、色々調べてちょっと遊んだ事があったくらいよ。ここまで上手くいくとは思わなかったけれど。あなたがチョロくて良かったわ」
「……」
 ココロは俺に挑発的な笑顔を見せつけてくる。悔しいが、今の俺には反発する力は残されていなかった。
「そうだわ、連絡先を交換して。本を買う時にどんなのか教えるために」
「……そういえば交換してなかったじゃん! 家が近くていつも会えるから忘れてた」
 俺とした事が完全な失態だ。出会ってすぐに交換したいなとは思っていたのだけど、部屋が隣という事実で塗り替えられてしまって、そのままでいた。
 早速、連絡先を交換する。数少ない連絡先に彼女の名前が追加されて、つい頬が緩んでしまう。ココロも心なしか嬉しそうにスマホの画面を見つめている。
「これからは離れていてもココロと話せる――」
「悪いけど必要なメッセージのやり取りしかするつもりないから」
「ですよね~」
 予想通りの返答ではあった。少し残念だが、今は連絡先を手に入れて、やり取りが可能になっただけでも十分だろう。
 とりあえず挨拶がてら初期から入ってるクマがお辞儀しているスタンプを押した。ココロも全く同じスタンプを返してくれる。
「あ、ココロ。早速気になってる本があるんだけど」
「じゃあ試しに商品ページのリンク貼って」
「ほい」
 俺は『心が読める!? 禁断の鬼ヤバ心理学』という本の紹介ページを送った。
「……」
「どう?」
 反応がない。ココロはリンクを開いた途端にフリーズしてしまう。
「ココロ?」
「……」
「あれ、何か送られて――」
 目の前にいるのに無言、ココロから何かのリンクが貼られた。それを開くとそれは本ではなくて、前に俺が欲しいと話していたゲームの商品ページで。
「これ買ってあげるから、あなたはもう本を読むの止めなさい」
「そんなぁ!」