ココロに心を読まれる時のトキ

「ココロってゲームとかするの?」
 学校が終わり、俺はココロとダラダラと俺の部屋で何をするでもなく過ごしている。ココロから暇だというので遊びに来たのだが、特に提案してくる訳でもなかった。
 そこで俺のベッドの上で寝転がってスマホを眺めているココロに尋ねる。
「まぁまぁやるわね。小さな時からずっと遊んでいるわ」
 いつもの事ながら小さな時と言われると、幼い見た目をしているせいで変な感覚になる。
「いい加減、毎度毎度心の中で私が子供みたいって思うの止められないのかしら。読んでいるこっちの気持ちも考えて欲しいわ」
 整った可愛らしい顔をムッとさせて、ふんわりとしたこげ茶の短めの髪が不満の感情を表すように大きく揺れる。
「ごめんごめん。でも、思っちゃうのは仕方ないじゃん」
 勝手に心の中を見ておきながらその言い分には文句を返したくなる。
「それで、その質問をしてきたのは――」
  そう、一緒にゲームしない?」
 俺は勉強机の上に置いてあるゲーム機を手に取る。
「いいわよ。持ってくるわね」
 ココロはすぐに起き上がると部屋に戻り、俺と同じゲーム機類と、ついでにクリームパンも持ってきた。
「それで何をするの? 対戦でもする?」
 せっかくだし対戦はしたい。けど、心が読める相手だ、一対一の駆け引きのあるゲームは絶対に駄目だ。
「とりあえず、このレースゲームやろう。持ってる?」
「もちろん。私、結構得意よ」
「俺も。じゃあ早速」
 ココロと共にソフトを起動して、二人プレイモードで遊んでいく。
「一対一にする?」
「いや、コンピューターも入れる」
「そう、残念」
 このゲームはアイテムを使った駆け引きがあるものの、運がかなり絡むから心理要素は薄い。一対一にすると話は変わってくるが、それを避けられたので、これなら勝負が出来るだろう。
「それはどうかしら?」
「え」
 ココロが選んだ高難易度のマグマと城のステージに決まり、カウントダウンと共にレースが開始される。
 俺はスタートダッシュに成功して、一気に上位に躍り出る。ココロも動揺で俺の後ろをついてくる。
 それが少しの間続き、いよいよ二位へと躍り出て一位も目の前で。
「よし、これで――」
「はい、ざんねーん」
 後方からアイテムをぶつけられ止められてしまう。
「ぐっ……」
 どんどん他のコンピューターに抜かされていく。けど何故かココロには抜かされなかった。とりあえずリスタートする。
 そこから順調に巻き返しステージの中盤まで来た。ここら辺は落下しやすい部分で慎重に行かなければならない。アイテムで邪魔されると少し面倒だ。
「えい」
「くっ……」
 そう思った瞬間にそれが来てしまうのがこのゲームだ。すぐさま態勢を立て直す。
「ふふっ。バイバーイ」
「え……は?」
 再スタートしようとした途端に後方から来た車に吹き飛ばされ落下させられてしまう。
「あははっ」
 そのまま悠々とココロに追い抜かされる。嫌なタイミングでやってきたのは完全に心を読まれたせいでもあるだろう。
 若干イラッとしてくるが、このくらいで冷静さをかくわけにはいけない。
「ふふっこれならどう?」
「へ?」
 少し直進したところに遙か先にいるはずのココロがいて、追い抜いて、そしてまたアイテムをぶつけられ、叩き落とされた。
「……は?」
「ふふっ」
 そしてまたココロが先へと行くが、すぐに追いついてしまい、その後には再放送のように落とされた。
「……」
「……」
 その後もココロに粘着されて、嫌なところで邪魔され続けた。彼女はレースの順位関係なく妨害してくるので、流石にイライラゲージが最高潮に達して。
「ああもう!」
「はい、私の勝ちー」
「あああぁ!」
 そして散々邪魔だけしてきたあげく、最後は本気出して俺より先にゴールして勝ち誇ってきた。
「おかしいだろ! これはレースゲームなんですけど!?」
「あははっ! こうやって邪魔して嫌がらせするのが醍醐味でしょ?」
「ちょっとわかるけど! まじで……!」
 この怒りを解消するには戦って勝つしかない。今度は得意コースになり、ここで挽回していく。そう、思ったのだけど。
「ああもうっ! マジでさぁ!」
 同じ事の繰り返しだった。嫌なところで妨害を受けまくり、常にココロに粘着されて、上位にもいけない。
 もう頭が沸騰してどうにかなってしまいそうだった。
「私の勝ちー」
「……」
 足を引っ張られ続けた結果、ココロに全敗した。手に持ったこのゲーム機をぶん投げたいし、一人なら部屋で暴れて発狂しているところだ。
「ふふっ別にそうしてもいいわよ?」
 その挑発に頭の中にある何かが切れる音がした。
「ああもう! ならお望み通り!」
「へ?」
 もう心を読まれて色々知られているんだ。恥ずかしがることはないもない。
「あぁぁぁぁぁぁ!? ほわぁぁぁ!?」
 俺は奇声を上げながら部屋を走り回って、ベッドにダイブして、転がりまくる。
「いやっほぉぉぉぉ!」
「う、嘘……」
 そうして俺は恥も外聞も気にせず、時間も忘れて狂乱を続けた。視界にドン引きしているココロがチラチラ映り、その度に冷静になりそうになったけど。
「はぁ……はぁ……疲れた」
 疲労と怒りを発散出来た事で頭の中はとてもスッキリしていた。何なら普段よりも気分が良い。
「えと、大丈夫……? 
「ああ! 次は何で遊ぼうか?」
「……次は協力するやつにする?」
「だね、そうしよう!」
 俺が笑顔で受け答えしているのに、ココロはずっと顔が引きつっている。
「その、ごめんなさい。ちょっとやりすぎたのかも」
「……いやーええと」
 謝られてしまうとそれはそれで、今のテンションを維持できなくなってちょっと前の自分の姿を思い返してしまうので、止めて欲しい。笑ってくれるか大きくツッコんでくれると思ったのだけども。
「流石にそこまでになるなんて思わなくて……」
「止めてマジで! 俺まで冷静になってきてさっきのを……くぅ!」
 時すでに遅し。俺はしっかりとさっきまでの奇行を思い返してしまって。
「ぁぁぁ……」
 あまりの恥ずかしさに声にならない声が出てきて、自然と体を丸めた。
 俺の人生のアルバムにまた一つ恥ずかしいエピソードが刻まれてしまったようだ。
「けど! これも一つのココロとの思い出たから! さぁ、次のゲームやろう!」
 今はこれ以上深く考えてはならないと、無理やりポジティブ思考に矯正する。
「そ、そうね。じゃあこれとかどうかしら?」
「いいねぇ! それじゃ俺は……っと」
 ココロのその提案を皮切りに俺達は協力プレイのゲームでいくつか遊んだ。その間は明らかに気を遣われて優しい言葉が俺に向けられ続けていた。

 ◇

 夢中で遊んでいると、気づけば時計の針は六時半を差していた。最近日が伸びてきたとはいえ、既に外は藍色に包まれている。
「これはここまでにして……最後にもう一度レースやらない?」
「……チーム戦?」
「いや、普通にコンピューターも含めて個人戦。もう一度本気で勝負だ」
「それは、心理戦も含めてって事よね」
「もちろん。さっきと同じように」
 心を読みまくって俺にひたすら嫌がらせしたさっきと同じく。
「嫌よ……もう」
 ココロの表情は嫌悪というよりも遠慮しているようで。下向いて悲しそうな表情をしてもいて、目も合わせてくれない。
「ココロ……?」
「あなたの発狂を見て、ちょっとトラウマが」
「ご、ごめん。そんなに俺の発狂ヤバかった?」
 俺自身としては、またおかしくなりそうだから振り返れないのだが、そこまで酷かったのか。
「それも堪えたけれど、私の言いたいのは、あなたの発狂で昔の記憶を思い出したの」
「昔?」
「ええ。私が心を読む事を恐れるようになった最初の出来事」
 心を読まないためか、ココロは手に持った画面が消えたゲーム機に目を落としながらとつとつと話し出す。
「小学生くらいの時から、私は自分の力を自覚した。そしてそれは特別で、使えば家族も友達も皆が凄いと言ってくれたわ」
「だよね! そりゃあ凄いもん!」
「けれど、普通はあなたみたく単純なまま続かない。次第に心を読まれるってどういうものか理解しだすわ。……いえ、私が理解させてしまったのよ」
 こういう状態でもさらっと刺してくるの、心臓に痛いから止めて欲しい。
「その頃の私は、周りから持て囃されて調子に乗っていた。手当たり次第に心を読んで言い当てたり、あなたにしてみせたように行動を予測し先回りしてずらしたりしてね。けれど、そんな事をずっと続けていたら、当然嫌われていくわ」
 ココロの持つゲーム機が震えている。顔も悔恨が滲んで、それを画面越しに見ているようだった。
「沢山の人を怒らせて困らせて怖がらせた。あなたのように感情を爆発させてしまった事もあるわ」
「そう、なんだ」
「やっぱりこの力は使って良いものじゃない。そんな事、わかっていたのに……あなただからってきっと大丈夫だって。あなたでも駄目ならやっぱりこの力は……」
「そんな事ない!」
 勝手に俺の気持ちを決めつけて結論づけるココロにさっきまで以上に苛立っていた。ちゃんと俺の心を読めばわかるのに、彼女はそれを見ようとしない。だったら、見ようとしないなら聞かせるまでだ。
「知ってるじゃん。本当に俺が心を読まれるのを喜んでいるの。そしてもっともっと俺の事を知って欲しいと願っているのも」
「……でも、一歩間違えたらスイート嫌な気持ちにさせて傷付けることだってあるわ。そしてそれがさっきので」
「そんなの織り込み済みだよ。それに、心を読める読めない関係なしに、普通に関わるだけでも人は傷つけ合ってるんだ。その延長線上で心が読めるってだけなんだよ、そのくらい大した事じゃない。少なくとも俺にとってはね」
 ココロの出会った過去の人達はそうだったのかもしれないが、俺は違う。初めから今までそう伝えていて、そんな事は彼女にもわかりきっているはずだ。それでもきっと、その過去が鎖になっているのだろう。なら俺がやるのは少しでもその鎖がほどけるように一緒にいる事だ。
「だからさ、もう一度やろう? 遠慮せずにココロのやりたいままに。俺もやりたいようにやるからさ」
 ココロの顔が上がりようやく目が合った。不安そうに瞳を揺らしている姿が珍しく新鮮だ。
「いちいち私の一挙手一投足で感想を呟かないでちょうだい」
「ごめんごめん」
 子供っぽい文句があると伝えてくる表情が出てきて、普段の調子に戻りつつあるようだ。
「あなたの言葉に励まされるのはスイート認めたくないけど……ありがと」
「元気が出たなら良かった。じゃあ」
「ええ。後悔しても知らないからね」
 ココロは力強くゲーム機を握り直し画面を点けた。そして再度ゲームを繋げる。
「……今度はどうしてあげようかしら」
「言っておくけど、さっきまでと同じだと思わないでよ!」
「ふふっ、私も同じやり方はしないわ。覚悟しておいてね」
 心なしかブルーライトに照らされたココロは、いつも以上に明るく輝いていた。
「うぁぁぁぁぁ!?」
「あははっ! お疲れ様〜!」
 そして俺の悲鳴と共に彼女の煌めきは何倍にも増していった。最後には、初めてココロの満面の笑顔を見ることができ、喜びと悔しさ入り混じる複雑な感情が溢れ出し、俺はまたベッドの上を転げ回った。