ココロに心を読まれる時のトキ

「ええ。わかったわ」
「それじゃあよろしく」
 長い長い一日が終わった放課後。今、隣の席にいる小学生に見紛う女の子、ココロは普通にクラスメイトの子と会話をしている。雑談ではなく、明日のグループワークについてだけど。
 彼女は常日頃、人と関わらないというスタンスを俺に公言して、一切の関係を持ちたくない感じを出している。だけど、表面上では上手く人付き合いをしていた。本当に避けるのならば、強く拒絶の意志を示せば良いのにと思うのだけど、それはココロの人の良さから非情になりきれないのだろうか。
「……何かしら。ジロジロと」
 ココロをぼーっと見ながらそう考えを巡らせていたら、その視線に気づかれる。一旦思考を切り替えてココロに話そうとしていた要件を切り出す。
「ココロ、勉強会しよう!」
「……勉強会?」
「そろそろ期末テストじゃん? それで一緒にどうかなって」
「ふーん? 勉強で不安なところがあるから私に教えて欲しいのね。それと、勉強会そのものをやってみたかったと」
「うん。明日休みだしどうかな?」
 ココロは少しの間、考えているのか心を読んでいるのか無言で俺の顔をじっと見つめてくる。ちょっと照れてしまう。
「何照れてるのよ。一応言っておくけど考え事をしてただけだから」
「わ、わかってるよ。それで、どう? 嫌かな」
「……いいわよ。暇だし」
 答えを聞いた瞬間、反射的に椅子を下げないまま立ち上がってしまい、両膝を机にぶつける。
「いだぁっ!?」
「…だ、大丈夫?」
「いつつ……大丈夫大丈夫。それよりも本当に良いの?」
「どうしてそんなに疑うのよ」
「いや、断られると思ったから意外で」
 当たって砕けるような気持ちで聞いたが、まさか突破出来るとは。いつものノリで拒否される想像しかしてなかった。
「別に、どうせ断っても、何度も頼まれそうだから仕方なくよ」
「……何か、いっつもそういう理由でオーケーしてくれてる気が」
「それ以上言うなら断るわよ」
「はい、すみません」
 余計な事を言わず思わず。俺はどちらもチャックして話を進める。
「それじゃあ、明日の朝からどう」
「朝から? 随分早いわね」
「そりゃあ、しっかりと勉強しないとだし」
「あなたの心は勉強よりも遊びの方がメインに考えているようだけど」
 ダラダラと雑談したり、一緒にゲームしたり、たまに各々で好きなことをしたりと想像していた。
「うっ……でも、ずっと勉強するのもあれじゃん? アニメとかでも勉強そっちのけで遊ぶとかあるし、そういうの憧れてたんだ。きっと楽しいよ」
 人と遊ぶ事はあっても勉強会の経験は一度もなかった。家も近いし、何よりココロと一緒にいられる時間を増やしたい。
「まぁ退屈はしなさそうね。いいわ、朝からあなたの憧れに付き合ってあげる」
「ありがとう! 俺の一つの夢を叶えさせてくれて」
「スイート大げさね。ただの勉強会でしょ」
「俺にとっては大きな事なんだよ。今から楽しみ」
 そう約束を取り付けた俺は、明日の楽しみと一緒にココロと家に帰った。どんな事をするか会話に花を咲かせながら。

 ♢

「おはよう」
「お、おはようココロ」
 朝、十時ジャストに部屋のインターホンが鳴らされる。
 扉を開けると当然ココロがいた、私服姿の。薄桃色の半袖シャツに黒のショートパンツという格好をしている。服が大きめで、それにショートパンツがほとんど隠れていた。手には勉強道具が入ってあるだろう亜麻色の手提げバッグを持っている。
「……ジロジロ見ないでよ。それと、ちゃんと心の中を分析するのも止めて、見えてるからね」
「ごめんごめん。じゃあどうぞ」
 女の子を自分の部屋に入れるのもまた初めてで若干緊張する。一応掃除はしたし、変なものがあるわけじゃないが、多少の不安はどうしても残っていた。
「残念、何か弱みでも握ろうかと思ったんだけど」
「握って何をしようと……?」
「ふふっ。何しようかしら」
 とても頬に人差し指を当てて悪い顔をする。本人は心を読んでしまう事をよく思っていない割には、悪用しようとする節があった。
「悪用とか人聞き悪いわね。基本的にそんな事しないから、あなただけよ」
「ふーん、そっかぁ」
「はぁ、やっぱりそこで喜ぶのがあなたよね」
 特別扱いされて嬉しくないわけがないだろう。こうして部屋に来てくれたのもその証でもあるのだと勝手に思っている。
 部屋は1Kで、一人暮らしで丁度良い広さ。玄関からキッチンを通ってドアの向こうに居室がある。
「思ったよりシンプルな感じね」
「どんなの想像してたのさ」
「あなたの趣味のものが部屋いっぱいに飾られたり、物に溢れていると思っていたわ」
 確かに実家にいた時はそんな感じだったが、一人で暮らすにあたって全部は持っていけず、非取捨選択をして引っ越した。そして今のところ、色々買ってはいるが溢れるような事もない。グッズ系はお気に入りのは勉強机の上に、その他はボックスにしまってクローゼットの上の段に置いてある。
「好きなとこ座って」
「やっぱりあなたって意外と普通なのよね」
 そう言いながらココロは部屋の真ん中にある小さめのテーブルをスルーして部屋奥のベッドに腰掛けた。
「ココロに比べればそりゃあね」
「それはどういう意味かしら?」
 俺は話しながら一旦居室から出て冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出す。普段は使わない白いコップと常用しているコップにそれを注いだ。
「あなたがとっても変人って事です。はい、お茶だけど」
 彼女の抗議を軽く受け流しつつコップを手渡すと素直に受け取ってくれる。
「あ、ありがと。でも、こういう事をしたって私よりもちゃんとしてるとは認めないからね」
「そういうつもりじゃないんだけど……あ、チョコクッキーとかあるけど――」
「頂くわ」
 恐ろしいほどの食いつきだ。笑顔になるとか目を輝かせるじゃなく、捕食者のような姿勢で俺を見てくるので、変なプレッシャーを感じる。
「えっと、昨日コンビニで買ったやつだけど」
 頭を使うから糖分が必要だろうといくつかお菓子を買っておいた、その一つ。箱の中に十二個の丸い小さな声チョコクッキーが入っているもの。それを机に置くと、ココロは突撃するような勢いでクッキーの元に。
「一応勉強しながら食べるために買ったから、全部はやめてよ」
 ココロと俺は机を挟んで対面に座る。座布団みたいなものは残念ながらなく、俺は床の上で正座、彼女は女の子座りの形で。
「わ、わかっているわ。でもとりあえず一枚だけ」
 クッキーを食べるココロは、ダイエットをして我慢に我慢をかさねた自分への久しぶりのご褒美、そんなレベルで幸せそうに食べていた。
「いつもお菓子とか食べてるんだよね」
「ええ。いつ何時食べても最高」
「飽きたり味に慣れたりとか」
「ないわね。だってこんなに甘くて美味しいもの」
 ここまで無邪気に喜んでいる姿を見せられると罪悪感が湧き上がってくる。健康のためとはいえ、作ったご飯を食べてもらい、こんなに好きなお菓子を食べる量を減らしているのだから。
「ふふっ。そう思うなら今すぐ止めてくれてもいいのよ? あなたが私の事を想ってくれるなら」
「い、いや。甘やかすのと大切にするのとは違うから」
「そう……あ、もう一枚頂くわね」
「ちょっと、これから勉強会始めるんだから俺の分も取っておいてくれよ?」
 まだ他にもお菓子はあるとはいえ、これ以上雑談していると、スタート前になくなってしまう。
「そろそろやろうか」
「そうね。教えて欲しいところがあるんだっけ? あなたって勉強苦手なの?」
「苦手って程じゃないけど、ココロって結構勉強出来るっぽいじゃん? だから教えて欲しくて」
 転校時期的にここでの中間テスト結果はないが、普段の授業を受けている様子や色んな教科の小テストで高得点を取っていた様子からそう判断した。
「ふふっ。心を読めるからって思わないのね」
「……あ! 心を読む力があれば無双出来るじゃん!」
「やっぱりそうは微塵も考えてなかったのね」
 完全に失念していた。最初に思いつくべき一つの心を読む力の使い方だ。俺はその人を理解出来る、何を思っているのか知れる、そこばかり意識していた。
「スイート純粋過ぎない? まず悪い使い道とか考えるでしょ」
「い、いいじゃん別に。それよりも、本当にテストで心を読んでるの?」
「あなたはどう思う?」
 試すように、そしてどう思う伺うように覗き込んでくる。
「うーん……でもココロはその力をあまり良く思ってないし、性格的にもそういうズルはしなさそうって感じするけど」
 まだまだ出会ったばかりだけど、それでもココロがどんな子が少しは知っているつもりだ。具体的にはお菓子が好きで負けず嫌いで、少し大人っぽさがある子。そして小学生みたいに小さい。
「最後のは余計だけれど、まぁ正解よ。途中点はあげられないけどね」
「途中点?」
「私の心を読む力は相手と私の意識が双方向に向いた場合のみなの。盗聴的な事は出来ないわけ」
 そんな仕組みがあるなんて。つくづく心を読む事に憧れておきながら深く考えていなかったと気付かされる。
「えっと……じゃあ質問なんだけど。人によって読みやすさみたいなのってあるの?」
「ええ。私に対しての意識が強いほどはっきりとわかるわね。あなたみたいに好意的に思ってくれるか、その逆の敵対的に思っているか」
「嫌いでも見えやすいんだ」
「嫌いな人に対しては良くも悪くも意識しちゃうでしょう? だから私に無関心だと読みづらいわね」
 その説明でココロが人を避ける理由が見えてきた気がした。
「ココロが他人との距離を置いてるのって、他人の心を読めないようにするためだったんだ」
 心を読むことにより他人を傷つける、そういう理由だと思っていた。が、ココロは過剰に避けるわけでもなく、あえて嫌われるような事もしていなくて。
「ええ。変に嫌われるより毒にも薬もならない人間になるのが、最適解なの」
「なるほど……じゃあ逆に俺の声はめちゃくちゃ聞こえるんだ」
「そうね。今まであったどの人よりもクリアに読めるわ……残念ながらね」
 俺だけ、なんとも甘美な響きだろう。どんどん読んでもらいたい。
「やっぱり……心は読めても思考回路は理解できないわね」
「気になってたんだけど、ずっと心を読むってどんな感覚なの? 脳内に心の声が聞こえてくる感じなんだ?」
 話の流れで聞こうと思いながら聞けなかった疑問を追加で投げかけてみる。受け取ったココロは頬に人差し指を軽く当てて少し考え込む。
「うーんと、聞こえるというか、見える? 直接見えるわけじゃないのだけど、見えるっていう感覚が一番近いわね」
「なるほど……わかるようなわからないような」
「普通の人には持ちえない感覚なんだと思うわ。他の人にはない特殊な感覚器官があるような感じだから」
「ふむ……やっぱりココロは凄いなぁ。ありがとう教えてくれて」
 とても学びのある時間になった。好奇心と知識欲が満たされると心地よい疲労と充足感を感じられる。気分の良さのまま俺はチョコクッキーへと手を伸ばす。
「って何終えた気になっているのよ。勉強はこれからでしょ」
 ココロに伸ばした手を掴まれて押し戻されてしまう。
「あ、そうだった。えっと、何するんだっけ?」
「それを決めようって話をしていたのよ。それで何の教科をするの?」
「えと、じゃあまずは数学から……」
「また脱線する前にさっさとやるわよ」
「り、了解」
 ココロのことをさらに知ったのを前菜にここから念願の勉強会のメインデッシュが始まった。

 ◆

「ここはちょっと難しい応用だけれど、ここの問題文をよく読めばこの公式を使えばいいってわかるから……」
「あー! これならこうって事だよね?」
「そう。正解よ」
「よしっ!」
 二時間ほど経った頃、全体的に教えて貰った事を覚えたか軽いテストをした。わからなかった部分はある程度解けるようになっており、素直に喜んでしまう。何だか久しぶりに勉強で達成感を得た気がする。
「意外とすぐに覚えたわね」
「いやいや、ココロが教えるのが上手いんだよ」
「いえ、心の中を見て何に躓いてるかがわかるからよ。口に出すよりも情報量が多いもの」
 それもあるけど教え方も親切で、俺が中々理解出来なくても、丁寧に説明し続けてくれた。
「感情的になってもあなたの理解力が上がるわけじゃないからね。頑張って抑えてたわ」
「そ、そうですか……すみませんね物覚えが悪くて」
「……」
 俺の自虐的な発言はスルーされ、ココロは無言でこちらを見つめてくる。
「え、怒ってる?」
「違うわ、ちょっと思う事があって」
「思う事?」
 この流れだと俺の理解力のなさにキレてる意外になさそうだが。
「言わないと変な勘違いのままになりそうね。ただ……心を読む力で人に感謝されるの初めてだと思って」
「そうなの?」
 使い方次第で色んなところで役立てそうなものだけど。
「あなたにはわからないだろうけど、普通の人は心の中を見られるのを嫌がるわ。だから、昔からこの極力使わないようにしてきたの」
 ナチュラルに異常者扱いされ、不服を表す間もない。
「でも俺みたいな人、いそうだけどなぁ」
「かもしれないわね。けれど、出会わなかった。子供の頃にこの力のせいで友達にも親にも不気味がられて嫌われてきてから一人もね」
「ココロ……」
 心の読めない俺でも、彼女の痛みや苦しみが聞こえてきて、胸が苦しくなる。
「何であなたまで……」
 きっと今俺が考えている事はココロに筒抜けになっている。けど、言葉にせずにはいられなかった。
「俺さ、中学の時色々と上手く行かなくて学校にいけなくなった事があったんだ」
「……ええ」
「でもその時は親との関係も悪くて、友達もいなくて……孤独だった」
 今でもその傷は残り続けている。言葉にすると思い出す以上の苦痛が伴う。だが記憶を手繰るのはここまで。
「だから俺はココロを一人にしたくないし、しない」
「……」
 ココロの表情は大きくは変わらない。どう思っているのか読もうとしても、当然わからなくて、彼女の言葉を待つ。
「……ふぅ」
 固くなっていたココロの表情がふっと柔らかくなる。
「さっきまで私に頼っていた人にそんな事を言われてもねぇ」
「うっ……それは……けど! 勉強とその事は別というか」
「それに一人にしたくないとか、まだ会って間もない人に言われてもって感じだしね」
「……もしかして俺、めちゃくちゃ恥ずかしい事言った?」
 ココロのエモーショナルな雰囲気に引っ張られたまま発言してしまったが、段々と平常に引き戻されて、冷静になってきてしまう。
「まぁ、いつもの事じゃない?」
「そ、そうだよ……ね。うんそうだ、そういう事にしよう」
 さっきまでの自分を顧みる思考を強制ストップさせる。これ以上すると、またトキの恥ずかしい歴史が更新されてしまう。
「……というか、何でこんな話になったんだっけ」
 俺達は確か勉強会をしていたはずだ。それがどうして悲しい過去を開示し合う事になってしまったのか。
「忘れたわ。そんな事は置いておいて、これからどうする? 休むか続けるか」
「流石に色んな意味で疲れたからね。それにもうお昼だしご飯にしようか」
 胃も食事を求めているし、メンタル的な切り替えもしたい。
「じゃあ私は部屋から沢山のメロンパンを――」
「俺が作るからココロは大人しく待ってて」
「むぅ。じゃあせめてデザートとして一つだけ食べさせて」
 承諾するとココロは駆け足で部屋に戻って、すぐに帰ってきた。
 作っていう間は、メロンパンも食べる事もなく、大人しくスマホで暇をつぶしていた。
「出来たよ。簡単なものだけど」
 昼ご飯はご飯と味噌汁に肉野菜炒めにした。肉野菜炒めは、苦みのある野菜はいれず、子供が好きそうなものにして、焼肉のタレも甘口にしている。
「ありがと。……これあげる」
「え、メロンパン?」
 料理を置いていざ食べようとすると、どこからともなくメロンパンが出てくる。
「いいの?」
「頭使って疲れただろうから」
「で、でもお菓子とかも用意してあるし無理しなくても」
「メロンパン一つくらい何でもないわよ。一応お礼のつもりだから、受け取って」
「お礼? 何かしたっけ」
 思い当たる節はぱっとは思いつかない。もしかして、とうとうちゃんとした食事の価値を感じてくれたのだろうか。
「それは違うから」
「じゃ、じゃあ何?」
「……教えない。わからないならそれでいい」
 そう言ってメロンパンを無理やり押し付けられてしまう。そして、話を終わらせるようにいただきますと言って食べ始めてしまう。よく見ると頬が赤らんでいるように見えたけど、その理由はやっぱりわからなくて。
「凄く気になるんですけど」
「ふふっ……わからないならやる事は一つでしょ」
 ココロは口元にタレをつけながら不敵な笑みを浮かべる。完全に子供みたいで笑いそうになる。
「勉強しろって事だよね、ココロについて」
「そ、そういう事よ……」
 ココロは俺の心を読んで自分の状態に気づいたらしくすぐに拭き取った。
「なら、興味のある事だからね。でも、そんな事言って俺を焚き付けていいの? これからもっとココロと関わるけど」
「何も言わなくても関わってくるでしょ。それに、あなた心を読んで遊ぶのも悪くないなって思ったのよ」
 本人は悪い顔をしているようだったが、幼い顔つきからいたずらっ子の表情にしか見えなかった。
「それじゃあ改めてだけどこれからもよろしく、ココロ」
「ええ、よろしく。これからきっと面白いことになるわ」
 最初の出会いからここまでの関係性になれるなんて。何だか長いようでとても短かった。
「じゃあ早速、お昼終わったらすぐに勉強会の続きをしよう!」
「一応聞くけど科目は?」
「もちろん、ココロについて!」
「……はぁ、やっぱりあなたってスイート変よ」
 そう苦笑する彼女を横目に、俺はふと窓の向こうに視線を向ける。日は高く登っていて空は快晴の夏空で。
 その光景を眺めていると、今の勉強会もこれからの未来も明るいものになる、そう強く思わせてくれた。