ココロに心を読まれる時のトキ

「ついに正体を現したようだね、魔王。よくも僕の街を襲ってくれたな。何故狙った」
「復活した力試し。滅ぼすつもりがまだ戻りきっていなかった。以上」
「ついでって事か……なら、どうして今正体を現した。狙うタイミングはいくらでもあったはず」
「ようやく力の半分が戻った。思ったよりもあなたのその剣が厄介で隙がなかった。以上」
 姿が変わっても凛とした女性の声や話し方は変わらないようだ。だからこそ、変な感覚になる、人じゃないのに人と話しているような。
「聞きたいことは聞けたかな。だったら決着を――」
「動いたらその子を消す」
「……だよなぁ」
 案の定、脅しのセリフが飛び出した。最悪の展開だ。ニンショウさんも困っているようだし、だとするともう詰んでいる。
「人の心はなんて愚か」
 二階で余裕の不動を貫く魔王は、どうしょうもなくなっている俺達を見て嘲笑う。
「……」
 ふと、ココロと目が合う。そして彼女は口パクで任せてと伝えてくれて。それから信じてとも。
「ココロ……」
「どうしたの?」
「ココロに何か作戦があるみたいです」
「作戦? あんな状態で一体何を」
 俺もまるで予想がつかない。でも、あの自信に満ち溢れたココロの瞳を見ると。
「信じましょう。ココロは凄いんです」
「……わかったよ。彼女に賭けよう」
 俺達は彼女に向けて頷く。するとココロはそれを返して、魔王の方に振り向くと。
「あなた……恐れているわね」
「何?」
「言葉でも態度でも余裕を見せているけれど、英雄にビビってる」
 ココロの挑発的な言葉と声音に魔王の表情が引きつり、彼女に釘付けになる。
「何を根拠に」
「私は心が読めるの。だからわかる、あなたが臆病者の魔王(笑)だって」
「き、貴様……囚われの分際でよくも――!」
 煽られ魔王がて怒り心頭になった瞬間、ココロはポケットからあの玩具を取り出すと。
「今よ!」
「な――」
 そこから光が放たれる、玩具のライトモードだ。目眩ましで魔王が動けなくなったのを逃さず、ニンショウさんが牢屋へと飛びつき。
「トキくん! 絶対に受け止めろよ!」
 星屑の剣で斬り裂いた。それにより宙にある魔法の牢屋は崩れる。
「に、逃がすか……」
「お前の相手は僕だ!」
 ニンショウさんはそのまま魔王へと突撃して、ココロは真っ直ぐ落下する。
「きゃぁぁぁぁ!?」
「ココロ!」
 俺は目を凝らし落下地点に入って、腕のクッションを作って。
「ぐぉっ!?」
 とてつもない衝撃が両腕に走る。でも彼女を助ける気持ちを頼りに、何とか耐えきりお姫様抱っこの形でココロを受け止める事に成功した。
「だ、大丈夫?」
「ええ……し、死ぬかと思ったわ」
「ココロが小さくて良かった」
「こうも連続して小さくて良かったと思う日が来るなんて。……ありがと、助かったわ」
 ゆっくりとココロを床におろす。でも、腰が抜けてしまったようで立ち上がれそうになかった。
「……うぅ」
「いや、仕方ないよ。後はニンショウさんを信じて……」
 二階から二人が一階へと降り立つ。どちらも多少の傷を負っていて互角という状況のようだ。
「はぁぁぁ!」
「灰になれ!」
 ニンショウさんが駆け出すと、魔王は遠距離で仕留めようと炎の魔法を放った。
「よっと」
 ストレートに飛ぶ巨大な火球をひらりと躱す。標的を見失った炎は緑色の光とともに消える。
「瞬け!」
 すかさず稲妻の魔法を撃つが、それも星屑の剣で斬り払う。さらに接近し、剣の攻撃範囲に入ると横一閃。
「せいっ!」
「ぐぅっ!?」
 魔王は避けきれず剣先が紫の肌を軽く裂き、同色の血のような液体を出させる。
「凍てつけ!」
 すぐさま距離を取ると今度は地面を這うような氷魔法が襲いかかる。ニンショウさんは、助走をつけるように走り出し氷を飛び越えた。
「灰になれ!」
 空中にいるニンショウさんに向けて火球が放たれる。
「せいやぁ!」
 再び火球を真っ二つにして無力化した。それと同時に彼の側面から緑の光が輝いて。
「ニンショウさん!」
「なっ……」
 また火球が真横に突然出現する。最初の消えた火の魔法だ。
「ワープ」
「それならぁ! ぐぁぁぁぁ!」
「ニンショウさん!」
「ははっ、これで――な」
 炎の魔法が直撃した瞬間、星屑の剣がブーメランのように魔王に襲いかかる。そのスピードと魔法をようやく当てた油断により、魔王の身体を抉り、ブーメランと同じ軌道で持ち主の方へ戻ろうとする。
「く……かぁ」
 しかし、受け取るはずの持ち主は受け身も取れず地面に落下し倒れ、剣は光を失いそのままニンショウさんの近くの床に不時着した。相打ちだ。
「大丈夫ですか……!」
「ぅぅ……」
 俺はニンショウさんに駆け寄った。もろに炎の魔法を食らって衣服も黒焦げで身体もボロボロだ。
「……そんな」
 ココロの絶望したような声と共に魔王はゆっくりとだが歩き出した。身体から紫の血を大量に流しながらもまだ動けるようで。
「ここ……までやる……とは」
「ニンショウさん! ニンショウさん!」
「ぅぅ」
「だが……あたしの……勝ちだ……英雄」
 駄目だ、もうニンショウさんは戦えない。いくらあいつが弱っているとはいえ、ただの人間の俺じゃ、勝てない。
「もう大した……魔法は……使えないが……。こいつらを……他の人間を始末するなら……十分だ」
 魔王は右手を突き出して赤色の魔方陣をゆっくりと形にしていく。
「どうする、どうする」
 俺一人なら避けられる。でも、そうすればニンショウさんも後ろにいるココロに当たってしまう。かといって二人を担ぐ力はない。
 魔方陣は半円まで作り終える。あれが完成すれば終わりだ。でも、俺にはどうする事も……奇跡を願うしか。
「願い……」
 傍に落ちている光を失った剣を見る。今、あの剣は持ち主を失っている、だからあんな風に色褪せているんだ。
「強い願い」
 俺の強い願いは何だ。
 思い出すのはこの状況になった要因で星に願った、特別な思い出を作ること……違う。
 今見えるのは俺の後ろにいるココロ、大切な人を守りたい思い……確かにそうだけど違う。条件は今ある強さだけじゃない。
「過去から続く願い」
 それは一つだ。俺が昔からずっと願い続けているのは。
「俺は、心を読めるようになりたい!」
「終わり……だ」
 魔方陣が完成し炎が俺へと襲いかかる。その寸前俺の手は光を掴んだ。
「トキ!」
「ははっ! 貴様は……やっぱり……無りょ――」
  いいや、俺は……無力なんかじゃない!」
 俺は手にした、星屑の剣を。そして火球は既に剣のサビになっていた。
「馬鹿な……何故貴様……が……それはニンショウだけの」
「いいや、違う! これは強い願いを持つ人なら誰でも扱える剣だ!」
「何……だと……あれほど……自分は特別だと、力があると……自慢していたのに……ニンショウだけの物じゃないだと……」
 彼の承認欲求が役に立ったようだ。魔王にかなりのショックを与えている。
「ぐぅぅぅ! ならば命を削ってでもぉぉ! 灰になれぇぇぇ!」
 さらに血が流れるスピードが上がると、同時に魔方陣が作るスピードも上昇し、放たれる。
「はぁぁぁ!」
 星屑の剣の力だろう、火球が当たりそうになる瞬間には、半自動的に身体が動き斬り裂いていた。
「馬鹿な……」
 剣を持った瞬間、ニンショウさんの言う通り全身に力がみなぎり、思考もやたら回るようになった。この剣はチートだ。
「す、凄いわ……」
 敵に驚愕され仲間に褒められるのは気分が良いけど、もうこの時間は終わらせる。俺は魔王に向かって走り出す。
「灰になれ! 灰になれ! 灰になれぇぇぇぇ!」
「たぁぁ! やぁ! せいやぁぁぁぁ!」
 小さい炎の魔法が連続で撃たれるが、斬って斬って斬り裂いて無力化する。そして魔王に肉薄して。
「そんなっ」
「これで……終わり!」
 ブーメランで裂かれた傷をなぞるように剣をを斜上に斬り上げた。
「このあたしが……負けるなんて……あり……えない」
 肉を斬った確かな手応えと共に魔王の身体は上下に別れて、死体が床に着く前に消えてしまった。床に滴っていた紫の液体も消え失せていて、まるで魔王なんていなかったように、彼女の存在の跡はなくなった。
「トキ! 大丈夫?」
「うん、俺は平気だよ」
「……その剣のせいであなたの心が読めなくて、不安だけれど、大丈夫なら良かった」
 ココロは瞳を潤ませながらも、安堵と喜びの混じった笑顔を浮かべた。それを見ると俺まで泣きそうになる。
「泣きそう?」
「うん」
「泣いて……いいのよ?」
「ココロの方こそ……我慢しなくて……いいんだよ」
 その気遣いと優しさに触れて、涙が溢れてしまう。ココロもまた綺麗な瞳から涙を流して、俺達は子供みたいに泣き合った。恥も外聞も気にせずに。
「落ち着いた?」
「うん、そっちは?」
「私もよ」
 少しの間だけだったけど、久しぶりにこんな風に感情を吐き出した気がする。凄く疲れたけれど、同時にとてもスッキリしていた。ココロもまた同じようで目を赤くしながら晴れやかな表情になっている。
「うぅ、二人とも……そろそろいいかい?」
「「あ」」
 一段落つくと、まだ倒れたまんまのニンショウに声をかけられて、急いで彼の元へ。完全に忘れていた。
「だ、大丈夫ですか? すぐ救急車呼ぶので!」
「ま、待ってくれ」
 俺はスマホを取り出し電話番号を打とうとすると、ニンショウさんの弱々しい手が腕を掴んだ。
「一つお願いがあるんだ」
「お願い……ですか?」
「ああ……あのさ」
 ニンショウさんは少し上体を起き上がらせて俺の目をしっかり見ながら。
「剣をあげる代わりに、魔王は僕が倒した事にして欲しいんだ!」
「「……は?」」
 意味がよくわからなかった。俺がおかしいのかと思うが、ココロとハモったのでそれはないだろう。
「魔王がいなくなったなら僕の戦う理由はもうない、だからそれは君に譲る。それに魔王を倒した英雄でもあるしね」
「あ、ありがとうございます」
「でも、僕も頑張ったし何か得るものがないと寂しいじゃん」
「は、はぁ、そうですね」
「だから、魔王を倒したという称号が欲しい! 魔王を倒したという事実で皆に褒められたいんだ! この証があればずっと尊敬され続ける!」
 ニンショウさんの声が静かなモール内を反響する。
「……この人、元気みたいだしもう帰る?」
「ま、待って! 怪我はしてるから呼んでほしいなーって。それと魔王退治の名声も欲しいなーって」
「そうしよっか」
「本当に待って! せめて……せめて救急車はいいから! 名声だけは譲ってぇぇぇぇ!」
 この異変事件は、ニンショウさんの承認欲求の絶叫で幕を閉じた。

 ◇

「……結局世間ではあの人が魔王退治したことになったのよね」
「そうだね。まぁニンショウさんすごく幸せそうだったし、俺は別に目立ちたくないから別に良いよ」
 事件が解決した一週間後の今日、俺達は魔王退治を祝うためのパーティをする事になっていた。そして、今はその買い出しを終えた帰り道。俺とココロは夜の道を一つの袋を二人で持って歩いていた。
「でも本当はあなたが倒したのに。仕方ないとはいえ、あの人がチヤホヤされているのを見ると腹立つのよね」
「……俺はココロがわかってくれているだけで十分だよ。それに剣は貰えたから」
 約束通り星屑の剣はそのまま俺の物になった。基本的には身に着けず部屋の中の押し入れにしまってある。
「でもいいの? あの剣を身につけてなくて。星の加護とか能力も上昇するのよ。勉強も体育も無双出来そうだけれど」
「いや、そもそも学校とかに持ち込めないし、外で持ってたら危険自分扱いされるし」
 英雄という肩書があるなら堂々と持てたのだろうけど。
「それに」
「剣を持つと心が読まれないから……でしょ」
「そう!」
 やっぱりこれだ。俺の考えている事や言いたいことをわかってもらえているこの状況が、何より幸せだ。
「……まぁ、私もあなたの心を読めなくなると違和感しかないからいいのだけど」
「おおっ! ついにここまで!」
 あのココロが心を読む事をポジティブに捉えてくれるなんて、あの時より泣きそう。
「か、勘違いしないで。変な事件が起きて心が変になっているだけ。すぐに戻るから」
「そっか、なら戻らないよう、また楽しい日々を過ごして、沢山心を読んでもらうだけだね」
 そう笑いかけるとココロもいつものように呆れた表情で笑う。
「全く、いつも思うけれど。あなたって心を読まれたがるなんてスイート変な人」
 ふと、藍色の空を見上げると、また流れ星が煌めいた。俺はその瞬間にある願い事を心で呟く。隣を見るとココロが微笑んでいて、どうやら彼女も願ったらしい。
 何を願ったのかは聞かなかった。だってきっと一緒だから。
 変わらぬ日常を過ごせますように。そう星に願って、俺達は袋を一緒に持ちながら、同じマンションへ帰った。