ココロに心を読まれる時のトキ

「それで、俺はモンスターをバッタバッタと斬り倒して……」
 大通りから横道に入った先の、薄暗いあまり人気のない住宅街。街灯の明かりも心許ない夜の道から、人の後ろ姿にスマホのライトと配信と同じ声に内容が聞こえた。
「そんでさ――」
「ニンショウさん!」
「おや、君は」
 配信に乗ってしまう事も邪魔してしまう事も、もはや気にしている場合ではなく、声をかける。それでもニンショウさんは愛想よく接してくれた。
「どうしたのかな? もしかしてサインとか――」
「た、大変なんです! 緊急事態で……」
「……なるほど」
 俺の様子を察してかニンショウさんは、真剣な顔つきになって。
「ちょーっと助けが必要みたいだから、配信はここまでにするよ。続きはまた今度」
 終わりの挨拶をこなしてニンショウさんは配信を終えてくれる。
「どうしたの?」
「はぁ……と、友達が……はぁ……連れ去られ……はぁ」
「一旦落ち着こうか。はい、深呼吸、吸ってー吐いてー」
「は、はい」
 俺は逸る気持ちを何とか抑え、掛け声に合わせて深呼吸をした。夢中で走っていたせいで、酸素が足りなくなっているのも気づかなかったようだ。ようやくまともに息をした気がする。
「それで、何か助けが必要みたいだね」
「そうなんです! こ、ココロが連れ去られたんです!」
「まさか誘拐? 子供を連れ去るなんて許せないな」
「ち、違うんです。確かに誘拐は誘拐なんですけど、そういうニュアンスじゃないというか」
 そういえば年齢を言っていなかった。魔王にもそう思われていたようだし。
「一応彼女は高校生です。まぁそれは置いておいてください」
「わ、わかったよ……それで?」
「誘拐したのはアモさんです。それで彼女の正体が魔王で」
「ま、待ってくれ。アモちゃんが犯人で魔王? ちゃんと説明してくれ」
 俺はさっき起きた事をニンショウさんに話した。最初は信じられないという顔をしていたけど、段々と深刻な顔つきになる。
「なるほど……まだ完全に信じれたわけじゃないけど、君がそんな嘘をつくわけないもんな」
「も、もちろんです!」
 良かった、嘘だと突き返されるとも思ったけど杞憂だったようだ。
「……正直僕は、彼女の事をまだよく知らなかった。聞いても話してくれなかったしね。それに出会ったのも異変事件が始まったあの街だ」
「……どうして仲間に?」
「いやー出会った時にさ、彼女は僕のファンって言ってくれてさ。しかも戦えるし僕の力になりたいから仲間にして欲しいって、熱烈にお願いされたんだ。僕のファン一号の願いは叶えないとだろ?」
「……ニンショウさんらしいですね」
「だろ?」
 褒めてはいないのだが、彼は嬉しそうにうんうんと頷く。
「まぁ、彼女が魔王かどうかは会えばわかる事か。話からすると、僕を呼びつけてくるだろうからね」
「ですね……後手後手になっちゃっているのは嫌ですけど」
 人質に取られている以上、このまま行けば不利な状態での戦いを強いられてしまう。何か手がかりがあれば。
「うわっ!」
 突然腕につけた玩具から着信音が鳴り響いた。俺はすぐに出る。
「こ、ココロ……?」
「ええ、私よ」
 離れているせいか音質は悪いけど確かにココロの声だった。少し安心する。
「大丈夫なの?」
「今のところは大丈夫よ。私、あいつの作った牢に閉じ込められてるの。今は近くにはいないから、チャンスと思って」
「閉じ込められてるって……というかどうしてこれで連絡を?」
「スマホとかは回収されたのだけど、何か子供扱いされたみたいで、玩具くらいはいいだろうって見逃されたの……ちょっと複雑だけどね」
 けどその勘違いのおかげで希望が見えてきた。そんな風に現状の確認をしていると、ニンショウさんが話させてくれとジェスチャーを送ってきたので、変わる。
「もしもし、ニンショウだよ。まずは無事で良かったよ」
「……一緒にいたのね。良かったわ、無茶していなくて」
 囚われの子に心配されていたようだ。情けないやら嬉しいやら。
「今、どこにいるかわかるかい?」
「ショッピングモールの中よ」
「ショッピングモール? 警察がまだいると思うんだけど……」
「いえ、今あいつが街のあちこちでモンスターを放っているの。それでここには警察の警戒が手薄になって、中にはいないの」
「何だって!?」
 スマホで確認すると、今さっきからモンスターの目撃情報や事件が相次いでいるとネットニュースになっている。
「……助けに行きたいが、今留守にしているなら救い出すチャンスだ。他は警察に任せるしかなさそうだ」
「ですね」
「待っていて、すぐに向う!」
「……ありがとう。二人とも、待っているわ」
 そうして通話が切れる。一気に状況が好転した。無駄だと思った俺の行動は意味のあるものになったようだ。
「僕はすぐに彼女の元に向うけど……」
「俺も行っていいですか」
「いいよ」
「え、いいんですか! 俺、力とか何もないですけど」
 あっさりと快諾されてしまい、つい逆に理由を聞いてしまう。
「だって、ココロちゃんは二人とも待っているって言っていたよ。囚われの彼女は君が来ることを望んでいる、それ以外に理由はいらないでしょ。それに君も助けに行きたいんだろ?」
「は、はい!」
「なら早速行こうか、彼女を救いに!」
 ニンショウさんの人となりを知ってから、初めてこの人をカッコいいと思えた。やっぱり英雄なんだ。
 俺は頼り甲斐のある背中の隣に立ち、彼女を待つモールへと走った。

 ◇

「……そういえば、ニンショウさんは大丈夫ですか? アモさんと戦うの」
 ショッピングモールに向かっている道中、ふと疑問が浮かんで、少し心配になり尋ねる。
「まぁ大丈夫と言えば嘘になるけど、彼女が敵なのは確定したからね。全力で戦うよ。それに」
「それに?」
「仲間が実は魔王で、そいつを倒したなんて話、めちゃくちゃドラマチックでバズるからね!」
「……」
 すぐに好感度を下げるのを止めて欲しい。それと心配も返して欲しい。
「今、この状況でもそんな事考えてるのかって思ったでしょ」
「あ、えと……まぁ」
 バレてしまった。というか、そういう自己認識はある事にびっくりだ。
「ははっ。でも、それがこの剣の強さにも関係しているんだよ」
「そうなんですか?」
 ネットの記事ではそんな話は出ていなかった。
「これはアモちゃんにも表にもだしていないんだけど……この星屑の剣はその人の過去から今でと続く強い願いが力になるんだ」
「過去から今でも続く願い……」
 俺はその剣の事よりも、ちゃんと大事なことは隠していた事実の方に驚いていた。それを言いそうになるが、話が途切れそうで何とか抑えた。
「ああ。力の源でありながら、その強い願いに剣が反応した人にだけ扱えるんだ」
「え、じゃあニンショウさんだけに使えるみたいなのではないんですね」
「うん。今は僕が持っているからたとえ強い願いのある人が現れても反応はしないけど、離れればその人の元に向うだろうね」
 つまりワンチャン俺でも扱えるという事か。少し剣に選ばれる展開を妄想してしまう。
「ちなみに僕は人にチヤホヤされたいっていう願いからだよ」
「……ですよね」
 剣が反応するほどな上に過去から今って言っていたからどんだけ承認欲求が強いんだ。
「やっぱりニンショウさんみたいな変わった人だから英雄になれたんですかね」
「ははっ! やっぱり僕って特別だからね!」
 当然のように純度百パーセントの褒め言葉として受け取られた。
 そんな会話をしていれば、気づけば、モールの敷地に入っていて、入口前まで辿り着く。
「やっぱりいないね」
 規制線が張られているだけで警察は見当たらない。それに、ここは恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
「アモちゃんの気配は感じれないけど、油断せず行こう」
「はい」
 規制を飛び越えてモールへと突入する。中は薄暗いが、暗闇に目が慣れていたおかげで視認は出来た。誰もいないモールは、普段とはまるで違う、異世界の中にいるようだ。
「……」
 息と足音を潜め、ニンショウさんと離れず奥へ進んでいく。人の気配もモンスターの気配も何もない。トークショーのあったイベント会場辺りへ来る。椅子や設置物の荒れ模様は変わっていない。
「上を」
「こ、ココロ」
 ニンショウさんが斜上を指す。その方向を辿ると、魔法で作られたような牢獄が宙に浮いていて、その中にココロが囚われていた。
「ふ、二人とも来てくれたのね」
「うん!」
「待っててね、今助け――」
 その瞬間、モール全体に明かりが点いた。あまりに突然で、目が眩む。
「まだ呼んでいないのだけどね」
 アモの声がした、瞬間に何かが近づいてくる気配がして。
「危ないっ!」
「うわっ!」
 俺は横に突き飛ばされたと思えば、その後にものすごい熱気を感じた。
 ようやく目が慣れて、見えた光景はニンショウさんが火球を斬り裂いていたもので。その火の玉が通ったであろう軌道を辿ると、そこにはアモがいた。二階から俺達を見下ろしている。
「アモちゃん、やっぱり君が」
「ええ、そうよ」
 アモはずっとほとんど動かさなかった表情を悪魔的な笑顔で崩した。
「あたしが」
 そう宣言してローブを脱ぎ捨てた。現れたのは、まさに魔族。大きく姿は変わらないが、禍々しい紫の体色になり、頭には二本の角、背中には翼が生えていた。人であることを捨てたのを示すように衣服は最低限になり、両方の手には凶刃な爪が伸びている。
「魔王……アモ」