それぞれの部屋に戻り、俺はすぐベッドに沈んだ。心なしかいつもより深く深く奥へと吸い込まれているようだった。
目を瞑る。すると、一気に疲れが眠気へと形を変えて意識を溶かしていく。もう何も考えたくない。
「……うん?」
だがすぐに、部屋のインターホンの音で微睡みが引き裂かれた。ふらふらと立ち上がり出る。
「はい」
「私……開けて」
相手はココロだった。今朝と重なるけど、心持ちも彼女の声もまるで違う。
ドアを開けると、さっきの姿のままのココロがいて、まだ神妙な表情をしている。
「上がるわね」
「う、うん」
ココロは部屋に入るとベッドに腰掛けて、それから隣に座るようぽんぽんと叩いて場所を指定してくる。
「どうしたの? ……もしかしてさっき話そうとしていた事?」
「それもあるんだけど、その前に」
そこで言葉を区切ると、ココロは俺をじっと見つめてくる。一体どうしたのだろうか。考えられる展開としては、ショッキングな出来事のせいで、心を痛めて、一緒にいたいと思ってくれた的なのが予想されるが。
「……違うからね」
「ち、違うのか。それじゃあ……ってえ?」
今、完全に心の中の声とココロで会話が成立していたような。
「まさか」
「そのまさか。元に戻ったみたい」
「そ、そっか」
ココロの心境を考えると素直に喜べないけれど、異常が一つ解消されて安堵する。
「それにしても、どうして急に? ショック療法的な?」
危機的状況になって、眠ってしまった特殊能力が復活したみたいな事があるのかもしれない。
「多分、違うわ。確証はないけれど、やっぱり流れ星への願いが原因」
「でも元に……」
「だからなの。だって、私はこう願ったの、少しの間だけでも心を読めなくなりますようにって」
「あ」
元に戻ったからこそ確定した、そう言いたいのだろう。状況証拠的にはココロの推測が正しく思える。そう考えると。
「……っ」
気づいてしまった。何故俺達が、偶然行ったショッピングモールで異変事件に巻き込まれたのか。その要因を。
「そういえばそうだったわね」
言ってはいなかったが心を読んでいた彼女には当然知られている。
「俺は、流れ星に願ったんだ。この夏に特別な事が起きますようにって」
心を読めるようになりたいより先にぱっと出たのが、ココロと何か特別な夏の思い出を作れたらという願いだった。そのせいで、ココロを事件に巻き込んでしまった。
「ごめん、本当にごめん」
「あ、あなたのせいじゃないわ。そもそも確実な話でもないのだし、仮にそうだとしてもふざけた叶え方をしたあの流れ星のせいよ」
「……ありがとう」
フォローしてもらえて少し救われる思いだけど、やっぱり過去の自分を責めずにはいられなかった。
「……あ、もう一つ話があるんだっけ」
「ええ。正直、こっちの方が重大よ」
「ま、マジで?」
これ以上深刻な話だなんて、どんなのが飛び出してくるのか不安しかない。
「……心を読む力が戻ったのはモンスターを退治し終えた時。私がしばらく無言になったタイミングがあったでしょ?」
「ああー」
「突然戻ったからびっくりしたわ。それで本当に読めるようになっているか確認していたの」
見えない何かを見ていたようだったけど、心を読んでいたのか。それにしてもチェックにしてはかなりの時間がかかっていたような。
「読み取りづらかったの。あの英雄さんが眩しくて」
「眩しくて……? まさか!」
それはニンショウさんがイケメンで強くてカッコよくて輝いて見えて――
「そ、そういう意味じゃないわ! 正確には彼の持つ剣が眩しかったの」
「……剣が?」
光ってはいたけど、そんな目が眩むほどではなかった。
「多分、あの剣にはそういう特殊能力を阻害する効果があるのかも。英雄さんの剣だからそういう力があっても不思議じゃないでしょ?」
「何か出てたりしないかな……あ」
ダメ元でさらっと検索してみると、上から五番目くらいのネット記事で、剣について語ってるものがあった。そこには、剣の名前が星屑の剣である事、持った人の能力を何倍にも向上させる事。そして星の加護という、色々な特別な力から持ち主を守るものがあるとも書いてあった。
「星の加護ってやつのせいだったのかもね」
「……この人、よくもまぁペラペラと情報を出せるわね。自分から丸裸になっているじゃない」
「流石に全部は言ってないんじゃないかな……」
そこまで頭お花畑ではないはずだ。そう思いたい。
「話を戻すけど。その加護とやらの力のせいで彼どころか周りの人の心すら読みづらくてね。だから、本当に戻っているのかはっきりしなかったの」
「それであんなに。でも、わかったって事は何とか読めたんだ」
「そう。それでね、問題は読めた内容なのよ」
「内容って誰の?」
「アモって人のよ」
思い返せば、ココロはやけに彼女を見ていた。
「一から百まで読めたわけじゃないけれど、断片的なものを繋ぎ合わせてわかったの。彼女が何を考えていたのか」
「い、一体何を……?」
「それは……」
ココロは躊躇う。それは他人の心の声を聞かせる遠慮ではなくて、恐れからのようだった。
「……あのね」
二人きりにも関わらずココロは周囲を警戒するようにキョロキョロとしてから、意を決したように口を開く。
「あの人心の中で……英雄の人をどう殺してやろうかとか、次はどこの街にモンスターを出そうかなとか、いつ魔王の力を解放しようかとか、言ってて」
「……嘘、でしょ」
何かの間違いや勘違いじゃないか、そう現実逃避したくなる。でも逃げて知らないふりを出来るような状況じゃない。だって知ってしまったのだから。
「やっぱり知ってしまったのね」
「!?」
背後から今一番聞きたくない声がする。ばっと振り返るが、そこには誰もいなくて。
「どうやらあたしの占いは当たったようね」
「どう……やって」
今度は正面から聞こえて、そこにはアモさんが立っていた。フードを取り払っていて、作り物のような美麗な顔と光が宿っていない紫の瞳がはっきりと視認できる。彼女の雰囲気は明らかに違っていて、気の弱そうな様子は鳴りを潜め、代わりに不気味さが纏っていた。
「空間転移の魔法。あなた達の居場所はあたしの占いで突き止めた。以上」
「……どうして私が怪しんでるって」
「あなたのあたしに対する視線。気になって占って、危険と判断した。以上」
会話をしている間、何か打開策はないか頭を回すが、思いつけない。それに、正直腰が抜けていて、動けそうになくて。隣のココロも普通に話しているようで、身体は震えていて、俺の手をぎゅっと握っていた。手から伝わる熱から、彼女の感情を痛いほど伝わってきて、それをどうにも出来ない自分が情けなくなる。
「それで口封じに」
「いえ。あなたには利用価値があると判断した。あいつを消すための人質にする。子供のあなたなら効果てきめん」
「……っ」
アモが天井に手を伸ばすと、彼女とココロの下に緑色の魔方陣が現れる。転移魔法だ。俺の手を握るココロの力が強まる。
「やめ……ろ!」
それを受けて、反射的に身体が動く。そしてアモに掴みかかる。
「あなたは無力、ただの人。あたしを止められない。以上」
「トキ!」
「がぁ……」
敢え無くベッドの上に弾き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
「うぅ」
「じゃあね。弱いあなたは見逃してあげる。あいつを消せば、どうせ終わりだけど。せいぜい大人しく震えてなさい」
「こ、ココロ……」
「と、ト――」
「ワープ」
ココロが何かを言おうとする前に、緑色の強い光が部屋を包み込んだ。数秒後にはもう二人はいなかった。
「そんな……くそっ」
彼女の言う通り、俺は力もなければ機転を利かせられる頭もない。さっきの状況で好転させられる何かを起こせたとも思わない。でも、目の前で友達が連れ去られて、悔しかった。
「大人しく何かするか……」
きっとあいつはニンショウさんを呼び出してココロを盾にして戦うのだろう。だから、結局俺が何もしなくても英雄対魔王という対戦にはなる。
俺が入り込む余地はない。役に立つ力も情報もない。
「でも……俺は……」
痛む身体にムチを打って立ち上がる。大事な人がピンチなのに英雄に祈って待つことは出来なかった。それに、こんな異常事態になったのは俺の願いに起因している。
「責任は取らないと」
これからどうするか考える。魔王の居場所も英雄の居場所もわからない。
「どう動けば……いや待てよ」
あの人ならもしかしたらと、俺はニンショウさんの名前でネットで検索する。すると、いくつか表示されている中で、動画チャンネルを見つけた。それをタップすると、ホーム画面の上にライブ配信中のものがあった。
「やっぱり!」
開くとニンショウさんはショッピングモール付近を歩きながら、今日あった出来事を話していた。これなら会える。
「……待っててココロ」
俺はマンションを飛び出し、配信を見ながら彼のいる場所へ走った。何だかネットストーカーしているようで、気が少し引けるが、それを振り払って足を動かした。
空はもう夕暮れの空から夜の藍色へと移り変わろうとしている。
目を瞑る。すると、一気に疲れが眠気へと形を変えて意識を溶かしていく。もう何も考えたくない。
「……うん?」
だがすぐに、部屋のインターホンの音で微睡みが引き裂かれた。ふらふらと立ち上がり出る。
「はい」
「私……開けて」
相手はココロだった。今朝と重なるけど、心持ちも彼女の声もまるで違う。
ドアを開けると、さっきの姿のままのココロがいて、まだ神妙な表情をしている。
「上がるわね」
「う、うん」
ココロは部屋に入るとベッドに腰掛けて、それから隣に座るようぽんぽんと叩いて場所を指定してくる。
「どうしたの? ……もしかしてさっき話そうとしていた事?」
「それもあるんだけど、その前に」
そこで言葉を区切ると、ココロは俺をじっと見つめてくる。一体どうしたのだろうか。考えられる展開としては、ショッキングな出来事のせいで、心を痛めて、一緒にいたいと思ってくれた的なのが予想されるが。
「……違うからね」
「ち、違うのか。それじゃあ……ってえ?」
今、完全に心の中の声とココロで会話が成立していたような。
「まさか」
「そのまさか。元に戻ったみたい」
「そ、そっか」
ココロの心境を考えると素直に喜べないけれど、異常が一つ解消されて安堵する。
「それにしても、どうして急に? ショック療法的な?」
危機的状況になって、眠ってしまった特殊能力が復活したみたいな事があるのかもしれない。
「多分、違うわ。確証はないけれど、やっぱり流れ星への願いが原因」
「でも元に……」
「だからなの。だって、私はこう願ったの、少しの間だけでも心を読めなくなりますようにって」
「あ」
元に戻ったからこそ確定した、そう言いたいのだろう。状況証拠的にはココロの推測が正しく思える。そう考えると。
「……っ」
気づいてしまった。何故俺達が、偶然行ったショッピングモールで異変事件に巻き込まれたのか。その要因を。
「そういえばそうだったわね」
言ってはいなかったが心を読んでいた彼女には当然知られている。
「俺は、流れ星に願ったんだ。この夏に特別な事が起きますようにって」
心を読めるようになりたいより先にぱっと出たのが、ココロと何か特別な夏の思い出を作れたらという願いだった。そのせいで、ココロを事件に巻き込んでしまった。
「ごめん、本当にごめん」
「あ、あなたのせいじゃないわ。そもそも確実な話でもないのだし、仮にそうだとしてもふざけた叶え方をしたあの流れ星のせいよ」
「……ありがとう」
フォローしてもらえて少し救われる思いだけど、やっぱり過去の自分を責めずにはいられなかった。
「……あ、もう一つ話があるんだっけ」
「ええ。正直、こっちの方が重大よ」
「ま、マジで?」
これ以上深刻な話だなんて、どんなのが飛び出してくるのか不安しかない。
「……心を読む力が戻ったのはモンスターを退治し終えた時。私がしばらく無言になったタイミングがあったでしょ?」
「ああー」
「突然戻ったからびっくりしたわ。それで本当に読めるようになっているか確認していたの」
見えない何かを見ていたようだったけど、心を読んでいたのか。それにしてもチェックにしてはかなりの時間がかかっていたような。
「読み取りづらかったの。あの英雄さんが眩しくて」
「眩しくて……? まさか!」
それはニンショウさんがイケメンで強くてカッコよくて輝いて見えて――
「そ、そういう意味じゃないわ! 正確には彼の持つ剣が眩しかったの」
「……剣が?」
光ってはいたけど、そんな目が眩むほどではなかった。
「多分、あの剣にはそういう特殊能力を阻害する効果があるのかも。英雄さんの剣だからそういう力があっても不思議じゃないでしょ?」
「何か出てたりしないかな……あ」
ダメ元でさらっと検索してみると、上から五番目くらいのネット記事で、剣について語ってるものがあった。そこには、剣の名前が星屑の剣である事、持った人の能力を何倍にも向上させる事。そして星の加護という、色々な特別な力から持ち主を守るものがあるとも書いてあった。
「星の加護ってやつのせいだったのかもね」
「……この人、よくもまぁペラペラと情報を出せるわね。自分から丸裸になっているじゃない」
「流石に全部は言ってないんじゃないかな……」
そこまで頭お花畑ではないはずだ。そう思いたい。
「話を戻すけど。その加護とやらの力のせいで彼どころか周りの人の心すら読みづらくてね。だから、本当に戻っているのかはっきりしなかったの」
「それであんなに。でも、わかったって事は何とか読めたんだ」
「そう。それでね、問題は読めた内容なのよ」
「内容って誰の?」
「アモって人のよ」
思い返せば、ココロはやけに彼女を見ていた。
「一から百まで読めたわけじゃないけれど、断片的なものを繋ぎ合わせてわかったの。彼女が何を考えていたのか」
「い、一体何を……?」
「それは……」
ココロは躊躇う。それは他人の心の声を聞かせる遠慮ではなくて、恐れからのようだった。
「……あのね」
二人きりにも関わらずココロは周囲を警戒するようにキョロキョロとしてから、意を決したように口を開く。
「あの人心の中で……英雄の人をどう殺してやろうかとか、次はどこの街にモンスターを出そうかなとか、いつ魔王の力を解放しようかとか、言ってて」
「……嘘、でしょ」
何かの間違いや勘違いじゃないか、そう現実逃避したくなる。でも逃げて知らないふりを出来るような状況じゃない。だって知ってしまったのだから。
「やっぱり知ってしまったのね」
「!?」
背後から今一番聞きたくない声がする。ばっと振り返るが、そこには誰もいなくて。
「どうやらあたしの占いは当たったようね」
「どう……やって」
今度は正面から聞こえて、そこにはアモさんが立っていた。フードを取り払っていて、作り物のような美麗な顔と光が宿っていない紫の瞳がはっきりと視認できる。彼女の雰囲気は明らかに違っていて、気の弱そうな様子は鳴りを潜め、代わりに不気味さが纏っていた。
「空間転移の魔法。あなた達の居場所はあたしの占いで突き止めた。以上」
「……どうして私が怪しんでるって」
「あなたのあたしに対する視線。気になって占って、危険と判断した。以上」
会話をしている間、何か打開策はないか頭を回すが、思いつけない。それに、正直腰が抜けていて、動けそうになくて。隣のココロも普通に話しているようで、身体は震えていて、俺の手をぎゅっと握っていた。手から伝わる熱から、彼女の感情を痛いほど伝わってきて、それをどうにも出来ない自分が情けなくなる。
「それで口封じに」
「いえ。あなたには利用価値があると判断した。あいつを消すための人質にする。子供のあなたなら効果てきめん」
「……っ」
アモが天井に手を伸ばすと、彼女とココロの下に緑色の魔方陣が現れる。転移魔法だ。俺の手を握るココロの力が強まる。
「やめ……ろ!」
それを受けて、反射的に身体が動く。そしてアモに掴みかかる。
「あなたは無力、ただの人。あたしを止められない。以上」
「トキ!」
「がぁ……」
敢え無くベッドの上に弾き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
「うぅ」
「じゃあね。弱いあなたは見逃してあげる。あいつを消せば、どうせ終わりだけど。せいぜい大人しく震えてなさい」
「こ、ココロ……」
「と、ト――」
「ワープ」
ココロが何かを言おうとする前に、緑色の強い光が部屋を包み込んだ。数秒後にはもう二人はいなかった。
「そんな……くそっ」
彼女の言う通り、俺は力もなければ機転を利かせられる頭もない。さっきの状況で好転させられる何かを起こせたとも思わない。でも、目の前で友達が連れ去られて、悔しかった。
「大人しく何かするか……」
きっとあいつはニンショウさんを呼び出してココロを盾にして戦うのだろう。だから、結局俺が何もしなくても英雄対魔王という対戦にはなる。
俺が入り込む余地はない。役に立つ力も情報もない。
「でも……俺は……」
痛む身体にムチを打って立ち上がる。大事な人がピンチなのに英雄に祈って待つことは出来なかった。それに、こんな異常事態になったのは俺の願いに起因している。
「責任は取らないと」
これからどうするか考える。魔王の居場所も英雄の居場所もわからない。
「どう動けば……いや待てよ」
あの人ならもしかしたらと、俺はニンショウさんの名前でネットで検索する。すると、いくつか表示されている中で、動画チャンネルを見つけた。それをタップすると、ホーム画面の上にライブ配信中のものがあった。
「やっぱり!」
開くとニンショウさんはショッピングモール付近を歩きながら、今日あった出来事を話していた。これなら会える。
「……待っててココロ」
俺はマンションを飛び出し、配信を見ながら彼のいる場所へ走った。何だかネットストーカーしているようで、気が少し引けるが、それを振り払って足を動かした。
空はもう夕暮れの空から夜の藍色へと移り変わろうとしている。



