人にはそれぞれの食生活がある。自炊をする人、外食や弁当で済ませる人。もっと内容に着目すれば、バランス良く食べる人、偏食で好きなものばかり食べる人、大食な人や少食な人と色とりどりだ。様々な形があり、どの食生活のスタイルでいるかで人となりも見えてくる。
俺は自炊をしているのだけど、栄養素についてはそこまで考えてはいないが、何となくのバランスは考えている方の人間だ。大きく褒められる程ではないだろうが、頑張っている方だと思っていた。
けれどある女の子と出会ってその認識は大きく変わることになる。
そう、彼女の食生活を知った瞬間に思ったのだ。
俺ってもしかして神なんじゃないかって。
「……聞こえているのだけど?」
当人である目の前にいる彼女を見ながらそう考えていると、ツッコミが入る。
今、俺の部屋にココロが遊びに来ていた。
「私が心を読めると知りながらそう考えるのって、もはや言っているのと変わらないからね」
「いやぁ、そういうつもりじゃないんだよ。つい考えちゃうっていうか。とにかくわざとじゃないんだよ」
ココロは、仕草や声はどこか大人っぽいが、童顔でそれに合うように体も小学校生のように小さい美少女。ボブショートのふんわりとした茶髪で、ブラウンの瞳は大きく丸い。服装は大きめのスモーキーピンクの半袖シャツにデニムのショートパンツという格好をしていた。
「……まぁ、本当の事を言っているのはわかったわ。でもいつも言っている事だけれど気をつけてよね、私の前で変な事を考えるのは」
「はーい」
ココロが持つ相手の心を読む能力は、やっぱり俺の憧れだ。
「それで、そろそろ本題に行って欲しいのだけど?」 少し前、俺が風邪で倒れた時、彼女に看病をしてもらった事がある。そこで、お礼をすると約束をしていた。そして今日の朝、それを果たすとメッセージを送っていたのだ。
「……本当ならしたくないんだけどな」
「あなたが決めた事でしょ」
「お礼だからココロが喜ぶようなものにしたい……けどココロの健康の事を思うと良くないんだよなぁ」
俺はココロと出会い彼女の壊滅的な食生活、一日三食菓子パンとお菓子だけで過ごしている事を知ってしまった。
「あなたに話したのは失敗だったわ。まさか、私にお料理を作ってくるようになるなんて」
「いやいや、その生活をずっと続けてたらヤバかったよ」
それを何もせず黙って見ている事は流石に無理で。朝昼夜と俺の分だけでなく彼女の分も作る事にした。それをもう何ヶ月も続けている。
けど、今日はそれを止めなければならない、それがお礼だ。
「ふふっ、今はそんな事どうでもいいわ。どうやら色々用意してくれているみたいね?」
「沢山買ってきたよ。買う時、めちゃくちゃ店員さんに変な目で見られたけど」
それにココロの健康を考えると、もはや罪を犯しているような気分にすらなった。
俺はキッチンの方に置いてあった大量の菓子パンなどが入った袋を机の上に。
「スイートいっぱいじゃない! しかもメロンパンがこんなに……」
ココロが歓喜の声をあげる。その大量で、一日では人で食べ切れないくらいの菓子パンとお菓子を見て。
「え? これなら全然一日で食べられるわよ?」
「……マジっすか」
思っていた反応と違った。喜ぶのはわかっていたけど、ちょっと多すぎじゃないかという疑問が出るのを期待していたのだが。
「あー……こ、コンナニオオクテビックリ~」
「棒読み過ぎるでしょ……」
抑揚も感情もまるで全く無い驚きの声をあげる。
「し、仕方ないでしょ、わかってしまうのだから」
「だとしてももう少し感情出せたでしょ。まぁいいけど」
本当の本題はこの先にある。驚いてもらうなら次だ。
「実は、一人で食べきれないくらいこんなに買ったのには理由があるんだ」
「いえ、食べ切れるけど」
ココロは何か言っているが話の都合上スルーして続ける。
「俺も……今日一日だけココロと同じ生活をしようと思うんだ!」
「知ってたけど」
「……え」
「そりゃあ心を読めるからわかるでしょ」
しかし、そう考えないよう意識をしていたんだけど。それに、余計な事とか考えてみたりして隠そうともした。
「おバカ。考えないようにしようっていうのが筒抜けなのよ」
「……あ」
「全く、こんな私に心を読まれてきているのに、こんなポカするなんて」
何も言い返せない。サプライズしようって意識ばかりになってそんな初歩的な事も頭が抜け落ちてしまっていた。
「それよりも、どういう風の吹き回しなの? このサプライズをするぞって事しか考えていなかったから、それだけはわからなかったのよね」
「ずっと考えていたんだ。どうしてココロはああんなヤバい生活をしていたんだろうって」
「……ヤバくないわ」
「考えるまでもなくヤバいものはヤバいんだけど、どうヤバいのか実感した上で言わないと伝わらないのかなって思ったんだ」
まずは強制的に止める事には成功した。今度は意識を変えるフェーズに入っている。今のままでは駄目だと思い、俺はこんな策に出た。ちょうど、限定的な菓子パン生活を解禁の約束もあったのもある。
「ふーん、なるほどね。目論見はあれだけど、一緒にそうしてくれるのは……悪い気はしないわ」
ココロは冷静さを装っているが、嬉しいと口元の緩みが言っていた。
「ジロジロ見ないでよ」
「ごめんごめん。まぁ、とにかくそういう事だから今日はよろしく」
「ええ。じゃあ、早速食べてもいいわよね?」
「もちろん。俺も食べる」
早速、朝食のために袋からチョコチップメロンパンを二つ取り出した。ココロは、普通のメロンパンとチョコチップの二種を二つずつ手にする。
「……多くないですか?」
「え? 全然少ないけれど。私、朝が弱いからこれしか食べれないのよね」
「……そうだった、昼にメロンパン十個食べたんだよな」
ココロは購買の人気商品であるチョコチップメロンパンを大量に買っていたのだ。その事件から彼女の終わっている食生活を知ったのだけど、それからかなり時間が経っていて忘れていた。
「だから言ったでしょ? 足りないって。まぁ、不足分は私の部屋にストックしてあるのが沢山あるから、私はそれを食べるわ」
「……う、うん」
当初の予定ではココロと同じ量に挑戦しようと考えたが、もう心が折れた。彼女の半分にしよう、そうしよう。
「それじゃあいただくわ」
「いただきます」
もちろん二つくらいなら全然余裕で、普通に食べ切れた。ココロも俺よりも早く中身を空っぽにしてしまう。
「ごちそうさまでした。ふふっ、何も気にせずメロンパンを食べれるなんて、スイート幸せよ」
「俺は、これから始まる菓子パンパレードにビビってる」
「私は楽しみでしかないけどね」
自分で設定してはいるが、迫りくるそんな未来に怯えつつ、それまで何をして紛らわせようか悩む。菓子パンだけを食べる日にしようとしか決めていなかったのを今さらながら後悔する。もう、食べる時間だけ決めてそれぞれ自由にしようか。
「やる事ないなら私、一つ思いついたのだけど」
「な、何?」
「今から私とピクニックしない?」
◇
「良い天気ね」
俺達は軽い手荷物を持って近所の公園に訪れていた。天候は良好で、気温も暑すぎず寒すぎず、まさにピクニック日和だ。
「どこでやろうか」
「あそことかいいんじゃない。木陰になっているし」
この公園はだだっ広く平面で、一面が芝生の緑いっぱいになっていて、その上に様々な遊具が点在している。その中で入口から右手の奥の方に木々が生い茂っていて、ココロはそこを指差す。
公園内には、少ないが子供や年寄りが遊んだり散歩したりしているが、そこの周囲には人がいなくて、俺達はそこにブルーシートを敷いて腰を下ろした。
「ふふっ、何だか小学生の頃を思い出すわね」
「……だね」
危なかった。小学生が小学生の頃を思い出すって言っているような感じがして、ちょっと笑いそうになってしまった。
「もうここまでいったら煽っているわよね。ちょっと歯を食いしばりなさいよ」
「すみません。わざとだけどすみません」
「……」
「っいででで!?」
俺の右手を思いきりつねられる。かなり痛くて、若干涙目になった。
「全く、これで反省した?」
「はい……これどうぞ」
俺はバッグに入れていた、チョコクッキーを手渡すと、ムスッとしていた顔が解ける。
「わ、わかればいいのよ」
「……チョロい」
「なにか言った?」
「何でもないです」
これ以上は自重しよう。次は両手をつねられる。
「……ふぅ、何か開放的な気持になるわね。ピクニックって」
「天気も相まって清々しい感じだよね。それとさっきココロが言ってた事だけど、懐かしさもある」
「ふふっ。ピクニックしようとは言ったけれど、そこで何をするかは考えていなかったの。でも、ただぼーっとしているだけでも良さそうね」
ココロは寝っ転がり青空を見上げる。日に照らされているから彼女の瞳はとてもキラキラとしていて、それに合わさるように表情も明るい。
「あなたもこうしたら? 気持ちいいわよ」
「……おぉ」
ココロの隣でブルーシートを背中にすると、草木の香りが鼻腔をくすぐり、優しい陽の光に照らされ、肌を撫でる風を鮮明に感じる。人間の本能的な部分が癒されるような感覚があって、先の未来の不安もこの瞬間だけは気にならず、心地良さだけがあった。
「……」
「……」
静かで穏やかなひと時は、無言でも気まずさは全く無い。自然の音や子供のはしゃぐ声が克明に聞こえて、それがより安らぎを与えてくれる。
「暇だけど、スマホとかをいじる気も起きないな」
「スイートわかるわ。非日常感のせいかしら」
「あーそうかも。昔家族でキャンプに行った事あるんだけどさ。ゲームとか持っていったのに、合わないなってなってやらなかったんだよなー」
「旅行とかもそんな感じよね。普段と違う事したくなるみたいな」
こんな風に彼女と共感し合うやり取りをするというのも珍しい。これも非日常だからだろうか。
「……あ」
「どうかした?」
ふと、仰向けにしていた態勢から横向きに変えると、ふと視界に懐かしいものが入ってくる。
「ブランコ、久しぶりだなぁって」
「あぁ……確かに」
「乗ってみようかな」
いつもと違うテンションでいるからか、その延長線上でやりたくなった。
「ココロもどう?」
「嫌よ。まーた、小学生いじりするんでしょ」
「今日はもうしないよ。さ、行こう」
「なら……って今日はって言った?」
彼女のその指摘は一旦スルーして、起き上がりブランコの元へ。付近に子供もいないので使っても大丈夫だろう。俺は二つある内の一つに腰掛けた。
「おお、まじで懐かしい」
記憶よりもブランコの高さが低い感じはしたが、お尻から伝わる硬い感触や揺れ、錆びた金属の持ち手の匂いが、ノスタルジーを呼び起こす。
試しにブランコを漕いでみる。ゆらゆらと不安定で昔はほとんど感じなかった怖さがあって。それに、流石に対象年齢を過ぎたもので無邪気に楽しむことは出来ず、羞恥であまり大きく漕げなかった。
「あははっ、久しぶりにやると意外と楽しいわね!」
いつの間にか隣でブランコを漕いでいるココロは、さっきまで否定的だったのに、まさしく小学生が乗っているかのように楽しんでいた。それを見ると、どこか微笑ましくもあり、そんな風に童心に戻れたらなと羨ましくもあった。
「そんなに人がいないのだから、気にしなくていいんじゃない?」
「で、でも」
「こんな時にしか出来ないのだから、もったいないわよ。それに、一人でやるよりも二人でやれば変な目で見られにくいでしょ」
確かに今しかやるチャンスはない気がする。言われてそちらに心が動きそうになる。
でもよく考えると、変な目で見られるのは俺じゃないか? 何なら、隣に対象年齢の見た目の子のがいるせいで、よりヤバイやつ感が出ないか?
「悪い方向に考え過ぎよ。……私としては嫌だけど、妹と遊ぶ兄みたいに思われるかもしれないでしょ?」
「それも――あるかな?」
「とにかく! どう思われるかなんて考えたって無駄よ。犯罪をしているんじゃないんだから、やりたいようにすればいいのよ」
「……」
そこまで言って貰って、そして言葉だけじゃなくて視線が一緒にやろうと誘ってくれていて。俺は通報されない事を祈って思いきりブランコを漕いだ。
「ははっ! 久しぶりにやると結構いいな!」
「ふふっ。やっぱりあなたの方こそブランコをするのに似合っているわ、精神的に」
「それ凄い罵倒だからね!? ……否定は出来ないけど!」
とんでもない口撃を受ける。その傷を誤魔化すように俺はひたすら漕いだ。
「よし、ココロ! せっかくだから遊具を制覇しよう!」
「ええ!」
そうして俺はブランコを皮切りに公園の遊具を遊び尽くした。この特別なテンションが続くまで。
◇
「それじゃお昼にしましょ」
「うん……」
「テンション下がりすぎじゃない?」
はしゃいで空腹状態だったのだけど、昼ご飯のラインナップを見ると食欲が薄れた。
何せ、目が痛くなりそうなほどカラフルな菓子パンとお菓子のパッケージが溢れているのだから。
「そんなに嫌なら全部食べるわよ」
「い、いや、いただきます……」
お腹は空いているのだ、食べるものを選ぶ贅沢は言っていられない。いや、凄い贅沢な食べ方はしているが。
「はぁ~スイート甘くて美味しい!」
「それ甘い甘いって言ってない?」
「うるさい、そんな細かいことはいいでしょ」
ココロは幸せそうにクリームパンやチョココロネ、そしてメロンパンをどんどん平らげていく。
その姿を見ると食欲が刺激されて、俺はとりあえず持ってきていた揚げパンを食べた。
「うまっ」
「その揚げパン美味しいわよね。私も良く食べるの。……でもそれを食べていると、小学校で出てきた揚げパンが恋しくなるのよね。あれが一番好きだったから」
「あ、俺も好きだった。給食でそれが余っていたら、いっつもおかわりじゃんけん参加してたな」
「ふふっ。私もよ」
次は五つ入りのクリームパン。最近はあまり食べていなくて、口にすると小学校から帰ってきておやつとして食べていた記憶が呼び起こされる。
それからさらに三種類、デニッシュショコラにスティックのチョコパン、あんパンと食べる。どれもやはり小さな頃を思い出させてきて、それによる感傷に浸ることで飽きを防いでいた。何だか今日は懐かしいと思う事が沢山だ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
何とか食べきることに成功する。強い刺激ばかりで少々頭がクラクラしているけど。
「何を言っているの? まだお菓子があるじゃない」
「えぇ、まだ食べるの?」
「お菓子は別腹よ。あなたもそうでしょ?」
「いや、別腹はわかるけども。菓子パンで別腹は満たされてるんだよ」
「ならメインはまだ残ってるわね。それじゃあお菓子交換しましょ」
白旗を上げているのにも関わらずそれを無理やり取り下げたあげく、次の戦いを開始させてくる。
「お菓子交換?」
「ピクニックといえばお菓子交換でしょ? せっかく私もあなたも持ってきてるのだし」
「まぁ、ココロがしたいならいいけど」
何なら全部貰ってくれてもいいのだけど、多分交換じゃないと駄目なのだろう。
「じゃあ私はこのクッキー」
「なら俺は抹茶のチョコを」
ココロから可愛い動物の形のクッキーを一袋。俺は抹茶味の小粒のチョコレートを五つほどを渡した。
「良いセンスね。普段はあまり買わないのだけど、嫌いじゃないわ」
「甘いものが多くなりそうだからね。甘さ控えめのを選んだんだ」
これもこれで甘いのだけど、飽きがこないようにするためにはこれが必要だった、本当に。
「じゃあもう一つやらない?」
ココロはワクワクした子供のような弾んだ声で提案してくる。
「じゃあこれ! あなたがこの派閥だと良いのだけど」
「……」
ココロが出したのはタケノコ型のチョコ菓子だった。三つ渡してくれる。
「なるほどね、じゃあ俺はこれで」
それを受けて俺はそれの対となるきのこの型のチョコ菓子を出して、交換した。
「……まさかあなたはこっち派なの?」
「俺は――」
一瞬で空気感がひりつく。ココロの表情も少し固くなる。
でもすぐに、既に彼女の顔の強張りも空気も弛緩して。
「どっちも好き」
「ふふっ、私もなの」
「いやー良かった。争いが始まるかと」
「なったらなったで楽しそうだから選んだのだけどね」
そう茶目っ気たっぷりに微笑む。無駄な争いは起こさないで欲しい、平和なピクニックで。
「逆にちょっと刺激が欲しくなったのよ。ほら、それに今食べるとより甘く感じる気がしない?」
「……だね」
それから俺達はお菓子を一緒に食べたり、談笑したりしながら、夕方までピクニックを楽しんだ。
◇
日が落ちて少し寒々しくなったので、ピクニックを終わらせてそれぞれの部屋に戻った。そして夕飯時になると、ココロが部屋に来る。
「そろそろお腹空いてきたんじゃない?」
「もしかして心読んだ?」
「そんなわけ無いでしょ。言ったじゃない、面と向かって相手と私の意識が向いた時にだけ心が読めるって」
だとしてもピッタリで来るものだから驚いてしまう。もしかしたら一緒にいる時間が多くなりすぎて、色々と似てきたのかもしれない。
「うぇ……やめてよ」
「マジで引かないで? めっちゃ傷つくからね?」
本当に嫌そうに顔をしかめられるものだから、うっかり死にたくなる。
「ちょっとあなたとの関わり方を考えようかしら」
「……気のせいだったかも? うん、そうだ、俺とココロは全然似てない。一切、何もかも」
「じゃあ、気がわなそうね。やっぱり付き合い方を――」
ま、待って! ええと……言い過ぎだったというか……って」
ココロを見ると実に愉快そうに笑っていた。完全に遊ばれている。
「ふふっごめんなさい、からかいすぎたわ。じゃあ食べる?」
「……食べる」
やはり机に広げられるカラフルな包装を見ると食傷感が出てきた。しかし、これで終わりだと思えば、何とかなりそうだ。
「まるで苦行をしているみたいに思わないでくれる?」
「苦行とまでは言わないけど……修行?」
「同じでしょ」
ふと、考えてしまう。逆の立場の彼女も同じように感じているのではないかと。
「ようやくわかったのね」
「……」
今日の事を通じて思った。あまり食べたくないものを食べさせられるのは、かなり大変で。俺は健康のためだという理由で、ずっとその部分を見ることをしていなかったんだ。心の方も大切にしなきゃいけないのに。
「……そんなに心配そうな顔しないでよ」
「でも」
「お菓子を沢山食べられないのは残念なのだけど、別に今日のあなたほど大変に思ってないわ」
「そう、なの?」
確かにココロは、文句は言いつつも俺みたいに辛そうにしている素振りはなかった。
「あなたの作るものは普通に美味しいし。悔しいけれど、最近は前よりも調子が良いというか体が軽くなったような感じがしていたの」
「そっ……かぁー……」
そう言ってもらえてめちゃくちゃ安心する。この状況で気を遣って優しい嘘を言うはずもないから、そう言ってもらえてめちゃくちゃ安心する。
「だから……まぁ……ええと……」
「ココロ?」
彼女は少し照れくさそうにしながら、俺の様子を伺う素振り見せて言い淀んで。それから一度呼吸を入れて、俺を真っ直ぐ見据えて再び口を開いた。
「いつも……ありがと。それと、これからもよろしくお願い」
「ココロ……」
「でもたまにはこんな日もあると、嬉しいわ」
「うん……!」
胸が熱くなる。まさか素直な感謝な言葉を貰えるなんて。今まで作り続けた事を思い出すと、報われたような気持ちになる。
「……ふふっ、これで菓子パンを沢山食べられる機会が増えるわ……そしてこれを続けていずれなし崩し的に……」
「え、何か言った?」
「いいえ? ありがたいなって言っただけよ?」
「だよね。良かったー」
感動が引っ込みそうな彼女の謀略が聞こえたような気がするが、幻聴だろう。そういう事にしよう、そうしよう。
「そろそろ食べない? もうお腹ペコペコよ」
「だね。じゃあ食べようか」
「ええ……それじゃあ」
「「いただきます!」」
最後の菓子パンの食事を始める。ココロと俺が最初に手に取ったのはメロンパンで。一緒にかぶりつくと、今日一番甘く美味しく感じた。
「美味しいわね!」
ココロの幸せそうな笑顔を見ながら食事をして、今日あった事を思い返す。様々な菓子パンを食べて色んな美味しいものを知り、お菓子交換をしたりして子供時代の小さな幸せを思い出させてもらったりと、そんな一日を通して俺は一つの結論を得た。
やっぱり普通の食事が一番良いのだと。そしてココロのために作り続けようと改めて決意した。
俺は自炊をしているのだけど、栄養素についてはそこまで考えてはいないが、何となくのバランスは考えている方の人間だ。大きく褒められる程ではないだろうが、頑張っている方だと思っていた。
けれどある女の子と出会ってその認識は大きく変わることになる。
そう、彼女の食生活を知った瞬間に思ったのだ。
俺ってもしかして神なんじゃないかって。
「……聞こえているのだけど?」
当人である目の前にいる彼女を見ながらそう考えていると、ツッコミが入る。
今、俺の部屋にココロが遊びに来ていた。
「私が心を読めると知りながらそう考えるのって、もはや言っているのと変わらないからね」
「いやぁ、そういうつもりじゃないんだよ。つい考えちゃうっていうか。とにかくわざとじゃないんだよ」
ココロは、仕草や声はどこか大人っぽいが、童顔でそれに合うように体も小学校生のように小さい美少女。ボブショートのふんわりとした茶髪で、ブラウンの瞳は大きく丸い。服装は大きめのスモーキーピンクの半袖シャツにデニムのショートパンツという格好をしていた。
「……まぁ、本当の事を言っているのはわかったわ。でもいつも言っている事だけれど気をつけてよね、私の前で変な事を考えるのは」
「はーい」
ココロが持つ相手の心を読む能力は、やっぱり俺の憧れだ。
「それで、そろそろ本題に行って欲しいのだけど?」 少し前、俺が風邪で倒れた時、彼女に看病をしてもらった事がある。そこで、お礼をすると約束をしていた。そして今日の朝、それを果たすとメッセージを送っていたのだ。
「……本当ならしたくないんだけどな」
「あなたが決めた事でしょ」
「お礼だからココロが喜ぶようなものにしたい……けどココロの健康の事を思うと良くないんだよなぁ」
俺はココロと出会い彼女の壊滅的な食生活、一日三食菓子パンとお菓子だけで過ごしている事を知ってしまった。
「あなたに話したのは失敗だったわ。まさか、私にお料理を作ってくるようになるなんて」
「いやいや、その生活をずっと続けてたらヤバかったよ」
それを何もせず黙って見ている事は流石に無理で。朝昼夜と俺の分だけでなく彼女の分も作る事にした。それをもう何ヶ月も続けている。
けど、今日はそれを止めなければならない、それがお礼だ。
「ふふっ、今はそんな事どうでもいいわ。どうやら色々用意してくれているみたいね?」
「沢山買ってきたよ。買う時、めちゃくちゃ店員さんに変な目で見られたけど」
それにココロの健康を考えると、もはや罪を犯しているような気分にすらなった。
俺はキッチンの方に置いてあった大量の菓子パンなどが入った袋を机の上に。
「スイートいっぱいじゃない! しかもメロンパンがこんなに……」
ココロが歓喜の声をあげる。その大量で、一日では人で食べ切れないくらいの菓子パンとお菓子を見て。
「え? これなら全然一日で食べられるわよ?」
「……マジっすか」
思っていた反応と違った。喜ぶのはわかっていたけど、ちょっと多すぎじゃないかという疑問が出るのを期待していたのだが。
「あー……こ、コンナニオオクテビックリ~」
「棒読み過ぎるでしょ……」
抑揚も感情もまるで全く無い驚きの声をあげる。
「し、仕方ないでしょ、わかってしまうのだから」
「だとしてももう少し感情出せたでしょ。まぁいいけど」
本当の本題はこの先にある。驚いてもらうなら次だ。
「実は、一人で食べきれないくらいこんなに買ったのには理由があるんだ」
「いえ、食べ切れるけど」
ココロは何か言っているが話の都合上スルーして続ける。
「俺も……今日一日だけココロと同じ生活をしようと思うんだ!」
「知ってたけど」
「……え」
「そりゃあ心を読めるからわかるでしょ」
しかし、そう考えないよう意識をしていたんだけど。それに、余計な事とか考えてみたりして隠そうともした。
「おバカ。考えないようにしようっていうのが筒抜けなのよ」
「……あ」
「全く、こんな私に心を読まれてきているのに、こんなポカするなんて」
何も言い返せない。サプライズしようって意識ばかりになってそんな初歩的な事も頭が抜け落ちてしまっていた。
「それよりも、どういう風の吹き回しなの? このサプライズをするぞって事しか考えていなかったから、それだけはわからなかったのよね」
「ずっと考えていたんだ。どうしてココロはああんなヤバい生活をしていたんだろうって」
「……ヤバくないわ」
「考えるまでもなくヤバいものはヤバいんだけど、どうヤバいのか実感した上で言わないと伝わらないのかなって思ったんだ」
まずは強制的に止める事には成功した。今度は意識を変えるフェーズに入っている。今のままでは駄目だと思い、俺はこんな策に出た。ちょうど、限定的な菓子パン生活を解禁の約束もあったのもある。
「ふーん、なるほどね。目論見はあれだけど、一緒にそうしてくれるのは……悪い気はしないわ」
ココロは冷静さを装っているが、嬉しいと口元の緩みが言っていた。
「ジロジロ見ないでよ」
「ごめんごめん。まぁ、とにかくそういう事だから今日はよろしく」
「ええ。じゃあ、早速食べてもいいわよね?」
「もちろん。俺も食べる」
早速、朝食のために袋からチョコチップメロンパンを二つ取り出した。ココロは、普通のメロンパンとチョコチップの二種を二つずつ手にする。
「……多くないですか?」
「え? 全然少ないけれど。私、朝が弱いからこれしか食べれないのよね」
「……そうだった、昼にメロンパン十個食べたんだよな」
ココロは購買の人気商品であるチョコチップメロンパンを大量に買っていたのだ。その事件から彼女の終わっている食生活を知ったのだけど、それからかなり時間が経っていて忘れていた。
「だから言ったでしょ? 足りないって。まぁ、不足分は私の部屋にストックしてあるのが沢山あるから、私はそれを食べるわ」
「……う、うん」
当初の予定ではココロと同じ量に挑戦しようと考えたが、もう心が折れた。彼女の半分にしよう、そうしよう。
「それじゃあいただくわ」
「いただきます」
もちろん二つくらいなら全然余裕で、普通に食べ切れた。ココロも俺よりも早く中身を空っぽにしてしまう。
「ごちそうさまでした。ふふっ、何も気にせずメロンパンを食べれるなんて、スイート幸せよ」
「俺は、これから始まる菓子パンパレードにビビってる」
「私は楽しみでしかないけどね」
自分で設定してはいるが、迫りくるそんな未来に怯えつつ、それまで何をして紛らわせようか悩む。菓子パンだけを食べる日にしようとしか決めていなかったのを今さらながら後悔する。もう、食べる時間だけ決めてそれぞれ自由にしようか。
「やる事ないなら私、一つ思いついたのだけど」
「な、何?」
「今から私とピクニックしない?」
◇
「良い天気ね」
俺達は軽い手荷物を持って近所の公園に訪れていた。天候は良好で、気温も暑すぎず寒すぎず、まさにピクニック日和だ。
「どこでやろうか」
「あそことかいいんじゃない。木陰になっているし」
この公園はだだっ広く平面で、一面が芝生の緑いっぱいになっていて、その上に様々な遊具が点在している。その中で入口から右手の奥の方に木々が生い茂っていて、ココロはそこを指差す。
公園内には、少ないが子供や年寄りが遊んだり散歩したりしているが、そこの周囲には人がいなくて、俺達はそこにブルーシートを敷いて腰を下ろした。
「ふふっ、何だか小学生の頃を思い出すわね」
「……だね」
危なかった。小学生が小学生の頃を思い出すって言っているような感じがして、ちょっと笑いそうになってしまった。
「もうここまでいったら煽っているわよね。ちょっと歯を食いしばりなさいよ」
「すみません。わざとだけどすみません」
「……」
「っいででで!?」
俺の右手を思いきりつねられる。かなり痛くて、若干涙目になった。
「全く、これで反省した?」
「はい……これどうぞ」
俺はバッグに入れていた、チョコクッキーを手渡すと、ムスッとしていた顔が解ける。
「わ、わかればいいのよ」
「……チョロい」
「なにか言った?」
「何でもないです」
これ以上は自重しよう。次は両手をつねられる。
「……ふぅ、何か開放的な気持になるわね。ピクニックって」
「天気も相まって清々しい感じだよね。それとさっきココロが言ってた事だけど、懐かしさもある」
「ふふっ。ピクニックしようとは言ったけれど、そこで何をするかは考えていなかったの。でも、ただぼーっとしているだけでも良さそうね」
ココロは寝っ転がり青空を見上げる。日に照らされているから彼女の瞳はとてもキラキラとしていて、それに合わさるように表情も明るい。
「あなたもこうしたら? 気持ちいいわよ」
「……おぉ」
ココロの隣でブルーシートを背中にすると、草木の香りが鼻腔をくすぐり、優しい陽の光に照らされ、肌を撫でる風を鮮明に感じる。人間の本能的な部分が癒されるような感覚があって、先の未来の不安もこの瞬間だけは気にならず、心地良さだけがあった。
「……」
「……」
静かで穏やかなひと時は、無言でも気まずさは全く無い。自然の音や子供のはしゃぐ声が克明に聞こえて、それがより安らぎを与えてくれる。
「暇だけど、スマホとかをいじる気も起きないな」
「スイートわかるわ。非日常感のせいかしら」
「あーそうかも。昔家族でキャンプに行った事あるんだけどさ。ゲームとか持っていったのに、合わないなってなってやらなかったんだよなー」
「旅行とかもそんな感じよね。普段と違う事したくなるみたいな」
こんな風に彼女と共感し合うやり取りをするというのも珍しい。これも非日常だからだろうか。
「……あ」
「どうかした?」
ふと、仰向けにしていた態勢から横向きに変えると、ふと視界に懐かしいものが入ってくる。
「ブランコ、久しぶりだなぁって」
「あぁ……確かに」
「乗ってみようかな」
いつもと違うテンションでいるからか、その延長線上でやりたくなった。
「ココロもどう?」
「嫌よ。まーた、小学生いじりするんでしょ」
「今日はもうしないよ。さ、行こう」
「なら……って今日はって言った?」
彼女のその指摘は一旦スルーして、起き上がりブランコの元へ。付近に子供もいないので使っても大丈夫だろう。俺は二つある内の一つに腰掛けた。
「おお、まじで懐かしい」
記憶よりもブランコの高さが低い感じはしたが、お尻から伝わる硬い感触や揺れ、錆びた金属の持ち手の匂いが、ノスタルジーを呼び起こす。
試しにブランコを漕いでみる。ゆらゆらと不安定で昔はほとんど感じなかった怖さがあって。それに、流石に対象年齢を過ぎたもので無邪気に楽しむことは出来ず、羞恥であまり大きく漕げなかった。
「あははっ、久しぶりにやると意外と楽しいわね!」
いつの間にか隣でブランコを漕いでいるココロは、さっきまで否定的だったのに、まさしく小学生が乗っているかのように楽しんでいた。それを見ると、どこか微笑ましくもあり、そんな風に童心に戻れたらなと羨ましくもあった。
「そんなに人がいないのだから、気にしなくていいんじゃない?」
「で、でも」
「こんな時にしか出来ないのだから、もったいないわよ。それに、一人でやるよりも二人でやれば変な目で見られにくいでしょ」
確かに今しかやるチャンスはない気がする。言われてそちらに心が動きそうになる。
でもよく考えると、変な目で見られるのは俺じゃないか? 何なら、隣に対象年齢の見た目の子のがいるせいで、よりヤバイやつ感が出ないか?
「悪い方向に考え過ぎよ。……私としては嫌だけど、妹と遊ぶ兄みたいに思われるかもしれないでしょ?」
「それも――あるかな?」
「とにかく! どう思われるかなんて考えたって無駄よ。犯罪をしているんじゃないんだから、やりたいようにすればいいのよ」
「……」
そこまで言って貰って、そして言葉だけじゃなくて視線が一緒にやろうと誘ってくれていて。俺は通報されない事を祈って思いきりブランコを漕いだ。
「ははっ! 久しぶりにやると結構いいな!」
「ふふっ。やっぱりあなたの方こそブランコをするのに似合っているわ、精神的に」
「それ凄い罵倒だからね!? ……否定は出来ないけど!」
とんでもない口撃を受ける。その傷を誤魔化すように俺はひたすら漕いだ。
「よし、ココロ! せっかくだから遊具を制覇しよう!」
「ええ!」
そうして俺はブランコを皮切りに公園の遊具を遊び尽くした。この特別なテンションが続くまで。
◇
「それじゃお昼にしましょ」
「うん……」
「テンション下がりすぎじゃない?」
はしゃいで空腹状態だったのだけど、昼ご飯のラインナップを見ると食欲が薄れた。
何せ、目が痛くなりそうなほどカラフルな菓子パンとお菓子のパッケージが溢れているのだから。
「そんなに嫌なら全部食べるわよ」
「い、いや、いただきます……」
お腹は空いているのだ、食べるものを選ぶ贅沢は言っていられない。いや、凄い贅沢な食べ方はしているが。
「はぁ~スイート甘くて美味しい!」
「それ甘い甘いって言ってない?」
「うるさい、そんな細かいことはいいでしょ」
ココロは幸せそうにクリームパンやチョココロネ、そしてメロンパンをどんどん平らげていく。
その姿を見ると食欲が刺激されて、俺はとりあえず持ってきていた揚げパンを食べた。
「うまっ」
「その揚げパン美味しいわよね。私も良く食べるの。……でもそれを食べていると、小学校で出てきた揚げパンが恋しくなるのよね。あれが一番好きだったから」
「あ、俺も好きだった。給食でそれが余っていたら、いっつもおかわりじゃんけん参加してたな」
「ふふっ。私もよ」
次は五つ入りのクリームパン。最近はあまり食べていなくて、口にすると小学校から帰ってきておやつとして食べていた記憶が呼び起こされる。
それからさらに三種類、デニッシュショコラにスティックのチョコパン、あんパンと食べる。どれもやはり小さな頃を思い出させてきて、それによる感傷に浸ることで飽きを防いでいた。何だか今日は懐かしいと思う事が沢山だ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
何とか食べきることに成功する。強い刺激ばかりで少々頭がクラクラしているけど。
「何を言っているの? まだお菓子があるじゃない」
「えぇ、まだ食べるの?」
「お菓子は別腹よ。あなたもそうでしょ?」
「いや、別腹はわかるけども。菓子パンで別腹は満たされてるんだよ」
「ならメインはまだ残ってるわね。それじゃあお菓子交換しましょ」
白旗を上げているのにも関わらずそれを無理やり取り下げたあげく、次の戦いを開始させてくる。
「お菓子交換?」
「ピクニックといえばお菓子交換でしょ? せっかく私もあなたも持ってきてるのだし」
「まぁ、ココロがしたいならいいけど」
何なら全部貰ってくれてもいいのだけど、多分交換じゃないと駄目なのだろう。
「じゃあ私はこのクッキー」
「なら俺は抹茶のチョコを」
ココロから可愛い動物の形のクッキーを一袋。俺は抹茶味の小粒のチョコレートを五つほどを渡した。
「良いセンスね。普段はあまり買わないのだけど、嫌いじゃないわ」
「甘いものが多くなりそうだからね。甘さ控えめのを選んだんだ」
これもこれで甘いのだけど、飽きがこないようにするためにはこれが必要だった、本当に。
「じゃあもう一つやらない?」
ココロはワクワクした子供のような弾んだ声で提案してくる。
「じゃあこれ! あなたがこの派閥だと良いのだけど」
「……」
ココロが出したのはタケノコ型のチョコ菓子だった。三つ渡してくれる。
「なるほどね、じゃあ俺はこれで」
それを受けて俺はそれの対となるきのこの型のチョコ菓子を出して、交換した。
「……まさかあなたはこっち派なの?」
「俺は――」
一瞬で空気感がひりつく。ココロの表情も少し固くなる。
でもすぐに、既に彼女の顔の強張りも空気も弛緩して。
「どっちも好き」
「ふふっ、私もなの」
「いやー良かった。争いが始まるかと」
「なったらなったで楽しそうだから選んだのだけどね」
そう茶目っ気たっぷりに微笑む。無駄な争いは起こさないで欲しい、平和なピクニックで。
「逆にちょっと刺激が欲しくなったのよ。ほら、それに今食べるとより甘く感じる気がしない?」
「……だね」
それから俺達はお菓子を一緒に食べたり、談笑したりしながら、夕方までピクニックを楽しんだ。
◇
日が落ちて少し寒々しくなったので、ピクニックを終わらせてそれぞれの部屋に戻った。そして夕飯時になると、ココロが部屋に来る。
「そろそろお腹空いてきたんじゃない?」
「もしかして心読んだ?」
「そんなわけ無いでしょ。言ったじゃない、面と向かって相手と私の意識が向いた時にだけ心が読めるって」
だとしてもピッタリで来るものだから驚いてしまう。もしかしたら一緒にいる時間が多くなりすぎて、色々と似てきたのかもしれない。
「うぇ……やめてよ」
「マジで引かないで? めっちゃ傷つくからね?」
本当に嫌そうに顔をしかめられるものだから、うっかり死にたくなる。
「ちょっとあなたとの関わり方を考えようかしら」
「……気のせいだったかも? うん、そうだ、俺とココロは全然似てない。一切、何もかも」
「じゃあ、気がわなそうね。やっぱり付き合い方を――」
ま、待って! ええと……言い過ぎだったというか……って」
ココロを見ると実に愉快そうに笑っていた。完全に遊ばれている。
「ふふっごめんなさい、からかいすぎたわ。じゃあ食べる?」
「……食べる」
やはり机に広げられるカラフルな包装を見ると食傷感が出てきた。しかし、これで終わりだと思えば、何とかなりそうだ。
「まるで苦行をしているみたいに思わないでくれる?」
「苦行とまでは言わないけど……修行?」
「同じでしょ」
ふと、考えてしまう。逆の立場の彼女も同じように感じているのではないかと。
「ようやくわかったのね」
「……」
今日の事を通じて思った。あまり食べたくないものを食べさせられるのは、かなり大変で。俺は健康のためだという理由で、ずっとその部分を見ることをしていなかったんだ。心の方も大切にしなきゃいけないのに。
「……そんなに心配そうな顔しないでよ」
「でも」
「お菓子を沢山食べられないのは残念なのだけど、別に今日のあなたほど大変に思ってないわ」
「そう、なの?」
確かにココロは、文句は言いつつも俺みたいに辛そうにしている素振りはなかった。
「あなたの作るものは普通に美味しいし。悔しいけれど、最近は前よりも調子が良いというか体が軽くなったような感じがしていたの」
「そっ……かぁー……」
そう言ってもらえてめちゃくちゃ安心する。この状況で気を遣って優しい嘘を言うはずもないから、そう言ってもらえてめちゃくちゃ安心する。
「だから……まぁ……ええと……」
「ココロ?」
彼女は少し照れくさそうにしながら、俺の様子を伺う素振り見せて言い淀んで。それから一度呼吸を入れて、俺を真っ直ぐ見据えて再び口を開いた。
「いつも……ありがと。それと、これからもよろしくお願い」
「ココロ……」
「でもたまにはこんな日もあると、嬉しいわ」
「うん……!」
胸が熱くなる。まさか素直な感謝な言葉を貰えるなんて。今まで作り続けた事を思い出すと、報われたような気持ちになる。
「……ふふっ、これで菓子パンを沢山食べられる機会が増えるわ……そしてこれを続けていずれなし崩し的に……」
「え、何か言った?」
「いいえ? ありがたいなって言っただけよ?」
「だよね。良かったー」
感動が引っ込みそうな彼女の謀略が聞こえたような気がするが、幻聴だろう。そういう事にしよう、そうしよう。
「そろそろ食べない? もうお腹ペコペコよ」
「だね。じゃあ食べようか」
「ええ……それじゃあ」
「「いただきます!」」
最後の菓子パンの食事を始める。ココロと俺が最初に手に取ったのはメロンパンで。一緒にかぶりつくと、今日一番甘く美味しく感じた。
「美味しいわね!」
ココロの幸せそうな笑顔を見ながら食事をして、今日あった事を思い返す。様々な菓子パンを食べて色んな美味しいものを知り、お菓子交換をしたりして子供時代の小さな幸せを思い出させてもらったりと、そんな一日を通して俺は一つの結論を得た。
やっぱり普通の食事が一番良いのだと。そしてココロのために作り続けようと改めて決意した。



