ココロに心を読まれる時のトキ

 心が読めなくなった、そんな衝撃的な一言を受け、俺の視界はぐらりと揺れた。
 とりあえず一旦俺の部屋に入ってもらってから、本当に読めていないのか確かめるべくテストをする事に。
 俺が彼女が見たらめちゃくちゃ恥ずかしがりそうなとんでもない事をいくつも考えた。そうすれば、嘘をついていたりしたら反応するだろうと考えたからだ。しかし、一切のリアクションがなく、読めていないのは確定した。
「えっと、ココロは体調とか大丈夫? 何か熱があるとか」
「普通に元気だし、何ともないわ」
「それは良かったけど」
 スモーキーピンクの半袖とショートパンツの部屋着姿でいるココロは、俺の横、ベッドの上に座って足をぶらぶらさせている。
 表面上は何か大きく変わった様子はなく、心が読めなくなった一点だけのようだ。
「……どうして読めなくなったんだろうね」
「わからないわ。心当たりがあるとすれば、昨日の流れ星くらいね」
「叶えてくれたって事か……」
 ありえない話でもなかった。俺の周りでも、叶えてもらったという話を聞いた事がある。ただ確証があるものでもないから、絶対流れ星のおかげかどうかはわからないけど。
「ココロは不安じゃないの? あったものがなくなっているんだよ?」
「それ以上に普通になれた嬉しさが勝っているわね。今、スイートテンションが上がっているの」
「……」
 俺の心配をよそにココロは普通になれた事に喜んでいる。わかりやすく顔には出ていないけど声音や仕草が弾んでいていた。
「ちょっとじゃんけんしてくれる?」
「う、うん」
「最初はグーじゃんけん――」
 俺はチョキを出してココロはパーを出す。俺の勝ちだ。
「ふふっ、こんな風に普通に勝負が出来て負ける時もある」
 ココロにじゃんけんに勝つのはもちろん初めてだった。でもこんなので勝利を得ても何の感情も湧かない。
「それにあなたの考えもわからないから、振り回されることもなくなるわね」
「……ココロ」
 こんなに近くにいるのに、凄く距離を感じてしまう。感情面でも全く共感できなくて、それを理解もされない。ココロと出会って一度もなかった感覚だ。
「ありがとね、おかげで心を読む力がなくなった事を確認出来た」
「ココロはこれからどうするの?」
「普通を楽しむわ。それでまずはちょっとショッピングモールに遊びに行ってくるわ」
 ぴょんとベッドから降りて、部屋を出て行こうとする。その小柄な後ろ姿とても危うさを感じて。
「お、俺も付き合うよ」
「ふふっ、言うと思ったわ。いいわよ、より普通になれた実感を得られそうだし」
「……」
 心を読めなくなったと聞いてから、俺はココロといても楽しいと感じられなくなっていた。確かに、心を読める人と知って仲良くなりたいと思ったのが始まりだ。でもココロ知っていく度にココロ自身のことも、人として好きになっていた。そう思っていたはずなのに、今は彼女に対しての好意的な感情が薄れていて。
 結局俺は心を読める彼女が好きだったのだろうか。
「じゃ、一時間後くらいに呼びに来るから」
「う、うん」
 ガチャリとドアが閉まりココロが部屋から出ていく。急に静かになった一人の部屋は、彼女と出会う前以上の孤独と寂しさに包まれた。

◇ 

「普通の人が見ている景色ってこんな感じなのね!」
 俺とココロはマンションを出てショッピングモールに向かって歩いていた。目的地まで徒歩十五分ほどで着くくらいの距離にあり、道中は住宅街を通って、工場が立ち並ぶ地帯を抜けた先にある。人通りは普段よりも多く、モールに行くような人達ばかり見えた。
「そんな変わる?」
「ええ! 世界が色付いて見えるもの」
「そんな好きな人が出来たみたいな……」
 足取りは露骨に軽やかで、まさに欲しい物を買ってもらえた子供のようなはしゃぎようだ。見た目も相まって、年上目線で微笑ましさを感じる。
「どうしたの、こっちをジロジロと」
 ココロは英語の文字が入っているものシンプルな白のシャツにデニムのショートパンツという服装をしている。ウエストバッグにランニングシューズを履いてもいてどこか活発な印象があり、彼女の心内を表出させているようでもあった。空は曇ってそこまで暑くないため日傘をしていない。
「いや、何でもない」
 いつもなら心を読んで、冷静に分析するなとか、子供扱いするなってツッコまれるのに当然それもなくて。俺が思っている事がバレない、これが普通なはずなのに今は違和感しかなかった。
 モールに近づくとさらにそこへと向かう人数が増えて、半ばその流れに押されるように俺達はそのまま中に入った。
 ここは、館が別れているような大きさのあるところではないけれど、ある程度の広さがある四階建てのモールだ。中にある店は、ちょこちょこ入れ替わったりしてはいるが、頻繁にイベントもやっていて、そういう日はかなりの人が集まる。
 今日は丁度その日らしく、東口から入ってすぐのスペースに会場が設置されていて、看板を見ると英雄トークショーと書いてあった。
「この人って」
 スマホで調べると、ここからかなり離れた街で突如魔王を名乗る存在が現れ、街中にモンスターが溢れる事件が発生した。そんな絶望的な状況の中、一人の少年がモンスター達を打ち払い、魔王こそ取り逃がしたけど街を救い英雄となる。そして戦うその模様がライブ配信されており、一躍人気者になった。
 それを表すように会場の中どころか入れなかった人達まで聞こうと集まっている。
「ココロはこの人、知ってる?」
「ええ、テレビとかネットでやってるのを見たわね。久しぶりの大きな異変事件って事で」
 この国には人間を襲う大きな二つの事象がある。台風や地震などの自然災害ともう一つ、異変事件があった。基本的に自然災害以外の人を襲う災厄がそれに定義される。
 本来いないはずの場所にモンスターが出るとか、死未確認飛行物体が現れるとか、幽霊が出現するとか小さな異変事件は色んなところで起きている。けれど、今回の出来事は結構でかい出来事ではあって、連日報道されていた。
「今日ここに来るなんて知らなかったな。もしかしてこれが目的?」
「いえ、私も知らなかったわ」
「それにしても凄い人気だ」
「まぁ、この街は異変事件が起きづらいところだから、より聞きたがるんじゃないかしら」
 確かに歴史的に見ても異変事件はほぼ起きておらず、同時にココロのような特殊な力を持つ人間もほとんどいない。需要はかなり満たしている。
「聞いていく?」
「いいえ。私にはやる事があるもの。あなたにも付いてきてもらうから」
「やる事?」
 その質問には答えてもらえず、とりあえずココロの背中を追っていく。イベント会場を横切り、エスカレーターに乗り二階へ。
 カフェや雑貨屋の先にある、洋服店でココロが止まる。内装も外装も俺みたいな服装に無頓着な人間には近寄りがたい、オシャレなデザインをしていて、中にいる人も女性かカップルばかりだった。
「お、俺は外で待ってるから……」
「駄目よ。私、一人で行くといっつも店員に子供扱いされて、一々説明するのが面倒なの」
 いや、俺がいても妹か何かだと思われるだけだと思う。と、心の中でのツッコミが彼女に届くことなく入っていってしまい、俺も続くしかなかった。
 女性ものの服が沢山あるゾーンに来ると店員の綺麗なお姉さんと目が合い接近してくる。俺とココロ交互に見ると最終的に俺に話しかけてくる。
「妹さんの服をお探しですか?」
「あ、いえ。同級生で……」
「し、失礼しました! えっと、どういったものをお探しですか」
「私は……」
 会話の対象がココロへと変わり一安心だ。それからは店員さんの案内で奥の方へとついていく。
「ありがとうございます。色々見てみます」
「ごゆっくりどうぞー」
 そして店員さんは去っていった。ここは、夏もののワンピースが沢山置いてある。しかしココロはその服に興味を示すわけでもなく、静かに何かを噛み締めていた。
「ココロ?」
「……読めなかった」
「うん?」
「出るわよ」
 服を見るでもなくココロはさっさと出ていってしまう。それから店の前に備え付けられているベンチに座る。
「ど、どうしたの? 具合悪い?」
 俺は屈んで彼女の顔を見るが、特段変わった様子はなかった。
「私、今とっても幸せを感じているの」
「え?」
「いっつも店員から子供扱いされて誤解を解いた後、いっつも、どう見ても子供だろとか、小さ過ぎとか、馬鹿にした心の声が読めちゃって、めちゃくちゃストレスを感じていたのよ。でもそれがなくて、本当解放された気分なの」
 心の底からスッキリしたという晴れやかな表情をしていた。そんな話を聞くと悪く思っていたつもりはないけど、小さいなと常々思って心の声を見せていたことを申し訳なくなってきた。
「そ、そっか。何だかごめん」
「別にあなたのはそこまで気にしていなかったけれど、わかってくれたなら嬉しいわ」
 心が読めないからしたら、大した事には感じられないけど、彼女にとってはそれだけ嬉しい事なのは理解出来た。
 そんな姿を見ると、心を読めるココロに戻って欲しいと願っている俺の気持ちは間違いとしか思えなくなってくる。
「目的は達成?」
「いえ、この感覚をもっと味わいたいからもう何軒か行くわ」
「わかった」
 ココロは立ち上がり、また別の店へと足を進めて、俺は少し離れた後ろを歩いた。
「……」
「遅いわよ」
「う、うん」
 ずんずんと喜びに、早くなる彼女のスピードに俺はどんどん離されていく。もっと小さくなる背中を見て考えてしまう。このまま普通の人となったらココロと同じような関係を築けるのだろうかと。
 ずっと隣にいると思えたココロは、今はすぐ俺の手の届かないところにいるようだった。