花を生けるはずが、恋が育ちました。〜幽霊部員だった俺が、部員二人の華道部で一軍男子に完全敗北するまでの話〜

 「三雲、今日こそカラオケ……」

 「わりぃ松田! 今日はガチで用事ある!」

 この日が、ついにきてしまった。
 適当な言い訳でも言ってブッチしてしまおうか、なんて最低なことも正直何回も考えた。

 でもだめだ。柊珂に嫌われたらたぶん立ち直れない。普通に泣く。
 ってかそうじゃなくて、柊珂を傷つける。それだけは、絶対にだめだ。

 ……なんて、柊珂と教室を出たものの、顧問に指定された大きめの花屋に向かう道中俺たちは、ほとんど何も話していない。

 いつも何話てたんだっけ? 駅までこんなに遠かったっけ?

 「……樹」

 「うぇっ⁉ な、何⁉」

 「体調悪いのか? 顔、赤いぞ」

 「超元気! ほら、ステップ踏めるくらい!」

 歩道で謎のステップを踏んで見せると、柊珂は一瞬だけきょとんとした後、すぐにフッと笑った。
 だめだ、柊珂が笑うだけで俺の心臓のドラムがうるさすぎる。

 「……ここか」

 ようやく到着した花屋は、色とりどりの花と、最近嗅ぎ慣れた青臭い匂いに包まれていた。
 俺の脳内花図鑑では到底太刀打ちできないほどたくさんの花が並んでいるのを見たら、一気にテンションが上がってきた。

 「うわ、すげー……。ピンクのたんぽぽ! あ、こっちに大たんぽぽある!」

 「ピンクのたんぽぽなんて世紀の大発見だろ」

 柊珂が俺の隣に並んで「大たんぽぽはどれ?」なんて少し意地悪な顔で笑うから、本当にイケメンはずるい。
 俺は急に恥ずかしくなってきて、フイっと顔を逸らした。

 「花の名前わかんないんだからしかたないだろ」

 「じゃあ、これにする」

 「あ! これはさすがに知ってる。ひまわりだ! でも、なんで?」

 「樹っぽいから」

 「……は?」

 「元気だけが取り柄のうるさいところとか」

 「は? 悪口じゃん」

 「睨むなよ。嘘だから。悪かった」

 素直に謝られてもちょっとだけまだムカつく。ジト目を向けると、柊珂が

 「明るくて、樹の……笑ったときに似てる」

 なんて言いやがった。
 ずるいだろ、そんなの。イケメンがこういうこと言うの、本当に法律で禁止した方がいいと思う。

 「……っ、な、な、な」

 やばい。
 何か言い返してやりたいのに俺の脳内は完全にバグり散らかして何も言えねぇ。

 柊珂はといえば、相変わらずの涼しい顔で、ひまわりとそれに合いそうなオシャレな名前の草とかを手に取って、レジへ向かった。
 バクつく心臓のまま、ほぼ満身創痍で柊珂の少し後ろから声をかける。

 「……なぁ、マジでそれにすんの?」

 「ダメ?」

 「ダメじゃないけど……」

 「けど?」

 「……なんか恥ずいじゃん」

 「樹が恥ずかしがる理由がわからない」

 「そういうとこだよ!」

 会計を終えて、袋を受け取ると、店員さんがにっこり笑った。

 「男の子二人でお花屋さん来るの珍しいね」

 「えと、文化祭で使うんです! 展示する、みたいな」

 「へぇ! 素敵ね」

 「はい! 二人で、」

 って、なに話てんだ俺!
 店員さんは「二人で?」と、にこにこしたまま首を傾げている。

 恐る恐る隣の柊珂を見ると、無。
 あ、これ助けてくれないタイプのやつだ。

 こうなったら仕方ない。

 「俺ら華道部で、二人で一つ作ることになってて」

 店員さんがちょっとだけ目を丸くした。

 「仲いいんだね」

 その一言で、なんだか全部見透かされた気がして、耳の後ろが一気に熱くなる。

 「いや、別にそういうんじゃ……!」

 「そういうとこだよ」

 ぼそっと柊珂が横から言う。

 「は?」

 「余計なこと言うなってこと」

 「お前が言わせたんだろ!」

 思わず食い気味に返すと、柊珂が小さく笑った。
 その笑い方が、意地悪そうなのに、さっきよりちょっとだけ柔らかくて、逆にムカつく。

 店員さんはくすっと笑ってから「じゃあ素敵な作品になるといいね」と言って、花をおまけしてくれた。

 店を出た瞬間、秋の外の風が吹いていて、熱くなった耳を冷ましてくれた。

 「……お前さ」

 「なに」

 「ほんとに喋りすぎ」

 「うっせ」

 袋の中を覗くと、袋の真ん中に青い花があった。

 これ、前に部活で使った。柊珂っぽい花だ……。

 そのすぐ隣で、俺が歩くたびにひまわりが揺れて青い花に触れる。
 それだけでまた、耳の後ろが熱くなってきそうで速足で学校に戻った。


 ◇


 「よ、よし! やるか!」

 放課後の静まり返った理科室に戻ると、机の真ん中には顧問が置いていったバカデカい花器が鎮座していた。
 ガサガサとわざと大きな音を立てて花を取り出す。

 たしかに花器はデカい。デカいけど。

 「これ、全部使いきれるのか?」

 「使うって言い方やめろ」

 「じゃあなんて言うんだよ」

 「生ける」

 「意識高っ」

 「樹が低いだけ」

 「うるせ」

 よかった。俺、ちゃんといつも通り喋れてる。
 柊珂は手際よく道具を準備して、俺の分のハサミも持ってきてくれた。

 「サンキュ。ひまわりは俺に任せろ!」

 「じゃあ、俺はこの『オシャレな葉っぱ』生けるわ」

 「笑うなよ! あと、オシャレなのは葉っぱの名前な」

 「なんだよ。その謎のこだわり」

 「だから笑うなって!」

 柊珂は「モンステラな。いい加減覚えろよ」と意地悪く笑った。なんか最近、前よりよく笑うんだよな、こいつ。
 柊珂が笑うだけで俺の心臓が馬鹿みたいに暴れる。

 ……だめだ。花に集中しよう。

 長さを調整しようと、ひまわりとハサミを手に持って狙いを定める。
 よし。ここに決めた。
 パチンとハサミで切ろうとしたその時。

 「樹、それだと全体のバランスが低くなる」

 「えっ⁉」

 すぐ近くで声がした。
 でも、その声がどこから聞こえたか分からないくらいには近くて。ひまわりもハサミも手に持ったまま、金縛りにあったみたいに動けなくなる。

 「いつの間にこんな近くに?」

 「樹が近づいてきたんだろ」

 え? 俺今声に出してた? ってか、俺が近づいたの? 柊珂に?

 「もう少し長さ出して。今回の主役なんだから。ほら、ここ」

 もっと近く――耳元で、柊珂の低い声がして、その瞬間、背中にほんのりと柊珂の胸元が触れるような感覚があった。
 気づけば、柊珂が俺の真後ろに立っていて、俺の両手とも柊珂の手が重なっている。

 「……っっふぁ!!!」

 近い近い近い近い死ぬ!!!
 心臓の音がバカみたいにデカくなって、理科室中に響いてるんじゃないかって焦る。

 「あ、あのさ、柊珂……っ、ちょっと近いっていうか、俺一人でできるっていうか、」

 「動くな。危ないから」

 ぴしゃり、と窘めるような声。でも、重なった柊珂の手は、そのまま。
 もう無理だ! 心臓爆発する!!

 その時、俺が焦って逃げようとしたせいで、お互いの手の位置がわずかにズレた。
 スっ、と、ハサミの刃が、狙った茎から滑る。

 「っ……!」

 「樹⁉」

 柊珂がハッと手を離し、俺の前に回り込む。
 見ると、左手の親指から、たらりと赤い血が滲んでいた。

 「あー、わりぃ。気ぃ抜いたわ……」

 「見せろ」

 柊珂の声が、さっきまでと明らかに違った。
 低いとか、落ち着いてるとか、そういうのじゃない。焦ってる。

 俺の左手は、気づいた時にはもう柊珂に掴まれていた。

 「いいって! ちょっと切れただけだから」

 「いいからじっとしてろ」

 引っ張られるまま理科室の水道の前に連れて行かれ、冷たい水で傷口を洗い流される。
 水が沁みる痛さなんて、正直どうでもよかった。

 蛇口から流れる水の音が、バカみたいにうるさい俺の心臓の音をかろうじてかき消してくれていた。

 横目で盗み見た柊珂の横顔は、今まで見たどの表情よりも真剣で、見たことがないくらい強張っている。

 ……だめだ。近すぎる。無理。このままじゃ俺が無理。

 「いや、ほんと大したこと――」

 「動くな」

 有無を言わせない柊珂の声に、身を捩って逃げようとした俺の身体はピタリと止まった。
 ……っていうか、掴まれてる手のひらが、めちゃくちゃ熱い。

 水を止めると、柊珂はポケットからハンカチを取り出して、俺の指先を包んだ。
 柊珂ってハンカチとか持つタイプなんだ、なんてことに、いちいちドキドキする。

 「……保健室、行くか」

 「い、行かねーよ! ばんそうこう貼れば一瞬で治るわ!」

 慌てて救急箱から絆創膏をひったくって、適当に指に貼り付ける。

 「ほら、完治! 余裕! ……あー、もう今日終わり! 予定思い出した!」

 これ以上この空間にいたら、本当に心臓が口から飛び出す。
 俺はろくに柊珂の顔も見ず、結局なにもぶっ刺さっていない花器も花も置き去りにして、リュックを引っ掴んだ。

 「じゃ、じゃあな! 残りはまた今度な!」

 「あ、おい、樹――」

 呼び止める声を無視して、理科室を飛び出した。


 ◇


 「……はぁ、……マジで、なんなんだよ」

 駅へと向かう夕暮れの道を全力で走り抜けて、ようやく立ち止まる。

 秋の涼しい風が吹いてるはずなのに、柊珂に触れられたところから熱が広がって、どこもかしこも熱い。このまま沸騰して死んじゃうんじゃないか?

 なんで、あいつに触られただけで、あんなに息ができなくなる?
 なんで、あいつの顔をまともに見られない?
 松田たち相手に、こんな風になったことなんて一度も、ない。

 俺、もしかして……。

 「いやいやいや! ないないない!!」

 頭を抱えてブンブンと首を振る。道行くサラリーマンに変な目で見られたけど、そんなの気にしていられるか。

 男だし。友達だし。そんなわけがない。絶対に対象外だろ。
 ……考えたら負けだ。これ以上考えたら、なんか取り返しのつかないラインを越えてしまう気がする。

 「あーーー! ナシ! 今のナシ!!」

 頭の中で鳴り止まない警報を大声でかき消しながら、俺はただがむしゃらに駅へと走り出した。