花を生けるはずが、恋が育ちました。〜幽霊部員だった俺が、部員二人の華道部で一軍男子に完全敗北するまでの話〜

 「……おい」

 「え⁉ あ、何⁉」

 「何、って……お前、さっきから何してんの」

 ほんの少しだけ視線を向けると、隣の机で作業する柊珂と目が合った。

 切れ長の瞳が真っ直ぐこっちを見ていて――だめだ。直視できない。
 こういう時、ネクタイの結び目見るんだっけ?

 「いや、別に? 普通に花生けてますけど?」

 「ハサミ持ったまま三分は微動だにしてない」

 「うそだ」

 「嘘じゃねえよ。そのあと急に首ブンブン振って、今度はリンドウを親の仇みたいに睨みつけてる」

 「……。気のせいだろ」

 「気のせいじゃない。絶対におかしい」

 そんなの、分かってる。
 月曜日から今日までいったいどうやって過ごしてきたか、自分でも分からないくらいには、今の俺はおかしい。
 なんで、よりにもよって顧問いないんだよ。こいつと二人とか気まずすぎるだろ。
 そもそも部活サボればよかったのか?いや、そしたら柊珂に会えないわけで。

 ……って何考えてんだ俺。

 「お前、あのパンダと同じ顔してるぞ」

 「ぶふっっっ⁉」

 突拍子もないワードを放り込まれて、変な声が出た。

 「な、ななな、何言ってんだお前⁉」

 柊珂が俺のリュックについた『なめパンダ』を指でつつく。

 「知るか! 俺はそんな顔してねーわ!」

 パンダって言うな。あの特大のやつ、俺の部屋の一等地にいるんだよ。
 毎日、寝る前と朝起きたときにアイツと目が合うたびに、ゲーセンでの柊珂の「好きだろ、これ」って声が脳内で無限ループして、布団の中でのたうち回るハメになってるんだからな。

 「……何か言いたいことあるなら言えよ。ずっと避けてただろ」

 その声があまりに責めるような、不安そうな声で思わず視線を上げる。
 柊珂がハサミを置いて、一歩俺に近づく。

 うわ、最悪だ。普通に傷つけてた。最低すぎるだろ俺。

 「違う! 避けてない! マジで、ちょっと、あの……曜日感覚がバグってただけで」

 「曜日?」

 「そう! この前、月曜日なのに部活行こうとしちゃって。松田たちにイジられて、それで!」

 だめだ。全然信じてないやつだ。柊珂の顔、どんどん険しくなってる。
 いや、でも嘘はついてないわけで。

 「あらぁ! 二人とも、今日も仲良くお花生けててえらいわねぇ!」

 いつ顧問が理科室に入ってきたのか全然気づかなくて、びくりと肩が跳ねた。
 この顧問、いつもタイミングがいいのか悪いのか。顧問は、ニヤニヤと俺と柊珂を交互に見てから言った。

 「あのね、文化祭なんだけど、別々に生けるんじゃなくて、二人で一つの大きな共同作品を作って展示することにしたから!」

 「「……は?」」

 俺と柊珂の声が綺麗にハモった。

 「大きな花器があるから。あ、展示に使う花材も、部費から落とすから二人で好きなの選んで買いに行ってちょうだいね。じゃーよろしくー!」

 顧問は理科室を出る直前に、「終わったら帰っていいから、電気だけ消しておいてね~」と呑気に言って、去っていった。

 急に理科室が静かになる。

 二人で、一つ。
 共同作品。
 花材の買い出し。

 それってつまり、放課後に二人きりで街へ買い物に行くってこと? しかもその後二人で一緒に花を生けろって?
 今の俺のバグり散らかした状態で? 正気か?

 無理。心臓が持たない。死ぬ。

 「……じゃあ、」

 パニックになる俺の耳に、柊珂の低い声が滑り込んできた。

 「来週買いに行くか」

 「……え」

 「来週の木曜、放課後、空いてるだろ」

 そんな顔、反則だろ。
 クラスのやつらには絶対に見せない、俺だけが知っている、あの顔よりももっと柔らかい表情するなんて。

 「お、おう。空いてる、けど」

 断れるわけがなかった。

 自分の耳の後ろが、あり得ないくらい熱くなっていくのが分かる。
 どうしよう。心臓の音、柊珂に聞こえてたら。

 松田たちとだって放課後遊びに行くのに。それと同じじゃんか。
 それなのに――何でこんなに心臓がうるさいんだよ。

 次の木曜日、一体どんな顔をして、あいつの隣を歩けばいいんだ。