花を生けるはずが、恋が育ちました。〜幽霊部員だった俺が、部員二人の華道部で一軍男子に完全敗北するまでの話〜

 「え、あのパンダでか…」

 改札へ向かう道すがら、すれ違う女子高生二人組にヒソヒソ笑われた。

 「なあ、三雲」

 隣を歩く吾妻が、ちょっと意地悪そうに口角を上げた。

 「それ持って電車乗るの恥ずかしくないの?」

 「は? 全然? むしろ誇らしいわ。見せびらかしながら帰るに決まってんだろ」

 帰ったら俺の部屋の一等地(枕元)に置くことが決まってるし。

 「お前、本当に変な奴だな」

 吾妻はまたちょっとだけ意地悪そうに笑ったけど、部活の時みたいにその笑顔は柔らかかった。

 自動改札を抜けてホームに上がると、ちょうどタイミングよく電車が滑り込んできた。
 特に何も言わないまま、吾妻も俺と同じドアから車内へ入っていく。吾妻も家こっちの方なんだ。

 雨上がりの夕方。車内はそこそこ空いていて、俺たちは並んでロングシートに腰を下ろした。
 座ると、腕の中の特大パンダの存在感がさらに増す。

 「なぁ、そういえばさ、シャドギのID教えてよ。今夜のイベント、お前のアドバイス通りに周回してみたいんだけど」

 「……ん」

 無事IDを交換してスマホをポッケにねじ込もうとした時。

 「これ。ついでにLINEも」

 「おう。サンキューな」

 画面を読み込んで、ソッコーで友達追加のボタンをタップする。

 「んじゃ、これから暇なとき柊珂にスタ爆するわ」

 「……は」

 「ん?」

 見れば、吾妻はスマホを握ったまま固まっている。
 やばい。マジで怒らせたかも。

 「や、ごめん! スタ爆はやめとくから」

 「……そうじゃなくて、名前、」

 「え⁉ 名前、柊珂じゃなかった⁉」

 「あってる。……けど、急だな」

 「吾妻って呼びにくい。ダメ?」

 とりあえず怒ってるわけじゃなさそうで一安心する。吾妻は一瞬、視線を彷徨わせてから、すぐに俺を見据えた。

 「じゃあ俺も(じゅり)って呼んでいいか?」

 「全然いいよ! ってか、名前知ってたんだ」

 「樹も知ってた」

 そのとき、プシューと音を立てて電車が俺の家の最寄り駅に停車する。

 「俺ここだから。また明日な、柊珂」

 パンダの手を持って手を振ると、柊珂は少しだけ目を細めて、小さく手を振り返した。