花を生けるはずが、恋が育ちました。〜幽霊部員だった俺が、部員二人の華道部で一軍男子に完全敗北するまでの話〜

「三雲、どっから回る? 三年のお化け屋敷マジでエグいらしいから先に並ばね?」

文化祭当日の朝、HRが終わった瞬間に松田と長瀬が机を囲んできた。
わるいな、二人とも。今日はもう先約があるんだ。

「わりぃ! 無理!」

これから一階のロビーに昨日の作品を移動させるっていう最重要ミッションが控えている。

「柊珂! 早く! 花!」

「わかったから。引っ張るなよ」

柊珂をぐいぐいと引っ張って教室を出ようとすると、「また吾妻かよー!」と教室中から野次が飛んできた。

「お前ら絶対一階のロビー来いよ!」

「なんかあんの? あ、三雲の彼女来るとか?」

「違ぇよ!」

「じゃあ何?」

「俺らの最高傑作! じゃ、俺行くから!」

「俺ら?」「最高傑作?」なんて後ろから飛んでくるクラスメイトたちの声を全部スルーして、柊珂と教室を出る。

「柊珂もっと早く走れ!」

「花が待ってるから?」

「さっすがしゅーかくん! わかってんじゃん!」





「樹、揺らすな。水こぼれる」

「分かってるって!」

理科室から一階の展示ロビーまで、俺たちは細心の注意を払いながら、バカデカい花器を二人で運んでいた。
花を無事運搬し終えて、ふぅと一息つこうとした時、

「あら〜〜〜! 吾妻くんも三雲くんも、本当に上手に生けたわねぇ!」

と、背後から声がした。
振り返れば、手には文化祭が始まる前だというのに、フランクフルトとヨーヨーを持っている華道部顧問。相変わらず自由すぎる。

「先生、これマジでやばくないすか? 俺ら才能開花したっぽいっす」

「ええ、本当に……、」

顧問はふっと優しい顔になって、並んだ俺たちの顔を交互に見つめた。

「二人の空気感がそのままお花に出てるわ」

顧問はひまわりを見つめ、それからデルフィニウムに視線を移した。

「どっちが主役でもないの。お互いがお互いを一番綺麗に見せ合ってる。だから、こんなにいい作品になったのね」

いつも適当なことばかり言って、とりあえず褒めているだけだと思っていたのに、違ったらしい。
隣の柊珂を見たら、あいつも一瞬だけ俺の方を見て、目が合うとすぐにふいっと視線を逸らした。
なんなんだよ。そんな顔されたら、こっちまで照れるだろ。

「じゃ、じゃあ先生、俺ら回ってきます!」

俺がそう言うと、顧問はニヤリとに口元を緩めた。

「ええ、行ってらっしゃい。作品は逃げないけど、文化祭は今日しかないものねぇ」

「何それ?」

どういうこと? 思わず首をかしげる。

「ふふっ。なんでもないわ」

顧問はそれ以上何も言わず、にこにことフランクフルトを頬張り始めた。
やっぱ、変な先生。

柊珂を見ると、「行くぞ」といつもより少しだけ早口でそう言って、俺より先に歩き出す。

「え、おい! 待てって!」

追いかけながら横顔を覗くと、耳がほんの少しだけ赤かった。
……なんで照れてるんだ?

結局その理由は分からないまま、俺は柊珂の隣に並んだ。





一般公開が始まると、校内はいつもと別世界だった。
マジで、熱気がやばい。なんせここはむさ苦しい男子校だ。普段は野郎の怒号しか響かない廊下に、他校の女子の制服が溢れている。周りの男子は朝から「女子キタコレ!」と目が完全に血走っているし、いつもより色気づいた髪型をしたり、香水を振りまいたりなんかしちゃって、正直めちゃくちゃ面白い。

そんな中を、俺と柊珂は並んで歩いているわけだけど。
……痛い。さっきからすれ違う他校の女子たちからの視線がものすごく痛い。

「なぁ、お前さっきから女子にめちゃくちゃ見られてね? イケメンの隣にこんなモブが並んでて営業妨害だったらゴメンな」

「……は? お前、何言ってんの」

柊珂はあからさまに不機嫌そうな声を出すと、チラチラとこっちを見ていた女子の集団を、もの凄い冷気を含んだ目で一瞥した。
ひえっ、目が怖いって。女子たちが「キャッ」と言って顔を真っ赤にして逃げていく。イケメンのファンサ手厳しすぎだろ。

っていうか、廊下を歩いてるだけで周りの女子たちが「えっ、待って、やばい……!」とか「え、嘘、かっこよ……!」って小さく悲鳴を上げてる。顔がいいと大変だなー、と感心しつつ、隣の柊珂を見上げたら。

「……樹、前見ろ。転ぶぞ」

「転ばねぇよ。っていうかお前、さっきからなんでそんなに不機嫌なわけ? 少しは愛想よくしろよな。女子泣くぞ」

「女子に愛想振りまく必要ない」

「相変わらず冷たてぇな。あ、おい見ろよ柊珂! 焼きそばの屋台めちゃくちゃ並んでんじゃん!」

お目当ての品を見つけて、急いで屋台へと突撃する俺の後ろから、柊珂の深ーーーいため息が聞こえた。

「早くしないと売り切れる!」

列に並びながら柊珂を呼ぶと、柊珂はぴったりと俺のすぐ後ろに立った。
……近い。
焼きそばのソースの匂いより先に、柔軟剤みたいな柊珂の匂いがふわっとしてくる。

「お、お前、近くね?」

「そうか?」

「そうだよ! もうちょい下がれよ」

「割り込まれたくない」

「は?」

「……なんでもない」

そう言ったきり、柊珂は一歩も離れない。
いやいや、今日、こいつの距離感バグってないか?後ろからのプレッシャー(物理)が凄すぎて、周りの騒がしさよりも、自分の心臓の音しか聞こえなくなってきた。

なんとか手に入れたパックから溢れそうな焼きそばを、中庭のベンチに座って口いっぱいに頬張る。
昨日からずーーーっと楽しみにしていたんだ。

「樹、口ついてる」

「え、どこ」

「ここ」

柊珂がごく自然な手つきで、俺の口元のソースを親指で拭った。

「……あ、」

俺のキャパシティが速攻で限界を迎える。
こんなの少女漫画でしか見ないやつだろ。男同士でやるな。マジで俺の心臓口から出たらどうしてくれんの。

「……っ、お、お前! ティッシュ使えよ!」

「手の方が早い。ほら、次はどこ行くんだよ」

っくそ。こいつ、なんでこんな平然としてるんだよ。

「……つ、次はお化け屋敷な!お前ビビって泣くなよ?」

柊珂は少しだけ目を見開いたあと、「はいはい」といつもの調子で笑った。
超怖いらしい三年のお化け屋敷。ここで柊珂の余裕たっぷりな顔、崩壊させてやる。

──で、その5分後。

「うわあああああ!! 無理無理無理! ごめんなさい!!! ほんとすみません!!!!」

暗闇の中で首筋に当たった、なんかねちょっとしたやつに本気で腰を抜かし、お化けに謝りながら外に飛び出した。
気付けば、柊珂のブレザーの裾を両手でガッツリ掴んでいた。最悪だ。ダサすぎる。カッコ悪いことこの上ない。

「泣くなよって言ったの誰だっけ?」

まぶしい廊下に出た瞬間、柊珂がここ最近で一番楽しそうな顔でケラケラと笑う。

「泣いてねぇよ! ちょっとびっくりしただけだし! あーもう、次!スーパーボールすくいだ! 勝負しろ柊珂!」

「いいよ。負けた方がわたがし奢りな」

中庭の模擬店に移動して、二人でポイを構える。
俺の華麗なテクニックを見せてやろうと息巻いたものの、欲張ってデカい青のボールを狙った瞬間、ポイが一瞬で破れた。釣果、ゼロ。

「うわ最悪! 俺の絶対不良品だし!」

「お前もう終わり? 弱……」

そんな憐れんだ目を向けるな。「お前も瞬殺されるぞ」とニヤニヤ見ていたのに、柊珂は職人みたいな手つきで次々とスーパーボールをすくい上げていた。

「やる」

「……あざす」

ドヤ顔で渡された、スーパーボールが大量に詰まった袋を受け取る。
スーパーボールなんて喜ぶ歳じゃないのに。やばい。めちゃくちゃ嬉しい。
なんだかんだ言いつつ、こういうところ、こいつは本当に優しいんだよな。

「約束通り、わたがし奢るわ。あっちの屋台だろ?」

本当は、勝負に負けたからとか、そういうのだけじゃなくて。
今日一日一緒に回ってくれたこととか、昨日「二人で回りたい」なんて、俺にとっては心臓が爆発するくらい嬉しいことを言ってくれたお礼を込めて、最初から俺が奢るつもりだった。

そんなことを考えながら、スーパーボールの袋を大事に抱えながら、柊珂を連れてわたがしの屋台へと向かっていた、その時、

「さっきのお花、めちゃくちゃ綺麗だったね。ひまわりと青い花のやつ!」

「わかる! 男の子がやってるの、ギャップあって超かっこいいよね!」

と、すれ違う女の子たちの楽しげな会話が、校内の喧騒に混じって耳に飛び込んできた。
思わず、抱えた袋をぎゅっと握りしめる。

「……聞いた? 今の」

「おう」

「すげぇな……。俺らの花、ちゃんとみんな見てくれてるんだ」

嬉しくなって、隣の柊珂の顔を覗き込む。柊珂は少しだけ耳のあたりを赤くしながらも、誇らしげに口角を上げた。

「樹が頑張って生けたからだろ」

「違うって。二人でやったからだよ。……な?」

「……。そうだな」

そう言って笑う柊珂の顔が、やっぱり、どうしても、世界で一番綺麗に見えた。

「あ! 三雲! 吾妻!」

花のおかげで胸がいっぱいになっていると、向こうから長瀬と謎のお面を頭に付けた松田が歩いてきた。

「今、お前らの花見てきたんだけどさ、ガチで感動したわ! 凄すぎじゃね⁉」

「マジ⁉」

「マジマジ。しかも、スゲー人だかりできててみんな写真撮りまくってたぞ。なんか俺まで誇らしかったわ」

「やったな、柊珂!」

「……ん」

柊珂はそう言って、恥ずかしそうに、でも本当に嬉しそうに、めちゃくちゃ優しく笑った。
いつも俺に見せてくれる、無防備で柔らかい笑顔。

「え、待って。吾妻ってそんな顔すんの?」

「お前がそんな風に笑うの初めて見たわ……。マジかよ、生け花の力すげぇな」

松田と長瀬が、文字通り目を丸くして柊珂の顔をガン見している。

その瞬間、なぜか胸の奥がモヤッ、とした。
なんだこれ。
柊珂がクラスメイトに褒められて、ちゃんと馴染めてるのは普通に嬉しいはずなのに。柊珂のあの顔は、俺だけのものだと思ってた。なんてバカげた考えが急に湧いてきて、自分で自分にびっくりする。

「……ほ、ほら! 俺らもう行くから!」

「お、おう。じゃあな」

半分キレ気味に松田たちの背中を押し出して、俺はそそくさと歩き出した。
隣を歩く柊珂が、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「樹、怒ってんの?」

「怒ってねぇし! わたがしが売り切れたら困るから急いでるだけ!」

「ふーん」

柊珂は口角を上げると、なぜか嬉しそうに俺の隣にぴたりと並んだ。
その顔だよ!その顔!俺以外に見せんなよ。なんて。
モヤモヤが拭いきれないまま、わたがしの屋台に並ぶ。モヤモヤも意味わかんねぇし、それに俺だって柊珂にカッコいいとこ見せたい!
よし、ここは俺がバシッと奢って、今日のお礼を──

「わたがしください」

「えっ、おい! 待てって! 何でお前が買ってんの⁉ 俺が奢るって言っただろ!」

「いい。……ほら」

手渡されたのは、ほっそい割りばしに巻き付いたバカみたいにデカい真っ白なわたがし。

「……っ、じゃあお前の分俺が買う!」

「いい。これ食べるから」

柊珂はそう言ったかと思えば、わたがしを持つ俺の手の上に自分の手を重ねてバカデカいわたがしを一口齧った。

「……っ、〜〜〜〜っ!」

は!? なっ、おま……っ!?
手の甲から伝わる柊珂の体温とか、すぐ近くにある綺麗な顔とか、もう全部がバグ。バグだしテロ。男同士で一個のわたがしシェアするとか聞いたことねぇわ! っていうか手! 手が重なってんですけど!! 死ぬ! 全俺が死ぬ!

「……ん。甘い」

柊珂は平然とした顔で手を離すと、口元をモグモグさせながらいつもの涼しい顔で俺を見た。
お前がイケメンすぎてただでさえ視線が痛いのに、そんなことするからみんな見てんじゃん! なんでお前そんな普通にしてられんの!?

「っくそ、お前……っ!」

「食べないの?」

「食べるわ!!」

真っ赤になった顔を隠すように、真っ白なわたがしにめちゃくちゃデカい口でかぶりつく。
口の中で一瞬で溶けていくそれは、悔しいくらいに甘くて、なんだか泣きそうなくらい美味しい。わたがし越しに見えた柊珂の笑顔は、周りの視線を忘れちゃうくらいにやっぱりいちばん綺麗だった。





夕方、一般公開も終了し、お祭り騒ぎだった校内が、嘘みたいに静まり返り始める。
「打ち上げ行こうぜ!」と盛り上がる教室から抜け出して、俺たちは誰もいなくなった一階のロビーにやってきた。

展示場所にぽつんと佇む俺たちの最高傑作は、朝見た時よりずっと輝いて見えた。

「やっぱ、やべぇよな」

「やばいな」

結局、最後まで俺たちの語彙力は完全敗北したままだった。
でも、この数日間のことが全部この花の中に詰まっているんだと思うと、胸の奥がぎゅっと熱くなる。

最初は、週一だからって仕方なく入った部活だった。
柊珂のことも、近寄りがたい無口で冷たいやつだと思ってた。
それなのに、今こうして隣に並んで、同じ花を見つめている。この花は俺たち二人で生けたんだ。

「なぁ、柊珂」

「ん?」

「来年も、俺らだけだったらどうする?」

あれ? 何言ってんだろ俺。二年に進級した瞬間に部活なんてやめる予定だったのに。

柊珂は少しだけ目を見開いたあと、花からゆっくりと視線を外して、まっすぐに俺の目を見た。
夕暮れの光を浴びた切れ長の目が、驚くほど柔らかく細められる。

「最高じゃん」

「……は?」

「樹いるし」