「なー三雲、このあと駅前のゲーセン行こーぜ。お前の好きな『なめパンダ』のクレーンゲーム出たらしいぞ」
放課後のチャイムと同時に、前の席の松田が振り返った。
「マジ⁉サイコーすぎ」
「よっしゃ!決まりな。 長瀬も行こーぜ」
「俺は良いけど。お前、部活いいの?」
「あー、華道部? 大丈夫大丈夫」
「先週もそれ言ってなかったか?」
「花は逃げない」
「先生は怒るぞ」
「怒られたことないし」
「最低だな」
失礼な。
そもそも俺はちゃんと入部している。ただ少し出席率が悪いだけだ。
……たぶん。
「お前、華道部とかいう謎オアシス入っといて週一すらサボる気?」
長瀬のツッコミに、まわりのやつらも「三雲が華道部とかいまだにウケるんだけど」「たんぽぽ以外の花知らねーだろ」と野次を飛ばした。
「だったらお前らも今すぐ転部しろ」
ガタッ――。
教室の前方で椅子を引く音がして、野郎ばかりのうるさくてむさくるしい笑い声に包まれていた教室が、一瞬だけ静止する。
黒髪の長身――無駄に絵になる吾妻柊珂が、クラスメイトの視線をスルーして教室を出て行った。
「おい、吾妻"は"部活行ったぞ」
そう。休み時間は席から一歩も動かず、スマホゲームばっかやってるくせに一軍オーラ全開の吾妻が、なぜか俺と同じ華道部。
「やめろ。強調するな。早く行こうぜ」
「ぎゃはは! 最悪だな幽霊部員」
この際、最低だろうが幽霊部員だろうがなんだっていい。
部活より『なめパンダ』の方がよっぽど重要だ。
◇
「今日は誰も空いてねぇのかよ……」
教室の隅で盛大にため息を吐き出した。
今日に限ってバイトだの塾だの、部活だので放課後の遊び相手は全滅。
今日は木曜日だから一応部活の日だけど、なんとなくだるくて行く気にはならない。
そもそも、一年生の間は何か部活に入らなきゃいけないって校則を作ったやつは正気の沙汰じゃない。二年になれば強制ルールから解放されるから、部活に青春を捧げるガチ勢ではない俺は進級と同時に退部届を出すつもりだ。
さっさと帰ってベッドでゲームしよ。そう思ってリュックを持ち上げ、教室のドアに手をかけた、その瞬間。
ピカッと窓の外が光ったかと思ったら、ゴロゴロ雷が鳴って、バケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。
最悪だ。
折りたたみ傘なんて持ってないし、この大雨の中を駅まで歩いたら一瞬で水死体になれる。
スマホの天気予報は『一時間後に雨は止む』とか言ってるし、冷房を切られた蒸し風呂みたいなこの教室で待つなんて論外だ。
どっか涼しくて、時間潰せるとこ……。
「……あ」
たしか華道部が活動場所にしている第一理科室は、花が傷むとかで冷房がガンガンに効いているはず。
「雨が止むまであそこで涼むか」
我ながら最低な理由で、俺はリュックを背負い、理科室へ向かった。
リュックの横でぶら下がっている『なめパンダ』のちっこいマスコットが揺れる。
一番欲しかった特大ぬいぐるみはビクともせず、ムキになって財布を空にしかけて、結局これ一個しか取れなかったという涙の結晶。
ガラッ、と引き戸を開ける。
予想通り、部屋の中は肌寒いくらいに冷房が効いていて最高だった。
「ちわーす……」
青臭い花の匂いと一緒に、冷気が流れ込んでくる。
顧問の姿も、三年の部長と二年の副部長の姿もなかった。あの人たち、週一の部活すらサボりまくる俺を超える出席率の悪さなんだけど。もはや幽霊すぎて存在自体が顧問の捏造なんじゃないかと思っている。
貸し切り――と、思いきや。
静まり返った室内の中心に吾妻柊珂だけがいた。
相変わらず無駄に絵になるツラをして、手元にある紫の花の茎をじっと見つめている。
……マジで、なんでこいつ毎回ちゃんといるんだ?
先輩すら見捨てた限界サボり部活なのに、こいつは毎回必ず参加している。
……らしい。らしいというのも、前に俺が部活に来た時に顧問が「吾妻くんはいつも参加しててえらいわねぇ」なんて言っていたのが聞こえたからなんだけど。
吾妻は俺が入ってきたのに気づいたのか、死ぬほど整った顔をわずかにこちらへ向けた。
目が合う。
近寄りがたいオーラがすごい。
「……うぃす」
「おう」
吾妻はそれ以上何を言うでもなく、またすぐに花に向き直った。
あー……ミスった。これなら蒸し暑い教室の方がまだマシだったか?
今更出て行くのもなんとなく気まずくて、俺は吾妻から二つ隣の机にリュックを置いた。
外の激しい雨の音と、エアコンの音だけがやけにデカく響いている。
虚無感のすごい顔をしたパンダと目が合った。
放課後のチャイムと同時に、前の席の松田が振り返った。
「マジ⁉サイコーすぎ」
「よっしゃ!決まりな。 長瀬も行こーぜ」
「俺は良いけど。お前、部活いいの?」
「あー、華道部? 大丈夫大丈夫」
「先週もそれ言ってなかったか?」
「花は逃げない」
「先生は怒るぞ」
「怒られたことないし」
「最低だな」
失礼な。
そもそも俺はちゃんと入部している。ただ少し出席率が悪いだけだ。
……たぶん。
「お前、華道部とかいう謎オアシス入っといて週一すらサボる気?」
長瀬のツッコミに、まわりのやつらも「三雲が華道部とかいまだにウケるんだけど」「たんぽぽ以外の花知らねーだろ」と野次を飛ばした。
「だったらお前らも今すぐ転部しろ」
ガタッ――。
教室の前方で椅子を引く音がして、野郎ばかりのうるさくてむさくるしい笑い声に包まれていた教室が、一瞬だけ静止する。
黒髪の長身――無駄に絵になる吾妻柊珂が、クラスメイトの視線をスルーして教室を出て行った。
「おい、吾妻"は"部活行ったぞ」
そう。休み時間は席から一歩も動かず、スマホゲームばっかやってるくせに一軍オーラ全開の吾妻が、なぜか俺と同じ華道部。
「やめろ。強調するな。早く行こうぜ」
「ぎゃはは! 最悪だな幽霊部員」
この際、最低だろうが幽霊部員だろうがなんだっていい。
部活より『なめパンダ』の方がよっぽど重要だ。
◇
「今日は誰も空いてねぇのかよ……」
教室の隅で盛大にため息を吐き出した。
今日に限ってバイトだの塾だの、部活だので放課後の遊び相手は全滅。
今日は木曜日だから一応部活の日だけど、なんとなくだるくて行く気にはならない。
そもそも、一年生の間は何か部活に入らなきゃいけないって校則を作ったやつは正気の沙汰じゃない。二年になれば強制ルールから解放されるから、部活に青春を捧げるガチ勢ではない俺は進級と同時に退部届を出すつもりだ。
さっさと帰ってベッドでゲームしよ。そう思ってリュックを持ち上げ、教室のドアに手をかけた、その瞬間。
ピカッと窓の外が光ったかと思ったら、ゴロゴロ雷が鳴って、バケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。
最悪だ。
折りたたみ傘なんて持ってないし、この大雨の中を駅まで歩いたら一瞬で水死体になれる。
スマホの天気予報は『一時間後に雨は止む』とか言ってるし、冷房を切られた蒸し風呂みたいなこの教室で待つなんて論外だ。
どっか涼しくて、時間潰せるとこ……。
「……あ」
たしか華道部が活動場所にしている第一理科室は、花が傷むとかで冷房がガンガンに効いているはず。
「雨が止むまであそこで涼むか」
我ながら最低な理由で、俺はリュックを背負い、理科室へ向かった。
リュックの横でぶら下がっている『なめパンダ』のちっこいマスコットが揺れる。
一番欲しかった特大ぬいぐるみはビクともせず、ムキになって財布を空にしかけて、結局これ一個しか取れなかったという涙の結晶。
ガラッ、と引き戸を開ける。
予想通り、部屋の中は肌寒いくらいに冷房が効いていて最高だった。
「ちわーす……」
青臭い花の匂いと一緒に、冷気が流れ込んでくる。
顧問の姿も、三年の部長と二年の副部長の姿もなかった。あの人たち、週一の部活すらサボりまくる俺を超える出席率の悪さなんだけど。もはや幽霊すぎて存在自体が顧問の捏造なんじゃないかと思っている。
貸し切り――と、思いきや。
静まり返った室内の中心に吾妻柊珂だけがいた。
相変わらず無駄に絵になるツラをして、手元にある紫の花の茎をじっと見つめている。
……マジで、なんでこいつ毎回ちゃんといるんだ?
先輩すら見捨てた限界サボり部活なのに、こいつは毎回必ず参加している。
……らしい。らしいというのも、前に俺が部活に来た時に顧問が「吾妻くんはいつも参加しててえらいわねぇ」なんて言っていたのが聞こえたからなんだけど。
吾妻は俺が入ってきたのに気づいたのか、死ぬほど整った顔をわずかにこちらへ向けた。
目が合う。
近寄りがたいオーラがすごい。
「……うぃす」
「おう」
吾妻はそれ以上何を言うでもなく、またすぐに花に向き直った。
あー……ミスった。これなら蒸し暑い教室の方がまだマシだったか?
今更出て行くのもなんとなく気まずくて、俺は吾妻から二つ隣の机にリュックを置いた。
外の激しい雨の音と、エアコンの音だけがやけにデカく響いている。
虚無感のすごい顔をしたパンダと目が合った。


