『ヘブンズドアが開いた夏』
僕は、目を閉じてアスファルトに寝そべった。仰向け、背中に熱を感じる。温暖化もそろそろいい加減にして欲しいところだ。暑さに囲まれて行き場がない。
「死にてぇ」
僕は、いつものように呟いた。毎日、よく耳にする音程で。
言葉が溶け、音は波に変わった。寄せては返す波の響き。無常の世界があまりに心地よい。心が開放感で満ち溢れていく。
しばらくして、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「おい、どうした兄弟」
深みのある声に安心して、目を閉じたまま笑う。兄弟だ。
「いやさ、ちゃんと授業受けるくらい、どうして頑張れないんだって朝から怒られちゃって。一応、徹夜できるように頑張ったんだけどね。夜眠るわけにはいかないからさ」
「夜眠らない理由を説明するわけにはいかないのかい?」
兄弟の柔らかい声、張り詰めていた心の糸が緩む。
「どうして、説明しなきゃいけないのかって思うんだよ。間違ってることしてるわけじゃないのに、怒られてる現状の方が間違ってるというか。わざわざ説明するのも面倒くさいし。同情されてもさ。なぁ、兄弟、分かるだろ」
「そうだな、兄弟。人は苦しいことほど、人に伝えるのが難しい。傷つくかもしれないからな」
「どうにかならないもんかね。困ったもんだ、この世界は。弱い人間を弱くしすぎる」
日中の記憶が蘇る。忌々しくて、大声を出したくなる。
僕は寝たまま体をよじった。
「全員、死んだら海に還るんだぜ」
兄弟は、急にきっぱりとした声で言った。
「なんだ急に」
「そのままの意味さ。全員、死んだらもれなく大気に溶ける。地球の多くは水であり、人間の多くも水で構成されている。どう抗っても水になるのさ」
「比喩って、使いすぎると意味分からなくなるんだな」
「生きとし生けるものは全て死ぬってこと。そして、お前を怒った先生も死ぬってこと。嫌いな人も、好きな人も、どうせ死ぬんだよ」
「根も葉もない話だ」
「でも、事実だろ」
「事実だね。紛れもない事実だ。本当に。取り返しのつかない事実だ」
僕は大きなため息をついた。この際、息を吐く音が届けばいいのにと思った。
兄弟は、気にも留めていない様子だ。無視。昔からそうだ。困ったことに関して、我関せず顔でスルーする。
兄弟は気にも留めない様子で言う。
「小さいことは気にするなって海が語りかけている」
「海に人格付与するなよ。海は人間じゃないだろ」
「でも、海って名前に使われることもあるじゃないか。海はお前に語りかけているんだ」
「意味わからないこと言うなよ。もう正しさが届かないからってずるいだろ」
「なぁ、兄弟。どうせ死ぬんだし、少しだけ楽に行こう。ずっと先で待ってる」
僕は、ゆっくりと起き上がり、辺りを見回した。当然の如く、誰もいない。
いつの間にか、そばには白い猫がいた。抱き上げて、一緒に海を見つめる。
寄せては返す波、言葉を聞き出そうとしてみる。
兄弟、語りかけているんだろ。中々、聞こえないじゃない。途方もなく青すぎる。
どうも、まだ生きていかなきゃいけないらしい。つくづく嫌になる。
もう、変わりたくないのに、変わらないといけないみたいだ。
絶対的になってしまった誰かの記憶を、僕はまだ追いかけている。
「まだ生きてるぜ。兄貴」
夏は、まだ終わらない。
完
僕は、目を閉じてアスファルトに寝そべった。仰向け、背中に熱を感じる。温暖化もそろそろいい加減にして欲しいところだ。暑さに囲まれて行き場がない。
「死にてぇ」
僕は、いつものように呟いた。毎日、よく耳にする音程で。
言葉が溶け、音は波に変わった。寄せては返す波の響き。無常の世界があまりに心地よい。心が開放感で満ち溢れていく。
しばらくして、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「おい、どうした兄弟」
深みのある声に安心して、目を閉じたまま笑う。兄弟だ。
「いやさ、ちゃんと授業受けるくらい、どうして頑張れないんだって朝から怒られちゃって。一応、徹夜できるように頑張ったんだけどね。夜眠るわけにはいかないからさ」
「夜眠らない理由を説明するわけにはいかないのかい?」
兄弟の柔らかい声、張り詰めていた心の糸が緩む。
「どうして、説明しなきゃいけないのかって思うんだよ。間違ってることしてるわけじゃないのに、怒られてる現状の方が間違ってるというか。わざわざ説明するのも面倒くさいし。同情されてもさ。なぁ、兄弟、分かるだろ」
「そうだな、兄弟。人は苦しいことほど、人に伝えるのが難しい。傷つくかもしれないからな」
「どうにかならないもんかね。困ったもんだ、この世界は。弱い人間を弱くしすぎる」
日中の記憶が蘇る。忌々しくて、大声を出したくなる。
僕は寝たまま体をよじった。
「全員、死んだら海に還るんだぜ」
兄弟は、急にきっぱりとした声で言った。
「なんだ急に」
「そのままの意味さ。全員、死んだらもれなく大気に溶ける。地球の多くは水であり、人間の多くも水で構成されている。どう抗っても水になるのさ」
「比喩って、使いすぎると意味分からなくなるんだな」
「生きとし生けるものは全て死ぬってこと。そして、お前を怒った先生も死ぬってこと。嫌いな人も、好きな人も、どうせ死ぬんだよ」
「根も葉もない話だ」
「でも、事実だろ」
「事実だね。紛れもない事実だ。本当に。取り返しのつかない事実だ」
僕は大きなため息をついた。この際、息を吐く音が届けばいいのにと思った。
兄弟は、気にも留めていない様子だ。無視。昔からそうだ。困ったことに関して、我関せず顔でスルーする。
兄弟は気にも留めない様子で言う。
「小さいことは気にするなって海が語りかけている」
「海に人格付与するなよ。海は人間じゃないだろ」
「でも、海って名前に使われることもあるじゃないか。海はお前に語りかけているんだ」
「意味わからないこと言うなよ。もう正しさが届かないからってずるいだろ」
「なぁ、兄弟。どうせ死ぬんだし、少しだけ楽に行こう。ずっと先で待ってる」
僕は、ゆっくりと起き上がり、辺りを見回した。当然の如く、誰もいない。
いつの間にか、そばには白い猫がいた。抱き上げて、一緒に海を見つめる。
寄せては返す波、言葉を聞き出そうとしてみる。
兄弟、語りかけているんだろ。中々、聞こえないじゃない。途方もなく青すぎる。
どうも、まだ生きていかなきゃいけないらしい。つくづく嫌になる。
もう、変わりたくないのに、変わらないといけないみたいだ。
絶対的になってしまった誰かの記憶を、僕はまだ追いかけている。
「まだ生きてるぜ。兄貴」
夏は、まだ終わらない。
完


