真夜中オルタナティブ文学

『産声は透明』
 
 時計の針が、聞く耳を一向に持たない。どれだけ進まないよう願っても、立ち止まってくれない。時間はいつも止まることを知らない。
 新品の日付を用意された午前零時過ぎ、私は、冷えた空気を言葉で切り裂く。
「ねぇ、楽しんで。せっかく、こんな頑張ってるのに酷いじゃん。今更、本当は死にたくないなんて言わないよね」
 私は笑った。いつまでも笑っていられるような気がする。
「人を傷つけるのって、こんな楽しいことなんだね。癖になっちゃいそうだよ。私って壊れてるのかな」
 尋ねてみたのに、答えは返ってこない。返ってくるはずもない。
「無視しないでよ。悪いことをすると、幸せな気分になるんだよね。ごめんね」
 謝ってみても、返事はない。どれだけ呼びかけても、私の世界に返事はない。
「君は、たぶん消えちゃったほうが楽なんじゃないかな。苦しいもんね。辛いもんね。死にたいって思ってるもんね。だから、さっさと消えよう?」
 右手に握った刃に、震えを消し飛ばすほどの力をこめる。机上のライトが弱弱しく灯るだけの部屋で、味のない金属が艶やかに光った。
「さようなら、私。そして、はじめまして、私。仲良くしてね」
 皮膚が摩擦で熱を帯び、赤色が流れはじめると、なんだかとても安心した。
 赤色を顔に押し付け、傷で染め上げると、苦しみが肯定された気がした。
 してはいけない、普通じゃない、私だけの呼吸の仕方。だからこそ、どうしたってやめられない。
 私たちは、生まれながら死にゆく生き物だ。最後には誰もが壊れるようにできている。
 花を咲かせた赤色に、混じりのない透明がこぼれてきた。
 透明は、何色でもない。
 
 完