この話はテストに出ない

 1.
 
「やぁ、会いに来たよ。シロクマさん」
 長谷川悠未《はせがわゆうみ》は、挨拶と同時に手を動かした。
 対面の中野樹《なかのいつき》は、咳払いをしてから手元の可愛いシロクマを、ペコリと一礼させた。
「こんにちはペンギンさん。昨日ぶりですね。お元気ですか」
 悠未は、ペンギンのぬいぐるみを、クンクンと頷かせる。
「シロクマさんこそ元気かな。久しぶりに会いましたね」
「お互い忙しかったですからね。ペンギンさんのご体調はいかがですか?」
「芳しくないですね。ペンギンらしく低空飛行です。シロクマさんは?」
「僕も不調ですね。昨今の温暖化の影響で、魚が採れなくて」
「シロクマさんも大変なんですね」
「ペンギンさんほどではないですよ」
 悠未はペンギンの体を左右に振った。
「いやいや。ところで、シロクマさん。部活は辞めるんですか?」
 樹は、シロクマを後ろにのけぞらせた。
「ペンギンさんは急に核心ついてきますよね。勘がいいのは構わないですが、本題から入ろうとするのは悪癖ですよ」
「だって、結論から言えって教わるじゃないですか」
「確かに。じゃあ、結論から言いますね。迷ってるんです」
「シロクマさんって優柔不断ですよね。早く海に飛び込まないから獲物を逃がすんですよ。お腹が空いているのは温暖化のせいじゃないですよ。シロクマさんのせいです」
 ペンギンを喋らせながら、悠未は笑う。樹もシロクマを喋らせながら笑っていた。
「ペンギンさん、ちょっと核心突かないでくださいよ。仕方ないでしょう。体がペンギンさんほど小さくないんだから。敏捷性では勝てないんですよ」
「本当、全てにおいてノロいんだね。シロクマさんは」
「ちょっと、傷つくからやめてくださいよ。ペンギンさん、今日やけに攻撃的ですね。お疲れですか?」
 悠未はペンギンを机に倒れ込ませた。
「いや、もう疲れるよね。生きてるだけで。シロクマさんもそうでしょ」
「分かります。もう、地球の呼吸をやめようかと思ってるんですよ。もう一度、水中生活しようかなって。地上の空気って吸いづらいですし。これ以上、空気中の二酸化炭素増えてもね。どうです、ペンギンさんも一緒に水中へ逃げませんか」
「集団生活疲れたし、水中も悪くないかもしれませんね。もう、群がるのっていやなんですよね。正しさに囲まれすぎて、窒息しそうです」
 悠未はペンギンを力なく、ふらふらと歩かせた。
「どうしたら、まともに生きていけるんでしょう」
「放課後の教室で、ぬいぐるみを使って会話している以上、もう諦めるしかないんじゃないですかね」
 悠未は歩いていたペンギンを、頭から机に倒した。
 樹は柔和に、あたたかく笑った。
「ペンギンさん、メタ発言で核心ついてはいけないですよ。世界観が壊れるじゃないですか。ぬいぐるみ同士で会話することで、誰かに迷惑かけたでしょうか。人がなにやっていても自由ですよ」
「シロクマさん、今、完全に人って言いましたよね」
「あっ、冗談です」
 樹から声が漏れた。
 悠未は、一度ペンギンから手を放して笑った。
 樹は何度目かの咳払いをし、筋肉質な見た目とは異なる可愛い声を作る。
「冗談ですよ。ぬいぐるみで会話する高校生可愛いじゃないですか。ファンシーな心、大事ですよ。学習指導要領に記載するべきですよ。ねぇ、ペンギンさん」
「現状、記載がないから異常者なんですよね。まぁ、みんな、あまりにも正常だから、異常者で構わないんですけどね。シロクマさんも、ホモサピエンスになりたいですよね」
「無理なんじゃないですかね。僕らとはあまりに遺伝情報が違うから。最近、仲間たちが人襲っちゃってるじゃないですか。だから、僕らは助けてもらえないんですよ」
 ふざけてはいるものの、どこか切実に響く樹の言葉が、悠未の抱えている想いと同期する。
 悠未はペンギンの羽をお腹で畳んだ。
「ペンギン、悲しい。仲間に入れてもらえないのかな」
「違う種類の生物だから、厳しい挑戦ですよ」
「そうだね。シロクマさん。私たちは水中で生きるしかないのかもしれないね。いつか、誰かと仲良くできるのかな」
 悠未は、ペンギンを歩かせて、樹のシロクマに近づけた。ヨチヨチと、ペンギンが歩いていく。樹は、シロクマの胸を広げて、ペンギンを抱きしめた。
 この学習机に広がる世界だけが、人間の踏み込めない土地だった。勝手な開発で荒らされることのない、寒さに耐えられる生物だけの世界。
「おっ、いるじゃん。二人とも待ってたんだ。お利口さんだね。偉い偉い」
 不快すぎる声がして、悠未はとっさにペンギンを机の中にしまった。樹も同じ様にシロクマを隠したようだ。
「さっさとプール来てよ。逃げたら許さないから」
 今日も、私たちは寒さに耐えるしかない。
 悠未は、席を立つ寸前、ペンギンのぬいぐるみを擦った。