2.
言うと、秋人は振り返って顔を赤らめた。恥ずかしそうな姿は意外そのものだった。教室で喋っている姿を見たことがない。
隣の窓を開け、窓際に肘をつく。気持ちいい風が前髪を撫でた。私たちの二年一組の教室は、三階の端にある。
「気持ちいいね」
「ですね。やっぱり人間は、自然を享受するに限りますよ。冷房苦手なんですよね。肌が機械に刺される感じがして。というか、大体、電車とか寒すぎですよ。暑く感じる人がいるのは分かりますけど、全員に合わせるばかりだと、誰かが傷つきます」
「秋人くんってさ、たくさん喋るんだね」
「そりゃあ喋りますよ。人間ですから。でも、口から言葉が出なくとも、人間は人間ですけどね。言葉だけが全てじゃないです」
「確かに、口だけじゃなにも分からないよね。もう、建前ばっかで疲れた。嘘つけなくなったら楽なのに」
空に語りかけても、返事はない。いくら晴れても太陽は私を救ってくれない。
「嘘がつけなくなったら地獄になりますよ。自分に対する悪口とかイヤミとか聞きたいですか」
「そういうことじゃないじゃん」
「そういうことって、どういうことですか」
「なんでもいいよ」
秋人はなにか言いかけたが、言葉にすることはしなかった。空が青い。私の目も青くなったらいいのに。つまらない妄想に浸る。
「秋人くん、なんで同級生に敬語なの」
「関係性の薄い人とは敬語で喋るべきだと教わりました」
「ショックだなぁ。傷ついた」
「だって、本当のことじゃないですか」
「辛いよ。辛い。悲しいな」
「勝手に落ち込まないでくださいよ。本当のことなんだから。真実は真実だよ」
「今、敬語とれましたですよ」
「あの、馬鹿にしてますか。急に教室入って来て、読書の邪魔されて、ただただ不愉快なんですけど。あの、湊さんこそ、敬称つけて僕の名前呼んでますよね。関係性が薄いって証拠じゃないですか。当然敬語で喋りますよ」
「じゃあ、呼び捨てで呼べってこと? 」
「なんでそうなるんだ。湊さん、本当おかしいですよ」
「ひどい言い方しないでよ。おかしくないって。おかしいって言うほうがおかしいんだよ」
「湊さんは、語彙力どこかに捨ててきたんですか。もう一回、国語辞典の使い方から学んだほうがいいですよ。多分、小学二年生ぐらいになりますけど」
「あのさ、さっき言葉は使い方をちゃんとするべきだって言った人だよね。秋人くん、かなり口悪いよ。道徳の授業受けてくるべきかも。多分、小学一年生ぐらいになるんじゃないかな」
ははっ、秋人は口に手を当てて笑った。ああ、こうやって笑うんだ。初めて知った。
「部活抜け出したら、後で怒られるんじゃないですか」
「パート練をいつまでやるのか、部長に聞きに行くってお題目で抜け出してきたから大丈夫」
「建前使ってるじゃないですか。建前ばっかで疲れたって言ってた人ですよね。嘘、ついちゃってますよ」
「自分も含めて、みんな嘘ばっかりで嫌だなって悩んでるんだよ」
「だったら、せめて自分だけでもは嘘つかなきゃいいだけですよ。素直に休みたいんだって伝えればいいじゃないですか。単純な話ですよ」
「そう単純に行かないんだよ。休憩なんか、許されるわけないよ。みんな一生懸命頑張ってるのにさ、自分だけ楽をするわけにはいかない」
風の音だけが聞こえる。校庭には誰もいない。野球部やサッカー部は、暑さのせいで校庭の使用が禁止されているらしい。今、この空間は、私たちと青空だけ。
「ごめんね、なんか暗い話しちゃって」
「いや、こちらこそごめんなさい。勝手に踏み込んでしまって。今言ったことは全部綺麗に忘れて下さい。人を変えられるなんて傲慢な思想は持ってないので許してさい」
「秋人くんって、面白いんだね」
「なにがですか。面白いの対象が抜けていて、なにもわからないですよ。湊さん、多分ヤバいとかエモいってたくさん使うタイプの人ですよね。なに言ってるかわからないからやめたほうがいいですよ。マジヤバいとか、日本語かなって思うんで」
「秋人くんマジヤバい」
「だから具体的に言ってくださいよ。喋り方が変だとか、言葉遣いが嫌いとか、ちゃんと言ってもらわないと、よくわからないんですよ」
「ネガティブな印象は全くない。喋りそのものが面白いなって。秋人くん、自分の喋り方が変だって思ってるんだ」
「馬鹿にされてるような気がしたから、自虐を口にしただけですよ。だから、一概に湊さんのせいです」
「失礼だったらごめん」
「さっきから、なんで急に真剣に謝るんですか。湊さん、ちょっと真面目すぎますよ。こっちが悪いことしたみたいで嫌なので、謝らないで下さい。別に馬鹿にされたような気はしてないです。自分で変だなって思ってるから変だって言っただけです」
「自覚あったんだ」
驚いたのか、秋人の口が開いていく。徐々に、ゆっくりとしたスピードで。
「ごめん。今のはごめん。好奇心でつい」
「湊さん、語彙力だけじゃなくて、情緒もどこかに捨ててきたんですか。というか、舵の切り方が急すぎて怖いですよ。一貫性がないです。だから部活もサボるんじゃないですか」
お返しに意識して口をゆっくりと開ける。
「今のは、すいません。正当防衛かなと」
「じゃあ、今回は引き分けってことにしておこうよ」
「賛成です。穏便に行きましょう」
言うと、秋人は振り返って顔を赤らめた。恥ずかしそうな姿は意外そのものだった。教室で喋っている姿を見たことがない。
隣の窓を開け、窓際に肘をつく。気持ちいい風が前髪を撫でた。私たちの二年一組の教室は、三階の端にある。
「気持ちいいね」
「ですね。やっぱり人間は、自然を享受するに限りますよ。冷房苦手なんですよね。肌が機械に刺される感じがして。というか、大体、電車とか寒すぎですよ。暑く感じる人がいるのは分かりますけど、全員に合わせるばかりだと、誰かが傷つきます」
「秋人くんってさ、たくさん喋るんだね」
「そりゃあ喋りますよ。人間ですから。でも、口から言葉が出なくとも、人間は人間ですけどね。言葉だけが全てじゃないです」
「確かに、口だけじゃなにも分からないよね。もう、建前ばっかで疲れた。嘘つけなくなったら楽なのに」
空に語りかけても、返事はない。いくら晴れても太陽は私を救ってくれない。
「嘘がつけなくなったら地獄になりますよ。自分に対する悪口とかイヤミとか聞きたいですか」
「そういうことじゃないじゃん」
「そういうことって、どういうことですか」
「なんでもいいよ」
秋人はなにか言いかけたが、言葉にすることはしなかった。空が青い。私の目も青くなったらいいのに。つまらない妄想に浸る。
「秋人くん、なんで同級生に敬語なの」
「関係性の薄い人とは敬語で喋るべきだと教わりました」
「ショックだなぁ。傷ついた」
「だって、本当のことじゃないですか」
「辛いよ。辛い。悲しいな」
「勝手に落ち込まないでくださいよ。本当のことなんだから。真実は真実だよ」
「今、敬語とれましたですよ」
「あの、馬鹿にしてますか。急に教室入って来て、読書の邪魔されて、ただただ不愉快なんですけど。あの、湊さんこそ、敬称つけて僕の名前呼んでますよね。関係性が薄いって証拠じゃないですか。当然敬語で喋りますよ」
「じゃあ、呼び捨てで呼べってこと? 」
「なんでそうなるんだ。湊さん、本当おかしいですよ」
「ひどい言い方しないでよ。おかしくないって。おかしいって言うほうがおかしいんだよ」
「湊さんは、語彙力どこかに捨ててきたんですか。もう一回、国語辞典の使い方から学んだほうがいいですよ。多分、小学二年生ぐらいになりますけど」
「あのさ、さっき言葉は使い方をちゃんとするべきだって言った人だよね。秋人くん、かなり口悪いよ。道徳の授業受けてくるべきかも。多分、小学一年生ぐらいになるんじゃないかな」
ははっ、秋人は口に手を当てて笑った。ああ、こうやって笑うんだ。初めて知った。
「部活抜け出したら、後で怒られるんじゃないですか」
「パート練をいつまでやるのか、部長に聞きに行くってお題目で抜け出してきたから大丈夫」
「建前使ってるじゃないですか。建前ばっかで疲れたって言ってた人ですよね。嘘、ついちゃってますよ」
「自分も含めて、みんな嘘ばっかりで嫌だなって悩んでるんだよ」
「だったら、せめて自分だけでもは嘘つかなきゃいいだけですよ。素直に休みたいんだって伝えればいいじゃないですか。単純な話ですよ」
「そう単純に行かないんだよ。休憩なんか、許されるわけないよ。みんな一生懸命頑張ってるのにさ、自分だけ楽をするわけにはいかない」
風の音だけが聞こえる。校庭には誰もいない。野球部やサッカー部は、暑さのせいで校庭の使用が禁止されているらしい。今、この空間は、私たちと青空だけ。
「ごめんね、なんか暗い話しちゃって」
「いや、こちらこそごめんなさい。勝手に踏み込んでしまって。今言ったことは全部綺麗に忘れて下さい。人を変えられるなんて傲慢な思想は持ってないので許してさい」
「秋人くんって、面白いんだね」
「なにがですか。面白いの対象が抜けていて、なにもわからないですよ。湊さん、多分ヤバいとかエモいってたくさん使うタイプの人ですよね。なに言ってるかわからないからやめたほうがいいですよ。マジヤバいとか、日本語かなって思うんで」
「秋人くんマジヤバい」
「だから具体的に言ってくださいよ。喋り方が変だとか、言葉遣いが嫌いとか、ちゃんと言ってもらわないと、よくわからないんですよ」
「ネガティブな印象は全くない。喋りそのものが面白いなって。秋人くん、自分の喋り方が変だって思ってるんだ」
「馬鹿にされてるような気がしたから、自虐を口にしただけですよ。だから、一概に湊さんのせいです」
「失礼だったらごめん」
「さっきから、なんで急に真剣に謝るんですか。湊さん、ちょっと真面目すぎますよ。こっちが悪いことしたみたいで嫌なので、謝らないで下さい。別に馬鹿にされたような気はしてないです。自分で変だなって思ってるから変だって言っただけです」
「自覚あったんだ」
驚いたのか、秋人の口が開いていく。徐々に、ゆっくりとしたスピードで。
「ごめん。今のはごめん。好奇心でつい」
「湊さん、語彙力だけじゃなくて、情緒もどこかに捨ててきたんですか。というか、舵の切り方が急すぎて怖いですよ。一貫性がないです。だから部活もサボるんじゃないですか」
お返しに意識して口をゆっくりと開ける。
「今のは、すいません。正当防衛かなと」
「じゃあ、今回は引き分けってことにしておこうよ」
「賛成です。穏便に行きましょう」



