君が教えてくれた故郷

 土曜日の朝。

 中津川駅前の空は、よく晴れていた。

 神谷悠斗は駅前の時計を見上げ、小さくため息をついた。

 午前八時五十分。

 待ち合わせは九時。

 つまり、約束より十分も早く着いてしまっている。

「……なんで俺、早く来てんだよ」

 自分で自分に呆れる。

 今日は文化祭のための中津川PR企画、その最初の取材日だった。

 本当は来る気なんてなかった。

 昨日までは、そう思っていた。

 でも昨夜、何となくスマホで「中津川市」と検索してしまった。

 馬籠宿。

 苗木城跡。

 恵那山。

 栗きんとん。

 そして、古い町並みや商店街の写真。

 知っているはずの町なのに、画面の中の中津川は、悠斗の知らない顔をしていた。

「まあ、確認するだけだし」

 誰に言い訳するでもなく呟く。

 制服姿の悠斗は、駅前のベンチに腰を下ろした。

 すると、遠くから元気な声が聞こえてきた。

「神谷くーん!」

 振り返ると、水野美月が手を振りながら走ってくる。

 彼女も制服姿だった。

 肩に小さなバッグをかけ、片手にはノートを持っている。

「来たじゃん!」

「たまたま」

「駅前にたまたま制服で?」

「散歩」

「苦しいよ、それ」

 美月は楽しそうに笑った。

 朝から元気すぎる。

 悠斗は少しだけ目を細めた。

「お前、本当にやる気だな」

「当たり前でしょ。中津川PRプロジェクト、今日から本格始動なんだから」

「大げさ」

「大げさなくらいがちょうどいいの」

 美月は駅前を見渡す。

 まだ人通りは多くない。

 けれどバスを待つ人や、買い物袋を持った人がちらほら歩いている。

 いつもの駅前。

 悠斗にとっては、何度も見た景色だった。

 美月はその景色を見ながら、嬉しそうに言った。

「ね。今日はここから始めよう」

「ここ?」

「中津川駅前」

「普通すぎるだろ」

「普通って、ちゃんと見たことある?」

「あるに決まってるだろ。毎日通ってる」

「通ってるのと、見てるのは違うよ」

 その言葉に、悠斗は返せなかった。

 昨日も似たようなことを言われた気がする。

 自分はこの町を知っている。

 そう思っていた。

 でも本当にそうなのか。

 その答えは、まだ分からなかった。

「おーい、美月!」

 別の声が聞こえた。

 振り返ると、眼鏡をかけた男子が大きなリュックを背負って歩いてきた。

 首にはヘッドホン。

 眠そうな顔をしている。

「大地、遅い!」

「まだ九時前だろ……」

 加藤大地。

 同じ学年で、動画編集が得意らしい。

 美月が協力を頼んだと言っていた。

 大地は悠斗を見ると、軽く手を上げた。

「神谷だっけ。よろしく」

「よろしく」

「俺、編集担当ね。撮るだけ撮ってくれれば、なんとかする」

「適当だな」

「編集でなんとかなる」

 その自信はどこから来るのか。

 悠斗が少し呆れていると、今度は女子が一人やってきた。

 長い髪をひとつにまとめ、首からカメラを下げている。

「おはよ。朝から元気だね、美月」

「琴音! 来てくれてありがとう!」

「写真撮れるなら面白そうだし」

 原田琴音。

 写真部所属。

 落ち着いた雰囲気で、周りをよく見ている。

 琴音は駅前の景色を見て、すぐにカメラを構えた。

「朝の光、けっこういいかも」

「何撮ってんの?」

 悠斗が聞くと、琴音はシャッターを切りながら答えた。

「駅前の空気」

「空気って撮れるのかよ」

「撮れるよ。たぶん」

「たぶんかよ」

 最後に、息を切らして男子が走ってきた。

「待たせた!」

「翔太、ぎりぎり!」

「いや、道中で古い石碑を見つけてさ」

「もう始まってる……」

 美月が苦笑する。

 山口翔太。

 歴史好きで、語り出すと止まらないタイプらしい。

 翔太は目を輝かせていた。

「今日はどこ行くんだ? 馬籠? 苗木城? それとも中山道関係?」

「まずは駅前商店街」

「渋いな!」

「渋いのか?」

 悠斗が思わず聞く。

 翔太は胸を張った。

「渋いよ。駅前にはその町の今が出る」

「そういうもん?」

「そういうもん」

 妙に説得力があるような、ないような。

 こうして五人がそろった。

 美月はノートを開き、真ん中に立つ。

「改めまして」

 そして、元気よく言った。

「中津川PRプロジェクト、開始です!」

 誰も拍手しなかった。

 少し間が空く。

「してよ!」

 美月が叫ぶ。

 翔太だけが慌てて拍手した。

「お、おおー!」

「翔太くん優しい!」

「俺は?」

「神谷くんは冷たい」

「知ってる」

 美月は咳払いをした。

「今日の目的は、中津川に本当に紹介するものがないのか調べること」

 悠斗をちらりと見る。

「誰かさんが、何もないって言うから」

「事実だろ」

「だから調べるの」

 美月はノートを掲げた。

「ルールがあります」

「ルール?」

「一つ、思い込み禁止」

 ペンでノートを叩く。

「二つ、聞いた話をすぐ否定しない」

「俺向けだろ」

「三つ、まず見る」

「はいはい」

「四つ、まず聞く」

「探偵かよ」

「似たようなものだよ。町の宝探し」

 町の宝探し。

 その言葉に、悠斗は少しだけ眉を動かした。

 大地がカメラを取り出す。

「じゃあ、撮りながら行くか」

 琴音もカメラの設定を確認する。

「最初の一枚、駅前からにしよう」

 翔太はもう周辺の建物を見回している。

「この辺り、昔の道筋と今の町並みが重なってて面白いんだよ」

「長くなりそうだから歩きながらで」

 美月が笑う。

 五人は駅前から商店街へ向かって歩き出した。



 土曜日の商店街は、静かだった。

 シャッターの閉まった店もある。

 けれど、開いている店からは人の気配がした。

 和菓子店。

 喫茶店。

 雑貨屋。

 八百屋。

 昔からそこにあるような建物が、通りに並んでいる。

 悠斗は周囲を見渡し、肩をすくめた。

「ほらな」

「何が?」

「やっぱり普通」

 美月が振り返る。

「早い。まだ歩き始めたばっかり」

「だって見たままだろ」

「神谷くんの悪いところ出てる」

「悪いところ?」

「見た瞬間に決めつけるところ」

 美月はそう言って、一軒の店の前で立ち止まった。

 そこは古い和菓子屋だった。

 木の看板に、柔らかい文字で店名が書かれている。

 店先には栗きんとんの文字。

 悠斗は少しだけ足を止めた。

「栗きんとんか」

「中津川といえば、やっぱり外せないでしょ」

「食べ物だけでPRになるのか?」

「なるよ。食べ物って、その土地の記憶だから」

 美月は自信満々に言った。

 その言葉を聞いて、琴音がすぐにカメラを構えた。

「今のいいね。美月、もう一回言って」

「え、恥ずかしい」

「言葉も撮りたい」

「写真なのに?」

「気持ちの問題」

 大地は店の外観を撮影している。

「看板、いい雰囲気だな」

 翔太も頷いた。

「中津川の栗菓子文化は大事だよ。山の恵みと町の職人技が繋がってる」

「へぇ」

 悠斗は思わず声を漏らした。

 美月がすかさず反応する。

「今、ちょっと興味持った?」

「持ってない」

「嘘だ」

「持ってない」

「顔に出てた」

「出てねぇ」

 美月は楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て、悠斗は少しだけ視線を逸らした。



 店の中に入ると、甘い香りがした。

 木の棚には、栗きんとんや羊羹、季節の和菓子が並んでいる。

 店の奥から、年配の店主が出てきた。

「いらっしゃい」

 柔らかい声だった。

 美月が少し緊張しながら一歩前に出る。

「あの、私たち高校の文化祭で中津川のPR企画をしていて……少しお話を聞いてもいいですか?」

 店主は目を細めた。

「高校生が中津川のPRか。いいねえ」

「ありがとうございます!」

「何が聞きたい?」

 美月はノートを開いた。

「栗きんとんって、どうして中津川で有名なんですか?」

 店主はゆっくりと話し始めた。

 昔からこの地域では栗が身近だったこと。

 秋になると、家庭でも栗を使った菓子を作っていたこと。

 それが職人の手で磨かれ、今の栗きんとんにつながっていること。

 派手な菓子ではない。

 でも、栗そのものの味を大切にする。

 余計なものを足しすぎない。

 素材と向き合う。

 店主の言葉は静かだったが、不思議と力があった。

 悠斗は黙って聞いていた。

 正直、栗きんとんなんて、ただの土産物だと思っていた。

 秋になれば店に並ぶもの。

 誰かの家に行く時に持っていくもの。

 それくらいの認識しかなかった。

 でも、目の前の店主は、それをまるで大切な思い出のように語っている。

「栗きんとんはね」

 店主は笑った。

「中津川の秋を、手のひらに乗せたようなものなんだよ」

 その言葉に、教室では感じなかった重みがあった。

 琴音が小さくシャッターを切る。

 大地は静かにカメラを回している。

 翔太も珍しく口を挟まない。

 美月は真剣にメモを取っていた。

 悠斗だけが、何も持たずに立っている。

 でも、心の中には確かに何かが残っていた。



 店を出た後、五人は商店街を歩き続けた。

 美月は嬉しそうにノートを見返している。

「すごかったね」

「何が?」

 悠斗が聞く。

「栗きんとんって、ただ美味しいだけじゃないんだなって」

「まあ……」

「まあ?」

「知らなかった」

 思わず出た言葉だった。

 美月がぴたりと止まる。

「今、何て?」

「何でもない」

「言ったよね? 知らなかったって」

「言ったけど」

「一個発見!」

「何が」

「神谷くん、中津川のこと知らないって認めた!」

「うるさい」

 美月は満足そうに笑った。

 大地がぼそっと言う。

「今の動画に入れたいな」

「入れるな」

「タイトル、神谷、初めての敗北」

「絶対やめろ」

 琴音が笑う。

「でも、いい表情してたよ」

「してない」

「してた」

 翔太が腕を組む。

「知らないことを知る。それが歴史の始まりだな」

「急に壮大にするな」

 賑やかに歩いているうちに、通りの先にまた古い建物が見えてきた。

 美月が足を止める。

「あ、ここも行きたい」

 悠斗は看板を見上げた。

「はざま酒造?」

 そこには、歴史を感じる酒蔵があった。

 白壁と木の造り。

 町の中にありながら、そこだけ時間が少しゆっくり流れているように見えた。

「酒蔵って……俺たち高校生だぞ」

「飲むわけじゃないよ!」

 美月が慌てて言う。

「建物とか、歴史とか、水とか、職人さんの話を聞くの」

「水?」

「お酒って、いい水が大事なんだって。中津川の自然とも繋がってると思う」

 大地がカメラを構えた。

「外観だけでも映えるな」

 琴音も頷く。

「古い建物って光が似合う」

 翔太はすでに目を輝かせている。

「酒蔵は地域文化の塊だよ。土地の水、米、人の技術、商いの歴史が全部入ってる」

「お前、こういう時だけ生き生きするな」

 悠斗が言うと、翔太は胸を張った。

「歴史だからな」

 美月は入り口の前で少し緊張した顔になる。

「取材、お願いしてみよう」



 中に入ると、空気が少し変わった。

 木の香り。

 静かな空間。

 古い建物独特の落ち着いた雰囲気がある。

 美月が受付の人に事情を説明すると、短時間ならと話を聞かせてもらえることになった。

 案内してくれたのは、穏やかな表情の男性だった。

「高校生が町のPRか。いいですね」

「ありがとうございます」

 美月が頭を下げる。

 悠斗も慌てて軽く頭を下げた。

 男性は酒蔵の歴史や、仕込みに使う水の大切さについて話してくれた。

 酒を造る場所は、ただ商品を作る場所ではない。

 その土地の気候や水、人の暮らしと深く結びついている。

 中津川という土地の自然があって、そこで暮らす人たちがいて、受け継がれてきた技術がある。

 その積み重ねが、今もこの場所に残っている。

「君たちはまだ飲めない年齢だけど」

 男性は少し笑った。

「こういう場所は、大人だけのものじゃないんです。町の歴史として、誰が見てもいい。知ってもらえたら嬉しいですね」

 その言葉に、美月の顔が明るくなる。

「はい。ちゃんと伝えたいです」

 悠斗は周囲を見回した。

 古い(はり)

 磨かれた床。

 静かに並ぶ道具。

 そこに派手さはない。

 でも、確かに誰かが大切に守ってきた時間があった。

 ふと、和菓子屋の店主の言葉を思い出す。

 中津川の秋を、手のひらに乗せたようなもの。

 ここにも、似たものがあるのかもしれない。

 この町で暮らしてきた人たちの積み重ね。

 自分が見ようとしていなかったもの。

「神谷くん」

 美月に呼ばれ、悠斗は我に返る。

「どう?」

「どうって?」

「何か思った?」

 悠斗は少しだけ迷った。

 いつものように「普通」と言えば終わる。

 でも、それは少し違う気がした。

「……古いけど」

「うん」

「ちゃんと残ってるんだなって思った」

 美月は驚いたように目を丸くした。

 それから、ゆっくり笑った。

「いい感想」

「別に」

「照れてる」

「照れてない」

 大地が小声で言う。

「今のも使えるな」

「使うな」

 琴音は酒蔵の入り口から差し込む光を撮っていた。

「ここ、いい写真になる」

 翔太は男性に質問を続けている。

「この辺りの街道との関わりってありますか?」

「翔太、長くなる予感しかしない」

 美月が笑う。

 その笑い声が、静かな酒蔵に柔らかく響いた。



 取材を終えた五人は、再び外へ出た。

 昼前の陽射しが少しまぶしい。

 商店街の通りには、さっきより人が増えていた。

 悠斗は何となく振り返って、はざま酒造の建物を見た。

 さっきまでは、ただの古い建物だった。

 でも今は少し違って見える。

 そこに物語があると知ったからだ。

 知らなければ、ただ通り過ぎるだけだった。

 知った瞬間、景色は変わる。

 それが少し悔しかった。

「神谷くん」

 美月が隣に並ぶ。

「今日、どう?」

「何回聞くんだよ」

「だって気になるもん」

「まだ午前中だろ」

「じゃあ途中経過」

「……まあ」

 悠斗は言葉を探す。

 正直に言うのは、少し癪だった。

「思ったより、悪くない」

 美月はぱっと笑った。

「やった」

「何が」

「一歩前進」

「大げさ」

「大げさじゃないよ」

 美月は商店街の先を指差した。

「まだまだ行くよ。駅前、ちゃんと見るんだから」

「まだ歩くのかよ」

「当たり前」

 大地が後ろであくびをする。

「昼飯も撮ろうぜ。グルメ要素いる」

 琴音が頷く。

「お店の人の表情も撮りたい」

 翔太は楽しそうに言う。

「午後は歴史の話もできるな」

「勘弁してくれ」

 悠斗はそう言いながらも、足を止めなかった。



 午後。

 五人は駅前周辺を歩きながら、いくつかの店や通りを見て回った。

 昔ながらの喫茶店。

 地元野菜を並べる店。

 小さな雑貨屋。

 どれも、悠斗にとっては珍しいものではない。

 でも、美月たちはひとつひとつに足を止めた。

 店主に話を聞き、写真を撮り、動画に残す。

 何気ない看板。

 古い椅子。

 軒先の花。

 通りすがりの人の挨拶。

 それらを美月は宝物みたいに拾い上げていく。

 悠斗は最初、その様子を少し馬鹿にしていた。

 けれど、時間が経つにつれて、だんだん分からなくなってきた。

 もしかして。

 本当に、自分が見ていなかっただけなのかもしれない。

 そう思いかけて、すぐに首を振る。

 まだ早い。

 今日一日歩いただけで、町への印象が変わるなんて単純すぎる。

 でも。

 和菓子屋の店主の言葉。

 酒蔵の静けさ。

 美月の笑顔。

 それらは確かに、悠斗の中に残っていた。



 夕方。

 五人は駅前広場に戻ってきた。

 ベンチに座り、今日撮った写真や動画を確認する。

 大地のカメラには、思った以上にたくさんの映像が入っていた。

 琴音の写真も、かなりの枚数になっている。

「見て、これ」

 琴音がカメラの画面を見せる。

 和菓子屋の店主が笑っている写真。

 はざま酒造の入り口に光が差し込む写真。

 商店街を歩く美月の後ろ姿。

 そして、少し離れた場所で何かを見上げている悠斗の写真。

「勝手に撮るなよ」

「いい顔してたから」

「してない」

「してたよ。何か考えてる顔」

 悠斗は画面から目を逸らした。

 大地が動画を再生する。

 美月の声が聞こえる。

『本当に何もないのか、調べてみよう』

 その後に、和菓子屋、酒蔵、商店街の映像が続く。

 まだ編集前なのに、不思議と形になっているように見えた。

「……意外と撮れてるな」

 悠斗が言うと、大地がにやりとした。

「だろ? 編集したらもっと良くなる」

 翔太も満足そうだった。

「歴史解説も入れよう」

「長すぎるのはカットな」

「なぜだ!」

「動画が終わらなくなるから」

 美月が笑いながらノートを閉じる。

「神谷くん」

「何」

「今日、どうだった?」

 またその質問。

 悠斗はため息をつく。

 でも、今度は逃げなかった。

「……思ったより」

 言葉を区切る。

 四人がこちらを見る。

「悪くなかった」

 美月の顔が、ゆっくり明るくなった。

「一個発見」

「何が」

「神谷くんが初めて中津川を褒めた」

「褒めてねぇ」

「褒めたよ」

「悪くなかったって言っただけだ」

「それ、神谷くんにしてはかなり褒めてる」

 大地が頷く。

「歴史的瞬間だな」

 琴音も笑う。

「写真撮ればよかった」

 翔太は真面目な顔で言った。

「これは中津川PR史に残る」

「残らねぇよ」

 五人の笑い声が駅前広場に広がる。

 悠斗は少しだけ居心地の悪さを感じた。

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 夕焼けが町を染めていく。

 遠くに恵那山が見えた。

 いつもの山。

 毎日見ていた景色。

 でも今日は、朝とは少し違って見えた。

 知らないことは、まだたくさんある。

 そう思った。

 何もない町。

 ずっとそう決めつけていた。

 でも。

 もしかしたら。

 何もないのではなく、自分が何も見ていなかっただけなのかもしれない。

 悠斗はその考えを、まだ誰にも言わなかった。

 ただ、夕日に染まる町を見つめていた。

 隣で美月が言う。

「次はもっと面白いよ」

「まだやるのか」

「もちろん」

「どこ行くんだよ」

 美月は得意げに笑った。

「次は、駅前取材をもっと本格的にやります」

「今日も駅前だっただろ」

「今日は下見。次は本番」

「マジかよ」

「マジです」

 悠斗は大きくため息をついた。

 けれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。

 美月はそれに気づいていたが、何も言わなかった。

 ただ、嬉しそうに前を向いた。

 春の夕風が、五人の間を通り抜ける。

 中津川の町は静かに暮れていく。

 その静けさの中で、彼らの小さなプロジェクトは、確かに動き始めていた。