翌日の昼休み。
神谷悠斗は窓際の自分の席でスマホを眺めていた。
画面には動画投稿サイト。
映し出されているのは都会の映像だった。
高層ビル。
巨大なショッピングモール。
人で溢れる駅前。
夜になっても眠らない街。
「やっぱ都会はすげぇな……」
思わず呟く。
動画のコメント欄には、
『住みたい』
『憧れる』
『都会最高』
そんな言葉が並んでいた。
悠斗も同じ気持ちだった。
卒業したらこの町を出たい。
もっと賑やかな場所へ行きたい。
その考えは昔から変わらない。
「神谷くん!」
元気な声が聞こえた。
嫌な予感がする。
顔を上げると案の定だった。
水野美月。
昨日、文化祭実行委員になった張本人である。
「うわ」
「その反応ひどくない?」
「何の用だよ」
「企画会議」
「まだやるのか」
「文化祭までやるよ」
当然でしょ、と言わんばかりの顔。
悠斗は深いため息をついた。
「面倒くさ」
「神谷くんって本当にやる気ないね」
「あるわけないだろ」
「どうして?」
「どうしてって……」
悠斗は窓の外を見る。
遠くに見える山並み。
いつもの景色。
「紹介するものなんかないし」
美月は眉をひそめた。
「またそれ」
「事実だろ」
「事実じゃない」
「じゃあ何があるんだよ」
「それは……」
一瞬言葉に詰まる。
悠斗は勝ち誇ったように笑った。
「ほら」
「うぅ……」
美月は悔しそうに唸る。
その様子が少し面白かった。
◇
放課後。
空き教室。
文化祭実行委員として与えられた場所だ。
教室には悠斗と美月しかいない。
窓から差し込む夕日が教室をオレンジ色に染めている。
美月はホワイトボードを立てた。
「まずは候補を出そう!」
「元気だな」
「やるからには本気だもん」
「そうですか」
「神谷くんも考えて」
「無理」
「なんで!」
「紹介するものなんてない」
美月がじっと見てくる。
「本気で言ってる?」
「本気」
悠斗は椅子にもたれた。
「山。」
指を一本立てる。
「川。」
二本目。
「田んぼ。」
三本目。
「以上。」
「以上じゃないよ!」
「いや、だいたいそうだろ」
「違う!」
美月が机を叩く。
教室に音が響いた。
「そんなことない!」
「じゃあ言えよ」
「えっと……」
言葉が止まる。
またしても沈黙。
「ほらな」
「だからいっぱいあるって!」
「説得力ゼロ」
悠斗は笑った。
◇
しばらくして。
美月が急に真面目な顔になった。
「神谷くん」
「ん?」
「そんなに中津川嫌い?」
悠斗は少し考えた。
「嫌いじゃない」
「じゃあなんで」
「何もないから」
「だからそれ!」
美月は頭を抱えた。
悠斗は窓の外を見る。
「だってそうだろ」
「遊ぶ場所も少ないし」
「電車も少ないし」
「店も少ないし」
「都会みたいに何かあるわけじゃない」
言葉は止まらなかった。
「テレビで紹介されることも少ないし」
「有名人が来るわけでもない」
「観光地だってそんなにない」
「だったら紹介することなんかないだろ」
美月は静かに聞いていた。
やがて小さく口を開く。
「それってさ」
「ん?」
「神谷くんが知らないだけじゃない?」
悠斗は眉をひそめた。
「は?」
「中津川のこと」
「どれくらい知ってる?」
「地元だぞ?」
「じゃあ聞く」
美月は指を立てる。
「馬籠宿行ったことある?」
「小学校の遠足」
「覚えてる?」
「……あんまり」
「苗木城跡は?」
「行ったことない」
「栗きんとんのお店は?」
「スーパーで買う」
「恵那山登ったことは?」
「ない」
「おいでん祭は?」
「小さい頃に一回」
美月は腕を組んだ。
「ほら」
「何が」
「知らないじゃん」
悠斗は言葉に詰まる。
「知らないのに」
「何もないって決めつけるのはずるいよ」
その言葉だけは妙に刺さった。
◇
「じゃあ調べよう」
美月は突然そう言った。
「は?」
「実際に見て回るの」
「面倒」
「ダメ」
「即答かよ」
「文化祭だもん」
美月はノートを開いた。
「候補を書いていくね」
ペンを走らせる。
『駅前商店街』
「普通」
『栗きんとん』
「普通」
『木曽川』
「普通」
『馬籠宿』
悠斗は少しだけ反応した。
「どうした?」
「いや」
「何か思った?」
「別に」
「怪しい」
美月が笑う。
「馬籠宿ってさ」
「外国人観光客も結構来るんだよ」
「そうなのか」
「知らなかった?」
「知らん」
「ほら!」
なぜか勝ち誇った顔。
悠斗は少し悔しかった。
◇
その時だった。
「お、頑張ってるな」
田辺先生が教室へ入ってきた。
「先生!」
美月が立ち上がる。
「候補考えてます!」
「いいじゃないか」
先生はホワイトボードを見る。
「馬籠宿か」
「有名ですよね」
「ああ」
先生は笑った。
「神谷はどうだ?」
「別に」
「興味なさそうだな」
「だって紹介するものなんてないですし」
先生は少し考える。
そして意外なことを言った。
「じゃあ証明してこい」
「え?」
「中津川には何もないって」
悠斗は目を瞬かせた。
「調べて」
「本当に何もなかった」
「それなら立派な成果だ」
「……」
「でもな」
先生は窓の外を見た。
「案外、自分が知らないだけかもしれんぞ」
それだけ言うと教室を出ていった。
◇
帰り道。
空は夕焼けに染まっていた。
悠斗は一人で歩く。
ポケットからスマホを取り出した。
何となく検索画面を開く。
指が止まる。
そして。
『中津川市』
入力した。
検索結果が表示される。
最初に出てきたのは写真だった。
石畳の坂道。
古い町並み。
「馬籠宿……」
次の写真。
巨大な岩山の上にある城跡。
「苗木城?」
さらに。
恵那山。
栗きんとん。
木曽川。
祭り。
思っていたより多かった。
「へぇ……」
思わず声が漏れる。
もちろん。
だからといって考えが変わったわけじゃない。
まだ知らないだけかもしれない。
それだけだ。
「まあ」
悠斗はスマホを閉じる。
「どうせ大したことないだろ」
そう呟く。
けれど。
土曜日の取材が少しだけ楽しみになっている自分がいた。
認めたくはなかったが。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
気になっていた。
夕日に染まる恵那山が静かにそびえている。
その姿を見上げながら。
悠斗はゆっくりと家路についた。
神谷悠斗は窓際の自分の席でスマホを眺めていた。
画面には動画投稿サイト。
映し出されているのは都会の映像だった。
高層ビル。
巨大なショッピングモール。
人で溢れる駅前。
夜になっても眠らない街。
「やっぱ都会はすげぇな……」
思わず呟く。
動画のコメント欄には、
『住みたい』
『憧れる』
『都会最高』
そんな言葉が並んでいた。
悠斗も同じ気持ちだった。
卒業したらこの町を出たい。
もっと賑やかな場所へ行きたい。
その考えは昔から変わらない。
「神谷くん!」
元気な声が聞こえた。
嫌な予感がする。
顔を上げると案の定だった。
水野美月。
昨日、文化祭実行委員になった張本人である。
「うわ」
「その反応ひどくない?」
「何の用だよ」
「企画会議」
「まだやるのか」
「文化祭までやるよ」
当然でしょ、と言わんばかりの顔。
悠斗は深いため息をついた。
「面倒くさ」
「神谷くんって本当にやる気ないね」
「あるわけないだろ」
「どうして?」
「どうしてって……」
悠斗は窓の外を見る。
遠くに見える山並み。
いつもの景色。
「紹介するものなんかないし」
美月は眉をひそめた。
「またそれ」
「事実だろ」
「事実じゃない」
「じゃあ何があるんだよ」
「それは……」
一瞬言葉に詰まる。
悠斗は勝ち誇ったように笑った。
「ほら」
「うぅ……」
美月は悔しそうに唸る。
その様子が少し面白かった。
◇
放課後。
空き教室。
文化祭実行委員として与えられた場所だ。
教室には悠斗と美月しかいない。
窓から差し込む夕日が教室をオレンジ色に染めている。
美月はホワイトボードを立てた。
「まずは候補を出そう!」
「元気だな」
「やるからには本気だもん」
「そうですか」
「神谷くんも考えて」
「無理」
「なんで!」
「紹介するものなんてない」
美月がじっと見てくる。
「本気で言ってる?」
「本気」
悠斗は椅子にもたれた。
「山。」
指を一本立てる。
「川。」
二本目。
「田んぼ。」
三本目。
「以上。」
「以上じゃないよ!」
「いや、だいたいそうだろ」
「違う!」
美月が机を叩く。
教室に音が響いた。
「そんなことない!」
「じゃあ言えよ」
「えっと……」
言葉が止まる。
またしても沈黙。
「ほらな」
「だからいっぱいあるって!」
「説得力ゼロ」
悠斗は笑った。
◇
しばらくして。
美月が急に真面目な顔になった。
「神谷くん」
「ん?」
「そんなに中津川嫌い?」
悠斗は少し考えた。
「嫌いじゃない」
「じゃあなんで」
「何もないから」
「だからそれ!」
美月は頭を抱えた。
悠斗は窓の外を見る。
「だってそうだろ」
「遊ぶ場所も少ないし」
「電車も少ないし」
「店も少ないし」
「都会みたいに何かあるわけじゃない」
言葉は止まらなかった。
「テレビで紹介されることも少ないし」
「有名人が来るわけでもない」
「観光地だってそんなにない」
「だったら紹介することなんかないだろ」
美月は静かに聞いていた。
やがて小さく口を開く。
「それってさ」
「ん?」
「神谷くんが知らないだけじゃない?」
悠斗は眉をひそめた。
「は?」
「中津川のこと」
「どれくらい知ってる?」
「地元だぞ?」
「じゃあ聞く」
美月は指を立てる。
「馬籠宿行ったことある?」
「小学校の遠足」
「覚えてる?」
「……あんまり」
「苗木城跡は?」
「行ったことない」
「栗きんとんのお店は?」
「スーパーで買う」
「恵那山登ったことは?」
「ない」
「おいでん祭は?」
「小さい頃に一回」
美月は腕を組んだ。
「ほら」
「何が」
「知らないじゃん」
悠斗は言葉に詰まる。
「知らないのに」
「何もないって決めつけるのはずるいよ」
その言葉だけは妙に刺さった。
◇
「じゃあ調べよう」
美月は突然そう言った。
「は?」
「実際に見て回るの」
「面倒」
「ダメ」
「即答かよ」
「文化祭だもん」
美月はノートを開いた。
「候補を書いていくね」
ペンを走らせる。
『駅前商店街』
「普通」
『栗きんとん』
「普通」
『木曽川』
「普通」
『馬籠宿』
悠斗は少しだけ反応した。
「どうした?」
「いや」
「何か思った?」
「別に」
「怪しい」
美月が笑う。
「馬籠宿ってさ」
「外国人観光客も結構来るんだよ」
「そうなのか」
「知らなかった?」
「知らん」
「ほら!」
なぜか勝ち誇った顔。
悠斗は少し悔しかった。
◇
その時だった。
「お、頑張ってるな」
田辺先生が教室へ入ってきた。
「先生!」
美月が立ち上がる。
「候補考えてます!」
「いいじゃないか」
先生はホワイトボードを見る。
「馬籠宿か」
「有名ですよね」
「ああ」
先生は笑った。
「神谷はどうだ?」
「別に」
「興味なさそうだな」
「だって紹介するものなんてないですし」
先生は少し考える。
そして意外なことを言った。
「じゃあ証明してこい」
「え?」
「中津川には何もないって」
悠斗は目を瞬かせた。
「調べて」
「本当に何もなかった」
「それなら立派な成果だ」
「……」
「でもな」
先生は窓の外を見た。
「案外、自分が知らないだけかもしれんぞ」
それだけ言うと教室を出ていった。
◇
帰り道。
空は夕焼けに染まっていた。
悠斗は一人で歩く。
ポケットからスマホを取り出した。
何となく検索画面を開く。
指が止まる。
そして。
『中津川市』
入力した。
検索結果が表示される。
最初に出てきたのは写真だった。
石畳の坂道。
古い町並み。
「馬籠宿……」
次の写真。
巨大な岩山の上にある城跡。
「苗木城?」
さらに。
恵那山。
栗きんとん。
木曽川。
祭り。
思っていたより多かった。
「へぇ……」
思わず声が漏れる。
もちろん。
だからといって考えが変わったわけじゃない。
まだ知らないだけかもしれない。
それだけだ。
「まあ」
悠斗はスマホを閉じる。
「どうせ大したことないだろ」
そう呟く。
けれど。
土曜日の取材が少しだけ楽しみになっている自分がいた。
認めたくはなかったが。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
気になっていた。
夕日に染まる恵那山が静かにそびえている。
その姿を見上げながら。
悠斗はゆっくりと家路についた。

