僕が彼に恋する1分間─甘くて苦いBL短編集─




「カノジョ、ほしぃー……」

思わず口から出た呟きが、やるせない気持ちを倍増させて嫌になる。カノジョがほしい、なんて、モテないヤツの決まり文句だ。

「作りゃあいいじゃん、だったら」

それで、コレがモテるヤツの台詞。

隣で漫画を読んでる同級生、榊󠄀 渚を俺は睨んだ。

「ポンポン作れるなら苦労しねぇよ。嫌味か、それは」

「そんなつもりないけど。優弥、カワイイ顔してるし、明るいから、イケんじゃね?」

「それ!」

俺はズバッと、渚の冷めた顔を指さした。

「女子の『カワイイ』と『面白い』は恋愛対象じゃないから言うの!ペットとおんなじ!いざ調子乗って告白しても全然相手にされないんだぞ!」

「それ、何調べ?」

「小、中、高とカノジョいない俺調べ!」

思わずクッションに顔を埋める俺を、渚は「あー、それは信用できますねー」なんて笑ってる。

中学卒業頃から急に身長が伸び始めた渚は、「カワイイ男の子」から「クールなイケメン」に進化を遂げていた。マンガ読んだり、ポテト食ったり、クラスメイトの一発ギャグで大笑いしたり、俺と渚のやってることは変わらない。でも、女子が頬を染めて噂するのは、身長167センチの俺ではなくて、渚なのだ。クッションに顔をボフボフと打ち付けながら俺は喚いた。

「牛乳だって毎日飲んでジョギングして早寝早起きしてるのにー!」

「健康優良児でいいねぇ。あ、ねぇ、これ続きある?」

「新刊は机の上!」

「ん。あんがと」

渚が立ち上がり、再び、俺の横に座る気配がした。

「……優弥はさぁ」

ページをパラリとめくる音がする。

「なんでそんなにカノジョ欲しいの?」

「……なんで?」

俺はクッションから顔をあげた。

「そりゃあ…………楽しいだろ、カノジョいたら」

「例えば?」

「デートしたりさぁ」

「デートってどんなん」

「ゲーセンとかカラオケ行ったりとか」

「優弥、UFOキャッチャー下手じゃん。ていうかゲーム全般下手じゃん」

「下手でもいいの!こう……失敗したー!もうちょっと右ー!とかワイワイやるのが楽しいじゃん」

「あー、確かに」

「それに夏祭りとかさぁ……。浴衣姿のカノジョと手を繋いで花火とか憧れるわぁ」

「毎年行ってるけど、ホント、優弥、祭り好きよな」

「…………おい」

俺の声に、渚は顔をあげた。悪い笑顔だ。

「なんだ、その笑顔は」

「いや、全部俺とやってることだなって」

「だからそれじゃダメなんだよ!」

「他に憧れのデートプランあんの」

「テスト勉強と称したお家デートです」

「今してるじゃん」

「だからそれをカノジョとしたいの、俺は!」

「俺ともできることをカノジョとするために、わざわざカノジョ作んの、優弥は?」

「んん??……えっ……だって……えー……?」

論点ズラしのようで正論な気がして、混乱する。渚の涼しげな目元のせいで、こっちが劣勢な気がしてきた。俺は手元のクッションをむぎゅーとつぶしたり、引き伸ばしたりしながら、反論を捻り出した。

「だから、その……カノジョがいたら……さ」

「うん」

「その……ほら…………じゃん」

「ん?なに?」

漫画をラグに置いて、傍らのベッドに頬杖をつきながら渚は聞き返した。……分かってるくせに。それにきっと、渚はイロイロと経験済みの人間のはずだ。俺は再びクッションをムギュムギュし始めた。

「カノジョとならできるだろ……ハ、ハグとか……キスとか……」

「……ふーん」

サディスティックな笑みに、余計恥ずかしくなる。

「優弥、したいんだ?ハグとかキスとか」

「復唱すんな!恥ずかしいから!」

「すりゃあいいじゃん」

「だから!カノジョいないからできないだろ!」

「いや試しに。ほら、俺で」

固まる俺の表情を見て、渚は更に楽しそうだ。

「なんでそうなる」

「ゲーセンとか、夏祭りとか。カノジョ作ってしたいこと、俺とやってるじゃん。ならハグぐらいならできるんじゃね?──まぁ、さすがにキスは、ちょっとね」

「そ、そりゃそうだろ!お、男同士でキスなんてそれは」

「ハグなら、わりとふざけてやったりするもんな。ほら」

「へ?」

腕をぐっと掴まれた。と思ったら、俺の身体は、ぎゅっと渚の腕のなかに包まれていた。

「お、おい!なぎ……」

反射で押しのけようとしたのに、渚の掌がそっと優しく背中を撫でた瞬間、ビクッと身体が硬直して動けなくなってしまった。

見慣れた渚の掌が、案外大きくて、骨ばってて、それでいてすごく熱い。長い指が髪をすくのが心地よくて、俺は唇を小さく噛んだ。

心臓の音がドキドキ響いて、制汗剤のシトラスミントの香りに、身体が痺れるみたいで。

知らなかった。誰かに抱きしめられると、こんなに不安で、あったかくなるんだ。

「んっ……!」

髪をすく指が、耳たぶに触れて、思わず変な声が出た。

「──どう、優弥」
 
そっと紙をめくるぐらい優しく、渚が俺の身体から離れていった。首を傾げて、迷子に話を聞くような優しげな瞳に、俺はしどろもどろになってしまう。

「……どうって……いや、なんか」

「やだ?」

「い、いやじゃ……なかったけど」

「優弥って正直だね。そういうとこも面白い」

「やっぱからかってんじゃねぇか!」

「ハグも俺とできるじゃん。なら、カノジョ作る意味なくない?」

「えー……」

反論したくても3秒前に「いやじゃない」と白状した手前、何も言えない。渚は肩をすくめて、優しく微笑んだ。

「それに、優弥にカノジョできたら、いやだし、俺」

「……は?」

「だってカノジョできたら、絶対、カノジョ優先するでしょ。そしたら俺と遊んでくんなくなるじゃん」

「そ、そんなことねぇよ!」

「いーや、絶対、初カノジョに夢中になるよ。夏祭りとかも俺とじゃなくてその子と行くんでしょ。あーあ、寂しいなぁ。友情なんてあっけないなぁ……」

ベッドの縁にころんと顔を乗せて、悲しげに渚は言った。キュンと胸が痛んだのは、罪悪感と、なんだかよく分からない感情のせいだ。

「現にさ、俺といてもカノジョほしいほしいばっかじゃん。楽しくないんでしょ、俺といても」

「そんなことない!俺は渚といて楽しい!」

「じゃあカノジョできても遊んでくれる?」

「遊ぶ!」

「夏祭りも?」

「行く!」

「じゃあカノジョ、今は作る必要ないね」

「おう!……ん?」

何度もルートを変えても、結局、渚の嬉しそうな笑顔にぶち当たってしまう。

「さて、この話はおしまい」

満足気に笑って、渚は漫画を読み始めた。その綺麗な横顔をじっと見つめながら、俺は尋ねた。

「──渚は、なんでカノジョ作らねぇの?」

「もう堂々巡りだからやめよ、優弥。今、超いいシーンだし」

「そいつ死ぬよ」

「あっ!えっ嘘、ちょっ、マジか、優弥……」

俺のささやかな仕返しに、渚は眉を潜めて、でも結局、嬉しそうに笑った。

「拗ねてる優弥くんも、可愛いですねー」

手慣れた仕草で頭をくしゃくしゃ撫でる仕草が、なんだか、さっきのハグを思い出させて……

……よく、わかんねぇけど、渚は、なんかズルいと思う。

「触んなって……!あー、もう、絶対、カノジョ作る!夏までに作る!」

「まぁまぁ、機嫌直せって。ほら、コンビニ行こ。いま、優弥が好きなシュークリームフェアやってたよ、確か」

……また先回りされた感じ。何年経っても甘やかしてくる親友が、カノジョが出来ない1番の原因な気がしてきた。

でも、ま……今は……いっか。 

「ん?どうしたの、優弥。早く行こ」

楽しそうに俺を見る親友の腰に軽くパンチを食らわせながら、俺は立ち上がった。