天使の専属料理人

 七月十六日 
 ♢
 朝日がカーテンの隙間から差し込む。
 キッチンの換気扇だけが低く唸っていた。
 時刻は五時過ぎ。
 まだ祖母も起きていない。興奮と緊張で、いつもより早く起きてしまったようだった。
 無駄に冴えている頭を回転させ、メニューを考える。そして俺は冷蔵庫から豚ロース肉のパックを取り出した。
 「初日だしな。」
 少しくらい気合を入れてもいいだろう。俺は意気込んで腕を捲った。

 肉をまな板に並べる。
 筋を切り、包丁の背で軽く叩く。火が通っても硬くならないように。
 …何度も繰り返した作業だった。
 ボウルに醤油を入れる。
 すりおろした生姜。
 みりん。
 少しだけ料理酒。
 箸で混ぜると、生姜の香りがふわりと立ち上った。
 「よし。」

 肉を漬け込む間に野菜へ取りかかる。
 レタスを洗い、水を切る。ミニトマトを半分に切る。彩り用のパプリカは細く千切りにした。
 __弁当は味だけじゃない。
 蓋を開けた瞬間も大事だ。

 フライパンを火にかける。
 油をひいて、十分に温まるのを待つ。
 ジュッ――。
 肉を置いた瞬間、小気味いい音が響いた。甘辛いタレが熱で弾ける。
 立ち上る湯気に生姜の香りが混じり、肉の縁が少しずつ色づいていく。
 菜箸で返す。
 照りの出たタレが絡み、表面が艶やかに光った。
 「うまそう。」
 思わず呟いた。

 そのまま余ったタレを煮詰めて肉へかける。
 ご飯の上に乗せたら絶対に合う。そう確信できる出来だった。
 完成した生姜焼きを冷ましている間に卵焼きを作る。
 だしを少し効かせて、甘さは控えめ。
 黄色い層を何度も巻いていく。
 包丁を入れると断面が綺麗だった。
 
 弁当箱にご飯を詰める。
 生姜焼き。
 卵焼き。
 ブロッコリー。
 ミニトマト。
 パプリカ。
 その全てを、色の配置を整えながら詰め終える。
 「…悪くないな。」
 むしろ結構いい。
 初日にしては上出来だった。

 次は夜用だ。
 昼より少ししっかりしたものが良い、と俺は思う。きっと夜にも何かのケアやら色々あるのだろう。

 パスタなら冷めても食べやすい。
 鍋に湯を沸かしながら、にんにくを刻む。まな板の上で刃が軽快に鳴った。
 オリーブオイルをひいたフライパンに入れる。
 弱火。
 焦がさないように香りだけを引き出す。じわじわと広がる匂いに、自然と口元が緩んだ。
 そこへベーコンとしめじ、彩りにほうれん草。
 茹で上がった麺を加え、トングで手早く和える。
 白い湯気が立ち上る。
 最後に黒胡椒を少しと、パセリを散らす。

 並んだ弁当箱とタッパーに、俺は自然と口元が緩んだ。
 「これなら喜ぶだろ。」
 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
 ただ料理を作るのは楽しい。
 それだけだった。