天使の専属料理人

 「……少し考えてもいいですか。」
 即答はできなかった。
 料理を作ること自体は嫌じゃない。
 むしろ好きだ。
 誰かに食べてもらうのも好きだし、美味しいと言ってもらえたら嬉しい。
 …でも。
 相手が日比谷セナとなると話は別だった。
 「もちろんです。」
 マネージャーさんは穏やかに頷く。
 「ただ、できれば早めにお返事をいただけると助かります。」
 そう言われ、俺は資料を受け取って応接室を後にした。

 廊下を歩きながら、何度も資料に書かれた名前を見る。
 日比谷セナ。
 学校中の憧れの的。
 モデル。
 通称、天使。
 俺とは縁のない世界の人間。
 そんな相手の食事を、俺が作る。
 不思議な話だった。

 その日の部活中も、家に帰ってからも、そのことが頭から離れなかった。
 「拓澄、今日のハンバーグ美味しいね。」
 夕飯を食べた祖母が嬉しそうに言う。
 俺は高校進学にあたって、家よりも祖母の家ほうが高校に近かったため、現在は祖母の家で二人で暮らしていた。
 「あ、うん…」
 「何か考え事?」
 「ちょっと。」

 料理を作りながら、ふと思う。 
 もし引き受けたら。
 俺の料理を食べるのは、あの日比谷セナだ。
 テレビや雑誌で見かけるような人が、俺の作ったものを口にする。
 そう考えると、少しだけ興味が湧いた。

 七月十五日
 ♢
 翌日。
 俺はマネージャーさんに連絡を入れた。
 「お引き受けします。」
 送信ボタンを押した瞬間、スマホが震える。
 ほとんど待っていたかのような速さだった。
 『ありがとうございます。』
 『本人も喜ぶと思います。』
 その一文を見て、俺は少し首を傾げた。
 本人も喜ぶ。
 直接会うわけでもないのに。
 どうしてだろう。