天使の専属料理人

 泣くつもりなんてなかった。
 ただのおにぎりだった。
 具は鮭。
 少しだけ塩が効いていて、まだほんのり温かい。

 たったそれだけなのに。
 ひと口食べた瞬間、涙が落ちた。
 「えっ!? だ、大丈夫ですか!?」
 慌てるクッキング部員の声が聞こえる。
 大丈夫じゃないのは分かっていた。

 …ここ数か月、何を食べても美味しくなかったから。
 食べることが怖かったから。
 なのに。
 このおにぎりは美味しかった。
 悔しいくらいに。
 「……これ、誰が作ったの?」
 気づけばそんなことを聞いていた。
 「ああ、それですか? うちの部員の小辻くんです」
 知らない名前だった。
 だけど、その日からずっと忘れられない名前になった。