空を舞い急降下してくるワイバーン、それに応戦する88ミリ高射砲や歩兵銃部隊。
そして戦いは一部のワイバーンたちが地上に降り立ったことにより、近接戦闘にも発展する。
「野郎ども! 盾を構えろ! 砲には指一本触れさせるんじゃねぇええ!!」
地表ではガンチ率いる近接戦闘部隊が大盾を並べて壁を作り、高射砲に迫るワイバーンの突撃を文字通り身体を張って受け止めていた。盾の隙間から槍を突き出し剣を振るい、怪物の肉を切り裂く。
外壁の上でも、エルフの戦士たちが持ち前の俊敏さを活かしてワイバーンの死角へと回り込み、鋭い短剣でその硬い鱗の隙間を突き刺していた。
しかし、どれほどこちらの装備が優秀でも相手は巨体の怪物だ。ワイバーンの強烈な一撃を浴び、防具ごと肉を裂かれ、外壁に叩きつけられる領民の姿が視界に入る。
「うわあああ~~おらの脚が、脚がぁ!」
「ひるむでねぇ! 負傷者を下ろせ、救護班を呼ぶだ!」
外壁の通路や地表で、次々と負傷者が出始めた。
非戦闘員の領民たちで構成された後方支援組が、決死の覚悟で戦場を駆け回り、血を流して倒れた戦士たちを担架に乗せて外壁から降ろし、臨時の救護施設となっている教会へと次々に運び込んでいく。
閉ざされた教会の扉の向こうでは、リナやロネたちが血に塗れながらも必死に包帯を巻き薬を塗り、ガジル神父とともに怪我人たちの命を繋ぎ止めるために戦っているはずだ。
誰一人として楽な者はいない。全員が生き残りと、ラスタール領の未来のために命を燃やしている。
まさに、村をあげた総力戦だ。
そんな、敵味方の血と怒号と叫びが入り乱れる大混戦の戦場の中。
俺が外壁の上から戦況を確認しようと視線を巡らせたその時、視界の端に、戦場には似合わない美しい色が不意に映り込んだ。
眩いばかりの、気高き銀色の髪。
「あ、アクシラ? こんなところで何やってんだ!?」
俺は思わず大声をあげ、彼女の元へと向かった。
見ればアクシラは、服の裾を泥と硝煙で黒く汚しながらも両手いっぱいに包帯を抱えて走っていた。その細い腕や額からは大粒の汗が流れ、白い肌は青ざめている。
「ここは危険だと言ったはずだ。指示通り、リナやロネのいる教会に戻れ」
俺が彼女の肩を掴んで制止すると、アクシラは足を止め、荒い息を吐きながら俺を振り返った。
「……戻りません、ブラン様」
その小さな口から返ってきたのは、普段の彼女からは聞いたことのない拒絶の言葉だった。
「教会だってやることが山ほどあるだろ! 救護の指揮はどうしたんだ!」
熱気と苛立ちが混ざった強い口調で、俺は無意識にアクシラの両肩を掴んでいた。
「教会の体制は、すでにガジル神父とリナたちで十分に回っています。それよりも今、前線から運ばれてくる負傷者の数に対して搬送する人員が圧倒的に足りていません。一刻を争う怪我人もいるのです、手のあいたわたくしが行かないわけにはいきません」
「つべこべ言わずに、大人しく戻るんだ!!」
気付いた時には、自分でも驚くほどの怒鳴り声をあげてしまっていた。
何で俺は、こんなに冷静さを欠いて怒鳴り散らしているんだ……?
アクシラが公爵令嬢だからこんな危険な場所に立たせるな、という身分的な理由か?
いや、違う……そんな理由じゃない。
ぶっちゃけ村のどこにいたってワイバーンが空から襲ってくる以上、教会だって完全に安全なわけじゃない。
それは分かっている。
そしてこの戦いは総力戦だ。
アクシラの主張するように、人員が薄い部分にサポートに入る。
理屈としてはむしろ合っている。
だが……
むき出しの爪や牙が飛び交い、大砲の爆音や歩兵銃の銃弾が吹き荒れるこの前線は、教会とは比べ物にならないほど危険な死地そのものだ。
アクシラを傷つけたくない。
これだけ……
ただ、単純に。本当にただそれだけの理由で俺は、アクシラという一人の女性をこんな血生臭い、いつ死んでもおかしくないような場所に晒したくなかったのだ。
彼女が傷つくかもしれないというその可能性だけで、俺の胸の奥が焼き切れそうなほどの恐怖で満たされていたからこそ、感情が先に噴き出してしまった。
なんだこれ?
「と、とにかくだな……」
自分の中に芽生えていた良く分からない感情に気付いた俺は、困惑し言葉を詰まらせる。
すると、アクシラは掴まれた俺の手をそっと降ろして、まっすぐに俺を見つめて再び口を開いた。
「ブラン様……。わたくしだって、ラスタール領のあなたの民です。ここで何もできず、ただ守られるだけでお役に立てなければ……わたくしはあの王都の学園にいた頃の、無力で惨めだった自分から一歩も進めないままになってしまいます」
「アクシラ……」
「わたくしは大好きなこの領地を、わたくしを救ってくれたあなたを、今度は自分自身の力で支えたいのです!」
彼女の青く綺麗な瞳の奥にはどんな嵐の風をも跳ね返すような確固たる、そして気高き強い意志の炎が燃え盛っていた。そのあまりの美しさと迫力に、俺は言葉を失ってしまった。
この領地が好き……か。
もともと実質追放されたようなアクシラ。
婚約などという方便で、理不尽な扱いを受けたにも関わらず。
この領地が大好きと言い切った。
「わかったよアクシラ。全員でこの危機を乗り切るぞ!」
「……ブラン様」
「だが、危ない時は迷わず逃げろよ」
「はい、ブラン様!」
2人とも自分のすべきことをするために、再び動きだそうとしたその時……
「――――――ギュラゥウウウウウウ!!」
これまでの奴らとは明らかに次元の違う、大気を物理的に震わせ生物としての本能的な恐怖を呼び覚ますような、凄まじい咆哮がエド村の上空に轟き渡った。
「「なっ……!?」」
俺とアクシラが同時に空を見上げる。
そこには他のワイバーンたちよりも一回り、いや二回りは巨大な体躯を持った巨獣が、翼を大きく広げて滞空していた。その鋭い眼光が明確な敵意を持って、地上にいる俺たちを吟味している。
この群れを率いる、ワイバーンのリーダーか。
「ギュラァア……」
不気味に首をぐるりと回し戦場全体を見ていたそいつは、少しばかり笑ったような声を漏らした。
その眼光の先には、教会が……
こいつ……まさか。
俺たちを嘲笑うかのように大きな翼を羽ばたかせた次の瞬間、垂直に近い角度で、救護施設のある教会に向けて凄まじい速度で急降下を開始した。突進の風圧だけで、周囲の建物がバラバラと吹き飛ぶほどの破壊力だ。
「くそっ! シュルト、あのデカブツを撃て!」
俺は叫んだが、地表の88ミリ高射砲もその他の歩兵銃部隊も、散開して襲い掛かってくる他のワイバーンたちの猛攻を防ぐので完全に手一杯であり、急に照準を切り替えるだけの物理的な余裕が一切なかった。
間に合わん!
このままだと、奴は教会に突入してしまう。
「―――舐めるなよ、トカゲ野郎が!!」
俺は腰のホルスターから、拳銃をひっこ抜いた。
こんな拳銃では、どうにもならんことぐらい分かっている。だが、少しでもこちらに気を向けることができるかもしれん。そしてここで何もしないより最期まで引き金を引いて抗ってやる。
そう覚悟を決めて銃口をワイバーンへ向けた、その時だった。
綺麗な銀色の髪が俺の視界を遮った。
「アクシラ、何をやってる。下がれ!」
「……ブラン様。その武器では、あの巨獣の突進を止めることはできません」
「分かっている! だが、ここで俺が動かないわけにはいかないんだよ!」
「はい、よく分かっております。ですが……それは――――――わたくしも全く同じです」
アクシラはその美しい銀髪を乱暴な突風に揺らしながら、振り返ることなく静かに告げた。
そして、彼女は両手を天に向けて高く掲げる。
「―――大気に満ちる、万物の理よ」
彼女の唇から厳かで、どこか神聖さすら感じさせる詠唱の言葉が紡ぎ出された。
アクシラの身体を中心に、周囲の空間が目に見えて歪み始める。
こ、これ魔力か!?
領主館で大人しく書類仕事をこなしている普段の彼女からは、およそ想像できない膨大な魔力が、彼女の細い身体から津波のように溢れ出してくるのを感じる。
「我が呼びかけに応じ、凍てつく世界の扉を開け―――」
アクシラの身体から、眩いばかりの青い光が爆発的に吹き上がった。
そして戦いは一部のワイバーンたちが地上に降り立ったことにより、近接戦闘にも発展する。
「野郎ども! 盾を構えろ! 砲には指一本触れさせるんじゃねぇええ!!」
地表ではガンチ率いる近接戦闘部隊が大盾を並べて壁を作り、高射砲に迫るワイバーンの突撃を文字通り身体を張って受け止めていた。盾の隙間から槍を突き出し剣を振るい、怪物の肉を切り裂く。
外壁の上でも、エルフの戦士たちが持ち前の俊敏さを活かしてワイバーンの死角へと回り込み、鋭い短剣でその硬い鱗の隙間を突き刺していた。
しかし、どれほどこちらの装備が優秀でも相手は巨体の怪物だ。ワイバーンの強烈な一撃を浴び、防具ごと肉を裂かれ、外壁に叩きつけられる領民の姿が視界に入る。
「うわあああ~~おらの脚が、脚がぁ!」
「ひるむでねぇ! 負傷者を下ろせ、救護班を呼ぶだ!」
外壁の通路や地表で、次々と負傷者が出始めた。
非戦闘員の領民たちで構成された後方支援組が、決死の覚悟で戦場を駆け回り、血を流して倒れた戦士たちを担架に乗せて外壁から降ろし、臨時の救護施設となっている教会へと次々に運び込んでいく。
閉ざされた教会の扉の向こうでは、リナやロネたちが血に塗れながらも必死に包帯を巻き薬を塗り、ガジル神父とともに怪我人たちの命を繋ぎ止めるために戦っているはずだ。
誰一人として楽な者はいない。全員が生き残りと、ラスタール領の未来のために命を燃やしている。
まさに、村をあげた総力戦だ。
そんな、敵味方の血と怒号と叫びが入り乱れる大混戦の戦場の中。
俺が外壁の上から戦況を確認しようと視線を巡らせたその時、視界の端に、戦場には似合わない美しい色が不意に映り込んだ。
眩いばかりの、気高き銀色の髪。
「あ、アクシラ? こんなところで何やってんだ!?」
俺は思わず大声をあげ、彼女の元へと向かった。
見ればアクシラは、服の裾を泥と硝煙で黒く汚しながらも両手いっぱいに包帯を抱えて走っていた。その細い腕や額からは大粒の汗が流れ、白い肌は青ざめている。
「ここは危険だと言ったはずだ。指示通り、リナやロネのいる教会に戻れ」
俺が彼女の肩を掴んで制止すると、アクシラは足を止め、荒い息を吐きながら俺を振り返った。
「……戻りません、ブラン様」
その小さな口から返ってきたのは、普段の彼女からは聞いたことのない拒絶の言葉だった。
「教会だってやることが山ほどあるだろ! 救護の指揮はどうしたんだ!」
熱気と苛立ちが混ざった強い口調で、俺は無意識にアクシラの両肩を掴んでいた。
「教会の体制は、すでにガジル神父とリナたちで十分に回っています。それよりも今、前線から運ばれてくる負傷者の数に対して搬送する人員が圧倒的に足りていません。一刻を争う怪我人もいるのです、手のあいたわたくしが行かないわけにはいきません」
「つべこべ言わずに、大人しく戻るんだ!!」
気付いた時には、自分でも驚くほどの怒鳴り声をあげてしまっていた。
何で俺は、こんなに冷静さを欠いて怒鳴り散らしているんだ……?
アクシラが公爵令嬢だからこんな危険な場所に立たせるな、という身分的な理由か?
いや、違う……そんな理由じゃない。
ぶっちゃけ村のどこにいたってワイバーンが空から襲ってくる以上、教会だって完全に安全なわけじゃない。
それは分かっている。
そしてこの戦いは総力戦だ。
アクシラの主張するように、人員が薄い部分にサポートに入る。
理屈としてはむしろ合っている。
だが……
むき出しの爪や牙が飛び交い、大砲の爆音や歩兵銃の銃弾が吹き荒れるこの前線は、教会とは比べ物にならないほど危険な死地そのものだ。
アクシラを傷つけたくない。
これだけ……
ただ、単純に。本当にただそれだけの理由で俺は、アクシラという一人の女性をこんな血生臭い、いつ死んでもおかしくないような場所に晒したくなかったのだ。
彼女が傷つくかもしれないというその可能性だけで、俺の胸の奥が焼き切れそうなほどの恐怖で満たされていたからこそ、感情が先に噴き出してしまった。
なんだこれ?
「と、とにかくだな……」
自分の中に芽生えていた良く分からない感情に気付いた俺は、困惑し言葉を詰まらせる。
すると、アクシラは掴まれた俺の手をそっと降ろして、まっすぐに俺を見つめて再び口を開いた。
「ブラン様……。わたくしだって、ラスタール領のあなたの民です。ここで何もできず、ただ守られるだけでお役に立てなければ……わたくしはあの王都の学園にいた頃の、無力で惨めだった自分から一歩も進めないままになってしまいます」
「アクシラ……」
「わたくしは大好きなこの領地を、わたくしを救ってくれたあなたを、今度は自分自身の力で支えたいのです!」
彼女の青く綺麗な瞳の奥にはどんな嵐の風をも跳ね返すような確固たる、そして気高き強い意志の炎が燃え盛っていた。そのあまりの美しさと迫力に、俺は言葉を失ってしまった。
この領地が好き……か。
もともと実質追放されたようなアクシラ。
婚約などという方便で、理不尽な扱いを受けたにも関わらず。
この領地が大好きと言い切った。
「わかったよアクシラ。全員でこの危機を乗り切るぞ!」
「……ブラン様」
「だが、危ない時は迷わず逃げろよ」
「はい、ブラン様!」
2人とも自分のすべきことをするために、再び動きだそうとしたその時……
「――――――ギュラゥウウウウウウ!!」
これまでの奴らとは明らかに次元の違う、大気を物理的に震わせ生物としての本能的な恐怖を呼び覚ますような、凄まじい咆哮がエド村の上空に轟き渡った。
「「なっ……!?」」
俺とアクシラが同時に空を見上げる。
そこには他のワイバーンたちよりも一回り、いや二回りは巨大な体躯を持った巨獣が、翼を大きく広げて滞空していた。その鋭い眼光が明確な敵意を持って、地上にいる俺たちを吟味している。
この群れを率いる、ワイバーンのリーダーか。
「ギュラァア……」
不気味に首をぐるりと回し戦場全体を見ていたそいつは、少しばかり笑ったような声を漏らした。
その眼光の先には、教会が……
こいつ……まさか。
俺たちを嘲笑うかのように大きな翼を羽ばたかせた次の瞬間、垂直に近い角度で、救護施設のある教会に向けて凄まじい速度で急降下を開始した。突進の風圧だけで、周囲の建物がバラバラと吹き飛ぶほどの破壊力だ。
「くそっ! シュルト、あのデカブツを撃て!」
俺は叫んだが、地表の88ミリ高射砲もその他の歩兵銃部隊も、散開して襲い掛かってくる他のワイバーンたちの猛攻を防ぐので完全に手一杯であり、急に照準を切り替えるだけの物理的な余裕が一切なかった。
間に合わん!
このままだと、奴は教会に突入してしまう。
「―――舐めるなよ、トカゲ野郎が!!」
俺は腰のホルスターから、拳銃をひっこ抜いた。
こんな拳銃では、どうにもならんことぐらい分かっている。だが、少しでもこちらに気を向けることができるかもしれん。そしてここで何もしないより最期まで引き金を引いて抗ってやる。
そう覚悟を決めて銃口をワイバーンへ向けた、その時だった。
綺麗な銀色の髪が俺の視界を遮った。
「アクシラ、何をやってる。下がれ!」
「……ブラン様。その武器では、あの巨獣の突進を止めることはできません」
「分かっている! だが、ここで俺が動かないわけにはいかないんだよ!」
「はい、よく分かっております。ですが……それは――――――わたくしも全く同じです」
アクシラはその美しい銀髪を乱暴な突風に揺らしながら、振り返ることなく静かに告げた。
そして、彼女は両手を天に向けて高く掲げる。
「―――大気に満ちる、万物の理よ」
彼女の唇から厳かで、どこか神聖さすら感じさせる詠唱の言葉が紡ぎ出された。
アクシラの身体を中心に、周囲の空間が目に見えて歪み始める。
こ、これ魔力か!?
領主館で大人しく書類仕事をこなしている普段の彼女からは、およそ想像できない膨大な魔力が、彼女の細い身体から津波のように溢れ出してくるのを感じる。
「我が呼びかけに応じ、凍てつく世界の扉を開け―――」
アクシラの身体から、眩いばかりの青い光が爆発的に吹き上がった。

