領主館を飛びだしてラスタールの青い空を見あげれば、はるか彼方に複数の黒点がみえる。
「……ついに、お出ましってわけか」
それはまるで青いキャンバスにこぼれ落ちた不吉な墨汁の滴のようだった。そしてその黒点の一つ一つが、かつてこの開拓村を幾度となく恐怖のどん底に叩き落とし、多くの命を奪ってきた空の支配者ワイバーンの群れなのだ。
ついにこの村の存亡を賭けた戦いが始まる。
「よし、ガンチ。総員戦闘配置だ!」
俺はすぐ後ろに控えていた、近接戦闘部隊長のガンチに向けて鋭く声を飛ばす。
「了解だぜ、領主さま! 野郎ども~~いよいよ本番だ! 遅れるんじゃねえぞ!!」
ガンチは太い腕をぶんぶんと振り回し、周囲に戦いの始まりを怒鳴りながら正門の方へと猛然と駆け出していった。戦いとなると血が騒ぐ男だ。その頼もしさが、今はひどくありがたい。
「アクシラ、リナ、ロネ、お前たちはすぐに教会へ行け。ガジル神父とともに救護班の指揮を頼む。いいな?」
「はいです、ご主人様! ロネ、頑張るです!」
「ブラン様も、どうかお気をつけてくださ~い。無事で戻ってこないとメッですからねぇ~」
二人のメイドがスカートの裾を翻し、教会の方向へと全力で走っていく。
だがアクシラだけはすぐには動かなかった。彼女はその美しい青い瞳でまっすぐに俺を見つめ、そっと歩み寄ると、俺の右手を両手で包み込むようにして強く握りしめた。
公爵令嬢としての気品を保ちつつも、その綺麗な手はわずかに震えている。
「……ブラン様。どうかご武運を。あなたがいないラスタール領など、私は想像もしたくありません」
彼女の言葉には、領民を率いる主君へ捧げるもの以上の深い情念がこもっているように思えた。
「ああ、アクシラも気をつけてな」
俺が優しく握り返すと、彼女は一度だけ深く頷き、名残惜しそうに手を離してリナたちの後を追う。
よし、これで気合も入った。
「ホトナ、セバロ。俺たちも行くぞ。正門へ向かう!」
「うむ、合点承知じゃ! あの飛びトカゲどもに、我が部族の誇りを見せてやるわい!」
「お任せくださいブラン様」
エルフの長であるホトナと老執事セバロを従え、俺は正門へと駆け出した。
◇◇◇
エド村の外壁を囲う正門前に到着すると、そこにはすでに村の精鋭たちがそれぞれの武器を手に殺気立った空気の中で集結していた。
俺は即座に声を張り上げて指示を飛ばす。
「ガンチ! 近接戦闘部隊は正門と地表にある88ミリ高射砲の前に20名を配置しろ! 残りの連中は、俺と一緒に外壁の上部へ上がるぞ!」
「了解だぜ、領主さま! おい野郎ども、聞いたか! ビビってる暇があったら気合を入れろぉおおお!」
ガンチの怒号が響き渡り、剣や槍を持った村人たちが動き出す。
「ホトナ! エルフたちを地表と外壁の部隊に分けてくれ。半数は俺に付いてこい!」
「わかったのじゃ! ほれ、われらの恩を返す時がきたのじゃ! 肉の恩じゃ!」
ホトナが弓を掲げて叫ぶと、エルフの戦士たちが独特の甲高い勝鬨を上げた。
肉の恩というあたりが実に彼女たちらしいが、モチベーションがあがるならなんでもいい。
外壁の階段を駆け上がりながら、俺は頭の中で現在の防衛陣形の概要を最終確認する。
◆近接戦闘部隊:合計55名 部隊長ガンチ。剣・槍・盾などを装備。
エド村近接戦闘部隊:30名 10名→外壁の上。20名→地表88ミリ高射砲の周辺。
エルフ近接戦闘部隊:25名 25名→外壁の上。
◆ラスタール三八式歩兵銃部隊:合計15名 部隊長セバロ。
エド村歩兵銃部隊:10名 5名→外壁の上。5名→地表88ミリ高射砲の周辺。
エルフ歩兵銃部隊:5名 5名→外壁の上。
◆88ミリ高射砲部隊(1門):合計8名 シュルト率いる我がラスタール軍の要。
◆後方支援 アクシラ・リナ・ロネおよびガジル神父とエド村非戦闘員。負傷者の救護や応急処置など。教会に臨時救護施設を設営済。
今回の戦闘に当たり、俺は歩兵銃部隊の数を総員5名から15名に増やしていた。
本当はより防衛網を強固にするために、88ミリ高射砲をもう一門追加で作りたかったのだが材料が物理的に足りなかった。
そこで俺は残った資源をすべて注ぎ込み、ラスタール三八式歩兵銃を追加で10丁増産したのだ。
この歩兵銃の増強において、もっとも大きな戦力となったのがエルフの部族たちだった。新しいものや未知の技術に対して抵抗なく好奇心を持つホトナ率いるエルフたちは、歩兵銃という「火を噴く鉄の筒」を恐れるどころか、興味津々で飛びついた。
元々、森の中で弓矢を扱っていたエルフたちだ。「狙って、引き金を引く」という感覚のコツを掴むのは早かった。歩兵銃隊に選ばれた5名は、シュルトたち先輩歩兵銃組と並ぶ腕前になっている。
そして本来なら歩兵銃部隊の指揮をとるはずだったシュルトは、今回は我が軍の絶対的切り札である88ミリ高射砲の隊長として専念してもらう。
代わりに歩兵銃部隊の指揮を引き受けてくれたのが、執事のセバロだ。
「伊達に長く公爵家に仕えていたわけではありません。武芸の嗜み程度はございますよ」と不敵に微笑んだセバロは、歩兵銃の扱いをすんなりと自分のものにしてみせた。なにげにスペックの高い執事である。
ちなみに今回の戦闘部隊の拡大に伴い、女性の姿もちらほらと見える。これは俺が強制したわけではなく、自らの意志で「大切な村を、子供たちを守りたい」と志願してきた者が多かったのだ。
エルフに至っては、ホトナを含めた部族30名全員が戦闘に参加している。男も女も関係なく、全員が戦士。さすがは危険に満ちた魔の森で、何世代も生き抜いてきた種族だけはある。
あと、散々な目に合わされたワイバーンに、一矢報いたいという想いもあるのだろう。
さてと……
俺は外壁の通路に立ち、青空の先に視線を集中する。
遠目に見えていた黒点が、確実に、そして急速にその大きさを増していた。
「数は……」
隣に立つホトナが、そのエメラルドグリーンの目をグッと細めて呟く。
「そうじゃな……およそ、50頭ほどじゃな」
さすがはエルフ、やはり目がいいのか。俺も双眼鏡を作っておけば良かった……。
俺は自分の見通しの甘さに小さく舌を打ったが、すぐに表情を引き締めた。
「約50か……」
「これはかなりの激戦になりそうですな、ブラン様」
歩兵銃を肩に担いだセバロが、空を見上げたまま静かに口を開いた。その声に怯えはないが、状況の厳しさは十分に理解しているようだ。
「そうだな。これまでのブラックウルフやレッドボアとは訳が違う。楽に勝てる戦いではない」
だが、ここで引けば後ろにあるのは俺たちの死だけだ。何が何でも防衛するぞ。
領民のため、そして俺の妄想ワクワクものづくりパラダイスのためにも。
俺は拳を強く握りしめた。
「よし、基本方針を伝える! まずは88ミリ高射砲で敵の頭数を可能な限り減らす。高射砲の対空砲火をかいくぐって近づいてきた奴らは、外壁の歩兵銃部隊で集中攻撃を浴びせて蜂の巣にしろ。それでもなお外壁に接触しようとしてきたやつらは、ガンチたち近接先頭部隊が剣や槍で確実に仕留めるんだ!」
「おうっ!」と周囲の戦士たちが声をあげる。
しかし、再び空を見上げると、太陽の光を浴びて不気味にきらめく無数の巨大な翼の影が、はっきりとその醜悪な全貌を現し始めていた。
間近に迫る圧倒的な「死の群れ」を前に、さすがに領民たちの間に動揺が走った。
「ヒィ、ヒィいい……」
「きよった……やつらが本当にきよったんじゃ……」
歯をガチガチと鳴らし、恐怖に身を震わせる者もいる。
無理もない。
今までこの辺境の住民たちにとって、ワイバーンとは抗うことのできない天災そのものだったのだから。過去の悲惨な記憶が、彼らの身体を縛り付けている。
このままでは、戦う前にのまれてしまうな。
俺はすぅーっと深く息を吸い込み、胸いっぱいに大気を溜め込んだ。
そしてそれを一気に吐き出すように、外壁全体、いやエド村全体に響き渡るような大声を張り上げた。
「全員、俺の言葉を聞けぇーーーッ!!」
ビクリとして、領民たちの視線が俺に集まる。
「確かに俺には、奴らを一撃で射抜くような射撃センスはない。また敵の首をはねまくるような剣の技量もない。だがな―――俺の作った武器は、とんでもなく優秀で強い!! だから、俺を信じろ! 俺の武器を信じろ!!」
俺の言葉に、領民たちの目に僅かな光が戻る。
「奴らを全て叩き落として勝つぞ! 勝って最高にエアコンの効いた部屋で、美味い肉をこれでもかってくらい腹一杯食ってゴロゴロするぞ!!」
「「「「「……おおぉおおおお!!」」」」」
一瞬、ポカンとした空気が流れたが。直後、爆発的な大歓声が沸き起こった。
「うぉおお! 肉を食うぞぉおお!」
「トカゲどもめ、おらたちのゴロゴロの邪魔をするなぁあ!!」
そうだ、この戦いに勝てば快適な未来が待っている。
うし、はじめるか。
「総員戦闘準備! シュルト、88ミリ高射砲発射準備! 空のトカゲどもにラスタールの恐ろしさを骨の髄まで教えてやれ!」
「おうよ、合点承知でさぁ、領主様!!」
地表に設置された、黒鉄の巨獣―――88ミリ高射砲の周囲で、シュルト率いる8名の砲手たちがキビキビとした、無駄のない動きで配置についた。
「目標、ワイバーンの先頭集団! 測量手、敵の距離と高度は!」
「距離8000だべ! 方位角70、仰角45でぇい!!」
「よし、聞いたか野郎ども! 照準手、方位・仰角を合わせろ!」
「よっしゃい!」
照準手が大きめのハンドルを回すと、キリキリキリ……と硬質な金属音を立てて88ミリの長い砲身がゆっくりと旋回し、さらに上空の青空へと向けてあがっていく。
「砲弾装填!!」
巨大な対空榴弾が、88ミリ砲の薬室へガコンといれられる。
シュルトが照準レンズを覗いて最終微調整を行い―――
「領主さまぁ! 88ミリ高射砲、発射準備完了でさぁ!」
よし。
俺は静かに左腕をあげた。
そして視線を空の彼方、近づきつつあるワイバーンの群れへと向ける。
「ギガアアア―――!」
「ギャギャギャッ―――!」
奴らの醜い咆哮が、風に乗ってここまで聞こえてくる。
その顔は遠目からでもはっきりと分かった。奴らは地上に群れる人間たちを見下ろし、これから始まるであろう一方的な殺戮ショーを想像して、ほくそ笑んでいるように見えた。
おいおい。
お前たち、何をそんなにニヤついているんだ……?
ほくそ笑んでいる余裕なんてあるのか?
そんな無防備に大層な密集陣形を組んだままで。
お前たちが今、優雅に羽ばたいているその場所が一体どこだか分かっているのか?
人間には一生届かない場所?
違うな。
そこはすでに、入っているんだぜ。
俺は掲げていた左手を、一気に振り下ろした。
「―――砲撃、はじめぇえええええ!!」
ワイバーンとの死闘の幕が、いま切って落とされた。
「……ついに、お出ましってわけか」
それはまるで青いキャンバスにこぼれ落ちた不吉な墨汁の滴のようだった。そしてその黒点の一つ一つが、かつてこの開拓村を幾度となく恐怖のどん底に叩き落とし、多くの命を奪ってきた空の支配者ワイバーンの群れなのだ。
ついにこの村の存亡を賭けた戦いが始まる。
「よし、ガンチ。総員戦闘配置だ!」
俺はすぐ後ろに控えていた、近接戦闘部隊長のガンチに向けて鋭く声を飛ばす。
「了解だぜ、領主さま! 野郎ども~~いよいよ本番だ! 遅れるんじゃねえぞ!!」
ガンチは太い腕をぶんぶんと振り回し、周囲に戦いの始まりを怒鳴りながら正門の方へと猛然と駆け出していった。戦いとなると血が騒ぐ男だ。その頼もしさが、今はひどくありがたい。
「アクシラ、リナ、ロネ、お前たちはすぐに教会へ行け。ガジル神父とともに救護班の指揮を頼む。いいな?」
「はいです、ご主人様! ロネ、頑張るです!」
「ブラン様も、どうかお気をつけてくださ~い。無事で戻ってこないとメッですからねぇ~」
二人のメイドがスカートの裾を翻し、教会の方向へと全力で走っていく。
だがアクシラだけはすぐには動かなかった。彼女はその美しい青い瞳でまっすぐに俺を見つめ、そっと歩み寄ると、俺の右手を両手で包み込むようにして強く握りしめた。
公爵令嬢としての気品を保ちつつも、その綺麗な手はわずかに震えている。
「……ブラン様。どうかご武運を。あなたがいないラスタール領など、私は想像もしたくありません」
彼女の言葉には、領民を率いる主君へ捧げるもの以上の深い情念がこもっているように思えた。
「ああ、アクシラも気をつけてな」
俺が優しく握り返すと、彼女は一度だけ深く頷き、名残惜しそうに手を離してリナたちの後を追う。
よし、これで気合も入った。
「ホトナ、セバロ。俺たちも行くぞ。正門へ向かう!」
「うむ、合点承知じゃ! あの飛びトカゲどもに、我が部族の誇りを見せてやるわい!」
「お任せくださいブラン様」
エルフの長であるホトナと老執事セバロを従え、俺は正門へと駆け出した。
◇◇◇
エド村の外壁を囲う正門前に到着すると、そこにはすでに村の精鋭たちがそれぞれの武器を手に殺気立った空気の中で集結していた。
俺は即座に声を張り上げて指示を飛ばす。
「ガンチ! 近接戦闘部隊は正門と地表にある88ミリ高射砲の前に20名を配置しろ! 残りの連中は、俺と一緒に外壁の上部へ上がるぞ!」
「了解だぜ、領主さま! おい野郎ども、聞いたか! ビビってる暇があったら気合を入れろぉおおお!」
ガンチの怒号が響き渡り、剣や槍を持った村人たちが動き出す。
「ホトナ! エルフたちを地表と外壁の部隊に分けてくれ。半数は俺に付いてこい!」
「わかったのじゃ! ほれ、われらの恩を返す時がきたのじゃ! 肉の恩じゃ!」
ホトナが弓を掲げて叫ぶと、エルフの戦士たちが独特の甲高い勝鬨を上げた。
肉の恩というあたりが実に彼女たちらしいが、モチベーションがあがるならなんでもいい。
外壁の階段を駆け上がりながら、俺は頭の中で現在の防衛陣形の概要を最終確認する。
◆近接戦闘部隊:合計55名 部隊長ガンチ。剣・槍・盾などを装備。
エド村近接戦闘部隊:30名 10名→外壁の上。20名→地表88ミリ高射砲の周辺。
エルフ近接戦闘部隊:25名 25名→外壁の上。
◆ラスタール三八式歩兵銃部隊:合計15名 部隊長セバロ。
エド村歩兵銃部隊:10名 5名→外壁の上。5名→地表88ミリ高射砲の周辺。
エルフ歩兵銃部隊:5名 5名→外壁の上。
◆88ミリ高射砲部隊(1門):合計8名 シュルト率いる我がラスタール軍の要。
◆後方支援 アクシラ・リナ・ロネおよびガジル神父とエド村非戦闘員。負傷者の救護や応急処置など。教会に臨時救護施設を設営済。
今回の戦闘に当たり、俺は歩兵銃部隊の数を総員5名から15名に増やしていた。
本当はより防衛網を強固にするために、88ミリ高射砲をもう一門追加で作りたかったのだが材料が物理的に足りなかった。
そこで俺は残った資源をすべて注ぎ込み、ラスタール三八式歩兵銃を追加で10丁増産したのだ。
この歩兵銃の増強において、もっとも大きな戦力となったのがエルフの部族たちだった。新しいものや未知の技術に対して抵抗なく好奇心を持つホトナ率いるエルフたちは、歩兵銃という「火を噴く鉄の筒」を恐れるどころか、興味津々で飛びついた。
元々、森の中で弓矢を扱っていたエルフたちだ。「狙って、引き金を引く」という感覚のコツを掴むのは早かった。歩兵銃隊に選ばれた5名は、シュルトたち先輩歩兵銃組と並ぶ腕前になっている。
そして本来なら歩兵銃部隊の指揮をとるはずだったシュルトは、今回は我が軍の絶対的切り札である88ミリ高射砲の隊長として専念してもらう。
代わりに歩兵銃部隊の指揮を引き受けてくれたのが、執事のセバロだ。
「伊達に長く公爵家に仕えていたわけではありません。武芸の嗜み程度はございますよ」と不敵に微笑んだセバロは、歩兵銃の扱いをすんなりと自分のものにしてみせた。なにげにスペックの高い執事である。
ちなみに今回の戦闘部隊の拡大に伴い、女性の姿もちらほらと見える。これは俺が強制したわけではなく、自らの意志で「大切な村を、子供たちを守りたい」と志願してきた者が多かったのだ。
エルフに至っては、ホトナを含めた部族30名全員が戦闘に参加している。男も女も関係なく、全員が戦士。さすがは危険に満ちた魔の森で、何世代も生き抜いてきた種族だけはある。
あと、散々な目に合わされたワイバーンに、一矢報いたいという想いもあるのだろう。
さてと……
俺は外壁の通路に立ち、青空の先に視線を集中する。
遠目に見えていた黒点が、確実に、そして急速にその大きさを増していた。
「数は……」
隣に立つホトナが、そのエメラルドグリーンの目をグッと細めて呟く。
「そうじゃな……およそ、50頭ほどじゃな」
さすがはエルフ、やはり目がいいのか。俺も双眼鏡を作っておけば良かった……。
俺は自分の見通しの甘さに小さく舌を打ったが、すぐに表情を引き締めた。
「約50か……」
「これはかなりの激戦になりそうですな、ブラン様」
歩兵銃を肩に担いだセバロが、空を見上げたまま静かに口を開いた。その声に怯えはないが、状況の厳しさは十分に理解しているようだ。
「そうだな。これまでのブラックウルフやレッドボアとは訳が違う。楽に勝てる戦いではない」
だが、ここで引けば後ろにあるのは俺たちの死だけだ。何が何でも防衛するぞ。
領民のため、そして俺の妄想ワクワクものづくりパラダイスのためにも。
俺は拳を強く握りしめた。
「よし、基本方針を伝える! まずは88ミリ高射砲で敵の頭数を可能な限り減らす。高射砲の対空砲火をかいくぐって近づいてきた奴らは、外壁の歩兵銃部隊で集中攻撃を浴びせて蜂の巣にしろ。それでもなお外壁に接触しようとしてきたやつらは、ガンチたち近接先頭部隊が剣や槍で確実に仕留めるんだ!」
「おうっ!」と周囲の戦士たちが声をあげる。
しかし、再び空を見上げると、太陽の光を浴びて不気味にきらめく無数の巨大な翼の影が、はっきりとその醜悪な全貌を現し始めていた。
間近に迫る圧倒的な「死の群れ」を前に、さすがに領民たちの間に動揺が走った。
「ヒィ、ヒィいい……」
「きよった……やつらが本当にきよったんじゃ……」
歯をガチガチと鳴らし、恐怖に身を震わせる者もいる。
無理もない。
今までこの辺境の住民たちにとって、ワイバーンとは抗うことのできない天災そのものだったのだから。過去の悲惨な記憶が、彼らの身体を縛り付けている。
このままでは、戦う前にのまれてしまうな。
俺はすぅーっと深く息を吸い込み、胸いっぱいに大気を溜め込んだ。
そしてそれを一気に吐き出すように、外壁全体、いやエド村全体に響き渡るような大声を張り上げた。
「全員、俺の言葉を聞けぇーーーッ!!」
ビクリとして、領民たちの視線が俺に集まる。
「確かに俺には、奴らを一撃で射抜くような射撃センスはない。また敵の首をはねまくるような剣の技量もない。だがな―――俺の作った武器は、とんでもなく優秀で強い!! だから、俺を信じろ! 俺の武器を信じろ!!」
俺の言葉に、領民たちの目に僅かな光が戻る。
「奴らを全て叩き落として勝つぞ! 勝って最高にエアコンの効いた部屋で、美味い肉をこれでもかってくらい腹一杯食ってゴロゴロするぞ!!」
「「「「「……おおぉおおおお!!」」」」」
一瞬、ポカンとした空気が流れたが。直後、爆発的な大歓声が沸き起こった。
「うぉおお! 肉を食うぞぉおお!」
「トカゲどもめ、おらたちのゴロゴロの邪魔をするなぁあ!!」
そうだ、この戦いに勝てば快適な未来が待っている。
うし、はじめるか。
「総員戦闘準備! シュルト、88ミリ高射砲発射準備! 空のトカゲどもにラスタールの恐ろしさを骨の髄まで教えてやれ!」
「おうよ、合点承知でさぁ、領主様!!」
地表に設置された、黒鉄の巨獣―――88ミリ高射砲の周囲で、シュルト率いる8名の砲手たちがキビキビとした、無駄のない動きで配置についた。
「目標、ワイバーンの先頭集団! 測量手、敵の距離と高度は!」
「距離8000だべ! 方位角70、仰角45でぇい!!」
「よし、聞いたか野郎ども! 照準手、方位・仰角を合わせろ!」
「よっしゃい!」
照準手が大きめのハンドルを回すと、キリキリキリ……と硬質な金属音を立てて88ミリの長い砲身がゆっくりと旋回し、さらに上空の青空へと向けてあがっていく。
「砲弾装填!!」
巨大な対空榴弾が、88ミリ砲の薬室へガコンといれられる。
シュルトが照準レンズを覗いて最終微調整を行い―――
「領主さまぁ! 88ミリ高射砲、発射準備完了でさぁ!」
よし。
俺は静かに左腕をあげた。
そして視線を空の彼方、近づきつつあるワイバーンの群れへと向ける。
「ギガアアア―――!」
「ギャギャギャッ―――!」
奴らの醜い咆哮が、風に乗ってここまで聞こえてくる。
その顔は遠目からでもはっきりと分かった。奴らは地上に群れる人間たちを見下ろし、これから始まるであろう一方的な殺戮ショーを想像して、ほくそ笑んでいるように見えた。
おいおい。
お前たち、何をそんなにニヤついているんだ……?
ほくそ笑んでいる余裕なんてあるのか?
そんな無防備に大層な密集陣形を組んだままで。
お前たちが今、優雅に羽ばたいているその場所が一体どこだか分かっているのか?
人間には一生届かない場所?
違うな。
そこはすでに、入っているんだぜ。
俺は掲げていた左手を、一気に振り下ろした。
「―――砲撃、はじめぇえええええ!!」
ワイバーンとの死闘の幕が、いま切って落とされた。

