贄月と桜の契り


 写真撮影も終わり、ケーキも切り分ける。このまま徐々に落ち着いてお開きかなと美乃梨が名残惜しく感じていると、誰も彼もが静かに彼女たちへ視線を向けているのに気が付いた。
 それらの瞳に宿っているのは、好奇の輝きだ。
 ――桜真の件、だよね……?

 実は誕生日プレゼントがあった、というような雰囲気ではない。
 不思議に思いながら桜真の方を見ると、彼は美乃梨へ向き直って真剣な表情を見せていた。

「君に、渡したいものがある」

 妙な緊張を感じた。
 
「えっと、誕生日プレゼント?」
「そういう物もあるのか。次はそれも用意しよう」

 やはり桜真は知らなかった。
 ではいったい何だろうと首を捻りながら、美乃梨も彼に向き直った。

 彼は狩衣の懐に手を入れ、桐で出来た小さな箱を取り出した。美乃梨の手の平よりは少し大きいが、桜真の手にはすっぽり隠れてしまう箱だ。

 もしかして、と美乃梨は思った。以前に別に無くて良いと言ったものではあったが、貰えるのなら嬉しい以外に浮かぶ感想はない。彼女の頬が上気して、心臓が高鳴り始める。

「これを受け取って欲しい。正式な(ちぎ)りはまだ結べぬが、せめて証となるものを、美乃梨を守るものを渡したかった」

 小箱の中には、小さな指輪が収まっていた。桜の木と白色金(ホワイトゴールド)のような金属で作られた指輪で、花の形に並べられた桜色の宝石が月をモチーフにした石座で支えられている。

「可愛い……」

 それだけではない。桜真の瞳と同じ色をした宝石には非常に強い守りの力が込められていた。美乃梨の全身全霊でも到底及ばないような力だ。もし美乃梨が願えば、それだけで力に込められた想いが呼応して、彼女を守るだろう。

「ありがとう、桜真。凄く、嬉しい。これまで生きてきた中で、一番幸せかもしれない」

 美乃梨は頬の緩みを抑えられない。それほどに強い愛情を、その指輪から感じていた。

「桜真、嵌めてもらっていい? 左手の薬指」
「ああ」

 桜真は箱から指輪を丁寧に取り出し、美乃梨の左手を取る。そして、そっと彼女の左手の薬指へ嵌めた。
 美乃梨の心配していたサイズも問題ない。指輪の方が縮んで、彼女の指にぴったりはまる。どちらかと言えば控えめなデザインのそれは、捕捉白い指をこれ以上なく美しく、可憐に飾った。

「よく、似合っている。……綺麗だ」
「ありがとう。これからもよろしくね、桜真」

 美乃梨のその笑顔は、彼女の指に収まった小さな月に勝るとも劣らない輝きを放っていた。

 向かい合ったまま二人の世界を作ってしまった美乃梨と桜真に、明葉たちは再び微笑まし気な視線を向ける。蓮などは手で仰ぐ真似をしながらも、口元には笑みを浮かべていた。

 しばらくそうして見守っていた面々だったが、笑みを交わしたまま黙ってしまった二人にしびれを切らす。

「はいはいお二人さん、いつまでやってるんですか。そんな熱々の空気を出されてちゃ、ケーキが(ぬる)くなっちゃいますよ」

 あっと声を上げたのは美乃梨だった。友人たちの視線に気が付いて明葉の髪ほどに顔を赤くし、俯く。桜真も珍しく気まずげにして、咳払いをしていた。

「その、えっと……」
「あらあら。まあ、気に入ってくれたみたいで良かった。本当はもう少し後の予定だったんだけど、桜真様が今日に渡すってあんまりせっつくものだから」
「ああ、すまないな」

 桜真は歯切れ悪く言う。材料に人の世から調達しなければならないものがあり、蓮が奔走することになったのだ。
 蓮は、貸しですよ、と(うそぶ)くが、本気ではないようだった。それでも桜真は律儀に何かを返すのだろうと美乃梨は頬を緩める。

「美乃梨、その指輪には私の力と術が込められている。私の居ぬ間に何かあれば、それに祈ると良い」
「うん、ありがとう」

 もし今朝の夢のようなことがあっても、これで怖くないと美乃梨は安堵した。

 そして、そんな事は関係なく、桜真に婚約指輪を貰えたことが嬉しかった。相変わらずなぜ彼が美乃梨に愛情を注ぐのかは分からなかったが、それもいずれは教えてくれるはずだと全く気にしないことにした。

 隣に桜真がいて、明葉や蓮たちもいて。今はただ、この幸せに美乃梨は浸っていたかった。

 秋晴れの澄んだ空に風が吹く。どこからか桜の花びらが飛んできて、空の青に舞った。