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気づくと、店内に響き渡る拍手に包まれていた。
夢から醒めたような気分で、笑顔のお客さんたちをぼうっと眺める。
「すっごくよかったわよ、麻青くん!」
「ほんと! さっすが渚の後輩! おとなしそうな顔してやるじゃん、もうっ!」
地下の控え室に戻ると、香夏子さんと実織さんが抱き締めんばかりの勢いで褒めてくれた。相変わらず実織さんがバシバシ背中をたたいてくるので、心と体が一気に現実へ引き戻される。
「曲が始まってからは夢中で……うまくいってたらよかったです」
「大成功よぅ! 麻青くんにもまたお願いしたいくらいだわ」
香夏子さんがそう言った時、コンコンと速いノックの音がした。小さくドアが開き、滑り込むように人が入ってくる。
「……麻青」
「なぎ先輩!」
マスクをして、苦しそうに眉間を寄せたなぎ先輩だった。
「渚!? どうしたのよ、あんた熱あるんじゃないの?」
実織さんも驚いている。
「薬飲んで寝てたら熱は下がった」
答えながら、なぎ先輩は咳込んだ。
「風邪ですか? 大丈夫ですか、先輩?」
「……あんまり大丈夫じゃないから、申し訳ないけど出演はキャンセルさせてもらったんだけど。起きたら、麻青に代役頼んだってライン来てたから」
その後のやり取りで、なぎ先輩は昼過ぎには実織さんに連絡していたこと、でも実織さんが地下にいたため、受信が遅れてしまったことがわかった。
また、香夏子さんからの依頼は実織さんが『西東京ビューティー&アート専門学校』の知人と結成しているクリエイター集団にされているもので、なぎ先輩は実織さんたちが派遣した演者。あくまで実織さん経由の仕事らしい。だから香夏子さんではなく、実織さんに連絡していたというわけだ。
「ごめん、麻青。巻き込んで」
力のない声で謝ってくるなぎ先輩は、明らかにまだ具合が悪そうだった。
「いえ、僕がお引き受けしたことなので。というか先輩、それを言うためにわざわざ……?」
「なんの関係もない後輩に迷惑かけたとあっちゃ、放っておけないでしょ」
(なんの関係もない……)
その言葉にまた壁を感じてしまうのは、きっと僕の気のせいじゃない。
「まぁでも……巻き込んじゃったお詫びに、説明はするよ」
その後、香夏子さんや他の出演者に挨拶して、僕は実織さん、なぎ先輩と共に専門学校へ戻った。
僕がメイクを落として着替えている間に、なぎ先輩は傍らの椅子に座り、これまで気になっていたことを教えてくれる。
「実織は中学の時の、2コ上の先輩。年上だけど当時から仲よくて、今も続いてるんだ」
「今はこの学校の2年生。メイクアップアーティスト目指してるの」
僕が着ていた衣装の状態をチェックしながら、実織さんも会話に入ってきた。
「綾羽さんとか、麻青がこれまで見てきた待ち合わせの相手は、全員実織の同級生や先輩後輩。今日会った人もいると思うけど」
「はい。でも、どうして毎回違う人と待ち合わせを?」
「この学校セキュリティ厳しくて、生徒と一緒じゃないと中に入れないんだよ。オレが実織経由でやってるバイトは今日のエテ以外にもいくつかあるし、自分で直接やってるのもあるけど、全部実織たちにメイクをしてもらってる。だから、毎回誰かと待ち合わせてからここに来てた」
「え……先輩、そんなにたくさんバイトしてるんですか?」
(しかも、全部メイクが必要なバイト?)
「リピートはあるけど、どれも単発の案件だからね。この学校の生徒が行うショーのモデルとか、店舗や地域のイベント出演とか」
「イベントってどういうことするんですか?」
「いろいろ。演じたり、歌ったり、マジックしたり」
「マジック!? 先輩、そんなこともできるんですね……」
「全部、気晴らしだよ」
「気晴らし?」
「そう。受験勉強の合間の息抜き」
たしかに、待ち合わせを目撃した頻度を思い返すと、週に1、2回というところだった。
「連日予備校通って、基本的にはちゃんと受験生してるよ。でもたまには気晴らししないとストレス溜まるから」
「そっか……そうですよね」
夏まで部活をする3年生もそれなりにいる中、なぎ先輩は春で引退して受験勉強にシフトした。それにはちゃんと理由や目的があるんだろうけど、望んでしていることにだって休息は必要だ。
「──な? ヤバいことなんて、何もなかっただろ?」
具合が悪そうながらも、なぎ先輩は悪戯っぽく目を細める。
「はい。疑ってすみませんでした」
最後に洗顔して普段の自分に戻った僕は、先輩の前に立って頭を下げた。
「別にいいけど。余計な詮索とか気遣いされたくないから、部のみんなには黙っててね」
「はいっ、絶対に言いません」
「なんにしろ、今日は麻青くんが出てくれてほんとに助かったよ~」
実織さんが近づいてきて、提げていたサコッシュから封筒を取り出す。
「はい、これ香夏子さんから頂いたバイト代。渚が来て、最後バタバタしちゃったから預かっといた」
「あ、ありがとうございます」
中身を改めるよう言われて見てみると、想像していたより多いお札が入っていた。
「こんなにいいんですか?」
「いいのいいの。好評だったんだろ、遠慮なく受け取りな。ていうか、それでも普通にプロ呼ぶのよりは安い額だから」
なぎ先輩に言われ、恐縮しながらも封筒をバッグにしまう。
「渚もまた出てよね。あんたのステージも好評なんだから」
「わかってるよ」
「麻青くんも、今度はお客さんとして渚のステージ観に来たら? 渚、すっごいキレイだから」
「実織、余計なこと言うな」
咳込みながらなぎ先輩が嫌そうな顔をする。でも、僕は……
「はい、見てみたいです」
(僕が知らない先輩の顔。もっと……見たい)
実織さんと話している先輩は、部活で見ていた姿より砕けている。こんなに不機嫌そうな顔をしている先輩というだけでもレアだ。
(ここでなら、今まで見たことのない先輩をもっと見られるかもしれない……)
「あっ、あのっ」
僕は勇気を奮い起こして、声を張り上げた。
「観るだけじゃなくて、僕にもまたバイトさせてくれませんか。なぎ先輩と一緒に」
「は!?」
なぎ先輩がガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「ダメだよ、麻青はもう関わらなくていいから」
真顔で言われ、本当に拒絶されているのだとわかる。
今までだったら引いていたかもしれないけど、今日の僕はそうしようと思えなかった。これまで経験したことない舞台の後で、気が昂っていたのかもしれない。
でも、それならそれでいい。この勢いを利用してでも、踏み込んでみたかった。
「僕、お金が必要だからコンビニでバイトしてるんです。だから割のいいバイトだったら本当にやりたいんです。お願いします、僕も仲間にしてください!」
もう一度、なぎ先輩と実織さんに向けて、深く頭を下げる。
「お金必要なんだ?」
尋ねたのは実織さんだ。真意を探ろうとするような目をしていた。
「はい。僕の家、きょうだいが多くて。両親は共働きだけど、それでも大変だろうと思うから、少しでも負担減らせるように長期休みの間だけでもバイトするようにしてたんです」
卒業までに自分でもできるだけ大学資金を貯めようと、1年の時からバイトしていることを話す。嘘じゃない。
じっと僕を見て聞いていた実織さんは、ぱっと笑顔になった。
「偉い! いい子だねぇ、麻青くん!」
「おい、実織──」
好ましくない雲行きを感じ、なぎ先輩がとがめるような声を出す。でも実織さんはそれを無視して、新たにサコッシュから何かを取り出すと僕に手渡した。
「不定期だけど、お願いしたいのあったら連絡する! これ私の連絡先だから、登録しといて」
渡されたのは名刺で、『アートチームFLUX MIORI SETA』という字と、裏面にQRコードがあった。
「実織!」
「いいじゃん、本人がやりたいって言ってるんだから。渚に止める権利ないでしょ」
すっぱり斬り捨てるような口調に、なぎ先輩は言葉を詰まらせる。
「それより早く帰ったら? 無理するとまた熱上がるよ」
ぽんと肩をたたかれ、なぎ先輩は深く息をついた。
「……わかったよ。正直体はキツいし」
苦々しくつぶやくような声を落とし、僕を見る。
「麻青、また今度話そう」
「……はい」
そう返事はしたけれど、僕は変わらず願っていた。
せっかくつかんだチャンスを、逃したくないと。



