DOLLは月夜に恋してる


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 連れていかれたのは、駅から徒歩5分くらいのところにある『西東京ビューティー&アート専門学校』というところだった。
 実織さんはそこの生徒らしく、僕に来客受付をするよう言って、自分はIDカードで駅改札のようなセキュリティを抜ける。

「……ここでメイクするんですか?」
「うん、そう」

 歩いている5分の間に聞いたのは、『なぎ先輩の代わりにバイトしてほしい』ということ。
 内容はちょっとしたステージへの出演で、まずはそのためのメイクと着替えをする、ということだけ。
 正直、状況に頭が追いつかなくて、内心軽くパニックを起こしかけている。

「僕、何をしたらいいのかも全然わからないんですけど……」
「大丈夫、今日のは台詞とかないやつだから。パントマイムっていうの? 設定になり切って適当に動いてもらえればそれでOK!」
「ええっ!? や、適当っていっても……」

(パントマイムなんて、基礎練習でたまにしかやったことしかないよ……!)

「とにかく先に着替えね! はい、入って入って!」

 2階にある家庭科室のような雰囲気の部屋に案内されると、中には4人の女の人がいた。
 そのうちの一人が、僕の顔を見た途端「あっ」と声をあげる。

「いつかの後輩くんじゃん!」
「あ……ど、どうも……」

 それは以前会った綾羽さんだった。よく見ればもう一人も見覚えがある。なぎ先輩と待ち合わせしていた中で、一番控えめなファッションのおっとりした感じの人だ。
 他の二人は初めて見る人だったけれど、どちらも大人っぽい、綺麗な人だった。

「穂村麻青くん。渚の後輩で、演劇部でいつも女役やってるって。どう、ピンチヒッターだけど超逸材じゃない?」

 実織さんが、歩いている間に話したことを他の人たちに伝える。
 4人の女の人たちの目は、キラキラと輝いていた。

「ほんと! 渚くんは美人だけど麻青くんは可愛いね。彼だったらロリのほうが合うんじゃない?」
「タッパ的にもそだね。ロリでいこ!」
「ロ、ロリ……?」
「やだ、怯えないで。衣装の話だよ。これこれ!」

 一人が壁際に置かれたハンガーラックに歩み寄る。
 そこにはドレスのような服がいくつか掛かっていて、彼女は丈の短い一着を手に取って僕に見せた。

(うわ、すご……)

 それはフランス人形が着ているような、ボリュームのあるドレスだった。淡いピンクで、白いレースとリボンがふんだんにあしらわれている。

「素敵でしょ? 渚くんにはもっと大人っぽいデザインの用意してたんだけど、キミならこっちのほうが絶対似合うよね!」
「は、はぁ……」

 どうやら『ロリ』というのは可愛い系、というくらいの意味のようだけど……。

「僕がこれを着る、ってことですよね……?」
「そう! 大丈夫大丈夫、お姉さんたちに任せなさい! 可愛くしてあげるから!」
「……!」

 ランランと目を光らせた5人に囲まれ、NOとは言えない気迫を肌に感じる。


 ──そして10分後。僕は白いタイツを履き、ドレスを身に着け、頭には金髪くるくる巻き毛のウィッグとヘッドドレスを装着して、すっかりお人形さんのようになっていた。

「かっ、可愛い~~~っ!」
「あ、ありがとうございます……」

 5人が顔を赤くして大絶賛してくれるので、一応お礼を返す。

「じゃあ次はメイクね。時間もないしささっとやっちゃおう」

 メイクは綾羽さんが中心になって施してくれた。これも10分くらいで完了し、僕はさらに華やかなお人形さんへと変身した。

「どう、麻青くん?」
「……す、すごいです」

(自画自賛する気はないけど、これは……うん、すごい)

 どうやら皆さんこの学校でメイクやファッションを学んでいる生徒さんのようだけれど、さすがプロを目指しているだけある。
 時間はそんなにかけていないのに目は2倍くらいぱっちりして見えるし、頬は少女のように自然な桜色。それでいて唇には妖艶な艶がある。
 それこそフランス人形のようなクラシックさもあって、僕の顔だとは思えないほどだった。舞台公演の時、自分でするメイクとはまったく違う。

「ありがと。じゃ、会場に行こうか。このビルのすぐ近くだから」

(あ。そ、そうだった)

 変身した自分に放心している場合じゃなかった。問題はこのあとだ。

 案内役は再び実織さん一人になり、他の人たちは学校に残る。
 スタッフジャンパーのような上着で申し訳程度に体を隠して外に連れ出されたけれど、移動した先は聞いていた通り、学校から2分もかからない距離だった。
 学校は4階建てくらいのビルで、裏手が小さな雑木林になっている。その林に沿ってひっそりと、周囲とは趣の異なる洋館みたいな建物があった。
 赤茶のレンガ壁にダークグリーンの瓦屋根。三角屋根の窓。重厚感のあるマホガニーのドア。そして、『ジャズ喫茶エテ』という小さな立て看板が出ている。
 実織さんは建物の裏手に回り、勝手口のようなところを開けて中に入った。

「香夏子さん、瀬多ですー! 遅くなってすみません!」

 入ったところは僕が働くコンビニのバックヤードのような雰囲気で、薄暗い空間に棚やロッカーが設置され、床にも段ボール箱がいくつか積まれている。
 続き間のキッチンも見えていたけれど、それとは反対側、どこか遠くのほうから「こっち来て~」と声が聞こえてきた。

「麻青くん、こっち」

 実織さんが先に立ち、僕を手招きする。
 薄暗くて気づいていなかったけれど、地下に下りる階段があるようだった。

(地下室のある洋館? なんかミステリー小説みたい……)

「ここ、明治時代に建てられた洋館を改装してるんだよ。地下は、昔は使用人部屋と貯蔵庫だったみたい。んで、今は倉庫兼控え室。狭いけど」

 階段を下りながら実織さんが説明してくれる。
 地下は狭い通路にドアがふたつあり、実織さんは片方をノックして返事を待つことなく開いた。

「失礼しまーす」

 中はコンクリートの壁に囲まれた部屋で、予想以上に明るく、予想以上にたくさんの人がいた。
 外観や上階の雰囲気から、なんとなく薄暗いひっそりした部屋を想像していた僕は軽く面食らう。

「あらまぁ、可愛らしいこと!」

 部屋は中央に会議室のような四角いテーブルがあり、入り口からほど近いところに座っていた女性が、弾んだ声をあげて立ち上がった。

(この人、前にカフェでなぎ先輩にお金を渡してた人だ……!)

「渚の後輩の麻青くんです。こういうの初めてだと思うんで、渚みたいには難しいかもしれないですけど……」
「いいわよぅ、体調不良なら仕方ないわ。むしろすぐに代理の子を見つけてくれてありがとう。しかもこんなに可愛い子!」
「いやもう、偶然なんですけど超ラッキーで。それで香夏子さん、台本見せてあげてくれますか?」
「ああ、そうよね。ごめんなさい。はい、これ」

 女性がテーブルに置いてあった台本を手渡してくれる。

(この人が、綾羽さんの言ってた『香夏子さん』だったんだ)

 話の内容から、おぼろげにだけどなんとなくつかめてきた。

(きっと香夏子さんがこの店の人で、なぎ先輩はバイトをしてて……詳しい関係はわからないけど、実織さんたちも手伝ってるかなんかで……なぎ先輩が香夏子さんからお金を受け取ってたのは、バイト代ってこと?)

「といっても麻青くんに台詞はないし、演奏と歌に合わせてなんとなくやってくれたらいいわよ。こんなに素敵なんだから、そこにいてくれるだけで映えるわ」

 香夏子さんが言い、他に座っていた40代くらいの男性と、30代くらいの女性二人が「うんうん」とうなずいた。ちなみに香夏子さん以外の3人は、結婚式に参加するようなスーツとドレス姿だ。
 僕はとりあえず台本を開いた。といっても薄くて、舞台の台本のような台詞は書いていない。

(台本っていうよりは、進行表みたいだな……)

 中表紙に『ピアノ、ヴァイオリン、歌唱』と文字があり、それぞれの下に名前が書いてある。どうやらこれが香夏子さん以外の、正装している3人のようだ。
 読み進めると、オーナーの前口上から始まる進行内容がそこそこ細かく書かれている。
 最後まで目を通して、僕はようやく自分がこれからすることの全貌を把握した。

 このジャズ喫茶エテにはライブ用のステージがあり、定期的に様々なイベントを開催している。
 今回の演目はオペラのソロコンサートのようなもので、メインはプロ歌手によるアリアの歌唱だ。
 でもそれだけじゃなく、より視覚的に楽しいステージになるよう、歌唱に合わせて演者が一人、曲の世界をパフォーマンスで表現する。
 曲は、無垢な乙女の恋の芽生えから失恋までを4曲で構成したもの。僕はそれに合わせて、曲の主人公の感情を言葉ではなく動きで表現する。
そういうユニークな演目がこの喫茶の目玉で、人気があるらしい。

(って、これ、けっこう難しいんじゃ……)

 『なんとなくでいい、いるだけで映える』と言われても、責任は大きそうだ。
 今になって背中を冷たい汗が伝い始める。

「ぼ、僕、うまくできるか……」
「だーいじょうぶだって! 渚も毎回直感でやってるから、麻青くんは麻青くんの思うようにやれば!」

 実織さんがバンッと僕の背中をたたいた。この人のボディタッチは癖というか、性格のようだ。

「直感で……」

(すごいな、なぎ先輩。部活でもナンバーワン憑依型って言われてたけど)

 高身長だけど、彼は男役から女性役まで様々な役をこなしていた。役柄ごとに、同一人物が演じているとは思えないくらいまったく雰囲気が変わるのだ。
 1年の頃から、その演技力には後輩全員が感嘆の息をもらしていた。
 その先輩のピンチヒッター。僕に充分な代役が務まるかはわからないけれど……

「……わかりました。先輩の助けになるなら、がんばります」

 開演は19時30分。それまでの間僕は台本を読み込んだり、アリアの歌詞を教えてもらったりと、できるだけのことをして本番に臨んだ。


 店内は、外観と同じレンガ壁のクラシカルな内装だった。艶のある木製家具はアンティークで揃えられているようで、歴史あるイギリスのパブのような雰囲気だ。あくまで喫茶なので、お酒は扱っていないらしいけれど。
 奥に小ステージがあり、ピアノはステージの横に置かれている。
 座席はほとんどが人で埋まっていた。その賑わいを、僕はステージに出るカーテンの奥で聞き、ごくっとつばを飲み込む。

「緊張してる?」

 香夏子さんが気遣うように聞いてくれる。

「はい。……でも、やれるだけやってみます」
「楽しんでくれればいいのよ。渚くんもそうだから」
「楽しんで……」

(なぎ先輩は、楽しいからやってるんだ……?)

「後はまあ、個人経営の店でやってる、半分私の趣味みたいな催しだから。お客様からも大した料金頂いてないしね。お祭りの余興くらいのつもりで!」
「そ、それはさすがに……」

(まるきり出任せじゃないだろうけど、僕の気を軽くしようとして言ってくれてるんだよね、きっと)

 少し話しただけだけど、いい人だなと感じた。とにかく今は、最大限がんばってみよう。

 開演時間になると店内が薄暗くなり、ステージにだけ明るい照明が当たった。まずは予想通り、この店のオーナーだった香夏子さんが口上に出ていく。
 ピアノ、ヴァイオリン、歌唱の3人が配置につき……その後、一度暗転した隙に、僕はステージ上手側に用意されたソファに座った。
 薄闇の中、ピアノの前奏が始まる。ヴァイオリンの音が重なったのと同じタイミングで、奏者と僕にスポットライトが当たる。始まった。

(僕はこの曲の主人公。恋に夢中になる純真な乙女。彼女の感情を、動きと表情でみんなに伝える……!)