DOLLは月夜に恋してる


 ●〇●〇


「じゃじゃーん。本日の特別ゲストでーす!」

 『とりあえず話は中に入ってから』と言う実織に連れられいつもの支度部屋に入った渚は、再び唖然として立ち尽くす羽目になった。

「よ、渚♪」
「お疲れさまです、なぎ先輩」
「流音……あらた!?」

 綾羽や唯子とともに待っていたのは、ここにいるはずのない演劇部の仲間。
 次から次へと襲い掛かってくる驚愕に軽い眩暈さえ覚え、渚は額を押さえる。

「ちょっともう、頭が追いつかないんだけど……」
「しっかりしろ。ちゃんと説明するから」

 スツールに座っていた流音が立ち上がり、ドア前で突っ立ったままの渚を奥へと促した。
 座るよう勧められたが、そんな気分でもない。テーブルに軽く体重を預け、流音に「ならさっさと話せ」という目線を送る。
 流音は「はいはい」と苦笑しながら、

「学園祭の日に、実織さんたちも演劇部の公演観に来てただろ? あの時、オレが実織さんに声かけたんだ」
「は? なんで?」
「なんでって……元演劇部部長かつ友人として、『渚がいつもお世話になってます』って?」

(嘘つけ)

 疑問形の軽い語調からも、真意が別のところにあるのは明らか。言うまでもなく自分について話すためだろう、と渚は察する。

「……お節介」

 ぼそっと吐き捨てると、実織が「こらこら」と間に入ってきた。

「お友達にそんなこと言っちゃダメでしょ。とにかく、そんなわけであの日に連絡先交換したんだけど~。それからしばらくして今日のステージが決まった時に、麻青くんから『展開を変えて特別仕様にしたい』って話が出たじゃない?」

 実織に顔を向けられ、それまで黙っていた麻青がドキリとしたように「はい」とうなずく。
 ステージ内容の変更については、当然渚も把握していることなので驚きはない。

 今日でジャズ喫茶エテ最後の出演となる渚を、メリバよりハッピーエンドで送り出そう。そんな麻青や実織たち、それに香夏子さんの意向もあり、新しい台本を用意したと聞いていた。
 以前演じた兄弟人形の話と設定は同じだが、ストーリーは大きく変わっている。もちろんその台本を覚え、麻青と打ち合わせもしていた。

「そこでさらにサプライズを思いついちゃって、私から流音くんに連絡したんだよ。特別ゲストで流音くんもステージに参加しない、って」
「で、オレがあらたも引き込んだ。今回の台本、書いたのはオーナーじゃなくてあらただよ」
「え……あの新しいストーリー?」
「はいっ! オーナーさんも、ぜひなぎ先輩と麻青のために書いてあげてほしいと言ってくださったので、気合入れて書きました!」

 メガネのフレームをちゃきっと上げて背筋を伸ばすあらた。
 渚は片手をテーブルに突き、ぐったりと疲れ切った肩を落とす。

(オレの知らぬ間に、よくもまあこれだけの人数を巻き込んで……)

 こうなると主犯は流音か実織か微妙なところだが、いずれにせよ自分はまんまとしてやられたということだ。

「あの、なぎ先輩」

 麻青が自分の前に進み出てくる。
 麻青は、流音と実織の真の思惑までは察していないだろう。彼は、先ほどの渚が店まで全力疾走する羽目になった一件を把握していない。この面子が集まったのは、純粋にサプライズのためだと思っているに違いない。

「サプライズは、るー先輩とあらたのことだけじゃないんです」
「……他にもまだあるっていうの?」
「はい。今日のステージ、最後の5分間。なぎ先輩の台本にはない、特別シーンが追加されてます。僕たちからの、なぎ先輩へのプレゼントです」
「え……いや、台本にないって……」
「大丈夫大丈夫、渚はほぼ観てるだけでいいから。あとは適当にアドリブで」
「はぁっ!?」

 あっけらかんと手を振る流音に、渚は思わず険しい目を向けた。

「舞台上でサプライズかます気? 出演者が内容知らないってありえないでしょ」
「いいのいいの、香夏子さんにもOKはもらってるから。あんたは思うようにリアクションしてたらいいよ!」

 バンッと実織が背中をたたいてくる。

(……ほんと、ありえないやつら)

 心底呆れるが、太刀打ちできそうにもない。もう渚は返す言葉もなかった。

「ねぇ、そろそろ着替えないと遅れるよ」

 綾羽に声をかけられ、全員が思い出したように時計を見る。

「ほんとだ、急がないと!」
「衣装こっち! 着替えたらすぐメイクするよ!」

 そこからはいつも以上に慌ただしい準備タイムが始まり、渚も促されるまま着替えを済ませ、メイク席に座った。

「メイクもストーリーに合わせて前とは変えるからね。明るい感じでシンプルめにいくよ」と実織。
「任せるよ」

(さて、どんな舞台が待っているのやら)

 ここまで来たら自分も腹をくくるしかないと、鏡の中の自分に向き合った。