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翌日、木曜日。
前夜に何があろうと、学校での日常はいつも通りだ。
週末は学園祭で、明日の放課後はその準備に追われることになる。
よって、演劇部公演の練習としては今日が最終日。本番同様、体育館でのリハーサルが行われていた。
「──はい、OK! みんなよかったよ、明日もこの調子で頑張ろう!」
あらたのカットがかかり、リハーサルも無事に終了した。役柄の『ミユキ』としてステージに立っていた僕も、ほっと肩の力を抜く。
(よかった、ちゃんとできた)
正直、昨日の今日で頭の中はまだぐちゃぐちゃのどろどろだ。でも普段通りの態度を心掛けて、頭を切り替えて演技に集中するようにした。なんとかできていたようで安心する。
けれど……
「麻青、何かあった?」
解散して、部室棟に戻る渡り廊下を歩いていた時。隣に並んだあらたに、気遣うような声で尋ねられた。
「……え、どうして?」
「だって今日、ずっと元気ないから。なんか無理してる感じ」
(……バレてたんだ)
「お節介かなって思ったんだけど、やっぱり心配で。何かあったなら、おれでよかったら話聞くよ?」
(ここで隠しても、もっと心配させるかな……。それに、あらたなら……)
どんな話でも、きっとあらたは真剣に聞いてくれる。バカになんかしない。
全部は話せなくても、この体内に渦巻くぐちゃぐちゃを吐き出してしまいたいという気持ちもあった。一人で抱えているのが、かなりキツイ。
「……階段のとこ、行っていい?」
今いる場所から少し歩けば非常階段があって、階段下のスペースにはめったに人が来ない。そこなら人目を気にせず話せる。
「もちろん」
即座にうなずいてくれたあらたと一緒に、渡り廊下から逸れて階段下へ向かった。
校舎の壁にもたれて、並んで座る。あらたは僕が話し出すのを静かに待ってくれていた。
「……実は、好きな人にフラれちゃったんだ」
「え……」
メガネの奥の目を丸くして、あらたは一瞬固まった。でもややためらうような素振りのあと、思い切った表情で、
「……なぎ先輩?」
「!」
次は僕が硬直する。
(え、嘘……気づかれてた……!?)
気遣ってくれてるのか遠慮がちな問いかけだったけど、顔つきを見れば確信に近いものを持っているとわかった。
「い、いつから気づいてたの……?」
「……正確には覚えてないけど、去年はもしかしたらって感じで、今年に入ってからはそうなのかもなぁって」
(そっか……お見通しだったんだ)
「ごめん、ちゃんと言ってなくて……」
「そんなの誰にでも話すことじゃないし! っていうかおれこそごめん、不躾に……」
「ううん、いいんだ」
(知られてるってわかったら、むしろ気が楽になったかも)
なぎ先輩のプライベートなことを勝手には話せない。けど、いろいろあって学校以外でも会うようになって、なかば勢いで好きだと伝えてしまったけど、ダメだったことを話した。
『キミに想ってもらえるような人間じゃない』。そう言って、背中を向けられたことも。
「……そうだったんだ」
あらたは短く言ってからしばらく黙り込む。僕よりもあらたのほうが落ち込んだ顔をしていて、なんだか申し訳なくなった。
「あらたがそんな顔しないでよ」
「うん、でも……おれ、もしかしたらなぎ先輩もって思ってたんだ。だから驚いたっていうか、残念っていうか……おれも悲しい……」
「ええ……なんで、そんなふうに思えたの?」
部活で一緒だった期間は、複数いる後輩の一人でしかなかった。特別仲がよかったわけでもないのに、どうしてあらたがそんなふうに感じたのかわからない。
「なんとなくだけど……たまに、なぎ先輩が麻青を見てる時の目が、他の後輩を見る目とは違うなって思う時があって……」
あらたもうまく説明できないようで、思案するように眉間を寄せ、宙を見ながらそう話す。
あらたは去年から脚本を書き、演出補助として部のみんなをよく見ていた。そんな彼が言うなら、勘違いではないかもしれないけど……
「別にそれは、好きとかそういうのじゃないと思うよ。ただ、僕の気持ちには気づかれてたと思うから……困らせてたのかも」
「困ってた……? うーん、そうなのかなぁ……」
腑に落ちないという様子で、あらたは首をひねる。
でも、今さらそこまで気にかける必要もない。昨日、きっぱりと拒絶された。それがすべてだ。
「なんにしろ、フラれちゃってるから。僕は先輩が好きで、力になりたいって思うこともあったんだけど……先輩には、負担だったんだと思う」
「負担って……そんなことは……」
「ううん、きっとそうなんだよ。先輩の心を軽くしたかったけど、逆に重いものをぽいぽい投げちゃってたんだと思う。だから──」
「重いものを投げるのは当然だろ、好きなんだから」
(えっ!?)
突然高い位置から声が降ってきて、僕とあらたは同時に上空を振り仰いだ。
非常階段3階の踊り場に、るー先輩が立っている。手すりに腕をのせ、こちらを見下ろしていた。
「る、るー先輩……なんで……!?」
「クラス展示用のカキワリがぶっ壊れたんで直してたんだけど、ペンキの匂いに酔っちゃって休憩してた。そしたら二人が来たから」
(最初からいた!? 気づいてなかった……!)
「じゃ、じゃあ今の話……」
(もしかして、全部聞かれた……?)
「うん、聞いてた。悪い先輩でゴメンね~」
るー先輩はペロッと舌を出し、悪びれた様子もなく笑う。僕とあらたが動揺で言葉を失っている間に、階段を下りてきた。
上履きのまま傍までやってくると、わしゃっと僕の髪を掻き混ぜて、
「麻青は何も悪いことしてないよ。恋愛なんて本音ぶつけ合ってなんぼなのに、受け取らない・投げ返さないほうが卑怯者」
「るー先輩……」
「まったく。こんなに可愛い麻青をフるなんて、あいつも罪作りなやつだなー」
「な、なぎ先輩には何も言わないでください。最初から押し付けてることはわかってたので……」
るー先輩はこう言ってくれるけれど、どっちが悪いわけでもないと思う。ただ、お互いの気持ちが重ならなかった。それはどうしようもないことだ。
「諦めるんだ?」
見下ろす視線に、僕はぐっと息を詰めた。
すぐにはうなずけない。まだ気持ちの整理はほとんどできていない。でも……
「……これ以上なぎ先輩を苦しめることは、したくないので」
(僕が好きでい続けることが、本当に先輩を苦しめてしまうなら……)
いつかは、諦めるという選択をしなくてはいけないのかもしれない。
「そっか。わかった」
るー先輩は静かに答えると、再び階段をのぼって3階まで戻っていった。



