実織さんから電話で連絡が来たのは、学園祭を週末に控えた水曜日のことだった。
『日曜にちょっと用事があってラインしたんだけど既読スルーでさ。それ以降は未読だし、電話も出ないのよ』
「え……そうなんですか?」
放課後、部活に行こうとあらたと廊下を歩いていた僕は、思わず足を止める。
『電話はともかく、今までこんなに長くラインに反応なかったこととかないから心配で。麻青くん、なんか知ってる?』
答える前に、あらたにジェスチャーで『ごめん、先に行ってて』と伝える。すぐに察して、あらたは手でOKサインを作って歩き出した。
僕は廊下の端に寄ってから電話口の実織さんに、
「ごめんなさい、何も知らないです。土曜日に会って以降、連絡もしてなくて」
『そっかぁ~。うーん、どうしたんだろ』
「あの、僕、3年の教室に行って部の先輩とかに聞いてみます」
『ほんと? ありがと。なんでもないのかもしれないけど、なんか気になって』
(きっと、土曜日のバイトのことがあるから……だよね)
自分が育った養護施設に、数年ぶりに訪れたなぎ先輩。その直後のタイミングということを考えると、たしかに何かあったのかもしれないと勘繰ってしまう。
「何かわかったら連絡します」
通話を終えると、すぐに行き先を変更し3年2組の教室へと向かった。
(なぎ先輩は……いない……)
りょう先輩を見つけたので、近くの人に頼んで廊下に呼び出してもらう。
「麻青? どうした?」
突然訪ねてきた僕に驚いている様子だったけれど、回りくどい言い訳を考える余裕もなくて、単刀直入に質問した。
「あの、なぎ先輩ってどこにいるかわかりますか?」
「渚? あー、あいつ今週ずっと休んでるんだよ」
「えっ」
(今週ずっとって、月曜から……今日で3日目?)
「理由は……?」
「よくわからん。欠席の連絡は入ってるみたいだけどな。長引いてるから俺も心配で、昼に一度ラインしたんだけどまだ未読でなぁ」
不安がにわかに大きくなっていく。
(ラインも確認できないほど具合が悪い? それとも……)
体調不良とは限らない。でも、胸がざわついた。
「渚になんか用だったのか?」
「ちょっと聞きたいことがあったんですけど……大丈夫です、ありがとうございました」
お礼を言って3年2組から辞すると、僕もなぎ先輩にメッセージを送ってみた。
『今週お休みされていると聞きました。実織さんも連絡がつかなくて心配されています。大丈夫ですか?』
しばらく反応を待つけれど、既読はつかない。
(気になるけど……とりあえず、部活に行かないと)
これ以上は練習に遅れてしまう。いったんは返信を待つことにして、部室へと急いだ。
でも、18時前に部活を終えてスマホを確認してみても、メッセージは未読のまま。
帰りの電車の中で、僕は実織さんにメッセージを送った。りょう先輩から聞いたことを伝えたうえで、尋ねてみる。
『実織さん、同じ地元なんですよね? 家に行くのは難しいんですか?』
中学生の頃からの付き合いなら、それが一番手っ取り早いのではないかと思ったのだけれど……
『家は知ってるし、できれば行きたいんだけど、私と仲いいことを渚のご家族はご存じないんだよね。びっくりされるだろうし、バイトも家の人には内緒でやってるから、もしバレるようなことになったらと思うと』
(ああ、そっか……)
親しいことを知らないのであれば、1年間だけ中学校で同じだった2コ上の先輩がいきなり訪ねてきたら、家の人は驚くだろう。女の人だし、余計な誤解を与えてしまうかもしれないという気遣いもあるのかもしれない。
(だったらまだ、僕のほうが……)
しばらく迷ったけれど、心を決めて実織さんに返信した。
『じゃあ僕が行ってみます』
(部の後輩だし、お見舞いとか部活に関して聞きたいことがあるとか、実織さんが行くよりはまだそれらしいことが言える)
欠席の理由もわからないのに心配しすぎかもしれない。でも、妙な胸騒ぎを抑えることができなかった。
なぎ先輩はいつだって僕たちと一線を引いたところにいる。手を伸ばしたら伸ばした分だけ、また距離が開く。
その距離をずっと感じてきた。だから、もしかしたらこのままもっと遠くへ行ってしまうんじゃないか……そんな、嫌な想像が拭えない。
『いいの?』と実織さんから即レスが来た。
『はい。家の住所を教えてもらえますか?』
さほど待つことなく、住所と共に新たなメッセージが届く。
『麻青くんが行ってくれると助かる。なんか放っといちゃダメな気がするんだ。学校からも、私たちからも逃げたくなるような何かがあったのかもしれない。その時は、渚を助けてあげて。お願い』
その文面から、彼女も僕と同じ焦燥を抱いているのが伝わってきた。
(僕よりずっとなぎ先輩のことを知ってる実織さんが言うんだから、やっぱり……)
いつも降りる自分の駅を過ぎた。
なぎ先輩の最寄り駅は3駅先だ。やたらと長く感じられるその時間を耐えて、駅に着くなり僕は電車を飛び降りた。



