文化祭で展示する手作りプラネタリウムを破壊したハイスペ男子に「責任とるから」と部室に通いつめられていますが、いつもと様子が違うのは何故ですか?

「写真部のミーティングが終わったら、松田んとこの天文部行くわ」
「えっ、どうして?」
「文化祭に向けて、各部活の準備風景をテーマに撮影するんだ。天文部の担当が俺なんだけど、今って何か活動してたりする?」
「あ、あのね……段ボールで作るプラネタリウムなんだけど――」
「オッケー。ちゃちゃっと撮って終わらせるから、よろしくな」

 俺の言葉を遮るようにそう言うと、斜め前の席の西村くんは、さっと手を振って教室を出て行ってしまった。
 話が長くなりそうだと思われたのかな。それか、活動そのものに興味がなかったのかもしれない。
 胸の奥がほんの少しだけちくっとするのを隠すように、スクールバッグをそっと肩に掛けた。
 周りから浮かないように、出来るだけ会話には加わるように心がけてはいる。それでも、たまに的外れなことを言っては「松田って天然だよな」って笑われてしまう。みんなの速いテンポについていくのは、俺にとってはなかなか難しいことだった。

 教室を出て向かうのは、校舎の最上階の、さらに一番奥。
 見た目は物置に見えるけれど、ここが、一年半のあいだ、俺がずっと一人で過ごしてきた天文部の部室(ぶしつ)だ。
 来週末の文化祭には、先輩たちが毎年行っていたプラネタリウムの上映会がある。その大きな準備を、今は俺一人で進めていた。部費はないし、機材も信じられないほど古い。
 無茶をしている自覚はあるけれど、なにか実績を作らないと「活動していない」と先生たちにみなされてしまうし、模造紙の研究レポートを貼り出すだけだった去年とは違って、今年こそは自分ひとりでも「やりきった」と思えるものを形にしたかった。

 部室の床には、計算を重ねて設計したドーム用の段ボールがパズルのピースのように並んでいる。
 これを順番に組み立てていけば、暗闇の中に満天の星を閉じ込めた、立派なドームが出来あがる予定だ。

(骨組みの接着剤が乾いて、窓に遮光カーテンを張れば……なんとか本番までには間に合いそう)

 そんな独り言を頭の中で転がしていた、その時。
 コンコン、と控えめなノックが二回、静かな部室に響いた。西村くんが来るにしては、ちょっと時間が早いような……。
 俺が大きな声で「開いてるよ」と答えるより先に、ガラッと扉がスライドした。

「失礼しまーす。ここ、天文部の部室であってる?」
「えっ、あっ、柏木くん!?」

 隙間から顔を覗かせたのは、スクールバッグを肩にかけて微笑む柏木くんだった。

「良かった。松田がまだ残ってくれてて」

 柏木くんは後ろ手で扉を閉めると、そのまま中へ入ってきた。俺は慌てて立ち上がって、「どうぞ」とパイプ椅子を一脚差し出す。
 誰かがここに来ることなんて滅多にないから、いつもより空間が狭く感じられた。

「驚かせてごめん。写真部の企画で、文化祭前の準備を記録して回ってるんだけど」
「でも、それって、西村くんが担当のはずじゃ……」
「交代することになったんだ。突然来て、迷惑だった?」
「いや、全然そんなことないよ。狭いし、こんなに散らかってるけど、それでも良ければ」
「サンキュ。じゃあ、ちょっとお邪魔させてもらうわ」

 柏木くんが写真部だなんて、知らなかった。カメラを構える姿はもちろん、写真の話をしているところさえ一度も見たことがない。
 俺の中で柏木くんは、どちらかと言えば「撮られる側」の人間だ。いつも周囲からレンズを向けられているような、華やかな印象が強い。
 けれど、目の前にいる彼は本格的なカメラを首から下げ、「写真部」と書かれた深緑色の腕章をつけていた。
 いつもの教室で見せるキラキラした姿とは別人のようで、なんだか、そわそわと落ち着かなくなる。

「天文部って、なんか屋上で星見てるイメージあったんだけど、違うんだ?」
「あ、うん……何年か前までは、そうだったみたい」
「今はやってないの?」
「部員、一人しかいないから。わざわざ、俺だけのために先生を呼んで屋上を開けて貰うのは、何だか申し訳なくて」

 柏木くんは「そっか」と声を潜めると、ゆっくりと部室全体を見渡した。
 床に散らばった段ボールの山、机の上に広げられた設計図、窓際の暗幕ケース。……こんなことなら、もっと片付けておけばよかった。
 柏木くんがおもむろにカメラを持ち上げ、連続してシャッターを切る。こんな散らかった部屋の、一体何を撮っているんだろう。

「それ、『ザ・天文部の定番』って感じ。普段からよく使ってんの?」
「うん、ビクセンっていうメーカーの望遠鏡なんだけどね……」

 ふ、と視線を移した先。
 柏木くんが両手で構えたレンズに映っていたのは、天体望遠鏡を指差している俺の顔だった。

「えっ、ま、待って。俺のこと、撮らなくていいよ!」
「大丈夫、全部載せるわけじゃないから。何枚か撮って、採用になるのは多分、三枚くらいだし」

 それを聞いて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
 ホッとしたけれど、やっぱり撮られるのは恥ずかしい。気づけば俺は、手の甲で口元を隠していた。

「そうなの?」
「うん。だから、そんなに緊張しなくていいよ。いつも通り、松田のペースで続けて」

 構えたカメラの奥に爽やかな笑顔を浮かべたまま、柏木くんはカシャ、とシャッターを鳴らす。書棚や窓際の風景を収め終わると、そのまま吸い寄せられるようにこちらへ歩み寄ってきた。
 秘密を暴く子供みたいな、好奇心に満ちた顔で、ドームの開口部へひょいと身を(かが)めている。

「なぁ、これって全部、松田がひとりで設計したの?」
「あっ、待って。そこはまだ接着剤が――」

 中を覗き込もうとした背中を止めようとした時には、もう遅かった。柏木くんの靴の先が、重なっていた段ボールの端に引っかかる。次の瞬間、ガタッと嫌な音が響いて、背丈より高い骨組みがぐらりと俺の方へ傾いてきた。

「松田、危ない!」
「っ、うわ……!」

 バサバサと激しい音を立て、ドームの骨組みが真ん中からぐにゃりと折れ曲がる。
 衝撃に備えて目を瞑った俺を、柏木くんは強い力で抱き寄せた。もう片方の腕で、頭上から降ってくる段ボールを遮ってくれている。がっしりとした腕の中に閉じ込められたまま、俺はただ目を見開くしかなかった。ドミノ倒しのように、何十枚ものパーツが次々と床へ崩れ落ちていく。
 毎日、何時間もかけて組み立ててきた努力の結晶が、一瞬でただの紙の山へと戻る。舞い上がった埃が、窓から差し込む西日に照らされ、キラキラと輝きながらゆっくりと床へ降り注いでいた。

「…………」
「…………」

 ひとりで、少しずつ。大事に作ってきたのに。
 あまりのショックに、めちゃくちゃになった床をただ呆然と見つめることしかできなかった。
 壊れたものは、もう二度と元には戻らない。そんなこと、分かっているのに……。
 胸の中で必死に自分を宥めていると、つむじのあたりに、ふっと温かい吐息がかかるのを感じた。

「松田、怪我してない?」

 ハッと我に返ると、柏木くんの手が離れて身体が自由になる。

「う、うん……平気だよ。柏木くんは?」
「俺のことなんか気にしなくていいよ。それより、本当に、本当にごめん。直すの、俺も手伝うから!」

 柏木くんは俺の顔を見るなり、自分がしてしまったことの重大さに気づいたように青ざめて、床に膝をついた。
 いつものスマートな姿からは想像もつかないくらい、必死な手つきで段ボールを拾い集めている。その焦った顔を見ていると、なんだか俺の方こそ申し訳なくなってきた。

「大丈夫だよ、自分でなんとかするから。これ、設計図を見ながらじゃないと出来ないし、結構ややこしくて」

 苦笑いで言葉を濁した。大変な作業だったと説明すればするほど、まるで「こんなに頑張ったのに」と柏木くんを責めているように聞こえそうで怖い。
 こういう時、なんて言えばいいんだろう。怒ってないし、大丈夫だよと伝えたいだけなのに。
 絶対にわざとじゃないし、ただの事故だ。悪気なんてないことは分かっている。
 だからこそ悲しかった。目の前で苦しそうな顔をしている柏木くんを、ただ庇いたいだけなのに。

「俺が手伝ったら、迷惑? もしそうなら、お詫びに雑用でもなんでもする」
「お詫びだなんて、そんな! 本当に、気にしなくて大丈夫だよ」
「そうしないと、マジで俺の気が済まないから」

 柏木くんはすぐに散らばったパーツを番号順に仕分け始め、設計図に視線を落とした。

「これ、見せてもらってもいい?」
「いいけど、字が汚いし、すっごく分かりにくいかも」
「え、どこが? めっちゃ読みやすいじゃん。大丈夫、ちゃんと読めるよ」

 複雑な手書きの図面をちょっと見ただけなのに、柏木くんはバラバラになった段ボールを、元の形になるよう組み立てようとしている。
 普通の人なら何が何やら分からなくなるはずの展開図を、頭の中でそのまま立体として組み上げているみたいだった。

「んー、なるほど。ここの角度がちょっとでもズレると、ドームの丸みが(ひず)むのか」
「そう、だから何回か試作して調整をしてて」
「この内側に貼ってあるのは?」
「ケント紙だよ。プロジェクターで映した時に、普通のコピー用紙より光の反射が綺麗なんだ。本当はツヤのある紙が理想なんだけど、予算が無くて」

 柏木くんはゆっくりと顔を上げると、眩しそうに目を細めて言った。

「松田のそういう、自分の『好き』をまっすぐ突き詰められるところ、尊敬する。……俺には絶対に真似できないから、羨ましいよ」

 俺、柏木くんに褒められてる――?
 そう理解するまでに時間がかかって、ぱちくりと瞬きを繰り返すことしかできない。気の利いた返事すら出てこなかった。
 それでも、誰かに褒められることに慣れていない胸の奥は、ほわんと温かくなる。折れかけていた心に、やわらかい灯りがともったような気がした。

「んじゃ、天文部の一大プロジェクト、修復作業を始めますか」
「あ、うん……。えーっと、次のパーツの番号はね」

 俺が図面を取ろうと手を伸ばすより先に、すぐ真横から伸びてきた長い指先が、ひとつの段ボールをすくい上げた。

「これでしょ?」
「えっ!? あ、そう、それ……! 何で分かったの? 俺の図面、すっごく雑なのに」
「いや、正確だと思う。松田の図面を立体に起こしてみたら、この補強の後に必要なパーツって、形状的にこれしかないんだよね」

 柏木くんはさらりと、何でもないことのように言ってのけた。俺が何日も悩んで導き出した設計の意図を、ものの数分で理解している。やっぱり、柏木くんは凄い。天から二物も三物も与えられている人だ。
 そして、ずっと前から二人でこのドームを作ってきたみたいに、柏木くんとの作業は驚くほど息がぴったりだった。

「これ、結構力仕事だしハードじゃん? よく一人で作ろうと思ったね」

 段ボールを支える柏木くんを見ながら、俺はへにゃりと眉を下げて笑ってみせた。

「自分でも無茶なことしてるなーとは思ったんだけど……なんか、難しいことほど、燃えちゃうタイプみたいで」
「そっか。教室にいる時の松田って、もっとこう……ふわっと、のんびりしてるじゃん。なんつーか、癒し系?」
「そんなふうに言われたの、生まれて初めてだよ」
「そうなの? 俺は最初からずっと、いいなって思ってたけど」

 さらっと投げられたその言葉に、心の中で首を捻る。いい、って一体どういう意味なんだろう。
 それに――柏木くんが言う「最初」とは、いつのことだ。春のクラス替えの日か、それとも……。
 正解のない問いが頭の中を飛び交い、俺の中の「宇宙三大ミステリー」に、次点でランクインしそうだった。

(こういうのを女の子が言われたら、きっと好きになっちゃうやつなんだろうな)

 心の中で、両手を上げて降参するように呟いてみる。
 そんな褒め上手な言葉を涼しい顔で言えて、しかも少しも照れないだなんて。俺だったら声に出した瞬間、恥ずかしさで消え入りそうになる。
 くっきりと痕が残った段ボールの折り目を、柏木くんが指先でなぞる。もう一度使い回すのは難しいと悟ったのか、もう一度頭を下げられた。

「頑張って作ってたのに、壊して本当にごめん。明日から毎日、手伝いに来るから」
「大丈夫だよ。ほら、放課後はクラスのみんなも柏木くんが居ないと寂しいだろうし」
「……こんなことしておきながら、アイツらと遊びに行くほど、俺は軽薄じゃないよ」
「でも……」
「元通りになるまで、ちゃんと俺に責任取らせて」

 真剣な眼差しで見つめられて、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。

「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか」
「いいよ、じゃんじゃん甘えて。やり方が間違ってたら、遠慮しないで言って欲しい」
「うん、ありがとう。完成まで、よろしくお願いします」

 よくよく考えてみれば、作品を壊した張本人にお礼を言うなんて、ちょっとおかしな話かもしれない。
 けれど、遠くから眺めていた頃の印象とはまるで違う。いま目の前で笑う柏木くんは、俺が勝手に決めていたイメージを、その優しさでどんどん塗り替えている。
 やがて下校を知らせる夕方のチャイムが部室に鳴り響くまでの間、俺たちは使える部品と壊れてしまったものを仕分ける作業に没頭した。