文化祭で展示する手作りプラネタリウムを破壊したハイスペ男子に「責任とるから」と部室に通いつめられていますが、いつもと様子が違うのは何故ですか?

「ねぇ、見てみて! これ、星砂(せすな)と教室で撮ったショート動画! バズりすぎて怖いんだけど~!」

 二限と三限の隙間に挟まれた、たった十分の休み時間。
 賑やかな教室の真ん中では、クラスの女子たちがひとつの大きな塊を作っていた。祭りの名前がつく華やかな行事をいつも取り仕切る、ちょっぴり派手な四人組だ。机をバンバンと叩いて、目尻に涙を浮かべて仰け反ったり、とにかくリアクションが常に大きい。
 そんな彼女たちの砕けた会話に、俺は窓際の席から、そっと耳を傾けた。

「コメ欄に星砂の『アカウント教えて』ってめっちゃ書き込まれてる! ねえ、これを機に開設しなよ~。絶対一瞬で万垢だって!」

 周りの大半がやっているSNSの世界に疎い俺には、「バズる」という現代的な動詞のニュアンスが、いまいちピンとこない。ブレザーのポケットからスマートフォンを引っ張り出して、検索窓にぽちぽち、と打ち込んでみた。
 ――インターネット上の投稿が、爆発的に拡散される現象のこと。語源は英語の「buzz」。蜂が羽音をぶんぶんと立てて飛びまわす姿が由来、らしい。
 調べれば意味は出てくる。出てくるんだけど、説明を読んだだけでは、やっぱりよく分からないままだった。

「アカウントは作らない。そういうのマメじゃないし、見る専で十分だから」
「えーっ、勿体ない! 星砂が自撮り一枚あげるだけで、世界救えるよ!?」
「何それ。大袈裟すぎだって」

 重なり合うように席を取り囲んでいる背中の間から、端正な横顔がふわりと微笑むのが見えた。
 食い下がる女子たちの熱を、軽やかにかわしながら微笑んでいる彼こそが、渦中の人物。柏木星砂(かしわぎせすな)くんだ。

「サロモとかやってますか? って質問きてるよ。答えてもいい?」
「それくらいなら、まあいいけど」
「じゃあ、美容院のアカウント、タグ付けしておくね」

 目元にさらりとかかる前髪と、その隙間から覗く、涼しげな瞳。春のクラス替えの日に初めて柏木くんを見たとき、思わず「ほえー……」なんて間抜けな吐息を漏らしながら見惚れてしまったのを、今でもよく憶えている。
 二年生のクラスは七組まであるから、それまでは名前すら知らない相手だった。
 おまけに、柏木くんはスタイルにも恵まれている。このまえ廊下で偶然近くに並んだ時には「はて、この差は一体……」と思わず首を傾げてしまうほど腰の位置が高かった。
 クラス替えから半年も経っているのに、女子たちは学年を問わずに「今日も顔面が国宝」「生きてるだけでファンサ」と、柏木くんの整った顔を毎朝拝みにやって来る。
 あれだけ整っていれば、きっと本人にも優れた容姿への自覚はあるんだろうけれど、褒め言葉を否定することもなく「あざーす、光栄」の一言できれいに流してしまう。そのさっぱりとした潔さが、素敵だなと密かに俺は思っていた。
 褒められた時、否定せずに感謝できるって、なかなか勇気がいることだと思うから。

柏木(かしわぎ)星砂(せすな)くん)

 一度聴いたら耳の奥に残り続ける、あまりにもロマンチックでインパクトのある名前。クラスの誰もが憧れと親しみを込めてその名を呼ぶたび、俺はこっそり、自分の「松田詩月(まつだしづき)」という名前を心の中で柏木くんの横に並べていた。
 星の砂と、(うた)う月。
 響きだけを重ね合わせるなら、まるで物語から出てきたみたいにお似合いの並びだと思う。
 けれど、実際はそうじゃない。柏木くんが夜空のど真ん中で輝く一等星だとしたら、俺は肉眼での観測すら不可能な、何等星かも分からない暗い星。
 それこそ、いま座っているこの席が地球だとしたら、アンドロメダ銀河くらい、住んでいる世界が遠すぎる。地球から肉眼で見える最も遠い天体。それは四月に柏木くんと出会ってからずっと、俺が抱き続けている印象だった。

「おい、星砂! 女子ばっか構ってねえで、俺らの話も聞けよな」

 背後からガバッと柏木くんの首に腕を絡めたのは、担任の先生がいつも手を焼いている運動部の男子たちだ。
 いつも、ああやって五、六人で衛星のように星砂くんの周りをせわしなく公転している。

「放課後のカラオケ絶対来いよ! お前いないと始まらんから!」
「ごめん、今日はちょっと用事がある」
「はあ!? なんでだよー、ノリ悪すぎだろ」

 柏木くんは肩を揺さぶられながら、視線をすっと窓際に座る俺の方へと流してきた。

(ま、まずい。目が合ったら見てたのがバレる……)

 慌ててさっと顔を逸らし、無関心な雰囲気をアピールするために手元のスマートフォンに視線を落とす。
 液晶画面にはまだ、さっき検索した「バズる」の意味が表示されたままになっていた。

「星砂、聞いてんの?」
「あ、ごめん。普通に意識飛んでた」

 人懐っこい笑顔で、相手に不快感を与えずさらりとかわす。あのスキルを、柏木くんは一体どこで身につけてきたんだろう。
 人見知りじゃないけれど、あんな風に誰とでも明るく話すことが苦手な俺からすれば、ちょっとだけ羨ましい。
 スクールバッグの奥に隠したグミの袋に、そっと指先を潜らせる。つまみ出した一粒は、いつものグレープ味じゃなかった。キラキラしたパウダーに包まれた、薄水色の小さな星の形だ。

「あっ、出た……ソーダ味」

 思わず、唇の隙間から小さな声が零れ落ちた。
 パッケージの隅に小さく『出たらラッキー☆』と書かれていた、滅多にお目にかかれない流星カラーだ。
 今まで何袋も買っていたけれど、本物に遭遇するのはこれが初めてだった。カメラアプリを立ち上げ、ピントを合わせてシャッターを切る。

(やった、初めて当たった……! ふたご座流星群みたいで綺麗だな)

 こんな些細(ささい)な偶然で胸を(おど)らせてしまうくらい、子どもの頃からずっと、夜空に浮かぶ星々を眺めることが好きだった。
 果てしない宇宙の広がり、星座の神話。すべてを吸い込む暗黒の美しさや、光年単位という気が遠くなるほどのロマンに、ずっと心を奪われている。
 地元の科学館の年間パスポートを、もう十年以上も更新し続けているくらいの、筋金入りの天文好きだ。

 この高校を選んだ一番の理由だって、県内でも数少ない「天文部」があるからだった。
 けれど、いざ(ふた)を開けてみれば部員は全員引退していて、新入部員はまさかの俺一人だけ。
 担任の先生からは「別の部活にしてみたら?」と優しい苦笑いで二回ほど心配されたのだけれど、どうしても諦めきれなくて、頭を下げてなんとか存続させてもらっている。
 おかげで入部と同時に部長、なんてかっこいい肩書きまで付いてきた。一人きりの部活で名乗るのは少し気が引けるけど、これでも立派な部活なんだからって、自分に言い聞かせて胸を張るようにしている。

 日々の活動は、定常観測の気象データをとったり、投影板を取り付けて太陽の黒点の位置や数を毎日スケッチするだけの地味なものが大半だ。
 それでも、天文部に入るために苦しい受験を乗り越えて、この学校に来た。だから、自分の「好き」を何もしないまま投げ出すのだけは嫌だった。

(あ、人工衛星の分離、成功してる! 国内技術だけで軌道に乗せられたの、本当に凄いな……)

 口の中に広がるグミの甘酸っぱさに、小さく唇をすぼめる。
 指先で追っているのは、ニュースアプリでトップに出ている人工衛星の最新記事だ。俺の頭の中は、こうして常に宇宙のことで満たされている。

「まさか、また放課後に告白で呼び出されてるとかじゃねーよな!?」
「いや、違う。ただ、どうしても今日は無理なだけ」

 開け放たれた窓から、冷たくなった秋風が入り込んでくる。その風に混じるようにして、教室の真ん中から楽しげな笑い声が再び耳に届いた。
 何を話しているんだろうと気になって顔を上げると——柏木くんと、今度は思い切り目が合った。その瞬間、周りで盛り上がるクラスメイトたちの声が、さぁっと遠のいていく。
 たった数秒の出来事のはずなのに、すごく長い時間、見つめ合っているような気がした。

(……えっ、俺に向かって笑いかけてる?)

 どきりと跳ねた胸を落ち着かせるように、小さく息を吐く。
 違う、ちがう。今の笑顔に深い意味はない。柏木くんはクラスメイトなら誰にだって、あんなふうに優しく微笑む。半年間、隅っこで見てきた限りだけれど、柏木くんはそういう人だ。

「星砂ってさー、最近、何聴いてんの?」
「強いて言うなら、Coldplay(コールドプレイ)かな。最近はずっとそればっか」
「え、なにそれ。初めて聞いた。てか、お前って邦楽はマジで聴かねぇのな」

 柏木くんが口にしたグループ名に、スマートフォンをゴン、と机に落としそうになる。
 それは、今まさに俺のミュージックアプリで、再生回数トップに君臨しているものと、全く同じだったからだ。

(『宇宙兄弟』の主題歌を歌ったバンド……もしかして、柏木くんもあの映画、観たことあったりするのかな?)

 声に出せるはずもない質問を、心の中でそっと投げてみる。
 もちろん答えが返ってくるわけなんて無いから、「まさかね」とグミを咀嚼して、嬉しさで緩みそうになる口元を必死にごまかす。
 誰かと好きなものが同じだっていうだけで、どうしてこんなに気持ちが弾むんだろう。
 もし俺が「それ、俺も好きなんだ」って話しかけたら、柏木くんはどんな顔をするのかな。

 交わるはずのない、平行線のような世界。
 柏木くんたちのグループが使う独特の若者言葉(同世代なのに、どうしても壁を感じる)や、まさに青春のような雰囲気。混ざることはないけれど、実はちょっと楽しそうだなって、ひそかに思っている。
 俺は教室の隅っこで、その眩しすぎる声を拾いながら、遥か遠い宇宙を旅する人工衛星の記事に視線を戻した。