やりたいと言ったのは海野なのに、なんでだよ

「バドミントン部を開こうと思う」
「へー、がんばれー」

ホームルームも終わり、閑散となって来た教室で前の席に座った真剣な顔した海野に、俺は肘を付いたまま適当な返事をした。

「だから(きゅう)ちゃん、一緒に職員室来て」

俺のことを九ちゃんと呼ぶのは、九重(ここのえ)が読めなかった小学校からの付き合いの海野だけ。

「えー、俺もう帰るから一人で行けよ」

ついていくとかだるすぎる。面倒。普通に家帰ってダラダラしたい。
じゃあなと立ち上がり、教室の後ろ扉に向かう俺の後ろで、海野が小さくつぶやいた。

「九ちゃんいないのに、無理だよぉ」
「うっ……」

首だけ後ろに向けると、海野は明らかにしゅんとして肩を落とした。眉も下がっている。
顔も小さくて目鼻立ちも整っているのに、たいがい能面のように無表情な海野にそんな顔されると俺は弱い。悪いことしてる気がしてしまう。
席に座ったまま子犬のように見上げてくる海野を、俺は盛大にため息を吐いてから振り返った。

「ついていくだけだからな」

前髪をかきあげたけど、先週短髪にしたばっかりだから髪がなくて手がスカッと後ろに落ちてしまった。

「うん、ありがとう!九ちゃん!」
「わっ、やめろや!」

立ち上がった海野は気分が上がったのか、俺に抱きついてきた。小学校の時は俺より小さくて、いつも天使の輪ができている黒髪を見ていたのに、高校に上がってから急に背が伸びた海野の胸に俺は顔をうずめることになってしまった。

「ほれ、早よ行くぞ」
「うん!」

海野の腕から脱出した俺は先に廊下に出た。

「つか、なんでバド部?」

海野が部活を立ち上げたいほどバドが好きだった覚えなんて全くない。

「みんなでバドするのが楽しかったから」
「……それだけ?」
「うん」

清々しく愛らしい笑みを浮かべた海野の隣で、俺は立ち止まり、呆れて数秒黙りこくってしまった。
なにせ昼休みにバドやりだしたのなんて、先週からだ。
仲のいい先輩が使ってもいいと、ボロいバドの道具を貸してくれた。もともとは先輩の先輩が使っていたらしい。

「そんなん別に昼休みにやってりゃいいだろ?部活にしなくても」
「でも昼休みだけだったら30分もできないし、もっと長い時間したい。部活だったら部費も出るから新しいのも買えるし、あとラケットも二本増やせるし、それに調べたらシューズも──」

海野が理由をつらつらと言うときは、絶対にやりたいときだ。
わざわざ部活にしなくてもいいだろ、なんて言ってもきっとまたやりたい理由を言ってくるのが目に見える。折れる気はないのだろう。
こうなれば先生に言ってもらうしかない。

「とりあえず、行くぞ」
「うん」

話し続ける海野を遮って、俺はさっきよりも早足で職員室に向かった。

「せんせー、ちょっと聞きたいんだけど」

ガラリと職員室の扉を開くと、ちょうど担任が前を通り過ぎるところだった。今からおやつなのか、片手にコーヒー、片手に小さなドーナツを持っている。体系も丸いから、ほんわかしてかわいい。

「なんだ?九重」
「俺じゃなくて、海野」

ほら言えよ、とあごで指すと

「あの、えっと、……」

海野の困ったように手を胸の前でもじもじし、目をきょろきょろさせ口ごもる様子に、俺は右手を顔に当てた。
二年も担任してもらってんのに人見知り発揮すんなよ、と声を大にして叫びたかった。

「あー、海野が部活立ち上げたいって言ってんですけど、どうしたらいいっすか?」

我慢ならなくて、思わず口を出してしまった。

「なに部だ?」
「バドっす」
「人数は?何人か集まってんのか?」
「僕と九重君の2人です!」

さっきまで横で静かに聞いてるだけだったのに、海野はそこだけはっきりしっかりと言った。
いや、普通にしゃべれんじゃねぇかとツッコム前に否定しないとややこしくなると俺の勘が言っている。

「いや、俺入るなんて──」
「ん?九重はダンス部入ってなかったか?」
「週1なので、兼部です」

俺を置いて担任からの質問にも勝手に海野が答えた。
確かに週1でしか活動してないように見えるが、いろいろ忙しいんだ。新作のダンプラ見たりとか。

「そうか、部活を立ち上げるには、まず5人集めてもらわないと」
「5人!?」

思わず、声が大きくなった。

「1クラス15人で各学年2クラスしかないのに5人!?」
「そうだ」
「えー、それもっと人数多かった時代の話じゃねぇの?」
「そういう決まりだからな。人数集めてからまた来なさい」
「えー……」

コーヒーが冷める前にドーナツを食べたい担任は、それだけ言うと席に戻っていった。

「5人て多くね?こんなに少人数な学校なのに」
「俺もまさか少子高齢化に立ちはだかられるとは思ってなかったよ」

教室に戻る道すがら、だらだらと海野と話していて俺はハッとした。

「ていうか、なんで俺バド部入ることなってんの?そんなこといっこも言ってないけど」
「え?俺が立ち上げるんだから九ちゃん入るに決まってるでしょ」

何言ってるの?と言わんばかりに海野は目を丸くした。
そんな海野に同じ表情をお返ししてやりたかったが、あいにく俺は海野のような天然さは持ち合わせていない。

「俺入んねーから」

語気強めにそれだけ言って、俺はじゃあなと海野を置いて帰ろうとした。あとは自分で何とかやれ、と。

「えー、九ちゃんお願い」
「……っぐぇ」

勢いよく踏み出した学ランの詰襟を後ろから海野につままれ首が締まった俺の後ろで、海野が後ろで甘えた声を出した。

「俺、九ちゃんいないと寂しいし」

子犬のような目で俺を見つめる海野の手から逃れようと詰襟に両手をかけて引っ張るも、びくともしない。力が強い。

「ね、九ちゃん。絶対にダメ?」

黒目がちな目を潤ませて見つめてこないで欲しい。そんなことされたら、そんなことされたら──

「わーかったから!入るから、だから、離せ!」
「ほんと!?よかったー」

俺が大声でそう言うと、安心したのか俺の詰襟から手を離した海野は手を顔の前で合わせて喜んでいる。
変な汗をかいた俺は、心臓に手を置いて息を吸って吐いた。

「ありがとう、九ちゃん」
「おう……」

晴れやかな笑みを浮かべた海野は機嫌よさそうに俺の腕に絡みついてきた。



「たもっちゃん、海野がバド部作りたいから部員になってって」
「入ってもいいけど、幽霊でもいい?」
「全然いいよ」
「いや、いいのかよ……ってわっ!?」
「はい、九重の負けー」

次の日の昼休み、飯を食い終えた俺と海野がバドしながらたもっちゃんに聞いてみると瞬時に返事もらえた。

「お前、みんなでバドしたいんなら部活には出てほしいんじゃねぇの?」

全然いいよなんて海野が言うから、俺は空振りしてしまった。

「みんなでしたいけど、無理強いはしたくない。やりたいときだけしてくれたらいーよ」
「おー」

なんだその矛盾は。俺は入部拒否できなかったのに。
たもっちゃんはあぐらをかいたまま、はいスタート、と合図をした。今度は俺からスタート。
たもっちゃんはたまに参加するけど、だいたい審判。今も食後のおやつを食べながら、俺と海野はバドしつつ3人でしゃべってる。

「あとは?海野に九重に俺、あとタカチーか」
「タカチー入ってくれないんじゃねーの?」

タカチーは曖昧さというかぼんやりしたのが好きではない。意味ないこともバッサリ切り捨てるイメージだ。
だからなんとなく、入ってくれない気がする。
昼休みが終わる前、教室に戻ってからタカチーに聞いてみた。

「いいよ、バド部。ここに名前書いたらいいの?」
「えっ!?」
「うん、ありがとタカチー」

俺の驚く声と海野のゆるふわ声が被った。

「タカチーいいのかよ?バド部なんて興味ある?」

強豪になろうとか、なんちゃら大会で優勝しようなんて高い目標もないのに──

「 ないよ。でも海野に入ってってつきまとわれるのも、お前に凝視され続けんのも面倒だし。それにたまのスポーツはいい気分転換だからね」

タカチーは学生の本分である勉強を第一にしている。

「あ、そう……」
「でもあと1人どうするの?部活入ってない子にでも声かけるの?ていうか人数集めるだけでいいの?どういう活動をするから承認してくださいって書類も出さないといけないんじゃない?」

その質問に、俺と海野は顔を見合わせた。
あと1人、足りない。あと、部活の目的──。

「より勉学に取り組めるよう、適度な運動習慣をつけることを目的とします。強くなることを目標とせず、健康的に体力つけることが第一だと考えます。そのため、部活運営の主要メンバー以外は参加したい人はいつでも参加OKとします。なので、4人で部活承認を──」

担任に確認と、部活を立ち上げる理由を述べたところ渋い顔された。

「九重の言いたいことはわかったが、とりあえず5人集めてこい」

しかも、俺が理由をなぜか説明した。
職員室を出て、廊下を歩きながらも納得がいかない。

「おい」
「なに、九ちゃん」
「お前がやりたいって言ってんのに、なんで付き合いの俺のほうが動いてんだよ」
「え、でも僕やってほしいってお願いしてないから、てっきり九たゃんがやりたいのかと思って」

きょとんとした海野に、俺は愕然とした。
確かに、海野にそんなこと頼まれてない。勝手に俺が動いていたことに、俺が一番驚いた。

「はぁー、もういいよ。とりあえず5人目だけど──」
「よ、九重」

後ろからの声に振り向いた。
肩までかかる金髪をなびかせ俺に近づいてきたのは、バドの道具を貸してくれた先輩だった。

「先輩」
「バドしてる?てかバド部開くって聞いたんだけど。そんなバド気に入ってくれたの?」
「あ、バト部は海野が──」
「なんでもないです」

海野は急に能面顔して俺の隣に立った。
海野は先輩に対して冷たい。

「んな警戒すんなよ、別にとらねーから」
「とられるつもりないんで」

行こう、と海野は俺の手を引いて大股で来た道を戻って行く。

「先輩、すんません!また今度!」

首だけ後ろに回してそう言うと、先輩はひらひらと手を振っていた。

「お前なぁ。いっつも言ってるけど先輩に対する態度、よくねーぞ」
「だって、先輩と九ちゃん仲いいんだもん」
「それがなんだよ?」
「……九ちゃんは、僕のだもん」

わざと目をそらして拗ねて片頬膨らませた海野が愛らしくて、心臓撃ち抜かれるかと思った。
けど──

「いや、俺は誰のもんでもねーし」
「僕の」
「俺は俺の」
「九ちゃんのものは僕のもの。僕のものったら僕のもの」
「なんだよそれ」

ぶすっとした顔をしたままの海野に引っ張られて教室に戻ると、夕陽がもう沈みかけていた。

「九ちゃんだって、九ちゃんが僕のだって知ってるでしょ?」
「なんでそんな──」
「だって、髪短くしたのだった僕が言ったからだよね?」

うれしそうにそう言う海野に、開いたままの口から何も出てこなかった。
髪を切りに行く前、髪型どうしよっかなぁと何とはなしにしゃべっていると海野に「小学校の時みたいに短いの見たいな」と言われた。
さすがに言われてすぐ切るのどうかと思ってたけど、ほかの選択肢なんてなかった。
髪切った次の日の、うれしそうな海野の笑顔が脳裏から離れない。

「バド部だって、九ちゃんともっと一緒にいたいからだよ?わかってる?」

そう言いながら、海野は人差し指を俺の人差し指に絡めてきた。
甘えられているって、わからないはずなかった。

「ね、九ちゃん。僕の気持ち、わかるでしょ?言ってよ」

そういう問いかけって本当にずるいと思う。絶対に返事できない。
俺は返事の代わりにうつむくことしかできない。

「九ちゃん、耳まで真っ赤だよ」

俺の指に固めた方とは反対の手で、海野は口に手をあてて笑った。

「ほんと、素直じゃないよね」

海野はしっかりと俺の手に指を絡め、その手を引いた。俺は抵抗もなく、海野の胸の中におさまった。

「僕が他の人とニコニコしゃべてたら仏頂面でにらんでくるのに愛想よくしろって言ってきたり、こないだも担任に人見知りしてる僕のことにやけながら見てたもんね。手で隠したつもりかもしれないけど、ばっちり見えてたよ」

こいつのこういうところ、嫌いだ。大っ嫌いだ。
思わず俺が下からにらんでも、海野は余裕の笑みだ。

「ねぇ九ちゃん、当ててあげようか?」
「……なにを?」

聞きたくて、聞きたくない。
なのに、海野が望むように聞いてしまう。

「九ちゃんが好きなの、誰か」
「……言わんくていい」
「じゃあ九ちゃんが言って。誰が好き?」

俺が逃げられないように、海野はしっかり両腕で俺を捕まえた。

「お前、性格悪い!」
「知ってるよ。でもそんな僕がいいんでしょ?」

いつもならかわいくて、何回見ても飽きないこの顔が憎らしい。
だってはじめから、答えを知ってるんだろう?

「ね、九ちゃん。誰が好き?」

言ってよと、甘くささやくその声に俺はもう負けた。大敗だ。
なんでいっつも、海野のいいように俺は動いてしまうんだろう。
思わず涙目で、震える声でうつむいていると、わざと海野が俺を覗き込んできた。

「僕のこと見て?」

俺が見るまで海野は待つってわかってる。
だから半分やけくそ。にらむように海野を見た。

「わかってるのに聞くなよ」
「だって言ってほしいもん。わかってるのに聞けないなんて、なんの拷問?ね、僕のこと、好きでしょ?僕は大好きだよ」

そんなに真剣に、期待する目で見ないでほしい。

「ね、僕のこと好き?好きだよね?好きって言えないなら、せめて頷いて」

そんな必死にされたから、口から零れ落ちてしまった。
なんで俺はいつだって、海野に甘くなってしまうんだろう。

「……好き、だ」

言うつもりなんてなかったのに。口から出したら、もっと自覚してしまって海野のことが愛しくなってしまう。
もうここにいたくなくて、腕を振り回して暴れて逃げようとしたが、海野に両手首をつかまれてしまった。
俺を逃がさないようにしていた海野は満足そうに、優しく俺を抱きしめた。

「うれしいよ、九ちゃん」
「そうかよ……」

俺はもう心がわけわからんことになってる。
海野に抱きしめられてうれしくてたまらないのに、告白してしまった羞恥で今すぐにでも逃げ出したい。
でもやっぱり海野の腕の中から出て行きたくなくて、海野の腕に手をまわしてしまってる自分が意味わからん。

「部活じゃなくて同好会なら5人以下でもいいみたいだから、バド部じゃなくて同好会にしようかな」
「まだあきらめてなかったのかよ」
「うん、だって一緒にいられる時間はできるだけ長い方がいいでしょ?」

ねぇ言ってよ、と海野の目が言っている。それに答えるなんて、俺にはハードルが高すぎる。
だから、海野の腕にしがみついて、小さく頷くだけで精いっぱいだった。

「九ちゃん、大好きだよ」

いつも俺ばかり動いてしまうのに、なんでこんなときだけ海野の方が動くんだよ。
もっと好きになるだろうが。