あおいと呼ぶにはまだ早い

朝の教室を見渡す
みんな、来週からの期末テストにむけて、勉強している

「頑張ってること?」
「そう、ハヤトの頑張ってること」
「俺は一応、医学部、目指してるから…勉強」
「えぇそうなの!知らなかった…卓は」
「教育学部に入るつもりだ、西田 幾多郎(きたろう)のように、哲学者と教師を両立できたらと考えてる」
「西田 幾多郎…」
「山中は?」
「学部くらい決めてるだろ?」
学部…?

「ごめん、ちょっと他の子にも聞いてくる」
 
「私の頑張ってることは、茶道。母が師範なの。私も母みたいに、なりたくて」
「茶道…頑張ってね」
「山中君、夢は?」
夢…?
 
「俺はバイト。高校卒業したら、バックパッカーやりたくて。お金貯めてる」  
「バックパッカー…危なそうだな」
「山中は?卒業したら、何かしたいこと無いの?」
したいこと…?

「受験終わるまでは、勉強しかない。やりたい事、決まってないし。とりあえず、なるべくいい大学入りたくて。山中は、どの辺の大学目指してるの?」
どの辺の大学…?


放課後の体育館で僕は宮世に弱音を吐いた 
「みやせー、皆にはあって、僕だけ無かった…頑張ってること」
宮世は、隣に座り
「無くてもいいよ、山中は」
と、優しく言ってくれた

「だけど、残りの高校生活を、何も頑張らずに夢も希望も無く過ごすのは、やっぱり寂しいよね」
「寂しいな」
優しく、慰める口調と眼差しが、僕を余計に夢中にさせる
「じゃあ、俺の夢に乗せてやるよ」
「えっ」

「一生懸命、応援してよ」
と肩を抱かれた
触れるか触れないか、曖昧な2つの肩は、一瞬で1つになった
嬉しくて、ニヤけた顔が戻らない
僕は、ニヤけた顔以上の大袈裟な表情で
だらしないその顔を隠した
「ありがと!宮世、何から何まで。スクワット地獄から、助けてもらったのに、夢にまで、便乗させてもらって」
「別にいいよ」
「宮世、お前って、ほんとに男前だな。僕、応援がんばるよ!」
僕は、ガッツポーズで宮世を見送った

今日は800
800メートルでも100メートルでも、
宮世の速さは変わらない
全力で走る宮世には、すべてを蹴散らす圧倒的な迫力がある
堂々としたその姿は、勇ましく頼もしい
 

「宮世、僕にできること他に無いかな?"見てる"以外で」
その日の帰り道、僕は宮世に相談した
少しでも宮世の役に立ちたい
「見ててくれるだけで十分だけど、他にもいいの?」
「うん、いいよ!十分の十を十一にするつもりで、考えてみて」

宮世は少し考えて
「山中って、みんなに、なんて呼ばれてる?」
「山中とか、柊太朗、とか」
「しゅう…は?」
「しゅうは、いないかな」
「じゃあ、しゅうって呼ぶ。俺だけ」

宮世は、明らかに照れた様子で、目を合わせずに宣言した
僕も、もれなく照れてしまった

「じゃあ、僕も、あおいって呼ぶね」
僕は、どさくさに紛れて、希望を伝えた
「いや、それはまだ早い」
と宮世に、一蹴された

グンっと心が重くなった
僕は、必死で笑顔を作り、
「早いって何だよー」
と、その場を冗談にした。


次の日の、自主練でも、宮世は
しゅうと呼んでくる

当たり前だけど…その当たり前が、僕をニヤつかせる
ただ、同時に、一蹴された記憶が現れ
僕の幸せに水を差した