なんで俺が本気になってんの?

***
 午後イチである応援合戦は、つつがなく終えることができた。
 そして今、芭玖に俺の気持ちを伝えようと思ったら、気分は晴れやかだ。
 ただ、その前に俺はやらなきゃいけないことがある。
 応援団の皆が、学ランから着替えるために控えの教室に向かう中、俺は「ちょっといい?」と華丸さんを呼び止めた。
 人気のない校舎裏に二人で向かって、周囲に誰もいないことを確認する。そして、すかさず振り返って「ごめん!」と頭を下げた。

「え!? ごめん!? なになに! 顔上げてよ!」

 華丸さんに促されて、渋々顔を上げた。困惑したような表情の彼女にこんなこと伝えるなんて、気持ち悪いって言われたり、明日には噂が回ったりするかもしれない。でも、黙って断るのも卑怯だ。
 不安で手が震える。でも、ごくりと唾を飲み込んでから、勇気を振り絞った。

「芭玖のこと……俺も、好きなんだ。だから、華丸さんに協力できない」

 そう伝えた瞬間、華丸さんは鳩が豆鉄砲を食ったように、大きく目を見開いた。

「ガチで!? じゃあ、あたしらライバルじゃん!」

 静かな校舎裏に、華丸さんの嬉々とした声が響く。しかも、友達の恋バナを聞いて喜ぶみたいに飛び跳ねるものだから、想定外の反応に俺は目を瞬いた。

「え……? 男が男好きなの、気持ち悪いとか思わないの?」
「思わないって! てか、むしろごめん! 宮原とのこと、お願いしちゃって」

 華丸さんは両手を合わせて、申し訳なさそうな顔をした。

「いや、俺が言わなかったから」
「いやいや、普通に同性が好きとか、クラスメイトに言えるわけないじゃん!? 蘭くんすごすぎん? でも、えー、蘭くんがライバルとか、あたし不利じゃん!」
「不利?」
「だって、この美人と戦うとか無理ゲー。あと宮原いーっつも蘭くんの方ばっか見てるしさあ。蘭くんに本気出されたら無理すぎる」

 華丸さんがそう言って、けらけら笑った。その時だった。

「蘭!」

 突然、芭玖の声がした。かと思ったら、横からぐいっと勢いよく腕を引っ張られる。

「悪いっ、華丸。蘭は俺のだから!」

 芭玖の言葉が鼓膜を揺らす。なのに、全く理解ができない。だけど、芭玖は俺の頭が追いつかないうちに、腕を掴んだまま「いくぞ」と走り出す。
 俺たちの後ろから、華丸さんの「え、ちょ、え、えぇえ!? 何それ!?」という困惑の声が聞こえた。だけど、芭玖はひたすら、俺の手を引いて走っていく。
 前を行く芭玖の耳は、真っ赤に染まっている。なぁ、どういうこと? その耳から、俺は目を離すことができなかった。

***
 走って連れてこられたのは、部室棟の前だった。ようやく立ち止まっても、腕を掴む芭玖の力は強く、俺を離さないって意思を感じる。
 もしかしたら、もしかしてなのかもしれない。
 いや、きっとそう。だって、さっき芭玖は「蘭は俺のもんだから」って言ってくれた。
 そう思ったら、芭玖に付き合うかって言われたときからの、点と点だった出来事が見事に線でつながっていく。
 俺に無邪気な笑顔を見せてくれたことも、不器用ながら俺のやりたいことをやってくれたことも。ヤキモチ妬いたみたいな様子だったのも……ほかにも、全部。
 
(どうしよう。心臓が、爆発しそうだ……)

 心臓も呼吸も、落ち着かない。でも、もう聞かずにはいられなかった。

「なあ、芭玖……俺のことが好きなん?」

 芭玖は俺の腕から手を離して、振り向く。なんか不貞腐れたみたいな顔してたけど、俺と目が合うなり、力なく笑った。

「好きじゃねーと、んなことしねえよばか」

 ぶっきらぼうな告白なのに、胸が震えて、思わず視界が滲んだ。「い、いつから」と聞いたら、芭玖は数回目を瞬いてから、ふぅと小さく息を吐いた。

「そりゃあ……お前から初対面でブチギレられた時にはもう好きになってたよ。クソ可愛いくせに、気ぃ強くて『センターだからって、身長に甘えんな』『バスケは点取らなきゃ勝てねえだろ。シュート下手くそなら死ぬほど練習しろよ、ばーか!』って言ってきた時から……お前だけが特別だった」

 あの頃を思い出すみたいに、ふっと笑いながら話す。そんな一文字一句覚えているような発言に、俺は「はあ!? あれで!?」と大声を出してしまった。
 俺も芭玖との出会いは、今も鮮やかに覚えてる。中二の県選抜で初めて顔を合わせたとき、紅白戦の敵チームだった。せっかく芭玖はセンスがあるのに、なんか気怠そうなのが気に食わなくて、練習後につい啖呵をきってしまったのだ。
 でも、言われてみれば、芭玖はそのあとから俺についてきて、なんか仲良くなった。

(えぇ……あのときからとか、嘘だろ。そんなに?)

 ただでさえ学ランで暑いのに、体温が一度くらい上昇した気がする。
 ただ、もしあのとき俺を好きになったのなら、なんで元カノがいたのかさっぱりわからなかった。
 今回の喧嘩の原因だ。聞かなきゃ、いけないと思った。

「じゃ、なんで元カノ……」

 そう言ったら、緊張したみたいに、芭玖の喉仏が上下に動いた。でも、すぐに覚悟を決めたように口を開く。

「彼女作ったら……蘭への気持ち、隠せると思ったんだよ。だから、伊沢から告られた時に付き合った。けど……数日経って蘭に会って、やっぱお前以外無理ってなって祭りで別れ話した」
「なんで、あのとき言わなかったんだよ」
「だって…… お前は俺のこと好きじゃないだろ」

 芭玖はそこで言葉を止めて、言い淀むみたいに、ごくりと唾を飲んだ。

「あいつのこと話したら、お前に気持ちバレるじゃねえか。お前に好かれようと、俺なりに漫画読んで勉強してる途中だったんだよ。……って、もう意味ねぇけど」

 芭玖はむっと顔をしかめる。
 俺が好きだから言わなかったのはわかった。けど、なんか今、芭玖の口から変なことを聞いた気がする。

「待って、漫画読んで勉強?」
「あぁ、うん。漫画。……ちょっと待てよ」

 そう言って、学ランからゴソゴソとスマホを取り出す。それからしばらくして、芭玖が見せてくれた画面は、どう見てもBL漫画の電子書籍。しかも、俺も知ってる有名なやつ。肝心な言葉が足りない、不器用執着攻めの漫画。

「いや、何で勉強してたんだよ! そりゃ、こうなるに決まってるじゃん! 拗れるよ! 何を参考にしてるんだよ、ばかぁ!!!」

 俺はもう呆れ通り越して、怒りが込み上げた。

「は!? ダメなんかよ!」
「これ、BL! 俺が好きなのは少女漫画!!」
「んな区別わかんねぇよ!」
「いや、男同士の漫画だぞ? わかるだろ! でも、そんなとこも、好きだよばか! 途中からもう、俺、お前のことが好きで好きで好きだった!」

 もう勢いで、これまで伝えてこなかった言葉を口にしたら、芭玖の瞳がゆらりと揺れた。

「なんか……今、変なこと言わなかったか?」
「変じゃないし! 芭玖が好きって言った!」

 もうやばいくらい顔が熱い。けど、もう素直になるって決めたのだ。まっすぐ、芭玖を見た。恥ずかしい。改まるなんて、こんなの恥ずかしくてたまらないけど、もう一度「俺、芭玖が好きだよ」と伝える。
 芭玖が「まじか」と言って、強張ってた表情をやわらかく解いた。

「やべぇ……いつから?」
「わからん。付き合ってから」
「ははっ、そうか。嬉しい。てか、蘭、顔真っ赤なんだけど。触ってもいいか?」

 芭玖の目が愛おしそうに、やわらかく緩む。ずるい。そんなこと言われたら、断れるわけないじゃんか。

「だ……だめじゃない」
「おい、だめじゃないんかい。お前のこと好きなやつに、そんなすぐ許すなよ」
 
 そう言いつつも、芭玖は俺の頰にそっと触れてきた。

「俺も芭玖が好きだからいい。……でも、一つ約束して」

 そう口にして、ぐっと唇を噛む。

「なに」
「好きとか……これからは言葉にして。伝えてくれないとわからん。俺だけ好きなんかと思ってた」
「あははっ。そうだな。俺も、俺だけの片想いだと思ってた。ごめん。……好きだよ、蘭」

 そう言われて、急に込み上げてくるものがあった。目尻がじんと熱くなったら、芭玖がそっと眦を拭ってくれる。
 くすぐったくて、でも優しい手つきに溶けそうになりながら、芭玖をじっと見つめた。

「芭玖も、したいことあったら教えろよ。俺、ずっと自分から誘ってばっかで、ちょっと寂しかった」
「いいのかよ?」
「なにが?」

 首を傾げたら、芭玖は悪戯げに目をふっと細める。

「俺がしたいことーつったら、蘭を愛でてぇとか、ちゅーしてぇとか、触りてぇとかそんなんだけど」
「はぁっ!?」
「ほぉら、だめだろ?」

 芭玖にくつくつと笑われてしまう。

「そ……そんなことしてぇの?」
「お前を好きって自覚した時からずっと、そうしたかったよ」

 ずっと聞いていたくなるほど、やわらかい声。本当に俺が好きなんだって、伝わってくる。嬉しい。嬉しくて、俺から何かしてあげたくなった。
 だから「芭玖」と名前を呼んで、背伸びをした。手汗はすごいし、心音が頭に響くくらいうるさい。だけど、もう止まらなかった。芭玖のほっぺたに、ちゅっと唇を押し当てる。
 やべ。やりすぎた。と、そそくさと離れたら、芭玖は目を丸くしてた。でも、すぐにハッとして「俺、今なら午後からの種目全部行ける気がする」なんて言い出す。

「お前の残り、部活対抗リレーだけだけど」
「なら、勝つ。……って、あ。そうだ。これ。リレーでつけろよ」
 
 芭玖は頭のはちまきを解いて、ほらと俺に渡してくれる。

「え? 覚えてたん?」
「蘭のことは何でも覚えてる」
「まじか」

 ふはっと笑って、俺も自分のはちまきを解いて、芭玖に手渡す。
 あぁ、もう。部活対抗リレー、全力で走れそうだ。
 そして、一位になったら……芭玖に何度でも「大好き」だって、伝えよう。ううん、ならなくても。
 だって、俺の気持ちは、もう芭玖のものなのだから。