なんで俺が本気になってんの?

 鬼ちゃんからああ言われたものの、負けず嫌いを拗らせすぎた。意地の張り合いで、結局一ヶ月近くも仲直りができないまま、もう九月下旬。体育祭前日を迎えた。
 喧嘩する前の俺なら、芭玖に「明日、頑張ろうな」って声をかけてた。
 だけど、今さら話しかけるなんて無理だ。
 だって、同じクラスなのに、長らく必要最低限の会話もしてない。部活中さえも距離が遠いまま、顔を合わせると互いにそっぽを向く始末。軽口なんて夢のまた夢で、応援団の最終練習もまさに険悪ムードだった。
 華丸さんも篠原さんも、気まずそうな顔して俺たちを見るもんだから、ほんと申し訳ない。

(やっぱ引き受けるんじゃなかったなぁ……)

 後悔と疲労感を覚えながら、とぼとぼと校門に向かってたら、背後から「蘭くーん!」と声を掛けられた。
 振り返れば、華丸さんが必死の形相で走ってくる。

「どうしたの?」
「あっ、あのねっ……蘭くん、お願い! 協力して!」

 華丸さんはそう言って、ぐっと俺の両手を掴んできた。

「え? 協力?」
「そ! 宮原に……明日、告白しようと思って! 明日の体育祭終わりにさ、ちょっと引き留めててほしい!」

 華丸さんは目をキラキラさせる。
 でも、心臓はどくんと嫌な音を立てるし、背中には嫌な汗が流れるしで、すぐに返事できなかった。
 彼女が芭玖を好きなんだろうなってのは、気づいてた。
 だけど、告白って想定外だ。
 自分から芭玖と仲違いしてるくせに、もう彼氏じゃないかもしれないのに。心にくるものがある。
 協力したくないとか、都合良すぎるけど……。

「あ……えっと、うちのバスケ部彼女禁止だよ」
 
 視線逸らしながら、ついそう言っていた。

「あ、いや! 今すぐ付き合わなくていいの! 長期戦!」
「長期戦?」

 驚いて華丸さんを見れば、彼女はちょっと恥ずかしそうに頰を掻く。

「ほら、宮原ってちょっと女子苦手そうじゃん」
「うん」
「でも、好き好き言ってたらもしかしたら、高校卒業する頃にはちょっとくらい好きになってくれるかもしれなくない?」
「それって……振られる前提で告白するってこと?」
「うん! あたしの経験則なんだけど、宮原みたいなタイプは何回も好き好き押されたら、『あー、わかったよ。仕方ねぇな』とかって、折れてくれそうじゃん。だから、押して押して押しまくろうかなーって」

 華丸さんは恋する乙女の顔で、照れくさそうにふふっと笑った。
 芭玖は表面上はあんなだけど、ほんとはすごく優しい。文句は言いつつも結局は俺のお願いを聞いてくれるし、少女漫画みたいな青春に憧れるって知ったら、それに付き合ってくれるくらい。

(芭玖なら、うん。なんだかんだで、折れてくれる)

 だけど、芭玖が俺以外の子の隣にいるのを考えただけで、胸が軋むように痛む。協力なんて、できるはずない。
 なのに、華丸さんに「だめ?」と聞かれて、この場では断りきれそうにない。

「あー、ちょっと今、芭玖と喧嘩中だし。考えさせてもらっていい?」

 咄嗟にそう言っていた。そんな卑怯な自分に、息が詰まる。

「あっ、うん。ごめんね! 急に!」
「うん。それじゃ」

 心がざわついて仕方がなくて、とにかく早く彼女のそばから離れたかった。俺はそそくさと逃げるように、校門から出た。

***
 翌日、体育祭当日。じりじりと肌を焼く日差しを浴びながら、俺は芭玖が出場してる障害物競走を眺めていた。
 図体はでかいものの、運動神経がいい芭玖は、網くぐりにハードル越え、麻袋ジャンプと次々と障害物をクリアしていく。クラスメイトたちはそんな芭玖を必死に応援していて、それは華丸さんも例外じゃなかった。

「宮原ー! 頑張れー!!!」

 ヘアセットもメイクも完璧な彼女は、きゃいきゃい跳ねながら芭玖を応援する。その声が耳に届くたびに、俺は芭玖を見ていられなくなった。
 そっと目を逸らして、最後の飴探しに差し掛かった頃には、テントの裏の木陰に移動した。
 木に背中を押し当てながら、ずるずるとしゃがみこむ。

「あー……無理。どうしよ」

 膝を抱えて、はぁとため息をこぼした。
 芭玖が告られても、バスケ部にいるうちは絶対に誰とも付き合わない。だから、いくら華丸さんが元カノと同じギャルでも、大丈夫だって安心してた。
 だけど、彼女の話を聞いてからは、胸がざわつく。
 部活を引退したあとは? 大学に行ったら?
 昨日からずっと考え続けているせいで、頭が痛い。
 協力なんか、したくない。芭玖が他の子に笑いかけるの、見たくない。自分以外が芭玖の一番そばにいるなんて考えるだけで、息が浅くなる。
 だけど、自分のことばっかなのも、苦しかった。
 華丸さんは俺と違って……勇気がある。そんな彼女に、もやもやした気持ちを抱く自分が惨めで、卑怯で、自己嫌悪しかなかった。
 
「もうやだ……。こんなの、俺じゃない」

 自分の気持ちが整理できない焦りで、俯く。そのままじっと動かずにいたら、しばらくして頭上から「蘭?」と呼ぶ声が降ってきた。
 顔を上げれば、鬼ちゃんが心配そうに眉尻を下げていた。

「鬼ちゃん〰〰〰〰!」

 もう藁にもすがる思いで、鬼ちゃんの足にギュッと抱きついた。

「わっ、どしたの」
「俺はクソなのかもしれん」
「え? そうなん? う◯こは汚いなー」

 そう言われて、ばっと離れて「ごめん」と謝る。いや、別に俺、そのクソじゃないんだけども。

「あははっ。ごめん冗談。てか、芭玖が今さっき、一位なってたけど……その調子だとさ、もしかして痴話喧嘩、まだ終わってない?」

 鬼ちゃんは俺の隣に、よいしょっと腰掛けくる。

「ち、痴話喧嘩!?」
「あれ? 違う?」
「だ、だ、誰が」

 そんなことを、と聞こうとしたら、鬼ちゃんがふっと笑って「見てたらわかるよ」とサラッと口にした。
 まさかバレてたとか、どうしよう。芭玖は「彼氏は禁止じゃねーよ」って言ってたけど……てか、付き合ってるかわかんない状態だけど。やばいやばい。と、挙動不審に口をぱくぱく動かしてたら、「大丈夫だよ」と肩を叩かれた。

「主力の二人がいなくなったら俺らが困るし、誰にも言わないから」
「……あ、えと。ごめん、ありがと」

 そう謝ったら、鬼ちゃんから「あ、でも仲直りしなかったら言っちゃうかも」と言われてしまった。

「えぇっ!? それは困る!」
「いや、だってこのままだとチームプレー乱れまくりだし」
「ど、どうしたら」
「じゃあ、素直になりなよ。あいつのこと、好きなら素直に仲直りしなきゃ」
「素直に……?」

 繰り返したら、鬼ちゃんはうん、と首を縦に振った。

「蘭も芭玖もさ、言葉足りてないんだろうなって思うんだよ。バスケもさ、コミュニケーションって大事でしょ」
「……うん」
「こっちのことを分かってもらうためには、伝えることが大事なわけ。相手の頭の中なんて、エスパーじゃないと誰にもわかんないし。それは、恋愛も一緒」
 
 鬼ちゃんは優しく言い聞かせるように、話してくれる。

「だから、とにかく素直になりなね。もし今日の部活対抗リレーまでに仲直りできなかったら、今度こそわかるね?」

 鬼ちゃんはなかなかにニヒルな笑みを浮かべた。全く目の笑ってないその表情に、背筋がぞくっとする。

「わ、分かったよ、鬼ちゃん。もう当たって砕けてみる」
「ん? 当たって砕ける? 謝るんじゃなくて?」
「謝るけど、芭玖に好きって伝えようと思う」
「待って、何。その片思い的な発言」
「ん? だって片想いだし」

 そう言ったら、鬼ちゃんが信じられないという目で俺を見てきた。でも、ハハッと笑う。

「まー、素直じゃない二人ならそうなるか。当たって砕けておいで。ちなみに、あのデカ男は大雑把だからさ、どんな蘭も受け止めてくれるよ。思い出してみ」

 鬼ちゃんの言葉で、芭玖との思い出が走馬灯みたいに頭に浮かんだ。
 俺の好きなものを否定しない芭玖。何でも付き合ってやるって言ってくれた芭玖。俺の願い事に仕方ないなって折れてくれた芭玖。
 それだけじゃない。俺は前から、色んな芭玖を近くで見てきた。全部、なんでそこまでしてくれるん? って思うくらい、芭玖は俺に優しかった。
 なのに、ちょっと自分の意に沿わないことがあったからって、なんで目を逸らしたんだろう。意地張ってしまったんだろう。
 芭玖なら、謝ってちゃんと伝えれば、喧嘩したことも、俺の気持ちも、受け止めてくれる気がした。

(伝えなきゃ、芭玖に)

 そう思ったときには、憑き物が取れたみたいに俺の体はふっと軽くなっていた。
 もう、尻込みしない。うじうじするのは俺らしくない。

「鬼ちゃん、ありがと。頑張ってみる」

 すっと立ち上がって、頭につけたはちまきをきゅっと結び直した。