なんで俺が本気になってんの?

 芭玖に元カノがいたことが発覚して、一週間。夏休みも終わり、二学期になった。
 始業式のこの日は、休み明けのそわそわした空気が漂い、教室内は喧騒に包まれている。
 だけど、あれから俺と芭玖の間にはなんかちょっと、距離がある。
 LHRが始まる前の今、クラスのみんなは隣や後ろと談笑を楽しんでるってのに。前の席の芭玖は、でかい体を丸めて、机に伏せてる。
 だからといって、廊下側の一番後ろって、他のやつらと話すにも距離があるんだよな。
 つまらん……と思いながら、つんと指で背中をつく。でも、無反応だ。どんだけ眠いんだよ。

(てか、こいつ……ずっと拗ねてんだよな。俺の方が拗ねたいってのに)

 芭玖の背中を見ながら、小さくため息をついた。
 あーあ、何しよ。そう思ってキョロキョロと辺りを見回したら、ちょうど隣の席の篠原(しのはら)さんと目が合った。どうやら、俺に話があったらしい。

「あ、蘭くん、いま……話してもいい?」

 ロングヘアでおしとやかな彼女は、学年で一番人気の女子だ。告白されても、絶対に首を縦に振らない美少女って有名で、高嶺の花だって男子に言われてる。

「ん? どうしたの、篠原さん」

 猫かぶりモードをオンにして、にっこり笑う。すると、篠原さんの頰が一瞬赤くなった。でも、すぐに彼女はコホンと小さく咳払いして、躊躇いがちに口を開く。

「あ、えっとね、あのね。今月末に、体育祭あるでしょ」
「うん。あるね」
「応援団、蘭くんやらないかなーって」
「ん? 篠原さんって応援団なの?」
「違う違う!」

 篠原さんがぶんぶん首を横に振る。すると、クラスで一番ギャルみのある華丸(はなまる)さんまでやってきて、「蘭くんがいいよねーって話してんの」と割って入ってきた。

「俺?」
「そそ! あれって任意の立候補じゃん」
「あー、なんか去年もそうだったような……?」
「そ。で、蘭くん去年やってなかったっしょ?」
「うん」
「だから、今年こそは蘭くんやってくれないかなーって。他のクラスの子からも説得してって言われててさぁ」
「え……他のクラスの子も?」
「そ! 蘭くんイケてるし! やってみよーよー!」

 華丸さんは食い気味だし、篠原さんもこくこくと頷いて「蘭くん人気だから」と言ってくれる。
 そう言って褒めてくれるのは有り難いと思う。ただ、応援団はなぁ〜と、ちょっとやる気が出なかった。

(少女漫画みたいだなって思うけどさ……)

 なんか今の俺はもう、女の子にキャーキャー騒がれなくてもいっかなって思ってる。芭玖がいるし。青春っぽいことたくさんしてるし。

「俺、ほかのクラスにあまり友達いないし、実はちょっと人見知りするんだよね。うまく皆の輪に入れないかも」

 ポリポリと頰を掻いて、当たり障りなく断ろうとした。でも、華丸さんたちは食い下がってくる。

「それ、ガチで言ってる!? 蘭くんのコミュ力なら大丈夫だって!」
「うん。私も蘭くんなら大丈夫だと思う」
「えー? でも部活もあるし」
「そこをなんとか! 蘭くんが出てくれるなら、茉里(まり)とあたしも立候補するしさぁ! ね? 茉里」
「う、うん!」
「ね、だからさ。お願い! LHRで応援団の立候補募るって先生が言ってたから、時間ないんだよぉ〰〰」
「えぇ……」
「ねぇ、お願い〰〰!」

 華丸さんがぐいと俺に近づいてきたそのとき、なんか気配を感じた。前の席を見れば、芭玖がのそっと起き上がっていて、突然俺たちの方を向く。

「俺も立候補するわ」
「え? 芭玖やるの?」
「悪いかよ」

 いや、だってお前、目立って女子に騒がれるの嫌いじゃん。
 そう言おうとしたら、華丸さんが「ヤバっ!」と大きな声をあげた。かと思ったら、感極まったみたいな涙声で「宮原がやってくれるとか、あたしもう死んでもいい〜」とか言い出す。

「は?」

 やばい、素の声が出てしまった。
 いや、でも出てしまっても仕方がない気がする。
 だって、芭玖の元カノは華丸さんみたいなギャルだったのだから。
 そのあとはまぁ、必死に取り繕って事なきを得たんだけど──。
 結局、押しに負けた俺は、芭玖と篠原さん、それから華丸さんと共に応援団になることになってしまった。

***
 今日は始業式だったこともあって、珍しく部活は休みだった。
 いつもより早く校門を出て、普段通り歩き出す。当たり前のように芭玖と並んでいるけど、俺はずっともやもやしてた。
 だって、芭玖が応援団とかするとか想定外だったし、華丸さんはなんか芭玖が好きそうだし。

(もし、華丸さんが芭玖にグイグイきたら……俺、フラれんのかな)

 そんなことが頭にチラついて、じくじくと胸が痛んで仕方がなかった。
 しばらく歩いて河川敷に差し掛かったところで、芭玖から「なあ」と声をかけられた。

「蘭さ、もうあんま女子に笑顔振り撒くなよ」
「……え?」

 唐突な話題に、俺は瞬きを繰り返しながら芭玖の方を向く。

「蘭がああやって笑ったりすっから、あいつら調子乗って応援団とか言ってくんだろ。甘酸っぱい青春ってやつ、俺が付き合ってんのに、まだ足りねぇのかよ」

 呆れたように言う芭玖の言葉が、俺の胸をえぐった。
 芭玖は、俺が少女漫画みたいな青春をしたいから、付き合ってくれただけだ。分かってる。分かってるよ。そんなの。俺だってOKしたとき、軽い気持ちだったじゃないか。
 なのに、俺だけが本気になってる。その事実が苦しくて、鼻がツンと痛んだ。

「それはそうかもだけど……その言い方はなんだよ」
「でも、事実だろ」

 そう冷たく言い返されてしまって、俺はぐっと唇を噛んだ。

(なんで、俺ばっかり責められなきゃなんないんだよ)

 俺だって、芭玖に言いたいことたくさんある。
 でも、芭玖が何も言わないってことは、なんかあるのかもって、それを受け止めようと思って黙ってたのに。もう何もかもぶちまけて、楽になりたくなった。

「……芭玖は……元カノのことも言わなかったくせに」

 つい、俺はあの日のことを掘り返していた。

「は? 何を今さら。つーか、今関係ねぇし、そもそも蘭に言う必要ねぇだろ」
「……っ、言う必要、あるだろ」
「なんでお前が怒ってんだよ」
「だって、俺はっ……」

 芭玖のことが好きだから、元カノのこと隠されてたのが嫌だった。俺だって、デートに誘われてみたかった。
 そう口にしたいのに、言葉が詰まる。
 言いたいのに、言えない苦しさで視線が下がっていく。
 だけど、芭玖から「なんだよ」と言われた瞬間、なんか突き放されたように感じられて、もうどうでもよくなった。

「もういい! お前なんか知らん! 絶交する! 謝ってくるまで口きかん!」

 子どもが癇癪起こすみたいに、俺はそう口走っていた。

「……は? 意味わかんね」
「分からんなら分からんでいい! 芭玖の馬鹿やろー! 元カノのこと謝るまで、絶対に口きかねーから!!!」

 今日イチでかい声で叫んで、俺は走り出す。

「あっ、おい! 蘭!」

 後ろから芭玖の声がしたけど、そんなの知らん。
 俺の足はバスケ部イチ速い。というか、去年の体育祭の部活対抗リレーではアンカーを任され、陸上部のエース岸田くん(しかも今年の県大会優勝者)に、競り勝ったのだ。
 そんな俺が、芭玖に負けるはずがない。芭玖なんかその場に残して、脱兎の如く走り去ってやった。

***
 河川敷で喧嘩をしてから、気づけば二週間が過ぎていた。芭玖とは今、付き合ってるのか、付き合ってないのかよく分からない。
 というのも、俺も芭玖も負けず嫌いってのもあって、あれから顔を合わせるたびに「ふんっ」とそっぽ向いてしまう。全く謝り合うムードじゃないのだ。
 そんな風に、俺たちの空気感が変わったことは、バスケ部の皆も感じとっていたらしい。
 放課後の体育館で、ステージに座ってスポドリを飲んでいたら、隣に鬼ちゃんがやってきた。

「ねえ、蘭」
「どしたよ、鬼ちゃん」
「あのデカ男はさ、この二週間くらい、なんかすこぶる機嫌悪そうなんだけど。何か知らないかね」
「んぐっ……」

 思わずスポドリを吹き出しそうになって、慌てて口元を手の甲で拭う。
 鬼ちゃんは名前に反して、仏様みたいに穏やかだ。どこか眠そうな雰囲気をしてるのに、時々とても鋭く切り込んでくる。さすがキャプテン。

「夏休みでさ、従順なマラミュートになったと思ったんだよ。なのにさ、ここ最近は脱走したピットブルみたいに暴走して、手がつけられなったときた。もうこれ、どうしたもんかと……」

 何その的確な表現……と言いたくなるほど、鬼ちゃんの言葉はその通りだった。 
 芭玖のポジションは、基本は守備の要であるセンターだ。けど、芭玖はシュートを決める力もあるので、フィジカル面にプラスして、得点力も求められるパワーフォワードもこなす。
 そんな芭玖のバスケプレーには、本人の機嫌が反映されてる。

(波があるのってよくないし。そういうの、やめてくれって思うんだけどさ……)

 ここ二週間の芭玖は、ミニゲームの度に暴走する。一人でボール持って勝手にダンクは決めるわ、ファールぎりぎりのブロック連発するわ、苛立ちがプレーに出てる。
 夏休み中はチームプレー重視で、無茶はせずに指示通りに動けてて、ちゃんとパスも回してた。

(なのに、今は個人プレーが目立つんだよなあ……)

 俺と付き合う前の芭玖もまぁ、個人プレーがたまに出ちゃってたんだけど、今はほんとにやばい。
 しかも、その機嫌悪いプレーが始まった期間は、俺たちがほとんど口も聞いてないときた。
 ともなれば、原因は俺だと思われても仕方ない。
 何と言えばいいか分からなくて、ぐっと唇を引き結んでいたら、鬼ちゃんはふっと笑った。

「蘭。早く、仲直りしなね。部活も、応援団も、気まずいままじゃダメでしょ。なんかあったら、話聞くし」
「鬼ちゃん……」

 優しさに飢えてた俺、ちょっと感動したんだけど。

「それに、部活対抗リレーで勝たないとだから。二人には早く仲直りしてもらわないと」
「……え? 鬼ちゃん?」
「スタメン組が勝ったら、林先生たちが焼肉連れてってくれるって。だから、アレ、なんとかして」

 急に現実に戻してきた鬼ちゃんが、コートを指差す。その指先を辿れば、威嚇するかのごとく不機嫌にこちらを見る芭玖がいた。
 いや、違う。なんか、その目は鬼ちゃんを睨んでいるように思える。

(俺に怒ってるわけじゃない? え、なに。ちょっとヤキモチ……妬いてるような? って、なんで?)

 だって、そんなことあるはずない。あるはずがないのだ。芭玖は俺が急に意味わからんことで怒ったから、ああなってるだけなのに。
 もう意味わからん。だけど、だからと言って俺からは折れたくないという負けず嫌いな自分が顔を出す。
 だって、ここまできたのに、なんかやだ。
 気づいたら、喧嘩を売るみたいに、思いっきりあっかんべーをしてしまっていた。
 芭玖は「はあ!?」と声を上げて眉を吊り上げてたけど、そんなの知るか。
 お前から謝ってくるまで、絶対に会話なんかしてやらないんだからなって、ふんっと顔を背けてやった。
 素直になれなさ過ぎて、もう後戻りなんかできなかった。

(あー、ほんともう、自分が嫌になる)