***
現役バスケ部の男子高校生ともなれば、色気よりも食い気ってもんで。
たこ焼きに焼きそば。唐揚げとイカ焼き、フランクフルトと、それから焼きとうもろこし。焼き鳥と肉巻きおにぎり棒も買って、デザートにはベビーカステラとりんご飴。
一通り屋台を回った俺たちの腕には、大量の戦利品がある。
境内を歩き回る今、芭玖との距離はある程度保たれていて、俺の心は平穏を取り戻していた。
ちなみに、今日の資金源は、俺の姉ちゃんたちだ。
持つべきものは、都会で働くバリキャリ社会人の姉。
盆に帰省してた姉ちゃんたちに、芭玖と付き合うことになったと話したら、根掘り葉掘り聞かれて──二人から「これで胃袋掴んでおいで!」と、たんまりお小遣いをもらったのだ。
いや、意味違うくね? と思ったけど、姉ちゃんたちは芭玖のことを見越してたらしい。
隣を見れば、芭玖の目は手元の食べ物たちに釘付けだった。心なしか、よだれが見える気がする。効果絶大だ。
(って、やっぱ俺よりも食べ物なんかーい)
ちょっぴり唇を尖らせていたら、知らぬ間に芭玖はこっちを見てたらしい。「蘭、なに不機嫌な顔してんの」と、くすっと笑われてしまった。
「なんでもない。腹減っただけだし」
「ふーん?」
「なんだよ、その顔。信じてないって顔してる」
「いや? やっぱお前、普通に可愛いなって」
「はぁ? か、可愛いとか」
急にそんなこと言われたら、冷静な顔なんて作れない。自分の意思関係なく、頰が熱くなる。
いやいや、何こいつ。ほんと意味わからん。
(さっきまで俺のことどうでも良さそうだったじゃん……!)
空は暗いけど、屋台の煌々とする光で絶対、芭玖に照れてるのが丸わかりだ。恥ずかしくて、慌てて顔を背けた。
「あははっ。ほんと可愛いやつ。…… 蘭。穴場があるから、そこで食べようぜ。迷子になるなよ」
人が多くて辺りは喧騒に包まれているのに、芭玖のやわらかな声が鼓膜をくすぐる。
ああやだ、ほんと。好きって言わないくせに、可愛いとか言うし、その声はどこか甘く聞こえるし。俺が勘違いしたら、どうするんだよ。
文句は山のように言いたいし、素直に言うこと聞くのは癪だ。でも、迷子になったら困るから、仕方なく芭玖の方を向き直した、その時だった。
「──あれ? 宮原じゃん」
聞き覚えのない女子の声が、芭玖を呼ぶ。
声のした方を向けば、赤と紫の浴衣を着た派手めのギャル二人組がいた。
すぐさま、チッと舌打ちする音がして、慌てて芭玖に視線を戻した。やっぱり、眉間には深いしわ。
うわ、やばい。これ、俺が間に入らなきゃなんないやつだ。そう思ったのに、そうじゃなかったらしい。
「ちょいちょい、宮原。元カノにそんな顔すんのウケるんだけど」
ギャルの口から飛び出したのは、俺の知らない芭玖の話だった。
(えっと? 今なんて?)
全く頭が追いつかなくて、頭にはてながいくつも浮かぶ。
だって、あの女嫌いで有名な芭玖だぞ。女子が騒ぐだけで暴言吐いてて、話しかけられたら、不機嫌極まりない顔してスルーする。あの。
だけど、芭玖には俺の知らない顔があったらしい。
「お前な……あんな数日だけで、元カノって言えんのかよ」
面倒くさそうだったけど、珍しく芭玖が女子に返事をした。
「はぁー? 言えますー。てか、中二の時、この祭りに誘ってきたのそっちなんですけどー?」
「いや、あれはな──」
赤い浴衣のギャルが詰め寄るように近づいてきて、芭玖のTシャツの袖を掴んだ瞬間。
「はぁ!? 元カノ!?」
ようやく俺の口から、自分でもびっくりするくらい空気の読まない大声が出た。
芭玖とギャルはぽかーんとして、俺を見る。
「あ、ごめん。驚いて、つい」
思わずそう言ったら、ギャルは我に返ったらしい。
「え! 待って! 誰!? ビジュえぐくない?」
芭玖の元カノは、これでもかってくらい目を見開いた。
だからといって、「あ、今カレですー」とか言えるはずもない。修羅場だ。少女漫画みたいな修羅場になる。
「あー、芭玖の親友で──」
「うるせえ。伊沢には関係ねぇだろ。もう行くから」
俺の自己紹介を遮るように、芭玖は言葉を重ねてきた。かと思えば、虫でも追い払うみたいに、芭玖はTシャツを掴んだままの彼女──伊沢さんとやらの手を振り払う。
「はぁ? ひどっ」
「知らねーわ。じゃあな」
冷たくそう吐き捨てて、芭玖は歩き出す。
その背中は怒っているようで、いい思い出がなかったかのように感じられた。
だけど、いくらそうでも、さすがにその態度はいただけない。
俺はごめんねという意味を込めて、伊沢さんに軽く頭を下げてから、芭玖の後を追った。
***
芭玖はずんずん人気のない方向へ向かう。追いついて、隣に並ぶと、芭玖は「俺は彼氏じゃねーのかよ」とむっと口元をゆがめた。
「は? 気を利かせてやったんだけど!?」
「うるせぇばか」
「ばかはどっちだよ」
「お前だろ」
「はあ?」
「期末で赤点回避できたのは誰のおかげだと思ってるんですかぁ〜。宿題だって俺のおかげで、なんとかやってんだろ」
「うるさいやい」
せっかくの夏祭りなのに、神聖な境内で、なんでこんな言い合いをしなきゃなんないんだ。
ていうか、怒りたいのはこっちだよ。
芭玖とは、中二の六月にバスケの県選抜のメンバーに選ばれてから、もう三年以上の付き合いだ。違う中学だったけど、意気投合した芭玖とは、なんでも話せる親友になった。そのはずなのに、俺と出会った後に彼女がいたとか、知らなかった。
それに、俺は……あの元カノと違って、芭玖からどこかへ行こうと言われたこともない。
(つーか、元カノ、完全にギャルだった。……ああいうのがタイプだったら、俺を好きになるわけなくね?)
キラキラ王子様扱いされる自分の容姿を思い浮かべたら、どういうわけか気分が急降下していく。
道行く人はすれ違うたびに俺を二度見してくるし、誰の目から見ても容姿はいいはずなのに。ギャルとは程遠い。
(俺をかわいいって言うくせに。なんで、お前は俺を好きになってくれねーんだよ。って……俺は何を考えてんだか)
いつもなら合わせてくれる歩幅も、今日は全く合わない。ずんずん先を行く芭玖の背中を見て、なんか急に泣きたくなった。
でも、こんなことで泣くとか、乙女かよ。恥ずかしい。ぐっと奥歯を噛み締めて、俺たちは祭り会場を後にした。
そのあとは近くの公園のベンチに座って、芭玖と戦利品を食べた。けど、なんかもう口を開けば喧嘩みたいになりそうだから、途中からは終始無言だった。
(甘酸っぱい青春に憧れてたけど、こんなん全然、甘酸っぱくないじゃん……)
俯きながらもぐもぐ食べるけど、好物のたこ焼きもイカ焼きも全く味がわからないし、むしろ胃が痛くなるし。
自分でも気づかないうちに、俺はものすごく傷ついていたんだと思う。
現役バスケ部の男子高校生ともなれば、色気よりも食い気ってもんで。
たこ焼きに焼きそば。唐揚げとイカ焼き、フランクフルトと、それから焼きとうもろこし。焼き鳥と肉巻きおにぎり棒も買って、デザートにはベビーカステラとりんご飴。
一通り屋台を回った俺たちの腕には、大量の戦利品がある。
境内を歩き回る今、芭玖との距離はある程度保たれていて、俺の心は平穏を取り戻していた。
ちなみに、今日の資金源は、俺の姉ちゃんたちだ。
持つべきものは、都会で働くバリキャリ社会人の姉。
盆に帰省してた姉ちゃんたちに、芭玖と付き合うことになったと話したら、根掘り葉掘り聞かれて──二人から「これで胃袋掴んでおいで!」と、たんまりお小遣いをもらったのだ。
いや、意味違うくね? と思ったけど、姉ちゃんたちは芭玖のことを見越してたらしい。
隣を見れば、芭玖の目は手元の食べ物たちに釘付けだった。心なしか、よだれが見える気がする。効果絶大だ。
(って、やっぱ俺よりも食べ物なんかーい)
ちょっぴり唇を尖らせていたら、知らぬ間に芭玖はこっちを見てたらしい。「蘭、なに不機嫌な顔してんの」と、くすっと笑われてしまった。
「なんでもない。腹減っただけだし」
「ふーん?」
「なんだよ、その顔。信じてないって顔してる」
「いや? やっぱお前、普通に可愛いなって」
「はぁ? か、可愛いとか」
急にそんなこと言われたら、冷静な顔なんて作れない。自分の意思関係なく、頰が熱くなる。
いやいや、何こいつ。ほんと意味わからん。
(さっきまで俺のことどうでも良さそうだったじゃん……!)
空は暗いけど、屋台の煌々とする光で絶対、芭玖に照れてるのが丸わかりだ。恥ずかしくて、慌てて顔を背けた。
「あははっ。ほんと可愛いやつ。…… 蘭。穴場があるから、そこで食べようぜ。迷子になるなよ」
人が多くて辺りは喧騒に包まれているのに、芭玖のやわらかな声が鼓膜をくすぐる。
ああやだ、ほんと。好きって言わないくせに、可愛いとか言うし、その声はどこか甘く聞こえるし。俺が勘違いしたら、どうするんだよ。
文句は山のように言いたいし、素直に言うこと聞くのは癪だ。でも、迷子になったら困るから、仕方なく芭玖の方を向き直した、その時だった。
「──あれ? 宮原じゃん」
聞き覚えのない女子の声が、芭玖を呼ぶ。
声のした方を向けば、赤と紫の浴衣を着た派手めのギャル二人組がいた。
すぐさま、チッと舌打ちする音がして、慌てて芭玖に視線を戻した。やっぱり、眉間には深いしわ。
うわ、やばい。これ、俺が間に入らなきゃなんないやつだ。そう思ったのに、そうじゃなかったらしい。
「ちょいちょい、宮原。元カノにそんな顔すんのウケるんだけど」
ギャルの口から飛び出したのは、俺の知らない芭玖の話だった。
(えっと? 今なんて?)
全く頭が追いつかなくて、頭にはてながいくつも浮かぶ。
だって、あの女嫌いで有名な芭玖だぞ。女子が騒ぐだけで暴言吐いてて、話しかけられたら、不機嫌極まりない顔してスルーする。あの。
だけど、芭玖には俺の知らない顔があったらしい。
「お前な……あんな数日だけで、元カノって言えんのかよ」
面倒くさそうだったけど、珍しく芭玖が女子に返事をした。
「はぁー? 言えますー。てか、中二の時、この祭りに誘ってきたのそっちなんですけどー?」
「いや、あれはな──」
赤い浴衣のギャルが詰め寄るように近づいてきて、芭玖のTシャツの袖を掴んだ瞬間。
「はぁ!? 元カノ!?」
ようやく俺の口から、自分でもびっくりするくらい空気の読まない大声が出た。
芭玖とギャルはぽかーんとして、俺を見る。
「あ、ごめん。驚いて、つい」
思わずそう言ったら、ギャルは我に返ったらしい。
「え! 待って! 誰!? ビジュえぐくない?」
芭玖の元カノは、これでもかってくらい目を見開いた。
だからといって、「あ、今カレですー」とか言えるはずもない。修羅場だ。少女漫画みたいな修羅場になる。
「あー、芭玖の親友で──」
「うるせえ。伊沢には関係ねぇだろ。もう行くから」
俺の自己紹介を遮るように、芭玖は言葉を重ねてきた。かと思えば、虫でも追い払うみたいに、芭玖はTシャツを掴んだままの彼女──伊沢さんとやらの手を振り払う。
「はぁ? ひどっ」
「知らねーわ。じゃあな」
冷たくそう吐き捨てて、芭玖は歩き出す。
その背中は怒っているようで、いい思い出がなかったかのように感じられた。
だけど、いくらそうでも、さすがにその態度はいただけない。
俺はごめんねという意味を込めて、伊沢さんに軽く頭を下げてから、芭玖の後を追った。
***
芭玖はずんずん人気のない方向へ向かう。追いついて、隣に並ぶと、芭玖は「俺は彼氏じゃねーのかよ」とむっと口元をゆがめた。
「は? 気を利かせてやったんだけど!?」
「うるせぇばか」
「ばかはどっちだよ」
「お前だろ」
「はあ?」
「期末で赤点回避できたのは誰のおかげだと思ってるんですかぁ〜。宿題だって俺のおかげで、なんとかやってんだろ」
「うるさいやい」
せっかくの夏祭りなのに、神聖な境内で、なんでこんな言い合いをしなきゃなんないんだ。
ていうか、怒りたいのはこっちだよ。
芭玖とは、中二の六月にバスケの県選抜のメンバーに選ばれてから、もう三年以上の付き合いだ。違う中学だったけど、意気投合した芭玖とは、なんでも話せる親友になった。そのはずなのに、俺と出会った後に彼女がいたとか、知らなかった。
それに、俺は……あの元カノと違って、芭玖からどこかへ行こうと言われたこともない。
(つーか、元カノ、完全にギャルだった。……ああいうのがタイプだったら、俺を好きになるわけなくね?)
キラキラ王子様扱いされる自分の容姿を思い浮かべたら、どういうわけか気分が急降下していく。
道行く人はすれ違うたびに俺を二度見してくるし、誰の目から見ても容姿はいいはずなのに。ギャルとは程遠い。
(俺をかわいいって言うくせに。なんで、お前は俺を好きになってくれねーんだよ。って……俺は何を考えてんだか)
いつもなら合わせてくれる歩幅も、今日は全く合わない。ずんずん先を行く芭玖の背中を見て、なんか急に泣きたくなった。
でも、こんなことで泣くとか、乙女かよ。恥ずかしい。ぐっと奥歯を噛み締めて、俺たちは祭り会場を後にした。
そのあとは近くの公園のベンチに座って、芭玖と戦利品を食べた。けど、なんかもう口を開けば喧嘩みたいになりそうだから、途中からは終始無言だった。
(甘酸っぱい青春に憧れてたけど、こんなん全然、甘酸っぱくないじゃん……)
俯きながらもぐもぐ食べるけど、好物のたこ焼きもイカ焼きも全く味がわからないし、むしろ胃が痛くなるし。
自分でも気づかないうちに、俺はものすごく傷ついていたんだと思う。



