***
付き合うからには、俺が芭玖を振り回してやろうって思ったのに。
部活終わりの帰り道。立ち寄ったコンビニの駐車場で、俺の脳みそは混乱を極めていた。
(やばい。全っ……然、頭が追いつかん)
なぜか俺は今、芭玖と相合傘をしながら、ソフトクリームを突きつけられている。
「らーん。おいこら、蘭。口開けろって。ほら、あーん」
雨で湿った空気に、バニラとチョコの香りが混ざる。心なしか、芭玖の声もどことなく甘い気がする。
……って、待て待て。芭玖の距離感どうなってんだよ。
「いや、あのさ……なんで食べさせようとしてんの」
「ん?」
「ん? じゃないから。距離詰めすぎじゃね? しかも俺、折りたたみ持ってんのに、なんでお前の傘に入ってるわけ」
「はぁ? そりゃ、どっちもお前がしたいことだからだろ?」
何を言ってんだとでも言いたげに、芭玖は顔をしかめた。
あー、たしかに言った。恋人と帰りにアイスを半分こしたり、雨降り相合傘をしたりしたいって。
でもさあ……さすがに、初手からソフトクリーム食べさせようとしてくるのは違うくないか。親友から恋人になって、急に態度変わりすぎだろ。
「蘭。らーん、食べねぇの?」
芭玖はソフトの先を、俺にほれと近づけてくる。
なんにも気にしないこの粗雑男に呆れて、はぁ、とため息をついた。
「芭玖。あのさぁ……恥ずかしいんだけど」
「ん? そんなこと気にしてたんかよ。これなら大丈夫だろ」
芭玖はそう言って、傘を少し傾ける。
いやいや、そういう意味じゃない。お前に食べさせられるのが、恥ずかしいんだよ。
でも、それを口にするのもなんか、意識してるみたいで嫌だ。むむっと眉根を寄せていたら、芭玖が俺の顔を覗き込んでくる。
「なんだよ。食べねぇの? 溶け始めてんだけど」
言われてみれば、溶けたソフトクリームがコーンから垂れて、芭玖の手を汚していた。
「うわ、マジか」
「だから早よ」
「わかった、貸して」
ソフトに手を伸ばそうとしたら、芭玖からひょいと避けられてしまった。
「え、何」
「いやいや、お前の手が汚れんだろ。そのまま食わしてやるから」
「いや、あの。……だからぁ! 恥ずかしーんだって! 分かれよ! 親友の時はんなことしなかったじゃん!」
「は? 俺に食べさせられんのが恥ずいってこと?」
「それ以外に何があるよ!」
「んー、慣れろ」
「慣れろ!?」
おま……お前、慣れろって、これは序の口ってことかよと口をぱくぱく動かしていたら、芭玖はふっと目を細めた。
「俺と付き合ったからには、蘭は餌付けされる運命なんだよ」
まじかよ。芭玖ってこんな、世話焼きなタイプだったっけ。ていうか、なんでそんな楽しそうな顔してるんだよ。
俺を見る芭玖の目の奥が愉快そうに揺れていて、早くも付き合ったことを後悔した。
これじゃあ、俺が振り回すどころか、振り回される未来しか見えないんだけど。
***
数分後。結局、俺は芭玖の押しに負けて、ソフトクリームを平らげた。
でも、親友から恋人になったばかりの相手と、間接キスを経験するなんて、展開早すぎんか。
(たしかに俺が彼女を欲しがったのは、青春イベントがしたかったからだけどさ……)
少女漫画でよくある、想いが通じ合って、デートに行っても手すら繋げなくて、モダモダする……。ああいう小さな積み重ねに、俺はたまらなく憧れていた。
まぁ、俺たちは『想いが通じ合う』という段階すっ飛ばして付き合ってるので、その理想には当てはまらないんだけど……。
それでも、初日から間接キスはぶっ飛ばしすぎだ。
「あははっ。やべぇ、めちゃくちゃ手ぇベタつく」
コンビニ前のゴミ箱にコーンスリーブを捨てた芭玖は、甘酸っぱさのカケラもなく、ゲラゲラ笑いながら手を見せてくる。
「これさ、雨で洗うのもアリ?」
「は? いや、雨はさすがに汚いだろ」
「んじゃ、舐めとくか」
「いやいやそれも汚いから!」
ティッシュ……はベタつくだけだし、こういう時ウェットティッシュを持っておけば良かった。あ、でもたしか……と思って、俺は「ちょっと待ってろ」と、自分のリュックの中をガサガサと漁る。
「芭玖、これでよければ使えよ」
そう言って取り出したのは、ボディーシートだ。部活終わりのエチケットとして使ってるやつ。匂いはあるけど、まぁ、手が気持ち悪いよりはマシだろう。
ただ、芭玖の片手は傘で塞がっている。
「あー、もう。手、貸して」
俺は自分の手よりもさらに大きな芭玖の手を掴んで、ボディーシートで拭き始めた。ややあって。
「なあ、蘭。コンビニのトイレで手ぇ洗えばよかったんじゃね?」
思い出したようなその言葉に、俺は目をぱちくりさせた。でも、そのまま手を動かし続ける。
「それを早よ言え。でもここまで拭いたら今更だし、もうこれでいいだろ。舐めようとしてたくらいなんだし」
「まぁそうだな」
芭玖はそう言ったきり、なぜか急に無言になる。そのせいで、なんか俺まで緊張してきて、芭玖の指先を拭く手もぎこちなくなった。
あ、やばいと思ったら、芭玖が「ふはっ」と噴き出した。
「何を緊張してんだよ」
「うるせぇよ。急に黙るそっちが悪い」
「なんだよ、俺のこと意識してるってこと?」
「はぁ? んなわけあるか」
そう言いながら、指を拭く手を止めて顔を上げた。すると、芭玖が目元を緩めて、表情をやわらげている。
いや、あの恋人にはなったけどさ。なんていうか、そんな顔、親友にする? って感じの顔で……思わず、ごきゅっと喉が鳴った。
「……なぁ、蘭。やりたいことあったら言えよ。夏休み行きたいところとか、全部付き合うから」
いつになく丸みのある芭玖の声が、耳朶を打つ。
「え? 全部?」
「そ。全部」
そう言われたら遠慮なく、甘酸っぱい青春に付き合ってもらえる。
だけど、芭玖を振り回すつもりだった自分の考えが、急に後ろめたくなった。
芭玖は俺のことを考えて付き合うことを提案してくれたのに、なんてことを考えてたんだって。
「ほんとに……言ってる?」
「大真面目に言ってる」
「後悔するかもよ」
「なんでだよ」
「だって……俺、お前のこと振り回そうと思ってたし」
「そうなん?」
「うん。お前があまりにしつこいから、振り回してやろーって。俺、ルーズリーフ一枚じゃ足りんくらい、やりたいことあるし」
包み隠さず話したら、芭玖は目を丸くしたあと、堪えきれないみたいにふっと笑った。
「んなあるんかよ」
「ある」
「じゃ、優先順位決めてくれ。高二の夏休みにしかできないやつからな」
芭玖は他の人にはなかなか見せない、無邪気な笑顔が炸裂する。
(まただ。ほんと……もう)
その表情は俺をからかうようなものではなくて、本気で楽しみにしてくれてるみたいで。俺の言葉を全部、優しく受け止めてくれる。
これで俺のこと好きじゃないとか、ほんとなんなの、こいつ。
でも、俺のことちゃんと考えてくれてるんだと思ったら、胸がこそばゆくて、たまらなくなった。
(俺に付き合ってくれるんだし、芭玖の思い出にも残る、楽しい高二の夏にしてやりたいな。俺だけが楽しむんじゃなくて)
なんか急に、やわらかな気持ちがふっと芽生えてくる。家に帰ったら早速計画を立てなきゃなって、自然と心が躍った。
今なら、憂鬱だった真夏の体育館での練習も、山積みの夏休みの宿題も、軽々と乗り越えられそうな気がする。
「よし! じゃあ、絶対楽しませてやるからな!」
自分でも驚くほど素直な声が出て、気づいたら笑っていた。
そんな俺の手のひらで、芭玖の指先が嬉しそうにそわついたような気がする。
なんでかな。なおさらこの夏が、楽しみになった。
付き合うからには、俺が芭玖を振り回してやろうって思ったのに。
部活終わりの帰り道。立ち寄ったコンビニの駐車場で、俺の脳みそは混乱を極めていた。
(やばい。全っ……然、頭が追いつかん)
なぜか俺は今、芭玖と相合傘をしながら、ソフトクリームを突きつけられている。
「らーん。おいこら、蘭。口開けろって。ほら、あーん」
雨で湿った空気に、バニラとチョコの香りが混ざる。心なしか、芭玖の声もどことなく甘い気がする。
……って、待て待て。芭玖の距離感どうなってんだよ。
「いや、あのさ……なんで食べさせようとしてんの」
「ん?」
「ん? じゃないから。距離詰めすぎじゃね? しかも俺、折りたたみ持ってんのに、なんでお前の傘に入ってるわけ」
「はぁ? そりゃ、どっちもお前がしたいことだからだろ?」
何を言ってんだとでも言いたげに、芭玖は顔をしかめた。
あー、たしかに言った。恋人と帰りにアイスを半分こしたり、雨降り相合傘をしたりしたいって。
でもさあ……さすがに、初手からソフトクリーム食べさせようとしてくるのは違うくないか。親友から恋人になって、急に態度変わりすぎだろ。
「蘭。らーん、食べねぇの?」
芭玖はソフトの先を、俺にほれと近づけてくる。
なんにも気にしないこの粗雑男に呆れて、はぁ、とため息をついた。
「芭玖。あのさぁ……恥ずかしいんだけど」
「ん? そんなこと気にしてたんかよ。これなら大丈夫だろ」
芭玖はそう言って、傘を少し傾ける。
いやいや、そういう意味じゃない。お前に食べさせられるのが、恥ずかしいんだよ。
でも、それを口にするのもなんか、意識してるみたいで嫌だ。むむっと眉根を寄せていたら、芭玖が俺の顔を覗き込んでくる。
「なんだよ。食べねぇの? 溶け始めてんだけど」
言われてみれば、溶けたソフトクリームがコーンから垂れて、芭玖の手を汚していた。
「うわ、マジか」
「だから早よ」
「わかった、貸して」
ソフトに手を伸ばそうとしたら、芭玖からひょいと避けられてしまった。
「え、何」
「いやいや、お前の手が汚れんだろ。そのまま食わしてやるから」
「いや、あの。……だからぁ! 恥ずかしーんだって! 分かれよ! 親友の時はんなことしなかったじゃん!」
「は? 俺に食べさせられんのが恥ずいってこと?」
「それ以外に何があるよ!」
「んー、慣れろ」
「慣れろ!?」
おま……お前、慣れろって、これは序の口ってことかよと口をぱくぱく動かしていたら、芭玖はふっと目を細めた。
「俺と付き合ったからには、蘭は餌付けされる運命なんだよ」
まじかよ。芭玖ってこんな、世話焼きなタイプだったっけ。ていうか、なんでそんな楽しそうな顔してるんだよ。
俺を見る芭玖の目の奥が愉快そうに揺れていて、早くも付き合ったことを後悔した。
これじゃあ、俺が振り回すどころか、振り回される未来しか見えないんだけど。
***
数分後。結局、俺は芭玖の押しに負けて、ソフトクリームを平らげた。
でも、親友から恋人になったばかりの相手と、間接キスを経験するなんて、展開早すぎんか。
(たしかに俺が彼女を欲しがったのは、青春イベントがしたかったからだけどさ……)
少女漫画でよくある、想いが通じ合って、デートに行っても手すら繋げなくて、モダモダする……。ああいう小さな積み重ねに、俺はたまらなく憧れていた。
まぁ、俺たちは『想いが通じ合う』という段階すっ飛ばして付き合ってるので、その理想には当てはまらないんだけど……。
それでも、初日から間接キスはぶっ飛ばしすぎだ。
「あははっ。やべぇ、めちゃくちゃ手ぇベタつく」
コンビニ前のゴミ箱にコーンスリーブを捨てた芭玖は、甘酸っぱさのカケラもなく、ゲラゲラ笑いながら手を見せてくる。
「これさ、雨で洗うのもアリ?」
「は? いや、雨はさすがに汚いだろ」
「んじゃ、舐めとくか」
「いやいやそれも汚いから!」
ティッシュ……はベタつくだけだし、こういう時ウェットティッシュを持っておけば良かった。あ、でもたしか……と思って、俺は「ちょっと待ってろ」と、自分のリュックの中をガサガサと漁る。
「芭玖、これでよければ使えよ」
そう言って取り出したのは、ボディーシートだ。部活終わりのエチケットとして使ってるやつ。匂いはあるけど、まぁ、手が気持ち悪いよりはマシだろう。
ただ、芭玖の片手は傘で塞がっている。
「あー、もう。手、貸して」
俺は自分の手よりもさらに大きな芭玖の手を掴んで、ボディーシートで拭き始めた。ややあって。
「なあ、蘭。コンビニのトイレで手ぇ洗えばよかったんじゃね?」
思い出したようなその言葉に、俺は目をぱちくりさせた。でも、そのまま手を動かし続ける。
「それを早よ言え。でもここまで拭いたら今更だし、もうこれでいいだろ。舐めようとしてたくらいなんだし」
「まぁそうだな」
芭玖はそう言ったきり、なぜか急に無言になる。そのせいで、なんか俺まで緊張してきて、芭玖の指先を拭く手もぎこちなくなった。
あ、やばいと思ったら、芭玖が「ふはっ」と噴き出した。
「何を緊張してんだよ」
「うるせぇよ。急に黙るそっちが悪い」
「なんだよ、俺のこと意識してるってこと?」
「はぁ? んなわけあるか」
そう言いながら、指を拭く手を止めて顔を上げた。すると、芭玖が目元を緩めて、表情をやわらげている。
いや、あの恋人にはなったけどさ。なんていうか、そんな顔、親友にする? って感じの顔で……思わず、ごきゅっと喉が鳴った。
「……なぁ、蘭。やりたいことあったら言えよ。夏休み行きたいところとか、全部付き合うから」
いつになく丸みのある芭玖の声が、耳朶を打つ。
「え? 全部?」
「そ。全部」
そう言われたら遠慮なく、甘酸っぱい青春に付き合ってもらえる。
だけど、芭玖を振り回すつもりだった自分の考えが、急に後ろめたくなった。
芭玖は俺のことを考えて付き合うことを提案してくれたのに、なんてことを考えてたんだって。
「ほんとに……言ってる?」
「大真面目に言ってる」
「後悔するかもよ」
「なんでだよ」
「だって……俺、お前のこと振り回そうと思ってたし」
「そうなん?」
「うん。お前があまりにしつこいから、振り回してやろーって。俺、ルーズリーフ一枚じゃ足りんくらい、やりたいことあるし」
包み隠さず話したら、芭玖は目を丸くしたあと、堪えきれないみたいにふっと笑った。
「んなあるんかよ」
「ある」
「じゃ、優先順位決めてくれ。高二の夏休みにしかできないやつからな」
芭玖は他の人にはなかなか見せない、無邪気な笑顔が炸裂する。
(まただ。ほんと……もう)
その表情は俺をからかうようなものではなくて、本気で楽しみにしてくれてるみたいで。俺の言葉を全部、優しく受け止めてくれる。
これで俺のこと好きじゃないとか、ほんとなんなの、こいつ。
でも、俺のことちゃんと考えてくれてるんだと思ったら、胸がこそばゆくて、たまらなくなった。
(俺に付き合ってくれるんだし、芭玖の思い出にも残る、楽しい高二の夏にしてやりたいな。俺だけが楽しむんじゃなくて)
なんか急に、やわらかな気持ちがふっと芽生えてくる。家に帰ったら早速計画を立てなきゃなって、自然と心が躍った。
今なら、憂鬱だった真夏の体育館での練習も、山積みの夏休みの宿題も、軽々と乗り越えられそうな気がする。
「よし! じゃあ、絶対楽しませてやるからな!」
自分でも驚くほど素直な声が出て、気づいたら笑っていた。
そんな俺の手のひらで、芭玖の指先が嬉しそうにそわついたような気がする。
なんでかな。なおさらこの夏が、楽しみになった。


