なんで俺が本気になってんの?

 年の離れた姉ちゃんたちの影響で、俺──宮森(みやもり)(らん)は、幼い頃から少女漫画が大好きだった。
 だけど、俺が望むのは、少女漫画のような甘酸っぱい青春であって、決してヒロインポジションじゃない。それなのに──。

「からかってねぇよ。……だからさ、蘭。俺と付き合わねぇ?」

 高二の夏。部室棟の前で、かねてからイケメンだよな〜としみじみ思ってた親友に告られるとか、全く想像してなかった。

***
 同じバスケ部の宮原(みやはら)芭玖(ばく)は、大体いつも不機嫌だ。

「あ──……うぜぇ」

 七月下旬、夏休みの夕方。部活終わりに体育館で1on1(ワンオンワン)をしていたら、芭玖が突然、悪態をついてきた。
 俺たちは、宮森と宮原で『宮宮(みやみや)コンビ』なんて呼ばれる仲。だけど、親しき仲にも礼儀ありって言うだろ。さすがに暴言は見逃せない。
 
「あ゛ぁ? 何、急に。芭玖がやろうって言ったから、付き合ってやってんのに、失礼すぎるだろ?」

 手元でボールを弾ませながら、思わず自分でも驚くくらいの低い声が出た。でも、文句を言うだけじゃあ、腹の虫がおさまるわけがない。

「覚悟できてんだろうなぁ、おい」
 
 バッシュをキュッと軋ませて軽く煽れば、芭玖はハッとしたような素振りを見せた。

「あっ、いや、蘭。そうじゃなくて──」

 芭玖が慌てて弁解してこようとするけれど、そんなの知らない。
 一歩後ろに下がって、シュートを決めようと跳躍する。
 目の前にいる親友の身長は、俺よりちょうど10センチ高い186センチ。しかも、身体能力も高くて、普通にダンクも決められる男。
 すかさず、ブロックしようと手を伸ばしてくる。だけど、俺は片手でフワッとボールを押し出すように、はるか上に向けてシュートを放った。ボールは通常よりも高く弧を描いて、華麗にリングに沈んでいく。
 俺の得意技、フローターシュートだ。
 
「ばーか。ざまーみろ」

 ふんっと鼻を鳴らすと、芭玖は少し癖のある黒髪を軽く掻き上げて、「あー…」と声を漏らした。眉尻を下げた表情は、あまりに気まずそうだ。

「……悪い。蘭のことじゃねぇ」
「は? じゃあ何だよ……?」
「それは……」

 芭玖はそこまで言ったところで、なぜか「なんでもねぇ」と誤魔化そうとする。そのまま、逃げるように背を向けて、転がり落ちたボールを拾いに行った。

「いやいや、なーに逃げてんだよ。逃さんからな」 

 そう言いながら、ボールを拾う芭玖にピタッと体を寄せつける。練習着の後ろをガシッと掴んで、横目で鋭い視線を向ければ、芭玖は観念するように小さく嘆息した。

「あーもう、面倒くせぇ。あれだよ、あれ」
「あれ……?」

 芭玖が顎をしゃくる方向を辿れば、体育館の入り口には、女子生徒が数名いた。カーテンの影に隠れるようにしていた彼女たちは「蘭先輩!」「芭玖先輩!」と黄色い声を飛ばして、きゃいきゃい騒ぎ出す。

「うっわー。ああいうの、お前がいちばん苦手なやつ〜」

 芭玖の練習着から手を離して、冷やかすように呟けば、案の定、隣からチッと盛大な舌打ちが聞こえた。

「だあー! うるせぇな。もう、なんで俺まで騒ぐんだよ。キラキラ王子ならここにいんだろ。アイドル扱いすんなら、蘭だけにしろよ。うぜぇ」

 そう言う芭玖は、あからさまに顔をしかめて不機嫌さを露わにしている。
 でも、残念ながらその願いは聞き届けられないと思う。だって、芭玖は、誰の目から見ても男前なのだ。

 彫りが深く、どこか野生味のある精悍な顔立ち。身長だって学年一高いし、筋肉質な体はそこにいるだけで存在感があるワイルド系のイケメン。
 口癖は「うぜぇ」「うるせぇ」「面倒くせぇ」の三拍子で、愛想は全くないけど。俺の前で笑う時は、いつも人懐っこい可愛い顔になるときた。そのギャップがヤバいと、いつしか騒がれるようになって──もともと女子が苦手だった芭玖は、こうして女嫌いを拗らせるようになった。
 そんな芭玖の眉間の皺が深くなっていくのを見たら、図体はでかいくせに、なんだか可哀想になってくる。

(しゃーない。俺が片付けてやるか。このままじゃ、練習になんないし)

 ふっと息を漏らして、芭玖の肩にポンッと手を置いた。

「芭玖、助けてやるから、あとでジュース奢れよな?」
「は? 何を勝手に」
「あのままにしててもいいなら、俺は別にぜーんぜん問題ないけど?」

 にやりと笑ってみせれば、芭玖がむぐっと言葉を詰まらせるのが分かった。でも、ほんの少し押し黙ってから、諦めたように「はぁー」と息を吐く。

「わかったよ。一本だけな」
「言質とったからな」
「わかったから。……もう、はよ行け」
「はーい」

 ひらひらと手を振って、俺は女の子たちのもとに軽い足取りで向かった。

***
「ねぇねぇ。たまに来てくれる子たちだよね?」

 芭玖の圧を背中に感じながら、にこやかに話しかけると、女子生徒たちはぽぉ〜っと惚けた顔をした。

(あ、これならすぐ終わりそうだ)

 自分で言うのもなんだけど、サラサラの栗色の髪に垂れ目がちな甘い面立ちは、こういう時に役立つ。つなぎ高校の『バスケ王子』──なんて騒がれてるのも伊達じゃない。

「女の子は早く家に帰んないと、遅くなると危ないよ〜」

 ふふっと目を緩めて話を続ければ、彼女たちはこくこくと頷いて、すぐに解散してくれた。というか、「キャー!」と叫びながら、脱兎の如く逃げてった。
 さすがは、俺。
 ただ、芭玖のために行動したというのに、当の本人の態度はいただけない。

「よっ。爽やか王子〜」

 なんて、ひな壇のガヤ芸人みたいな声が背後から聞こえてくる。

「いや、誰のせいでこんなことしてるって思ってんだよ」

 呆れながら振り向けば、芭玖は「悪い悪い。助かった」と謝ってくれる。けれど、棒読みだし、顔はむすっとしてるし、どう考えても感謝してるようには思えない。
 女子はいなくなったのに、不機嫌なのは継続中みたいだ。

「もぉ、なんだよお前、ふざけんな」

 軽くイラッとして、芭玖の左腕を軽くポコッと殴ってやった。

「なんだよ、痛えよ」
「いや、痛くないだろ」
「いーや、痛いですぅ」
「はあ? ……てか、ジュース買えよ。もう俺、喉乾いた! オレンジがいい!」

 早く奢れと急かすように、声を大にしてやる。

(外に出て気分転換でもすれば、芭玖の機嫌も治るだろ)

 だけど、そんな俺の気遣いなんて、こいつはちっとも分かっちゃいない。
 芭玖はまるで幼稚園児でも見るような目を向けてきて、鼻で笑ってくる。

「はいはい。王子様、ありがとうございますぅ〜。オレンジジュースですねぇ、奢らせていただきますぅ〜」
「はぁ? なんだよ、その言い方ぁ! 笑い方も、その目も気に食わん!」
「お前も、美人のくせに顔と口が合ってねぇんだよ。この猫かぶり王子め!」
「うるせぇよ! 無愛想男に言われたかねー!」

 そんな風に軽口ならぬ、軽い煽り合いをしていたら、いつの間にか、芭玖の眉間のしわが解消されていることに気づいた。心なしか、唇の端がやさしく上がって見える。

(なんだよ、素直に喜べばいいのに。可愛くないやつ)

 いや、俺も十分可愛くないんだけどさ。
 ようやく体育館にいつもの空気が戻ってきたようで、ホッと息を吐く。
 芭玖に釣られるように、いつの間にか俺の口元も自然とやわらかく緩んでいた。