*
翌日の選挙当日。
全校生徒は九時半頃、体育館に集まり、一人一人が演説をしていく。
次の演説者は舞台袖で原稿を読む練習をしたりするのだが……。
白鳥さんは、原稿紙で器用に隠しながらスマホを使用していた。おそらく裏垢か何かだろう。
口元がわずに歪んで笑っている。
──これから何が起こるとも知らずに。
「何してるの?」
声をかけると、白鳥さんはいつものように聖女の笑みを浮かべる。
「選挙頑張ろうって意気込みしてたところ! この三週間大変だったよね。椿さんもいろいろとありがとうね!」
「私はべつに何も……」
「そんなことないよ! 椿さんのおかげでいろいろうまくいってるし!」
なんて会話をいると拍手が上がる。
どうやら演説が終わったようだった。
「あ、次、白鳥さんの番だね」
──そう。あなたの裏の顔が暴かれるまであと少し。
「うん。緊張するけど、頑張ってくるね! 演説補助もよろしくね!」
演説者と入れ替わるように、白鳥さんは名前を呼ばれて登壇した。
私は、ポケットからスマホを取り出し無料通話アプリで駒井さんを選択する。
機械音が一度鳴ったあと、すぐに繋がる。
「準備はいいかしら?」
小さな声で囁く。
「ばっちりです」
耳に届いた声を聞いて、私はスマホを胸元まで下げると、舞台袖から登壇している白鳥さんへ目を向ける。
「……さあ、地獄に落ちる覚悟はできたかしら?」
彼女へ向かってカウントダウンを伝える。
「一年八組、白鳥麗華です」
全校生徒に向かって軽く一礼する。
それから演説が始まった。
「私がなぜ生徒会選挙に立候補したのかと言いますと、ひとつはこの学校からいじめをなくしたかったからです! みんなが毎日楽しく過ごしていけるような、そんな学校生活を目指したいと思ったからです。そのためにこの三週間、全力で突っ走ってきました」
みんなに見られながら演説をしている彼女は、気持ちよさそうだ。
時折、拍手が上がり、応援する声もかけられる。どうやらかなり盛り上がっているようだ。
けれど、この原稿を書いたのは彼女ではない。駒井さんなのだ。面倒くさいと思うものは全て彼女に押し付けて、その代わり自分が一番目立てる校門での選挙あいさつはしっかりと行う。
みんなはその部分しか知らない。彼女の表面的なことしか知らない。だから、分からない。
白鳥さんが裏でどんなことをしているのかなんて。
「他の立候補者の人たちも『学校を良くしたい』その気持ちは同じみたいで、だから私は頑張ることができました。誰が選ばれても文句はない。最後までみんなで走り切ろう! そう言って切磋琢磨していました」
演説が中盤に差し掛かった頃、用意していた原稿ではない内容のセリフが現れる。
もちろん内容が変更されたことは知っている。彼女の情報は駒井さんから全て入手済みだ。
「でも、そんなときあることが発覚してしまったのです。というのも、一人の悲しすぎる裏切りを見つけてしまったのです」
タイミングばっちりに体育館が暗転する。
このあとに白鳥さんの指示では、スクリーンに私が用意した偽の画像が表示される流れだ。
「一年二組の中澤さんが私のフリをして、裏垢で色んな人の悪口を言っていたのです。しかも、それを事実かのように拡散しようとまでしていました!」
全校生徒はざわつきだす。
それもそのはず。ライバル相手である彼女の実名を告白して、さらには中澤さんが裏垢をやっているなんて嘘までつく。さらにはそれが真実かのように演説をする。
当然、舞台袖に順番待ちをしている中澤さんは、「私、裏垢なんてしてない!」と不満そうにしている。が、今は白鳥さんの演説中なので、殴り込みに行くことはできない。
「いじめをなくそうって、一緒に叶えようって話し合っていたのに、裏垢を見つけてしまってほんとに残念でなりません……私はそんなことしません! 誰かを悲しませるようなことは絶対にやってはいけないことだから」
他人にミスを擦りつけて、自分だけ逃げようとしたってそうはいかない。
私は、あんたを絶対に許しはしない。
「そろそろお願い」
スマホで指示を出すと、小さな声で「了解です」と返事がくる。
その直後、スクリーンは真っ暗になり、さらには体育館の電気すらも消える。
生徒や先生たちは機材のトラブルかとざわつきだし、少し慌ただしい声や足音がする。私はその間に舞台に向かって歩き出す。
「その話、全部この女の嘘です」
胸元のリボンにこっそりと仕込んでいた小型マイクに向かって話しだすと、体育館全体に私の声が響き渡る。
私が舞台の中央にたどり着いたと同時に、パッと舞台の電気が復活した。さらにはスクリーンに偽の証拠画像も表示される。
私が登場していることに困惑している白鳥さんは、マイクがオンになっていることを忘れて、「椿さん……?」と声を拾われる。
一度、彼女へ目を向けたあと、私は全校生徒が座っている方を向いて口を開いた。
「白鳥さんはたった今、この裏垢が中澤さんのものであると断言しました。でも、実はその告白が全くの嘘なのです。なぜならば、この裏垢は白鳥さん、彼女自身のものだからです」
私の言葉のあとにスクリーンがパッと切り替わり、モザイクがかかっていない画像になる。
「アカウント名は、hakuchou24。つまり、『ハクチョウ』。あなたの名字。そして24は、白鳥さんの誕生日ですよね?」
振り返り、舞台の方を向く。
「これは中澤さんが私をハメるために私のフリして作ったのよ!」
「へえ、そうなんですか? でも、このアイコンはあなたの横顔ですよね。この右耳のほくろ、あなたにもありましたよね?」
私の言葉を聞いた白鳥さんは、慌てたように右耳に触れる。
私は、その仕草を見て思わず口角を緩める。
「これは、捏造された裏垢です! アイコンやアカウント名は私のフリをしているけど、これは私のものではありません! みなさん、絶対に騙されないでください!」
どうやらシラを切るつもりのようだ。
だったらもう、徹底的に追い詰めるしかない。
「捏造? 違いますよ。皆さんのスマホで、今スクリーンに映っているアカウント名を検索してみてください。今現在もリアルタイムで存在しているアカウントですよ」
行動を促すと、生徒は一斉にスマホを取り出し検索していく。
SNSには、つい数分前に書き込まれたばかりの、生々しい言葉の数々が並べられている。
【キモいやつらが気軽に私に話しかけんな】
【選挙マジでだるい】
【モブども私に投票しろ】
といった本音の投稿の最後に、新着で書かれている言葉は。
【Nさん、終わり。おつかれー】
これは選挙直前にスマホを使っていたあのときのものだ。
自分たちのスマホ画面には、スクリーンと同じ内容のものが表示されているはずだ。それを見た生徒のざわつきはおさまるどころか、どんどん大きくなっていく。「ほんとに出た」「やばくない?」「まじ?」と、近くにいる人同士で話し合う姿さえ見えた。
「白鳥さん、さっき演説前に舞台袖でスマホ使ってましたよね? 投稿時間もぴったりだし、Nさんって中澤さんのことですよね」
「違う! 私は、あのときお母さんに頑張るってメッセージを送ってただけで……! そんなの、ただの言いがかりじゃない! みなさん、これは何かの間違いです! 私のものではありません! 信じないでください!」
慌てているからか、少しだけ聖女の顔が崩れかけている。
でも、全然足りない。
「間違いなんかじゃありません。ちゃんと証拠がありますよ。こちらをどうぞ」
その言葉を合図に、スクリーンに違った画面が表示される。
【中澤、選挙のポイントが私より高いからイメージダウンさせる。あいつのノートにカンペ入れて。席は左から2列目、後ろから3番目の机よ。参考書のページに挟んで】
【終わったらすぐ、裏アカで『中澤さんっていつもテストで1位だけど、実は塾から流出したテスト問題でカンニングしてるらしいよ』ってポストして。ビラの画像も添付してね】
つい数日前のメッセージ。
さらにはトーク画面上部に『白鳥麗華』と名前も書かれており、さらにはトプ画まで設定されているのでもう言い逃れはできない。
「これも私のじゃない! 誰かが私に濡れ衣を着せるために捏造した証拠よ! きっとそう……!」
白鳥さんは懸命に否定をし続けるが、声はわずかに震えているようだ。
「これだけではありません。私たちのクラスには、不登校になってしまった生徒がいます。みんな理由が分からないままでしたが、これではっきりしました。裏で陰湿ないじめの指示を出していたのが白鳥さんでした」
そう言うと、今度はスクリーンに駒井さん宛に送られた白鳥さんのメッセージが表示される。
【あいつ、むかつくからこれからターゲット決定。身の回りの物を隠して】
【最近調子乗りすぎ。精神的に追い込むために裏垢に書き込んで】
全校生徒のざわつきは増していくばかり。
それと連動するように私の言葉を否定する白鳥さんは、舞台のマイクで「違う、違うの!」と何度も叫び続けている。
──ああ、ほんとに往生際が悪すぎる。
それなら、そろそろチェックメイトといこう。
「これを見てもそんなことが言えますか?」
私が言った。
その直後、スクリーンに大音量で動画が流れる。
「あんた、本当に使えないゴミね! 誰のおかげでこのクラスで人並みの口が聞けてると思ってるの!? 次はないって言ったよね? あんたもあいつみたいに学校にいられなくしてあげようか!?」
昨日、私が隠し撮りをしていた動画だ。
全校生徒はもちろんのこと、白鳥さんや先生たちはスクリーンに釘付けになっている。
白鳥さんが誰を脅しているのか、駒井さんは脅されて何をさせられているのか。全て見せる。加工なんて一切しない。
「中澤さんのスマホが机の中に入ってて、ロックがかかってなかったからスマホ覗いてみたら、写真の中にこんなものがあって。……これ、麗華ちゃんの裏垢だよね? 急いで私のスマホで直撮りしたから、ちょっと手ブレしちゃったんだけど……」
「な、何よこれ! あいつ、これがあたしの裏垢だって気づいてんの?!」
「そうみたい。何枚も写真持ってるみたいだし、もしかしたら選挙演説でみんなの前で麗華ちゃんのこと暴露しちゃうんじゃない?」
「冗談じゃない! そっちがその気なら潰される前に潰すだけよ! その写真、よこしなさい。利用してやるわ! 明日スクリーンに流す映像、これに変更するわよ。あんたも手伝いなさい!」
「う、うん、分かった」
そこで動画は止まる。
全校生徒が、「これやばくない?」と騒ぎだすので、体育館はざわめきで溢れ返る。
「私じゃない! 私じゃないから……!」
そう言うと、白鳥さんは舞台からどこかへと走っていく。
私の予想通りの行動をするならば、おそらく──…
「駒井っ! あんたねえっ!!」
舞台裏にあるコントロール室に向かい、駒井さんに詰め寄る白鳥さんの姿が今度はスクリーンに映し出される。
それは私が今朝、コントロール室に設置した隠しカメラのものだ。もちろん、映像を切り替えるように駒井さんに今朝、指示を出していたのも私だ。
「私を裏切ったのね! 絶対に許さない! 明日からあんたの人生めちゃくちゃにしてやるんだから!」
体育館のスクリーンには、舞台裏のコントロール室の映像もしっかりとリアルタイムで映っている。
「ふふふふっ……」
彼女の姿を見て思わず笑みがこぼれる。
「めちゃくちゃになるのはあなた自身じゃないかしら。今の映像もばっちりスクリーンに映っているわよ」
私が小型マイク越しに話すと、白鳥さんは驚いたと同時に、コントロール室を飛び出していく。
数秒して、舞台袖から白鳥さんがやってきた。
「椿っ、あんたの仕業ね!! 何が目的なのよ! 言いなさい!」
私に詰め寄ると、胸ぐらを掴む。
──ああ、もう手遅れだ。
「嘘の告発でライバルをハメようとして、現在進行形で自分がやっている本物の裏垢を全校生徒に紹介しちゃうなんて、ほーんとバカね」
「おまえ……っ!!」
彼女は顔を真っ赤にさせる。
怒りがピークに達した瞬間、見かねた先生たちが止めに入る。
「離して! 離してよ! 私は、こいつを……っ」
血眼になって私を睨んでいる。
目の前にいる白鳥さんには、「聖女」という表の顔は一切残されていなかった。
想像以上に大事になってしまい、生徒会演説は延期になってしまう。また後日改めて選挙をやり直すことになった。
生徒たちは、自習時間をすることになり各自教室に戻ることになる。
私はコントロール室の隠しカメラを回収していると、
「椿さん!」
と、誰かに名前を呼ばれる。
振り向くと、駒井さんだった。
「……何。早く教室に戻ったら?」
隠しカメラをスカートのポケットに入れて、コントロール室を出ようとしたら、
「私、ずっと白鳥さんの言いなりだった」
駒井さんの声が聞こえてきて、足が止まる。
「怖かったの。逆らったら、学校にいられなくなると思ったから……したくもないことをやらされて、でも誰にも相談できなくて、ずっとこのままなのかなって苦しくて……そんな私に椿さんが声をかけてくれた。椿さんのおかげで解決することができた。だから、いろいろと、あり──」
「勘違いしないで」
私は彼女の言葉を遮った。
お礼なんて言われる筋合いはない。
「私は、べつにあなたのためを思って行動したわけでもないし、助けたかったわけじゃない」
理不尽ないじめや嫌がらせは、正論だけでは倒すことはできないし、大人に言ったからといって解決するわけでもない。
それなら毒を持って毒を制すだけだ。
「私は、ただあの女にムカついただけ。表ではいい顔をしてるけど、裏では何考えてるか分からない。そういう女が大嫌いなのよ、私。それに、『いじめは良くない』なんて綺麗事、退屈で吐き気がしていたの。だから、あなたが脅されてるって分かってチャンスだと思った。利用できるって思ったわ。所詮、あなたも私に利用されてたってだけ」
それだけを言い残して私は彼女に背を向けて歩き出す。
「──それでも、椿さんのおかげで私は救われたから! だから、だから……ありがとう……っ!」
背後から聞こえる言葉に私は立ち止まることなく歩き続けた。
その後、職員会議で白鳥さんが『いじめの主犯』ということが大々的に話し合いが行われて、『停学』か『自主退学』が妥当だとなったそうだ──。



