毒喰らい女王蜂はアオハルを嫌う


 *

 翌日の朝。白鳥さんが登校すると、当たり前のようにクラスメイトは彼女の周りに集まり、すぐに人だかりができる。
 文庫本から目を離して、ちら、と彼女の方へ顔を向けると、今日も今日とて『聖女』の顔でニコニコとしていた。
 その隣に駒井さんもいる。若干、動揺している様子も見受けられるが、いたっていつも通りな感じだ。

 彼女のことを見ていると、私の方を向いた駒井さんと目が合った。まるで怯えながらも『私に言われたことを、ちゃんとしてます』といったような表情で。

 その姿がまるで本物の犬のようで、ニヤリと笑う。

 どうして彼女が私にそんな合図をしたのかと言えば、それは昨日の放課後に遡る──。


「それで、私は何をすればいいの?」

 涙を拭ったあと、駒井さんは私に訊ねる。

「そうね。まずは白鳥さんとのやりとりを見せて」

 私が言うと、駒井さんはもう言いなりのようにスマホを見せた。
 彼女のスマホ画面を少しずつスクロールしながらひとつずつメッセージを読んでいく。

【終わったらすぐ、裏アカで『中澤さんっていつもテストで1位だけど、実は塾から流出したテスト問題でカンニングしてるらしいよ』ってポストして。ビラの画像も添付してね】
【中澤、選挙のポイントが私より高いからイメージダウンさせる。あいつのノートにカンペ入れて。席は左から2列目、後ろから3番目の机よ。参考書のページに挟んで】

 トーク画面上には、「白鳥麗華」と名前がある。
 これを見ながら、駒井さんはカンニングペーパーを仕込んだということになる。
 私はトーク画面を自分のスマホで写真に保存する。さらにスクロールして過去のやりとりも見てみると、次々とクラスメイトに対する嫌がらせの指示まで出てくる。

「へえ、やっぱり。あの女の指示だったのね」
「……気づいてたの?」
「なんとなくね。でも、確信がもてなくて行動に移せなかったけど、これなら間違いなくあの女を地獄に落とすことができるわ」

 うちのクラスに不登校になった子がいるけれど、それもあの女の仕業だったのね。
 これを暴露すれば、あの女の内申点どころか停学や退学もあり得るだろう。
 全てのやりとりを写真に撮る。これで物的証拠は問題ない。

「そういえばさっき指示が来てたけど、裏垢ってあなた自身の?」
「そ、それは、今回のために作らされたっていうか、麗華ちゃんのとはまた別で……」
「ということは、白鳥さんの裏垢もあるってことね?」

 私が訊ねると、駒井さんは分かりやすく動揺して目を逸らす。

「それ、私に教えなさい」
「で、でも……」
「いい? もう一度言うわよ。あなたに拒否権はないの」

 脅しにも聞こえるような言葉を私が言うと、彼女は怯えた様子でスマホを操作して私に画面を見せる。
 すると、彼女の裏垢には、自分の友達のことやクラスメイト、さらには先生や学校の悪口ばかりが載せられていた。

「これだけ証拠が揃えば問題はないわね」
「わ、私が教えたってバレたら……」
「安心して。全部、壊してあげるから」

 私は、SNSに載っている暴言の数々を写真に保存する。

「その前にまずは、この作戦が失敗したと白鳥さんに報告しといてね」

 そう言うと、駒井さんはまた表情を青ざめてひどく怯えだす。

「そ、そんなことしたら私……!」
「大丈夫。私が用意した偽の証拠を持ち帰って、白鳥さんにそれを渡して」
「……偽の、証拠? でも、そんな時間なんて……」
「それが可能なのよ。さあ、これから五分で仕上げるわ」

 私は、口角を上げて自分のスマホを操作する。

 写真加工アプリを使って偽の証拠を完成させる。それを駒井さんのスマホで慌てて撮ったように見せかけるために、変な角度から写真を撮る。

「これをあの女に渡しなさい」

 駒井さんにスマホを返す。

「……これって、麗華ちゃんの裏垢なんじゃ……」
「ええ、そうよ。でも、アイコンやIDはモザイクをかけてる。これが中澤さんのスマホに保存されてたと伝えるだけでいい」
「で、でも、それだけで麗華ちゃんが信じるかどうか……」
「信じるわ。中澤さんのスマホから自分の裏垢のスクショが出てくるなんて誰も想像しないもの。あなたを怒っていたことなんか忘れて、きっと餌に食いつくはずよ。『中澤さんが自分の裏垢をバラすつもりなんだ』ってね。早くこの状態をなんとかしなきゃと思うでしょうね」

 私はあの女の食いつく姿を想像してニヤリと頬を緩める。

「成功させるには、あなたがちゃんとやってくれないと困るのよ。いい? 裏切ったら許さないわ。あなたの弱みは私が握ってるの。この証拠を先生たちにバラされたくなかったら言うことを聞きなさい。いいわね?」
「……わ、分かった」

これが昨日あのあと交わされた内容だ──。


 ──ピコンッ。
 通知音で現実に引き戻される。スマホに届いたメッセージを確認すると、相手は「駒井さん」からだった。

【昨日の失敗の件について、今日のお昼休みに購買に行く前、旧校舎の物置になっている教室で話すことになりました】

 彼女は、私の指示通りに逐一行動を報告してくる。
よし。これでより最高の証拠が集められそうだ。

「椿さん、そろそろ朝のお仕事にいきましょう」

 清々しい声と顔でやってきた聖女こと、白鳥さん。私の席のそばまでやってくると、ニコニコといつもの笑顔だ。

 でも、私は知っている。
 彼女の裏の顔は「いじめの首謀者」だ。
その証拠をすでに昨日、入手済みなのだ。

 それをこの女はまだ知らない。だから当たり前のように「聖女」の顔をして接してくる。

「椿さん?」

 私が反応がなかったことに困惑している。

「あ、ごめんなさい。ちょっとボーッとしてただけ」

 文庫本を閉じて席を立つと、彼女の後ろにいる駒井さんと目が合う。けれど、彼女の表情はわずかに引き攣っているように見えた。
 当然だろう。私のスパイだなんてバレるわけにはいかないからだ。

 白鳥さんと私が並んで歩き、駒井さんはその後ろをついてくる。
 人とすれ違うたびに、白鳥さんに応援の声がかかる。彼女はそれに笑顔で答える。

 ──あんたのその聖女としての顔を剥ぎ取って、裏の顔を全校生徒の前で暴露してやるから今に見てなさい。

 私は心の中でそんなことを思いながら校門へ向かった。そしていつも通りに選挙活動は進んでいった。