毒喰らい女王蜂はアオハルを嫌う



 ***


 朝の選挙活動が終わり、教室に戻るとクラスメイトが「聖女」のもとへ集まってくる。
 私は、自分の席に向かうと、鞄の中からイヤホンを取り出して耳につけると音楽をかける。そして、お気に入りの文庫本を開いた。
 自分の世界に浸っていると、肩をトントンッと軽く叩かれる。ちら、と目線を上に向ければ、そこにいたのは聖女こと白鳥さんだった。
 私は憂鬱な気持ちでイヤホンを外す。

「……何?」

 愛想のない表情のまま彼女に問いかける。

「さっきはありがとう! これ、お口に合うか分からないけど、よかったらもらって!」

 手渡されたのは、可愛らしくラッピングされたクッキーだった。おそらく手作りのもの。
 正直言って、甘いものは嫌いなのでいらないと言いたいが、この女の「本性」を暴くためには良好な関係でいなきゃいけない。

「ありがとう」

 仕方なくもらうと、彼女は嬉しそうな顔で微笑んでみんなが待つ場所へ戻っていった。

「麗華ちゃん、優しいね」
「やっぱり麗華ちゃんは天使だよね!」
「え〜そんなことないよ。優しいって言ってくれるみんなが優しいんだよ」

 みんなに囲まれながら、幸せそうな姿を演じている。

 あいつが優しい?
 あいつが天使?
 みんな簡単に騙されちゃってバカみたい。

 あいつが私に手作りクッキーを渡すのは、生徒会選挙のため。
 廊下を歩いている別のクラスの生徒たちに向けて、『私って普段から優しいんだよ』とアピールするためのものである。
 それは彼女なりの作戦なのだ。
 なのに、そんな簡単な罠にも気づかずに、それを「優しい」とおだてるなんて。

 ほんとあんたたちってお気楽な人間なのね。

 せっかくいい気分で読書をしていたのに、なんだか読む気になれない。
 文庫本を机の中にしまっていると、

「そろそろ先生くるから、みんな席につきましょう」

 と、白鳥さんの掛け声が聞こえる。
 談笑していた生徒みんなが自分の席へと戻っていく。

「全員出席してるね。よかった。誰か体調悪い人いる?」

 真ん中の席からあたりを見回しながら白鳥さんが問いかける。
 これもいつものことだ。つまり、〝ポイント稼ぎ〟。誰にかって? それはこれからやってくる担任からもらえるポイントのことだ。

「おー今日もばっちり席についてるな」

 しばらくして教室にやってきた担任が、席についているみんなを見て、「感心だ」と頷きながら教卓へと向かう。

「先生、今日も全員が出席しています。体調が悪い子もいません!」

 担任が教卓で出席簿を開くや否や、白鳥さんが手を挙げて説明をする。
 当然、担任は、こうなる。

「さすが、白鳥だ。クラスでも頼りになるし、次の生徒会長は白鳥で決まりだなぁ」

 担任は嬉しそうに笑みを浮かべる。
 すると、周りの雰囲気も良くなり、「さすが白鳥さん」「聖女さま」といったような声も聞こえてくる。

 ……ほんと、バッカみたい。

 私は、うんざりした気持ちで白鳥さんから目を離す。が、彼女の後ろにいる駒井さんが気になって思わず目線を止めた。

 なぜか駒井さんは、顔色を悪くしている。
それも白鳥さんが褒められるたびに、わずかに肩をビクつかせているようだ。
 誰も気づかない。私だけが見えているように。
 あの怯え方は、異常だ。白鳥さんの他の友達は普通なのに、駒井さんだけがおかしい。

 もしかしたら駒井さんは彼女の「何か」を知っているのかもしれない。


 ***


 お昼休みになり、購買へ向かうために席を立とうとしたら、「先に行っとくね!」と声が聞こえる。
 声のする方へ目線を向けると、白鳥さんの友達二人が手を振って廊下を出て右へ行く。それと同時に白鳥さんと駒井さんは左へと歩いていく。

 駒井さんの表情が怯えているように見えたので、私は「何かある」そう思って気づかれないようについていくことにした。

 たどり着いた場所は、人気のない静かなコンピューター室のそば。そこで何やら二人だけで密談をしているようだったが、少し遠かったため内容までは分からない。

 けれど、ただならぬ雰囲気であることには違いなかった。

 二人に気づかれる前にその場をあとにして、購買でパンと飲み物を買って教室に戻る。
 それから少しして二人は遅れて帰ってくる。先に席に座っていた二人と合流して、四人でお昼ご飯を食べ始めた。
 楽しそうに笑っている。一見、仲よさそうに見えるが、一人だけ表情が強張ってみえる。駒井さんだ。

 ……やっぱりさっき何か言われたのかもしれない。いつも以上に無理して笑っている様子。

 これは、彼女をマークする必要がありそうだ。
 パンを早々に食べ終えると、イヤホンで音楽を聴きながら文庫本を読んでいる。フリをして、たまに駒井さんの様子を伺った。