毒喰らい女王蜂はアオハルを嫌う





「みなさん、おはようございます! 今日も一日、笑顔で頑張りましょう!」

 校門の前で、吸い込まれそうなほどに澄んだ声が響く。声の主は、次期生徒会長候補の白鳥麗華(しらとりれいか)
 サラサラの黒髪に、シワ一つない清潔感のある制服。誰に対しても分け隔てなく微笑みかける彼女は、この高校における絶対的な『聖女』であり、スクールカーストの頂点に君臨する存在だ。

「白鳥さん、応援してるよ!」
「ありがとう! みんなの期待に応えられるよう、私、全力で頑張るね!」

 白鳥さんが声をかけてくれる生徒たちに天使のような笑顔を振りまいている。

「白鳥さんをよろしくお願いします!」

 彼女の隣で、懸命にビラを配っているのは、彼女の取り巻きの一人である普通女子──クラスメイトの駒井桃子(こまいももこ)が、白鳥さんの顔色を伺いながら必死に選挙ビラを配っている。その姿は、友達というよりも完全に麗華の『駒』だ。
 その光景を、私は二人から少しだけ離れた場所から、冷めた目で見つめていた。

「……お願いします」

 私は、やる気のない声で言う。
 手には、白鳥さんのビラが握られているが、配るという意思ははじめからない。
 そもそもやる気のない私がなぜここにいるのか?

 先頭で愛想を振りまいている〝彼女〟にちら、と目を向ける。

 ──三週間前に、あの聖女様はわざわざ私の席までやってきて、「椿(つばき)さんの力を借りたいの」と微笑んだのだ。
 大して接点のない私をなぜ?

 理由は簡単。私の見た目を利用したいのだろう。
 自分で言うのもなんだが、私はモテる。
 小学生の頃から何度も告白をされたこともあったし、よく休み時間に違うクラスの子たちが私の元へやってくることも多かった。高学年になると男子たちからは遠巻きに見られるようになり、逆に女子からは嫉妬をされることも多かった。

 それは中学生になっても変わらなかった。
 中学二年生になり、クラス替えがあった。そのとき学年一かっこいいと人気があった男子が同じクラスになったことがある。そして彼に好意を抱いていた女子がいた。その子は、明るくて愛嬌があって可愛いと人気があったカースト女子で、「二人は付き合うんじゃないか」とまで噂されていた。

 そんな中、人気者の彼から私は告白をされたのだ。
 でも、私は好きじゃなかったので彼を振った。

 その直後から、私は嫌がらせを受けるようになる。物を隠されたり、教科書に落書きをされたり、机の中にゴミを入れられたりもした。
 けれど、犯人はすぐに分かった。理由は簡単。彼に誰よりも思いを寄せていたのは〝あの女〟だからだ。少しでも気に入らないことがあると、すぐに友達を利用して自分の感情を満たそうとする。

 みんな楽しそうに仲よさそうに笑っているけれど、クラス内の実権を握っていたのは彼女だった。気に入らないと思った人を、とことん追い詰めていくのが趣味かと思われるくらい色んな人に陰湿ないじめをしていた。

 その事実に気づいているのは、彼女の友達の一部と、いじめを受けた側の人間のみ。
 表では、優しいフリをしてクラスメイトからは「天使」だと思われていた。

 ──だが、実際は違う。
 優しいフリをした「悪魔」なのだ。

 裏では友達に指示を出すくせに、自分の裏垢では友達の不満まで呟いていたこともある。

 彼女は、自分が一番可愛くて、自分が一番だと思っている自信家で、自分以外の誰かが目立つことが許せないのだろう。

 そのくせに彼の前だけは私に優しい態度を取るのだ。
 まるで心配している〝フリ〟。
 私って優しいでしょ、アピール。
 当時のことを思い出すだけでも腑が煮え繰り返りそうになる。

 だから、どうせこの女もその類の人間なのだ。

 表では『私の力を借りたい』なんてそれらしい言い訳をしているけれど、要は『私を利用して票を集めよう』としている魂胆が見え見えだ。
 正直、生徒会立候補者の補助なんて面倒以外の何ものでもない。
 だけど、私にとっては好都合だった。
 ──彼女の裏の顔を暴くチャンスを、向こうから持ってきてくれたのだから。

「みんなおはよう! 今日も一日頑張ろうね!」

 登校する生徒に、白鳥さんは笑顔を添えながら優しく話しかける。
 優しい自分をアピールする。

 その姿を見た生徒は、口を揃えてこう言う。

「白鳥さんはこの学校の癒しだよね」
「白鳥さんが生徒会長になったら私、毎日生徒会室に通っちゃいそう」

 男子からはうっとりした眼差しで、女子からは待望の眼差しで。
 まるで、彼女を「本物の聖女」として崇めているかのようだ。
 でも、私は騙されない。
 あの完璧すぎる態度に、あの表情。絶対に「何か」を隠している。

 待ってなさい。絶対に化けの皮を剥いでやるから。