絡み合うネロリの視線と私の視線。その間に筋張った大きな手がスッと差し込まれた。
「こんなところで、二人の世界に入ろうとするな、ネロリ」
ベルガモットの低く甘い声に、私もハッと我に返る。いかん、完全に雰囲気にのまれていた。インザ ネロリワールド。いや、ネロリワールドって何。
おずおずとベルガモットへ目を向けると、彼は少しムッとした表情をしていた。
(ひぃ!)
浮気が見つかったようでかなり気まずい。誰にでもいい顔して適当なこと言ってる人間とは思われたくない。特にベルガモットには。
「自分も……」
ベルガモットは一つ咳払いをした。
「自分も滅びの決まったこの世界に千枝を呼ぶべきでないと、反対した一人です」
「ベルガモットも?」
「当然です。あなたは失われるべきではない。そしてそこにいるクラリセージも」
私はクラリセージを振り返る。薄桃色の柔らかな髪の下で、甘いアメジスト色の瞳に優しい光を宿し、彼は私へ小さく手を振った。
「創造主様には、これからも笑って生きていてほしいと思って。巻き添えにしたくなかったんだ」
(巻き添え……)
巻き添えをくらったのはむしろ彼らの方だ。私の力不足で決まった世界の崩壊に殉じることが決まった身で、なぜ私を気遣ってくれるのだろう。
彼らのためにも何とかしたい、そんな気持ちが一層強くなる。
「千枝」
ベルガモットがテーブルへ乗せたトレイを、私へ指し示す。
「そろそろ朝食を召し上がりませんか」
(あっ)
ベルガモットの作った朝食を目にした瞬間、空腹を自覚した。完全に忘れていた。
「ごめんね、創造主ちゃん。オレらが急に来たからペース乱れちゃったよね」
「う、ううん、全然」
私は席につき、皿の上を眺める。
「今日の朝食、実は僕たちも手伝ったんだよ」
「えっ、クラリセージたちが?」
ベルガモットがいつも作ってくれるクロワッサンサンドには、ぱりっと焼いたソーセージとスクランブルエッグが添えてあった。
「それ食べて元気出してね、創造主ちゃん」
「うん、ありがとう。いただきます」
ソーセージを齧ると、熱い肉汁がチュッと口の中を焼いた。
朝食後、ベルガモットと昨日話し合った内容を、ネロリとクラリセージに情報共有しながら、私はあることを思い出した。
「このアロバラの世界が終わることに繋がった大きな理由、もう一つあった」
「大きな理由、ですか?」
「うん。トップを走ってた重課金ユーザーが引退しちゃってね」
私の説明に、ベルガモットたちは目をぱちくりさせる。
「えぇと……。重課金ユーザーということは、大量の資金をこの世界のために寄進してくれた人物、ということですよね」
「そうそう」
「その人物がトップを走る? 引退? アスリートという解釈で合っていますか?」
「あー……。全然違う」
ソーシャルゲームのユーザーでなければわかりにくい表現だったようだ。
「つまり、この世界を保つために必要なお金を提供してくれていた人――HAJIMEさんって言うんだけど。その人がアロバラから離れて行っちゃったんだよね」
「えっ? なにそれ、どゆこと?」
「そのたった一人の方が、世界を壊すだけの力を持っていたってこと?」
「んー。世界を壊したわけじゃないけど、その人なしにアロバラが成り立たなくなっていたというか」
私はここ数ヶ月間、アロバラのユーザーの間にじんわりと漂っていた、嫌な空気を思い出す。
「順を追って説明するね。まずそのHAJIMEさんって人は、チュベローズの熱烈なファンだったんだ」
「チュベローズの」
復唱したベルガモットへ、私は頷いて返す。
「チュベローズの新規衣装が実装されるたび、それを手に入れるまで課金をするんだ。毎回何万、時には十何万と糸目をつけず課金をすることで、界隈では有名な人だった」
ベルガモットがティーポットを持ち上げると、私のために新たな紅茶を注いでくれた。アールグレイの芳香が、湯気と共に柔らかに立ち上る。
「十何万ってマジかぁ。チュベローズの服のためだけにだよな?」
「そう」
私はカップを手に取り、琥珀色の熱い液体で中を湿す。
「その上、イベントのプレイヤーランキングでも常に一位に名前が載っている人だった。上位にランクインすればレアな報酬が手に入るから、ここでも課金で強化アイテムを山ほど購入してね……」
と、ここまでつらつらと語って、三人の表情に気付く。めちゃくちゃ、キョトーンとなっている。そりゃそうだよね、プレイヤーのランキングとか言われても、そんな要素はこの世界になさそうだし。ん? じゃあポイントを稼ぐため、イベントバトルを何度も何度も繰り返す「周回」はここに存在しないってことかな?
考えてみればアロバラにもユーザーはたくさんいて、プレイスタイルはそれぞれだった。ログインだけの人もいれば、朝から晩までゲームに貼りついて周回し続ける人もいるわけで。じゃあ、今私がいるこの世界は、どこを反映しているものなんだ?
……いや、やめよう。考えても答えが出ないであろうことに、割く時間はない。恐らく、ゲームのシステムによる揺らぎは影響していなくて、私の書いたシナリオを元に展開されてるのではないか。だから、システムに関して彼らは理解しづらいのだろう。多分そう。
「つまり、この世界を保つために景気よくお金を払ってくれる、チュベローズ大好きなHAJIMEさんって人がいたのね。その人のお金で、運営サイドはゲームを作っていけると言っていい状態だったわけ。もはやスポンサー。そうなると、運営側も人間だから……」
「その方を喜ばせたくて、チュベローズの出番や見せ場を増やそうと考えた、ってこと?」
クラリセージに私は頷く。
「そう。喜ばせるためでもあり、お金を落させるためでもあり」
えぐい話だ。HAJIMEさんからより一層搾り取るために、ガチャのピックアップ排出率も徐々に渋く設定し直されていた気がする。あくまでも個人の肌感覚だが、製作者サイド兼ユーザーでもある私の正直な感想だ。イベントガチャは、本来であればピックアップされた衣装が優先的に出るはずなのだが、後半はとにかくピックアップが殆ど仕事をしておらず、なかなか限定衣装が出なかった。それに加え、アロバラには「天井」が実装されていなかった。「天井」とは、ガチャを一回回すごとにポイントがたまり、それが一定数に達した時に限定衣装と交換できる、救済システムだ。あちらも商売なのだから仕方ないと言われればそれまでだが。
「こんなところで、二人の世界に入ろうとするな、ネロリ」
ベルガモットの低く甘い声に、私もハッと我に返る。いかん、完全に雰囲気にのまれていた。インザ ネロリワールド。いや、ネロリワールドって何。
おずおずとベルガモットへ目を向けると、彼は少しムッとした表情をしていた。
(ひぃ!)
浮気が見つかったようでかなり気まずい。誰にでもいい顔して適当なこと言ってる人間とは思われたくない。特にベルガモットには。
「自分も……」
ベルガモットは一つ咳払いをした。
「自分も滅びの決まったこの世界に千枝を呼ぶべきでないと、反対した一人です」
「ベルガモットも?」
「当然です。あなたは失われるべきではない。そしてそこにいるクラリセージも」
私はクラリセージを振り返る。薄桃色の柔らかな髪の下で、甘いアメジスト色の瞳に優しい光を宿し、彼は私へ小さく手を振った。
「創造主様には、これからも笑って生きていてほしいと思って。巻き添えにしたくなかったんだ」
(巻き添え……)
巻き添えをくらったのはむしろ彼らの方だ。私の力不足で決まった世界の崩壊に殉じることが決まった身で、なぜ私を気遣ってくれるのだろう。
彼らのためにも何とかしたい、そんな気持ちが一層強くなる。
「千枝」
ベルガモットがテーブルへ乗せたトレイを、私へ指し示す。
「そろそろ朝食を召し上がりませんか」
(あっ)
ベルガモットの作った朝食を目にした瞬間、空腹を自覚した。完全に忘れていた。
「ごめんね、創造主ちゃん。オレらが急に来たからペース乱れちゃったよね」
「う、ううん、全然」
私は席につき、皿の上を眺める。
「今日の朝食、実は僕たちも手伝ったんだよ」
「えっ、クラリセージたちが?」
ベルガモットがいつも作ってくれるクロワッサンサンドには、ぱりっと焼いたソーセージとスクランブルエッグが添えてあった。
「それ食べて元気出してね、創造主ちゃん」
「うん、ありがとう。いただきます」
ソーセージを齧ると、熱い肉汁がチュッと口の中を焼いた。
朝食後、ベルガモットと昨日話し合った内容を、ネロリとクラリセージに情報共有しながら、私はあることを思い出した。
「このアロバラの世界が終わることに繋がった大きな理由、もう一つあった」
「大きな理由、ですか?」
「うん。トップを走ってた重課金ユーザーが引退しちゃってね」
私の説明に、ベルガモットたちは目をぱちくりさせる。
「えぇと……。重課金ユーザーということは、大量の資金をこの世界のために寄進してくれた人物、ということですよね」
「そうそう」
「その人物がトップを走る? 引退? アスリートという解釈で合っていますか?」
「あー……。全然違う」
ソーシャルゲームのユーザーでなければわかりにくい表現だったようだ。
「つまり、この世界を保つために必要なお金を提供してくれていた人――HAJIMEさんって言うんだけど。その人がアロバラから離れて行っちゃったんだよね」
「えっ? なにそれ、どゆこと?」
「そのたった一人の方が、世界を壊すだけの力を持っていたってこと?」
「んー。世界を壊したわけじゃないけど、その人なしにアロバラが成り立たなくなっていたというか」
私はここ数ヶ月間、アロバラのユーザーの間にじんわりと漂っていた、嫌な空気を思い出す。
「順を追って説明するね。まずそのHAJIMEさんって人は、チュベローズの熱烈なファンだったんだ」
「チュベローズの」
復唱したベルガモットへ、私は頷いて返す。
「チュベローズの新規衣装が実装されるたび、それを手に入れるまで課金をするんだ。毎回何万、時には十何万と糸目をつけず課金をすることで、界隈では有名な人だった」
ベルガモットがティーポットを持ち上げると、私のために新たな紅茶を注いでくれた。アールグレイの芳香が、湯気と共に柔らかに立ち上る。
「十何万ってマジかぁ。チュベローズの服のためだけにだよな?」
「そう」
私はカップを手に取り、琥珀色の熱い液体で中を湿す。
「その上、イベントのプレイヤーランキングでも常に一位に名前が載っている人だった。上位にランクインすればレアな報酬が手に入るから、ここでも課金で強化アイテムを山ほど購入してね……」
と、ここまでつらつらと語って、三人の表情に気付く。めちゃくちゃ、キョトーンとなっている。そりゃそうだよね、プレイヤーのランキングとか言われても、そんな要素はこの世界になさそうだし。ん? じゃあポイントを稼ぐため、イベントバトルを何度も何度も繰り返す「周回」はここに存在しないってことかな?
考えてみればアロバラにもユーザーはたくさんいて、プレイスタイルはそれぞれだった。ログインだけの人もいれば、朝から晩までゲームに貼りついて周回し続ける人もいるわけで。じゃあ、今私がいるこの世界は、どこを反映しているものなんだ?
……いや、やめよう。考えても答えが出ないであろうことに、割く時間はない。恐らく、ゲームのシステムによる揺らぎは影響していなくて、私の書いたシナリオを元に展開されてるのではないか。だから、システムに関して彼らは理解しづらいのだろう。多分そう。
「つまり、この世界を保つために景気よくお金を払ってくれる、チュベローズ大好きなHAJIMEさんって人がいたのね。その人のお金で、運営サイドはゲームを作っていけると言っていい状態だったわけ。もはやスポンサー。そうなると、運営側も人間だから……」
「その方を喜ばせたくて、チュベローズの出番や見せ場を増やそうと考えた、ってこと?」
クラリセージに私は頷く。
「そう。喜ばせるためでもあり、お金を落させるためでもあり」
えぐい話だ。HAJIMEさんからより一層搾り取るために、ガチャのピックアップ排出率も徐々に渋く設定し直されていた気がする。あくまでも個人の肌感覚だが、製作者サイド兼ユーザーでもある私の正直な感想だ。イベントガチャは、本来であればピックアップされた衣装が優先的に出るはずなのだが、後半はとにかくピックアップが殆ど仕事をしておらず、なかなか限定衣装が出なかった。それに加え、アロバラには「天井」が実装されていなかった。「天井」とは、ガチャを一回回すごとにポイントがたまり、それが一定数に達した時に限定衣装と交換できる、救済システムだ。あちらも商売なのだから仕方ないと言われればそれまでだが。



