さて。
「ユーザーの心を掴み、続きを望む声が会社に届くような最終章を書いてやる!」などと息巻いてはみたものの。
(具体的な案が、さ~っぱり浮かばん)
そりゃそうだ。そんなものがポンポン浮かぶほど才能に満ちていたら、仕事が一つ飛んだだけで困窮するような人生送ってない。
(これまでだって、いい加減に書いていたわけじゃないもんなぁ)
ユーザーアンケートに基づく方針変更などの制限を受けながらも、私は自分の出来うる限りの力で真摯に取り組んできた。その上でのサービス終了という結果なのである。
(ここから一発逆転する秘策なんて、どうしろってのよ!)
しかし、ノートパソコンごと転送されてきたというのも、奇妙な話である。担当さんに音信不通にならずに済んだのは助かったし、ここでも作業が進められそうなのはありがたいけど。
(スマホがないから、アロバラをプレイして状況を確認することが出来ないんだよね)
「千枝。こちらはお下げしてよろしいでしょうか」
理想の具現化であるベルガモットの声に、私はハッと我に返る。振り返れば、金の瞳が優しく私を見下ろしていた。濃緑の髪も光を受けて、ふちが明るく輝いている。
「あ、うん。ごちそうさま」
私が慌てて手を合わせると、ベルガモットは僅かにパンくずの残った白い皿をワゴンへと移動させた。今日の朝食は、ベルガモットお手製のクロワッサンサンド。サクサク生地のクロワッサンに、生ハムとレタス、新鮮トマトになめらかなアボカドソースが絶品だった。
「カフェテリアまで行けば、自分が作ったものよりもっといいものを、千枝に召し上がっていただけるのですが」
「いえいえ! これで十分!」
むしろこれがいい。
「最高に美味しかったです!」
「そう、ですが。そこまで言っていただけるのなら」
当たり前だ。理想の権化が手ずから作ってくれた料理に勝る美食がこの世に存在しようか。いや、ない。
カップの底に残ったカフェオレを私が飲み干したタイミングで、ベルガモットは私の前へと回り込んできた。黒のジャケットを身に着け、ビッと背筋を伸ばし両手を背に回して立つ所作は、忠誠の戦士というよりは執事である。
「本日はどうなさいますか?」
「どうって……、考えるよ、最終章を」
「もし良ければ、自分がフレグランの地を案内いたしますが。何らかのヒントが見つかるかもしれません」
(ベルガモットとデート!)
心が甘くふわりと浮き立つ。
(行きたい行きたい行きたい! ベルガモットとカフェ! 公園! 川岸! 草原!)
しかしすぐに、昨日の出来事が脳裏によみがえる。私のベッドを乱暴に殴りつけた顔色の悪い黒髪の男――ジュニパーベリーの言葉も。
――貴様はそうやって気楽にこの世界を作っていたのだろう
深い藍色の瞳は、氷の刃のように私を鋭く貫いた。思い出した瞬間、ぞわりと鳥肌が立つ。
私の様子に気付いたのだろう。ベルガモットは軽く身をかがめ、私と視線を合わせる。
「アロマリアの皆があなたを傷つけることはありませんよ。万が一のことがあっても、自分が全身全霊であなたを守ります」
「ベルガモット……」
彼が側にいてくれるのなら、確かに安心だ。彼の戦闘力はアロマリアメンバー随一である。私がそう設定した。
(だけど……)
恐らく直接的、物理的にアロマリアから加害されることは、ベルガモットの言う通り無いのだろう。けれど、彼らから否定するような言葉や冷ややかな視線を浴びせられれば、間違いなく私の心はペキッといく。SNSでうっかり、作品を揶揄するようなコメントを見てしまったがゆえに、一ヶ月近く書けなくなってしまったこともある私だ。こう見えて、メンタルの脆弱さには自信がある。
(タイムリミットの迫る今、一ヶ月のロスはかなりまずい)
最悪の状況を防ぐためには、あえて逃げること、目を逸らすこと、シャットダウンすることも必要なのだ。戦略的撤退とも言う。朝食をカフェテリアでなく自室でとったのも、これが理由だ。
(ベルガモットが守ってくれるというシチュエーションはかなり美味しいけど! ほら、世界中の人間が敵に回っても、彼だけは味方でいてくれる、みたいな。あ、やばい、ちょっと楽しい)
ときめきシチュエーションと厳しい現実との狭間で、私は懊悩する。
しかし私は、アロバラのキャラたちの多数決によってこの世界に呼びこまれた人間だ。消滅することが確定している世界に召喚される、それはつまり「俺たちと共に死ね」という彼らの意思表示と言える。そう願った人間が、この地には六人以上いる。
(無理!)
私はぶるっと身を震わせる。自分を敵視している人間が闊歩している世界を、のんきに散歩できるほど図太くない。
「わかりました」
うんうん唸り続けている私を見かねてか、ベルガモットが口を開いた。
「では本日はこの部屋で、問題の洗い出しをしていくのはいかがでしょう? 分析することで突破口が見つかるかもしれません。自分もお手伝いいたします」
「ベルガモット……!」
さすがチュートリアル担当。手慣れたエスコートがありがたい。
「まずメインストーリーがとてつもなく中途半端な状態なんだよね。ここからどうまとめるか……」
アロバラのストーリーを簡単に説明しよう。
ひょんなことから主人公は、アロマを擬人化した戦士アロマリアのいる世界、フレグランへと召喚される。この世界には魔王の脅威が迫っており、アロマリアたちは主人公の指揮の元、魔王の元から押し寄せてくる眷属たちと戦う日々が続いていた。
「以上」
「以上、ですか」
ベルガモットは信じがたいものを見る眼差しを私に向ける。
「その……、創造主たる千枝には、世界の全貌が見えていらっしゃるのでは?」
「いや~、全然」
「我々の最終目的は何でしょうか? 例えば、魔王の討伐とか」
「特に決まってないんだよね。魔王に攻め込まれたらそこを防衛する、としか」
そうこのゲーム、主人公サイドは防戦一方なのだ。攻め込まれた、撃退した、攻め込まれた、撃退したの繰り返しで。
「つまり我々の具体的な目標は、何も存在していないということですか?」
「うん。以前、攻勢に出ることも提案したんだけど、他国へ攻め込んだら主人公側が悪者っぽくなるからダメって、担当さんに止められて」
「そもそも魔王とは何者なのでしょうか」
「それも実は決まっていないんだよね。なんかフレグランの平和を脅かす悪い奴、としか」
ベルガモットが綺麗な額を、筋張った手で抑える。無理もない。自分がこんなふわっとした設定の世界の住人であると知らされれば、眩暈も起こすだろう。
「……創造主よ。我々は一体、何と戦わされていたのでしょう」
「ユーザーの心を掴み、続きを望む声が会社に届くような最終章を書いてやる!」などと息巻いてはみたものの。
(具体的な案が、さ~っぱり浮かばん)
そりゃそうだ。そんなものがポンポン浮かぶほど才能に満ちていたら、仕事が一つ飛んだだけで困窮するような人生送ってない。
(これまでだって、いい加減に書いていたわけじゃないもんなぁ)
ユーザーアンケートに基づく方針変更などの制限を受けながらも、私は自分の出来うる限りの力で真摯に取り組んできた。その上でのサービス終了という結果なのである。
(ここから一発逆転する秘策なんて、どうしろってのよ!)
しかし、ノートパソコンごと転送されてきたというのも、奇妙な話である。担当さんに音信不通にならずに済んだのは助かったし、ここでも作業が進められそうなのはありがたいけど。
(スマホがないから、アロバラをプレイして状況を確認することが出来ないんだよね)
「千枝。こちらはお下げしてよろしいでしょうか」
理想の具現化であるベルガモットの声に、私はハッと我に返る。振り返れば、金の瞳が優しく私を見下ろしていた。濃緑の髪も光を受けて、ふちが明るく輝いている。
「あ、うん。ごちそうさま」
私が慌てて手を合わせると、ベルガモットは僅かにパンくずの残った白い皿をワゴンへと移動させた。今日の朝食は、ベルガモットお手製のクロワッサンサンド。サクサク生地のクロワッサンに、生ハムとレタス、新鮮トマトになめらかなアボカドソースが絶品だった。
「カフェテリアまで行けば、自分が作ったものよりもっといいものを、千枝に召し上がっていただけるのですが」
「いえいえ! これで十分!」
むしろこれがいい。
「最高に美味しかったです!」
「そう、ですが。そこまで言っていただけるのなら」
当たり前だ。理想の権化が手ずから作ってくれた料理に勝る美食がこの世に存在しようか。いや、ない。
カップの底に残ったカフェオレを私が飲み干したタイミングで、ベルガモットは私の前へと回り込んできた。黒のジャケットを身に着け、ビッと背筋を伸ばし両手を背に回して立つ所作は、忠誠の戦士というよりは執事である。
「本日はどうなさいますか?」
「どうって……、考えるよ、最終章を」
「もし良ければ、自分がフレグランの地を案内いたしますが。何らかのヒントが見つかるかもしれません」
(ベルガモットとデート!)
心が甘くふわりと浮き立つ。
(行きたい行きたい行きたい! ベルガモットとカフェ! 公園! 川岸! 草原!)
しかしすぐに、昨日の出来事が脳裏によみがえる。私のベッドを乱暴に殴りつけた顔色の悪い黒髪の男――ジュニパーベリーの言葉も。
――貴様はそうやって気楽にこの世界を作っていたのだろう
深い藍色の瞳は、氷の刃のように私を鋭く貫いた。思い出した瞬間、ぞわりと鳥肌が立つ。
私の様子に気付いたのだろう。ベルガモットは軽く身をかがめ、私と視線を合わせる。
「アロマリアの皆があなたを傷つけることはありませんよ。万が一のことがあっても、自分が全身全霊であなたを守ります」
「ベルガモット……」
彼が側にいてくれるのなら、確かに安心だ。彼の戦闘力はアロマリアメンバー随一である。私がそう設定した。
(だけど……)
恐らく直接的、物理的にアロマリアから加害されることは、ベルガモットの言う通り無いのだろう。けれど、彼らから否定するような言葉や冷ややかな視線を浴びせられれば、間違いなく私の心はペキッといく。SNSでうっかり、作品を揶揄するようなコメントを見てしまったがゆえに、一ヶ月近く書けなくなってしまったこともある私だ。こう見えて、メンタルの脆弱さには自信がある。
(タイムリミットの迫る今、一ヶ月のロスはかなりまずい)
最悪の状況を防ぐためには、あえて逃げること、目を逸らすこと、シャットダウンすることも必要なのだ。戦略的撤退とも言う。朝食をカフェテリアでなく自室でとったのも、これが理由だ。
(ベルガモットが守ってくれるというシチュエーションはかなり美味しいけど! ほら、世界中の人間が敵に回っても、彼だけは味方でいてくれる、みたいな。あ、やばい、ちょっと楽しい)
ときめきシチュエーションと厳しい現実との狭間で、私は懊悩する。
しかし私は、アロバラのキャラたちの多数決によってこの世界に呼びこまれた人間だ。消滅することが確定している世界に召喚される、それはつまり「俺たちと共に死ね」という彼らの意思表示と言える。そう願った人間が、この地には六人以上いる。
(無理!)
私はぶるっと身を震わせる。自分を敵視している人間が闊歩している世界を、のんきに散歩できるほど図太くない。
「わかりました」
うんうん唸り続けている私を見かねてか、ベルガモットが口を開いた。
「では本日はこの部屋で、問題の洗い出しをしていくのはいかがでしょう? 分析することで突破口が見つかるかもしれません。自分もお手伝いいたします」
「ベルガモット……!」
さすがチュートリアル担当。手慣れたエスコートがありがたい。
「まずメインストーリーがとてつもなく中途半端な状態なんだよね。ここからどうまとめるか……」
アロバラのストーリーを簡単に説明しよう。
ひょんなことから主人公は、アロマを擬人化した戦士アロマリアのいる世界、フレグランへと召喚される。この世界には魔王の脅威が迫っており、アロマリアたちは主人公の指揮の元、魔王の元から押し寄せてくる眷属たちと戦う日々が続いていた。
「以上」
「以上、ですか」
ベルガモットは信じがたいものを見る眼差しを私に向ける。
「その……、創造主たる千枝には、世界の全貌が見えていらっしゃるのでは?」
「いや~、全然」
「我々の最終目的は何でしょうか? 例えば、魔王の討伐とか」
「特に決まってないんだよね。魔王に攻め込まれたらそこを防衛する、としか」
そうこのゲーム、主人公サイドは防戦一方なのだ。攻め込まれた、撃退した、攻め込まれた、撃退したの繰り返しで。
「つまり我々の具体的な目標は、何も存在していないということですか?」
「うん。以前、攻勢に出ることも提案したんだけど、他国へ攻め込んだら主人公側が悪者っぽくなるからダメって、担当さんに止められて」
「そもそも魔王とは何者なのでしょうか」
「それも実は決まっていないんだよね。なんかフレグランの平和を脅かす悪い奴、としか」
ベルガモットが綺麗な額を、筋張った手で抑える。無理もない。自分がこんなふわっとした設定の世界の住人であると知らされれば、眩暈も起こすだろう。
「……創造主よ。我々は一体、何と戦わされていたのでしょう」



