ゲームの創造神たる私は、サ終と共に滅する運命です【長編版】

 私はベルガモットの胸にきつく押し付けていた顔を離す。
「ぷっは! なんだその顔! 頬にボタンの跡つけてよぉ!」
 チュベローズが私に人差し指を突きつけ、けらけらと笑っていた。いや、今はそんなことどうでもいい。
「時間が、過ぎてる?」
 私はノートパソコンの方を見る。パチュリと目が合うと、彼はコクリと頷いた。
「日付が変わってから、既に五分が過ぎてるよ」
 道理で長く感じたはずだ。一分なんてとっくに過ぎていたのだから。いや、それもどうでもいい。
「なんで? 世界の終わりは?」
 パチュリがノートパソコンを私から見やすいように傾けてくれた。
「恐らく、これじゃないかな」
 イラスト集のためのクラウドファンディングの画面、そこに表示されている集まった金額は……。
「五十二万五百……は?」
 目標の五十万を達成している。
「どういうこと? ついさっきまで全然足りてなかったのに、なんでいきなり三十万増えてるの?」
 私は皆に離れてもらい、ノートパソコンに向かう。SNSを開き、アロバラの公式アカウントにアクセスした。

『●月×日 0時をもちまして
#アロバラ はサービスを終了いたしました。
長らくのご愛顧、ありがとうございました』

「サ終、してるよね。予定通り……」
 その時、サービス終了のポストに新たなコメントがついた。

『#アロバラ イラスト集発売決定!
 クラウドファンディングにて目標金額を達成したため
 イラスト集を百冊限定で販売いたします。
 (こちら先着順となります)
 詳細は後日、当アカウントからお伝えします』

ファンからのリプではなく、公式からのポストである。

(一体何が起こったの……)
「千枝……」
 背後から力強く抱きしめられる。すっかり馴染みとなったほろ苦くフルーティーな香りが、甘く低い声とともに届いた。
「あなたが生きていて、良かった……」
 私はその腕に手を伸ばし、ベルガモットの香りに包まれて泣いた。



 翌日、疑問は氷解した。

『しばらくアロバラから離れていたら、
 イラスト集のクラファンやっててビックリ!
 チュベローズのご尊顔や艶姿が永遠に手に入るなら
 この金惜しくねぇ!』

 チュベローズの強火ファンであるHAJIMEさんの元気いっぱいのポストだった。

『思い切って三十万コースにぶち込んでやったので、
 イラスト集やその他諸々全部手に入る。
 ゲーム内ボイスCDも入ってるし、
 こんなん実質無料じゃん?
 ありがとう運営!』

「ありがとう、HAJIMEさぁあああん!!!」
 昨夜いきなり増えた三十万は、彼女の仕業だったらしい。
 目の前にいたら土下座して、足に額摺りつけて最大限の敬意を示したいくらいだ。それでも私の感謝の気持ちには全然足りない! 抱きしめてキスしまくりたい。あ、それは迷惑か、ごめん。
「チュベローズを一生好きにしていい権利をプレゼントしたい!! 創造主権限で!!」
「やめねぇか、愚物が」
「それくらいの権利、HAJIMEさんにはあると思うよ? だってこの世界の崩壊止めたんだよ!?」
「ぐっ……、それは、まぁ、そうだがよぉ」
 完全にハイになってはしゃぎまわる私を、アロマリアたちは優しい目で見守っている。
(フレグランは消滅しないし、私たちは生き残った!)
 かつてはHAJIMEさんの重課金が、アロバラ崩壊の原因の一端であった。けれど、今回はそれがこの世界を救ってくれたのだ。
「チュベローズ、ありがとうね!」
 私は彼の手を掴み、上下へぶんぶんと振り回す。
「ウザい。今度はなんだ」
「だって、チュベローズがHAJIMEさんの心をがっちり掴んでくれていたから、彼女がいっぱい積んでくれたんだよ。本当にありがとう! 功労者! 命の恩人! 生まれてきてくれてありがとう!!」
「……あ~~~~~、ウゼェ」
 チベットスナギツネ顔で、チュベローズは私を見返している。しかし彼の手を掴む私の手を、そっと剥がした者がいた。
「千枝、命の恩人はそのHAJIMEという方です。そして、彼女が世界を救うことになったきっかけであるチュベローズは、創造主であるあなたが生み出したのです。つまり、この世界を救ったのは回り回って、千枝、あなたということになりませんか?」
「え? そうなるのかな?」
「あ、そう言えばさ」
 ネロリが人差し指を振りながら歩いてくる。
「そもそもイラスト集の発売が決まったのって、あれだろ? なんか声優とか言う奴らが、創造主ちゃんの書いたものを演じて、それが評判良かったから、って流れじゃなかったっけ?」
「あ、確かに担当さんからのメールにはそう書かれていたね」
「じゃあ、やっぱ創造主ちゃんが頑張ったってことじゃん。ん~、いい子いい子」
 ネロリが私の頬を両手で挟み、額に額をくっつけてぐりぐりしてきた。
「痛い」
「ねぇ、創造主ちゃん。そろそろオレも『チエ』って呼んでいい?」
「え?」
「世界が救われた記念にさ」
 あぁ、そう言うことならと納得しかけた時、ベルガモットがネロリの頭を片手で掴み、私から引き離した。
「あだだだだ、痛いってベルガモット!」
「千枝が先に痛いと言っていただろう。無体はやめろ」
「お、お前ほんとずるいぞ! いっつもチエに一番頼られてさぁ!」
「まだ許可をもらっていないのに、その名を気安く呼ぶな」
 なんかめっちゃ揉めだした。
 でもネロリが言うように、この機会に皆から名前を呼んでもらってもいいかな、と口を開きかけた時だった。
 入口に立っていたジュニパーベリーの、深海のように深い青の瞳と視線が合った。
「……あ」
「ふん」
 ジュニパーベリーは腕組みをして、そっぽを向く。
「世界を救うも何も、そもそも貴様がこの世界を作り上げ、ずさんな管理で崩壊を招いたのだろう」
「……ハイ」
「それでもまぁ……」
 ジュニパーベリーは私に背を向け、肩越しに言った。
「一定の責任は果たしたと認めてやる」
 えっ、褒められた?
 ジュニパーベリーが遠ざかる。追おうとした私にカモミールが駆け寄って来た。
「『チエ』?」
「え? あ、何?」
「『チエ』、ふふ」
 カモミールが、儚げな微笑を浮かべる。
「いい名前。ぼく、好き」
「あ、りがとう」
 それを皮切りに、皆が競うように私の名前を呼び始めた。ベルガモットが不服そうにしているのが、少し面白い。
(後でフォロー入れておこう)
 彼の香りのオイルを身につけて。

 世界の崩壊は、なんとか防げたようだ。
 私が元の世界へ戻る方法は分からないけれど、ベルガモットとみんなが側にいてくれるなら、この場所で何とかやっていけそうな気がする。

―終―