期待と不安を抱きながらメールを開く。そこにはこう書かれていた。
―――――――――――――――――――――――
風間ちぐさ様
お世話になっております。
アロバラについてですが、イラスト集を制作する方向で決まりました。
声優さんによる『声を当ててみた』が評判となり、一度離れた人たちからも
イラスト集やCD等の発売予定はないかと問い合わせが沢山届いたためです。
―――――――――――――――――――――――
(本当に!?)
イラスト集は世界の欠片だ。これさえ発売されれば、フレグランは滅びずに済むはずである。
椅子を弾き倒すほど喜んで立ち上がった私であったが、メールの続きを読んで落胆した。
―――――――――――――――――――――――
つきましては、クラウドファンディングを行います。
一週間以内に五十万円集まれば、百冊限定で販売いたします。
―――――――――――――――――――――――
(クラウドファンディング……、一週間……、五十万円……)
サービス終了まではあと三日。クラウドファンディングの終了までは一週間。クラウドファンディングの締め切りの頃には、もうアロバラは滅んでいる可能性が高い。
(サ終の三日後までに五十万が集まれば、助かるかもしれないけど……)
もしここが自分の元の家なら、私はすぐさまクレジットカードを使い五十万振り込んだだろう。懐が痛むどころではないが、五十万で命が助かるなら安いものだ。
(でも、ここにいる限りそれは出来ない……)
スマホもない。手の打ちようがなかった。
いよいよサービス終了の日がやって来た。
(あと十五分……。日付が変わればゲームが終わる……)
この日は八人のアロマリアが私の部屋へと集っていた。八人も集えば、部屋はかなり狭い。彼らは狼狽える様子こそ見せなかったが、それぞれ緊張を滲ませていた。
(ここへ召喚されて来たばかりの日、皆は私のベッドを囲んで見下ろしてたな)
この世界を守れなかった力ない創造主への失望と諦念の混じった眼差しで。
今、あの日と同じような顔つきで皆が見つめている先は、私ではない。ノートパソコンの中の、クラウドファンディングのサイトである。
「……伸びないねぇ」
ぽつりとこぼしたのはパチュリである。眼鏡の奥からじっと数字を見つめている。クラウドファンディングの画面に表示された金額は、ここ数時間変動していなかった。
(現在、二十二万五百……)
集まっている金額は、決して悪くない。このペースなら最終日までに目標の五十万を達成できそうだ。
(だけど、今日のサ終わりには間に合わない……)
私は両手の指を組み合わせる。手が氷のように冷え切っていた。
(世界が終わるって、どうなるんだろう)
急に闇に放り込まれるのか、バラバラに弾き飛ばされるのか、圧縮されるのか……。
死を身近に感じた途端に体が震え、カチカチと歯が鳴る。早鐘を打つ心臓は酷く重く、鈍い痛みさえ感じていた。
(怖い! 怖い怖い怖い!! 助けて……!)
不意に背がぬくもりに包まれる。ベルガモットが私を抱きしめていた。
「……千枝。一緒です、最後まで」
私は椅子に座ったまま体を反転させ、彼の背へ手を回し胸に顔を埋める。どんな終わりを迎えるか分からなくて怖い。けれど、それは理想の権化であるベルガモットと一緒だ。それだけが救いだった。
「あれれぇ? ベルガモット、一人だけずるいよね?」
場に似合わない陽気な声は、ネロリのものである。
「創造主ちゃんも薄情じゃね? 最後の瞬間はオレの所に来てって言ったのにさ」
「ごめん、でも……」
「いーよ、ベルガモットとくっついてる方が怖くないんでしょ? けどさ」
背中が新たなぬくもりに包まれた。
「オレも創造主ちゃんの側にいさせてね」
「ネロリ……」
「ぼくも」
儚げな声でぽつりとつぶやき、身を寄せて来たのはカモミールである。
「ぼくも、創造主と一緒がいい」
「カモミール」
カモミールは私の側で膝立ちになると、私の左腿へこてんと頭を預けた。
「これで、一緒。ふふ」
カモミールの雪のように淡く白い髪を、私はそっと撫でる。
「あっ、ずりぃぞカモミール! 俺だって」
熱血少年クベバが駆け寄って来たかと思うと、カモミール同様に跪き、思い切ったように私の右腿へ頭を預けた。恥ずかしいのか瞼を固く閉じ、浅黒い肌をほんのりと赤く染めている。
「……俺だって、創造主にずっと構ってもらいたかったんだからな」
「クベバ……」
拗ねたような声が、愛しい。
そこへ近づいてきたのはクラリセージである。
「創造主さん、僕も……、空いてる方の手を握っていていいですか?」
「え?」
そう言って彼は、私がベルガモットの背に回したのと反対側の手をそっと取る。そして手の甲に軽く唇を落した。
「わっ」
「僕にとっても、創造主さんは大切な方なので」
「クラリセージ……」
「はっはっは、創造主は人気者じゃのぅ。儂の分がないではないか」
呵呵と笑いながら歩み寄ってきたのは、サンダルウッドである。スッと手を伸ばしてくると、私の頭を優しく撫でる。
「これくらいなら許してくれるな?」
「……うん」
ふと窓辺に目をやれば、そこにもたれかかったペパーミントが黙って私を見ていた。
「うん? ペパーミント。お前さんも今日くらいは意地を張らず、創造主の側に来てはどうじゃ?」
「いいよ、ここで」
サンダルウッドの誘いに、ペパーミントは素気なく返す。私を見つめたまま。
「ここにいる方が、創造主の全身がよく見えるから」
「ペパーミント……」
その時、パチュリの静かな声が飛んで来た。
「残り一分を切ったよ」
ドクッと全身の血が跳ねる。画面に目をやれば、クラウドファンディングの数字は先ほどから一円も変化していなかった。
(終りなんだ、本当に……)
震えが止まらない。息がちゃんとできなくて、私は浅い呼吸を繰り返す。
(そっか。もしこの世界に召喚されなければ、私は彼らのこの恐怖を知らなかった)
そして次の仕事を探して、無事に得られればアロバラのことはただの『過去の実績』として経歴に残して……。
ベルガモットの背へぎゅっとしがみつく。それに応えるように、私を取り囲む皆の手にも力がこもった。
(何もできなかった私を、こんな風に抱きしめてくれてありがとう、みんな)
私は覚悟を決めて、目を閉じた。
それは永遠とも思える、最後の一分だった。
死を目前に迎えた人間は、やたら時の流れを遅く感じると聞く。なんて意地悪な仕様なんだろう。一瞬で終わらせてくれれば、少しは楽なのに。
まだ最後は来ないのか。いつまでこの恐怖を抱えて堪えればいいんだろう。
その時、扉の開く音が聞こえた。
「何やってんだ、お前ら」
チュベローズの呆れたような声だった。
「みんなで団子みたいに固まってよ。転がしてやろうか」
「チュベローズ、からかいに来たわけではないだろう」
「あぁ、そうだった。なぁ、創造主。時間とっくに過ぎてんぞ」
(え?)
―――――――――――――――――――――――
風間ちぐさ様
お世話になっております。
アロバラについてですが、イラスト集を制作する方向で決まりました。
声優さんによる『声を当ててみた』が評判となり、一度離れた人たちからも
イラスト集やCD等の発売予定はないかと問い合わせが沢山届いたためです。
―――――――――――――――――――――――
(本当に!?)
イラスト集は世界の欠片だ。これさえ発売されれば、フレグランは滅びずに済むはずである。
椅子を弾き倒すほど喜んで立ち上がった私であったが、メールの続きを読んで落胆した。
―――――――――――――――――――――――
つきましては、クラウドファンディングを行います。
一週間以内に五十万円集まれば、百冊限定で販売いたします。
―――――――――――――――――――――――
(クラウドファンディング……、一週間……、五十万円……)
サービス終了まではあと三日。クラウドファンディングの終了までは一週間。クラウドファンディングの締め切りの頃には、もうアロバラは滅んでいる可能性が高い。
(サ終の三日後までに五十万が集まれば、助かるかもしれないけど……)
もしここが自分の元の家なら、私はすぐさまクレジットカードを使い五十万振り込んだだろう。懐が痛むどころではないが、五十万で命が助かるなら安いものだ。
(でも、ここにいる限りそれは出来ない……)
スマホもない。手の打ちようがなかった。
いよいよサービス終了の日がやって来た。
(あと十五分……。日付が変わればゲームが終わる……)
この日は八人のアロマリアが私の部屋へと集っていた。八人も集えば、部屋はかなり狭い。彼らは狼狽える様子こそ見せなかったが、それぞれ緊張を滲ませていた。
(ここへ召喚されて来たばかりの日、皆は私のベッドを囲んで見下ろしてたな)
この世界を守れなかった力ない創造主への失望と諦念の混じった眼差しで。
今、あの日と同じような顔つきで皆が見つめている先は、私ではない。ノートパソコンの中の、クラウドファンディングのサイトである。
「……伸びないねぇ」
ぽつりとこぼしたのはパチュリである。眼鏡の奥からじっと数字を見つめている。クラウドファンディングの画面に表示された金額は、ここ数時間変動していなかった。
(現在、二十二万五百……)
集まっている金額は、決して悪くない。このペースなら最終日までに目標の五十万を達成できそうだ。
(だけど、今日のサ終わりには間に合わない……)
私は両手の指を組み合わせる。手が氷のように冷え切っていた。
(世界が終わるって、どうなるんだろう)
急に闇に放り込まれるのか、バラバラに弾き飛ばされるのか、圧縮されるのか……。
死を身近に感じた途端に体が震え、カチカチと歯が鳴る。早鐘を打つ心臓は酷く重く、鈍い痛みさえ感じていた。
(怖い! 怖い怖い怖い!! 助けて……!)
不意に背がぬくもりに包まれる。ベルガモットが私を抱きしめていた。
「……千枝。一緒です、最後まで」
私は椅子に座ったまま体を反転させ、彼の背へ手を回し胸に顔を埋める。どんな終わりを迎えるか分からなくて怖い。けれど、それは理想の権化であるベルガモットと一緒だ。それだけが救いだった。
「あれれぇ? ベルガモット、一人だけずるいよね?」
場に似合わない陽気な声は、ネロリのものである。
「創造主ちゃんも薄情じゃね? 最後の瞬間はオレの所に来てって言ったのにさ」
「ごめん、でも……」
「いーよ、ベルガモットとくっついてる方が怖くないんでしょ? けどさ」
背中が新たなぬくもりに包まれた。
「オレも創造主ちゃんの側にいさせてね」
「ネロリ……」
「ぼくも」
儚げな声でぽつりとつぶやき、身を寄せて来たのはカモミールである。
「ぼくも、創造主と一緒がいい」
「カモミール」
カモミールは私の側で膝立ちになると、私の左腿へこてんと頭を預けた。
「これで、一緒。ふふ」
カモミールの雪のように淡く白い髪を、私はそっと撫でる。
「あっ、ずりぃぞカモミール! 俺だって」
熱血少年クベバが駆け寄って来たかと思うと、カモミール同様に跪き、思い切ったように私の右腿へ頭を預けた。恥ずかしいのか瞼を固く閉じ、浅黒い肌をほんのりと赤く染めている。
「……俺だって、創造主にずっと構ってもらいたかったんだからな」
「クベバ……」
拗ねたような声が、愛しい。
そこへ近づいてきたのはクラリセージである。
「創造主さん、僕も……、空いてる方の手を握っていていいですか?」
「え?」
そう言って彼は、私がベルガモットの背に回したのと反対側の手をそっと取る。そして手の甲に軽く唇を落した。
「わっ」
「僕にとっても、創造主さんは大切な方なので」
「クラリセージ……」
「はっはっは、創造主は人気者じゃのぅ。儂の分がないではないか」
呵呵と笑いながら歩み寄ってきたのは、サンダルウッドである。スッと手を伸ばしてくると、私の頭を優しく撫でる。
「これくらいなら許してくれるな?」
「……うん」
ふと窓辺に目をやれば、そこにもたれかかったペパーミントが黙って私を見ていた。
「うん? ペパーミント。お前さんも今日くらいは意地を張らず、創造主の側に来てはどうじゃ?」
「いいよ、ここで」
サンダルウッドの誘いに、ペパーミントは素気なく返す。私を見つめたまま。
「ここにいる方が、創造主の全身がよく見えるから」
「ペパーミント……」
その時、パチュリの静かな声が飛んで来た。
「残り一分を切ったよ」
ドクッと全身の血が跳ねる。画面に目をやれば、クラウドファンディングの数字は先ほどから一円も変化していなかった。
(終りなんだ、本当に……)
震えが止まらない。息がちゃんとできなくて、私は浅い呼吸を繰り返す。
(そっか。もしこの世界に召喚されなければ、私は彼らのこの恐怖を知らなかった)
そして次の仕事を探して、無事に得られればアロバラのことはただの『過去の実績』として経歴に残して……。
ベルガモットの背へぎゅっとしがみつく。それに応えるように、私を取り囲む皆の手にも力がこもった。
(何もできなかった私を、こんな風に抱きしめてくれてありがとう、みんな)
私は覚悟を決めて、目を閉じた。
それは永遠とも思える、最後の一分だった。
死を目前に迎えた人間は、やたら時の流れを遅く感じると聞く。なんて意地悪な仕様なんだろう。一瞬で終わらせてくれれば、少しは楽なのに。
まだ最後は来ないのか。いつまでこの恐怖を抱えて堪えればいいんだろう。
その時、扉の開く音が聞こえた。
「何やってんだ、お前ら」
チュベローズの呆れたような声だった。
「みんなで団子みたいに固まってよ。転がしてやろうか」
「チュベローズ、からかいに来たわけではないだろう」
「あぁ、そうだった。なぁ、創造主。時間とっくに過ぎてんぞ」
(え?)



