―――――――――――――――――――――――
風間ちぐさ様
先ほどお電話差し上げましたが、
出られないようなのでメールで失礼いたします。
―――――――――――――――――――――――
雨村さんからの返信の書き出しは、こうなっていた。
(あ、電話くれたんだ。すみません)
申し訳ないが、スマホがこの世界に持ち込まれなかった以上、電話には応答できないのだ。
(でも、なんで急に電話? いつもなら事前にメールで連絡くれるのに)
ひょっとすると、何度も何度も面倒くさいことを言ってくるシナリオライターに、メールで文章を打つのが億劫になったのかもしれな
い。
―――――――――――――――――――――――
アロバラの恋愛シナリオに関しましては、
おっしゃる通りゲーム内に実装する予定はございません。
> 代わりに、彼らの残りのシナリオを補填するような
> 一人語り風の創作を、SNSで発信してもいいですか?
とのことですが、
これに関しては、非公式の
風間さん個人の創作活動としてならOKです。
ただし、執筆料は出せません。
―――――――――――――――――――――――
(そこはもう、期待してない)
私は、片手で小さくガッツポーズをとる。そして、許可してくださったことへ手短に礼を返した。
本当であれば「ただで書きます」なんて、プロが言っちゃいけないセリフだ。だけど、こちらも生きるか死ぬかの瀬戸際である。雨村さんは理解してないけど。
(よし、運営の許可は取った)
ベルガモットの甘いセリフに溶かされた夜、私は強く思ったのだ。やっぱり私は乙女ゲームが好きで、こうして好きな声でとことん口説かれるのがこの上なく幸せなのだと。
だからこそ、アロバラのユーザーさんにも最後まで夢を見せたい、そう思った。もうかなりの数の人が離れてしまっているけど、せめて残ってくれている人のために責任が取りたかった。
(よし……)
各アロマリアの恋愛イベントの展開は既に決まっている。ただ本来の展開であれば、ヒロインと会話をしながら進める形式となっていた。そして、全員中盤までは公開されている。
(これを、彼らがユーザーさんたちに向かって語り掛ける形にするには)
すでに第八話まで終わったものとして、恋人関係になった状況を想定するのだ。そして、思い出を懐かしむように、「あんなことがあったね。僕はこの時、こんな気持ちだったんだ」とイベント内容を語らせていく。
(これでいこう……!)
私は過去に書いた恋愛イベントのシナリオデータを取り出す。幾度も目を通し、頭の中で咀嚼し、そして一人語りとしてユーザーに話しかけるスタイルに書き換えていった。
出来上がったものは、SNSの私個人のアカウントで発信する。非公式であることを明記して。
『こんなことで誤魔化そうとして! ちゃんとゲーム内でやれよ!』という反応は想像できた。だからチキンと思われようが、コメント欄はあえて閉じる。そしてエゴサはしないようにした。
(あぁ、そうだ。これが私の書きたかった物語だ)
このフレグランに召喚され、アロマリアの皆と直接交流するうち、「彼ならこう言う」というのがはっきり見えた。それを、あらかじめ決まっていた恋愛ルートの流れに当てはめる。
驚くほどスムーズに、キーを叩く指は踊った。
キャラクターの一人語りをSNSで発信し始めて数日が経過した頃。
(ん? DMが届いてる? 誰……うぉっ!?)
それは、ペパーミントの声を担当してくれている声優さんからのものだった。
―――――――――――――――――――――――
初めまして、
アロバラではお世話になってますw
風間先生が
SNSで発信されてる一人語りですが
僕の動画チャンネルで声を当てて
公開しても構いませんでしょうか?
―――――――――――――――――――――――
(えぇええええ!?)
幻に終わったペパーミントの恋愛イベントに声がつく。こんなに嬉しいことはない。
(人気声優さんが、趣味で声を当ててくれるの? 本気!?)
私は、個人的には大変光栄だが、一応クプアスさんに確認してほしいと返信した。
そして数日後。
『ペパーミントの中の人が、激甘語り!?ペパーミントの声を当ててみた!』
という動画へリンクを貼ったDMが届いた。
(本当に作っちゃったんだ)
『ねぇ、正直に言いなよ、俺に対する本当の気持ち。どうして言えないの? 言葉が見つからない? ふふっ、仕方ないな。ほら口開けて。何って、ミントのキャンディさ。ペパーミントは頭をクリアにしてくれる。きっと、俺への気持ちもはっきりと浮かび上がってくるはずさ。ほら、口開けてよ。あ~ん……』
(んっっふ!! やっっばっっ!!)
やはり声がつくと、迫力が違う。文字だけだった時の十倍は艶めかしい。
私は勇気を出して動画のコメント欄を覗く。アロバラへの批判が見つかればすぐに撤退しようと決めて。しかし、そこに並ぶのは声優さんに対する賞賛と感謝の言葉ばかりだった。ありがたいことに、ペパーミントに対する愛あふれるコメントもあった。
(そうだよね。ゲーム自体は批判されても、声優さんは何も悪くないし、このテキストでシチュエーションボイス作ってくれるなんて、すっごいサービスだよね)
ゲームの中で実装されなかった恋愛イベントが、こんな形で音声付きで公開される。思わぬ展開に、私は涙ぐみながら動画に向かって頭を下げた。
(って、再生数ぱねぇ! 一日で万超えてるよ!)
ペパーミントの声優さんのこの動画がかなりの評判だったようで、アロバラの他のキャラクターの声優さんも私に「声を当てていか」と問い合わせをしてきた。
(自身の動画チャンネルを持ってる声優さん、結構いるんだな)
やがて、「チュベローズのもやってほしい」「クベバまだぁ?」などのファンの声も高まる。数日後にはほとんどのキャラクターの一人語りが、動画サイトで聴けるようになった。
「なんか、すごいことになってきた……」
私がノートパソコンの前で震えていると、ベルガモットは少し拗ねた顔をしてもたれかかって来た。
「え? どうしたの?」
「……先程から千枝が、自分以外の男の口説き文句を聴きながら興奮されているので」
「いや、だってすごいことなんだよ? 絶対聞けないと思っていた口説き文句に、声がついたんだから。しかも本来なら、お金を払って声を当ててもらう人たちなんだよ?」
「……」
ベルガモットが面白くなさそうな顔つきで、次に再生した動画を見つめる。それは、ベルガモットの声優が、「本人が声を当ててみた」をやっているものだった。
「『本人』ですか」
「わぁい、右の耳からも左の耳からもベルガモットの声。お耳が幸せ」
「千枝」
ベルガモットは動画を止める。
そして一人語りテキストデータを開き、黙ってそれに目を通した。
「……千枝は、俺にこう言ってほしいんですね」
「『俺』って言った」
ベルガモットは立場をかなぐり捨てた時、一人称が変わる。今がそれなのだと気付くと、心臓がドキッと跳ねた。
「俺にも、言えますよ」
そう言ってベルガモットは私の耳元で、私の望む台詞を口にする。切なげな吐息交じりのウィスパーボイスで、時折私の名を呼びながら。
(ひぃ、刺激が強すぎる)
彼の極上のサービスにヘロヘロになった私を見下ろし、ベルガモットは満足気に笑った。
「……俺の方がいいでしょう?」
「ひゃい」
ベルガモットって、案外えっちだ。
こんな日々を過ごしながらも、サービス終了の日は刻一刻と迫っていた。残された時間を惜しみながら、私たちはまだ何か出来ることはないかと会議を開き、新たな案が出れば私がメールで雨村さんへと送る。けれど、その頃にはまともな返事など届かなくなっていた。相手にされていないようだった。
雨村さんからメールが届いたのは、サービス終了まで残りあと三日という時だった。
(今頃なんだろう? もしかして、サ終が覆った? ……まさかね)
風間ちぐさ様
先ほどお電話差し上げましたが、
出られないようなのでメールで失礼いたします。
―――――――――――――――――――――――
雨村さんからの返信の書き出しは、こうなっていた。
(あ、電話くれたんだ。すみません)
申し訳ないが、スマホがこの世界に持ち込まれなかった以上、電話には応答できないのだ。
(でも、なんで急に電話? いつもなら事前にメールで連絡くれるのに)
ひょっとすると、何度も何度も面倒くさいことを言ってくるシナリオライターに、メールで文章を打つのが億劫になったのかもしれな
い。
―――――――――――――――――――――――
アロバラの恋愛シナリオに関しましては、
おっしゃる通りゲーム内に実装する予定はございません。
> 代わりに、彼らの残りのシナリオを補填するような
> 一人語り風の創作を、SNSで発信してもいいですか?
とのことですが、
これに関しては、非公式の
風間さん個人の創作活動としてならOKです。
ただし、執筆料は出せません。
―――――――――――――――――――――――
(そこはもう、期待してない)
私は、片手で小さくガッツポーズをとる。そして、許可してくださったことへ手短に礼を返した。
本当であれば「ただで書きます」なんて、プロが言っちゃいけないセリフだ。だけど、こちらも生きるか死ぬかの瀬戸際である。雨村さんは理解してないけど。
(よし、運営の許可は取った)
ベルガモットの甘いセリフに溶かされた夜、私は強く思ったのだ。やっぱり私は乙女ゲームが好きで、こうして好きな声でとことん口説かれるのがこの上なく幸せなのだと。
だからこそ、アロバラのユーザーさんにも最後まで夢を見せたい、そう思った。もうかなりの数の人が離れてしまっているけど、せめて残ってくれている人のために責任が取りたかった。
(よし……)
各アロマリアの恋愛イベントの展開は既に決まっている。ただ本来の展開であれば、ヒロインと会話をしながら進める形式となっていた。そして、全員中盤までは公開されている。
(これを、彼らがユーザーさんたちに向かって語り掛ける形にするには)
すでに第八話まで終わったものとして、恋人関係になった状況を想定するのだ。そして、思い出を懐かしむように、「あんなことがあったね。僕はこの時、こんな気持ちだったんだ」とイベント内容を語らせていく。
(これでいこう……!)
私は過去に書いた恋愛イベントのシナリオデータを取り出す。幾度も目を通し、頭の中で咀嚼し、そして一人語りとしてユーザーに話しかけるスタイルに書き換えていった。
出来上がったものは、SNSの私個人のアカウントで発信する。非公式であることを明記して。
『こんなことで誤魔化そうとして! ちゃんとゲーム内でやれよ!』という反応は想像できた。だからチキンと思われようが、コメント欄はあえて閉じる。そしてエゴサはしないようにした。
(あぁ、そうだ。これが私の書きたかった物語だ)
このフレグランに召喚され、アロマリアの皆と直接交流するうち、「彼ならこう言う」というのがはっきり見えた。それを、あらかじめ決まっていた恋愛ルートの流れに当てはめる。
驚くほどスムーズに、キーを叩く指は踊った。
キャラクターの一人語りをSNSで発信し始めて数日が経過した頃。
(ん? DMが届いてる? 誰……うぉっ!?)
それは、ペパーミントの声を担当してくれている声優さんからのものだった。
―――――――――――――――――――――――
初めまして、
アロバラではお世話になってますw
風間先生が
SNSで発信されてる一人語りですが
僕の動画チャンネルで声を当てて
公開しても構いませんでしょうか?
―――――――――――――――――――――――
(えぇええええ!?)
幻に終わったペパーミントの恋愛イベントに声がつく。こんなに嬉しいことはない。
(人気声優さんが、趣味で声を当ててくれるの? 本気!?)
私は、個人的には大変光栄だが、一応クプアスさんに確認してほしいと返信した。
そして数日後。
『ペパーミントの中の人が、激甘語り!?ペパーミントの声を当ててみた!』
という動画へリンクを貼ったDMが届いた。
(本当に作っちゃったんだ)
『ねぇ、正直に言いなよ、俺に対する本当の気持ち。どうして言えないの? 言葉が見つからない? ふふっ、仕方ないな。ほら口開けて。何って、ミントのキャンディさ。ペパーミントは頭をクリアにしてくれる。きっと、俺への気持ちもはっきりと浮かび上がってくるはずさ。ほら、口開けてよ。あ~ん……』
(んっっふ!! やっっばっっ!!)
やはり声がつくと、迫力が違う。文字だけだった時の十倍は艶めかしい。
私は勇気を出して動画のコメント欄を覗く。アロバラへの批判が見つかればすぐに撤退しようと決めて。しかし、そこに並ぶのは声優さんに対する賞賛と感謝の言葉ばかりだった。ありがたいことに、ペパーミントに対する愛あふれるコメントもあった。
(そうだよね。ゲーム自体は批判されても、声優さんは何も悪くないし、このテキストでシチュエーションボイス作ってくれるなんて、すっごいサービスだよね)
ゲームの中で実装されなかった恋愛イベントが、こんな形で音声付きで公開される。思わぬ展開に、私は涙ぐみながら動画に向かって頭を下げた。
(って、再生数ぱねぇ! 一日で万超えてるよ!)
ペパーミントの声優さんのこの動画がかなりの評判だったようで、アロバラの他のキャラクターの声優さんも私に「声を当てていか」と問い合わせをしてきた。
(自身の動画チャンネルを持ってる声優さん、結構いるんだな)
やがて、「チュベローズのもやってほしい」「クベバまだぁ?」などのファンの声も高まる。数日後にはほとんどのキャラクターの一人語りが、動画サイトで聴けるようになった。
「なんか、すごいことになってきた……」
私がノートパソコンの前で震えていると、ベルガモットは少し拗ねた顔をしてもたれかかって来た。
「え? どうしたの?」
「……先程から千枝が、自分以外の男の口説き文句を聴きながら興奮されているので」
「いや、だってすごいことなんだよ? 絶対聞けないと思っていた口説き文句に、声がついたんだから。しかも本来なら、お金を払って声を当ててもらう人たちなんだよ?」
「……」
ベルガモットが面白くなさそうな顔つきで、次に再生した動画を見つめる。それは、ベルガモットの声優が、「本人が声を当ててみた」をやっているものだった。
「『本人』ですか」
「わぁい、右の耳からも左の耳からもベルガモットの声。お耳が幸せ」
「千枝」
ベルガモットは動画を止める。
そして一人語りテキストデータを開き、黙ってそれに目を通した。
「……千枝は、俺にこう言ってほしいんですね」
「『俺』って言った」
ベルガモットは立場をかなぐり捨てた時、一人称が変わる。今がそれなのだと気付くと、心臓がドキッと跳ねた。
「俺にも、言えますよ」
そう言ってベルガモットは私の耳元で、私の望む台詞を口にする。切なげな吐息交じりのウィスパーボイスで、時折私の名を呼びながら。
(ひぃ、刺激が強すぎる)
彼の極上のサービスにヘロヘロになった私を見下ろし、ベルガモットは満足気に笑った。
「……俺の方がいいでしょう?」
「ひゃい」
ベルガモットって、案外えっちだ。
こんな日々を過ごしながらも、サービス終了の日は刻一刻と迫っていた。残された時間を惜しみながら、私たちはまだ何か出来ることはないかと会議を開き、新たな案が出れば私がメールで雨村さんへと送る。けれど、その頃にはまともな返事など届かなくなっていた。相手にされていないようだった。
雨村さんからメールが届いたのは、サービス終了まで残りあと三日という時だった。
(今頃なんだろう? もしかして、サ終が覆った? ……まさかね)



