私たちは転送装置から‘花の丘’へと移動した。
「敵、出てこないかな」
「もしもの場合は、自分が全て薙ぎ払います」
ここは初心者向けの戦場だ。アロマリア最強のベルガモットなら心配はいらないだろう。普段、昼の様子しか見たことのない‘花の丘’の夜景は新鮮だった。
「千枝、ここに座りませんか」
大きな石が天然のベンチのようになっている場所へ、ベルガモットは私を誘う。並んで座ると彼は、持ち出してきたらしいクロワッサンサンドを取り出した。
「どうそ。夜のピクニックもおつなものです」
「うん、ありがとう」
私は彼のお手製のサンドイッチに、迷いなく噛みつく。
(美味しい……)
このフレグランへ来て初めての食事も、ベルガモットのクロワッサンサンドだった。
「……好きな人のお手製のご飯とか、幸せ過ぎる」
「好き、ですか」
ベルガモットに問い返され、私はハッと我に返った。
「えぇと、『推し』的な、ね? ほら、ベルガモットは私が理想を集約して生み出した存在だし」
膝に落ちたパンくずを、ぱっぱと地面へ払い落とす。
「……ベルガモットは気にしないでね。私からの一方的な感情だし、ベルガモットにしてみれば重いでしょ? へっぽこでも出来損ないでも、創造主からの好意なんて」
「重くはありませんよ。それから……」
ベルガモットは私の口元のパンくずの一つを摘まみとり、自分の口へと放り込んだ。
「千枝はへっぽこでも出来損ないでもありません。我らの誇る、立派な創造主です」
その瞬間、涙腺が決壊した。「じわ」も「嬉しい」もなかった。一瞬にして、両目から涙が噴きだした。
「千枝」
「ご、ごめん! なんか急に、止まらなくなって」
慌てて涙をぬぐうが勢いは増すばかりで、それどころか呼吸もスムーズに出来なくなり激しくしゃくりあげてしまう。
「なんで? なんでこんな……」
「精一杯頑張っておられたからです」
ふわりと背中が温かくなる。ベルガモットが自身のジャケットを脱ぎ、私にかけてくれたのだ。
「このひと月あまり、自分は千枝の一番側で、その頑張りを見て参りました。あなたは必死だった。拒否されても罵られても、この世界の最後を良き方向に導こうと、努力を続けておられた。傷ついた心に蓋をして、明るく前を向いて。それはどんな戦士よりも勇敢で、そして健気で美しい。自分の目にはそう映りました」
「ベルガモット……」
ベルガモットはあやすように、私の背へ優しく触れる。
「正直に申し上げます。最初に、千枝が自分を特別扱いしているとおっしゃった時、私はとても誇らしかったのです。それは、神から特別な寵愛を与えられていると感じたからです。そういう意味で、とても嬉しく思いました。けれど今は少し違います」
ベルガモットの手が止まり、私の肩へと伸びる。
「この世界の全てを背負い、必死に滅びに抗おうとするこの小さな肩を、いつしか愛しいと思うようになりました。明るい微笑みも、ユニークな物言いも。そして、傷つきながらもその場に踏みとどまり、ひるまず前に進もうとするいじらしい姿も。その何もかもが、自分の心をとらえて離さなくなったのです。千枝……」
私の肩へ回った手に、力がこもる。
「自分はあなたに生み出されたものの一つに過ぎません。それでもあなたを、一人の女性としてお慕いしても……、愛してもよろしいでしょうか」
返事の代わりに、私は肩に添えられた彼の手へ、自分の手を重ねた。そして思い切って、ベルガモットへ体重を預ける。フルーティーでほろ苦い香りが、私の鼻腔をくすぐった。
ベルガモットはもう片方の手で、私の顎をそっと持ち上げる。二つの唇が重なった瞬間、胸の奥が甘く沁み、痛いほどの幸福感に満たされた。
やがてそっと離れた唇に夜風が触れる。私を見下ろすベルガモットの金の瞳は、夜空のどの星よりも強い光を放っていた。
「千枝。自分は最初に申し上げました。この世界を救ってくださった暁には、自分のこの身を好きに扱っていただいてもかまわないと」
「う、うん」
「あれにつきまして、少々訂正させていただきたいのですが」
(え……)
ベルガモットの金色の瞳は、私の目をじっと覗き込んでいる。まるでその奥にある感情を読み取ろうとするように。
「……世界が救われなくとも、既にこの身は千枝のものです」
「!」
「最後の瞬間まで、あなたと触れ合っていたい。幾度でも、何度でも。あなたとぬくもりを交わし合いたい」
ベルガモットにきつく抱きしめられる。
かぐわしい香りに包まれ、意識が飛びそうなほど頭の奥が痺れた。
部屋に戻ってきた私は、おぼつかない足取りでベッドへとたどり着く。未だ夢を見ているような心持だった。
(ベルガモットが、私を好きでいてくれる……)
両手で口を押さえ、叫び出したい衝動に堪える。
(何これ何これ何これーーー!! 乙女ゲーの告白イベント!? トゥルーエンドってやつじゃない? あ、これ、乙女ゲーだったわ。いや、そうじゃなくて! 私、こんなシナリオ書いてないのに!)
つまりは強制力が働いたわけでもなく、ベルガモット本人の気持ちだと言うことになる。
(ベルガモット……)
未だ、体からは彼の匂いがほのかに漂っている。
(私、彼に愛されたんだ……)
両肩を自分の手で抱きしめ、ベッドの上をごろごろと転がる。これまで感じたことのないエネルギーが全身の隅々にまで満ちて、爆発しそうだ。叫び出したいし踊り出したい。
(……最後の日まで、ベルガモットといちゃいちゃして過ごせるなら、もういいかな)
幸せの絶頂で一生を終えるのも悪くない。そんなことを思っていた時だった。
(あ……!)
一つ、消滅の日までにどうしてもやっておきたいことが頭に浮かんだ。
私はノートパソコンを開き、雨村さんへメールを打った。
「敵、出てこないかな」
「もしもの場合は、自分が全て薙ぎ払います」
ここは初心者向けの戦場だ。アロマリア最強のベルガモットなら心配はいらないだろう。普段、昼の様子しか見たことのない‘花の丘’の夜景は新鮮だった。
「千枝、ここに座りませんか」
大きな石が天然のベンチのようになっている場所へ、ベルガモットは私を誘う。並んで座ると彼は、持ち出してきたらしいクロワッサンサンドを取り出した。
「どうそ。夜のピクニックもおつなものです」
「うん、ありがとう」
私は彼のお手製のサンドイッチに、迷いなく噛みつく。
(美味しい……)
このフレグランへ来て初めての食事も、ベルガモットのクロワッサンサンドだった。
「……好きな人のお手製のご飯とか、幸せ過ぎる」
「好き、ですか」
ベルガモットに問い返され、私はハッと我に返った。
「えぇと、『推し』的な、ね? ほら、ベルガモットは私が理想を集約して生み出した存在だし」
膝に落ちたパンくずを、ぱっぱと地面へ払い落とす。
「……ベルガモットは気にしないでね。私からの一方的な感情だし、ベルガモットにしてみれば重いでしょ? へっぽこでも出来損ないでも、創造主からの好意なんて」
「重くはありませんよ。それから……」
ベルガモットは私の口元のパンくずの一つを摘まみとり、自分の口へと放り込んだ。
「千枝はへっぽこでも出来損ないでもありません。我らの誇る、立派な創造主です」
その瞬間、涙腺が決壊した。「じわ」も「嬉しい」もなかった。一瞬にして、両目から涙が噴きだした。
「千枝」
「ご、ごめん! なんか急に、止まらなくなって」
慌てて涙をぬぐうが勢いは増すばかりで、それどころか呼吸もスムーズに出来なくなり激しくしゃくりあげてしまう。
「なんで? なんでこんな……」
「精一杯頑張っておられたからです」
ふわりと背中が温かくなる。ベルガモットが自身のジャケットを脱ぎ、私にかけてくれたのだ。
「このひと月あまり、自分は千枝の一番側で、その頑張りを見て参りました。あなたは必死だった。拒否されても罵られても、この世界の最後を良き方向に導こうと、努力を続けておられた。傷ついた心に蓋をして、明るく前を向いて。それはどんな戦士よりも勇敢で、そして健気で美しい。自分の目にはそう映りました」
「ベルガモット……」
ベルガモットはあやすように、私の背へ優しく触れる。
「正直に申し上げます。最初に、千枝が自分を特別扱いしているとおっしゃった時、私はとても誇らしかったのです。それは、神から特別な寵愛を与えられていると感じたからです。そういう意味で、とても嬉しく思いました。けれど今は少し違います」
ベルガモットの手が止まり、私の肩へと伸びる。
「この世界の全てを背負い、必死に滅びに抗おうとするこの小さな肩を、いつしか愛しいと思うようになりました。明るい微笑みも、ユニークな物言いも。そして、傷つきながらもその場に踏みとどまり、ひるまず前に進もうとするいじらしい姿も。その何もかもが、自分の心をとらえて離さなくなったのです。千枝……」
私の肩へ回った手に、力がこもる。
「自分はあなたに生み出されたものの一つに過ぎません。それでもあなたを、一人の女性としてお慕いしても……、愛してもよろしいでしょうか」
返事の代わりに、私は肩に添えられた彼の手へ、自分の手を重ねた。そして思い切って、ベルガモットへ体重を預ける。フルーティーでほろ苦い香りが、私の鼻腔をくすぐった。
ベルガモットはもう片方の手で、私の顎をそっと持ち上げる。二つの唇が重なった瞬間、胸の奥が甘く沁み、痛いほどの幸福感に満たされた。
やがてそっと離れた唇に夜風が触れる。私を見下ろすベルガモットの金の瞳は、夜空のどの星よりも強い光を放っていた。
「千枝。自分は最初に申し上げました。この世界を救ってくださった暁には、自分のこの身を好きに扱っていただいてもかまわないと」
「う、うん」
「あれにつきまして、少々訂正させていただきたいのですが」
(え……)
ベルガモットの金色の瞳は、私の目をじっと覗き込んでいる。まるでその奥にある感情を読み取ろうとするように。
「……世界が救われなくとも、既にこの身は千枝のものです」
「!」
「最後の瞬間まで、あなたと触れ合っていたい。幾度でも、何度でも。あなたとぬくもりを交わし合いたい」
ベルガモットにきつく抱きしめられる。
かぐわしい香りに包まれ、意識が飛びそうなほど頭の奥が痺れた。
部屋に戻ってきた私は、おぼつかない足取りでベッドへとたどり着く。未だ夢を見ているような心持だった。
(ベルガモットが、私を好きでいてくれる……)
両手で口を押さえ、叫び出したい衝動に堪える。
(何これ何これ何これーーー!! 乙女ゲーの告白イベント!? トゥルーエンドってやつじゃない? あ、これ、乙女ゲーだったわ。いや、そうじゃなくて! 私、こんなシナリオ書いてないのに!)
つまりは強制力が働いたわけでもなく、ベルガモット本人の気持ちだと言うことになる。
(ベルガモット……)
未だ、体からは彼の匂いがほのかに漂っている。
(私、彼に愛されたんだ……)
両肩を自分の手で抱きしめ、ベッドの上をごろごろと転がる。これまで感じたことのないエネルギーが全身の隅々にまで満ちて、爆発しそうだ。叫び出したいし踊り出したい。
(……最後の日まで、ベルガモットといちゃいちゃして過ごせるなら、もういいかな)
幸せの絶頂で一生を終えるのも悪くない。そんなことを思っていた時だった。
(あ……!)
一つ、消滅の日までにどうしてもやっておきたいことが頭に浮かんだ。
私はノートパソコンを開き、雨村さんへメールを打った。



